「ユトリロとヴァラドン 母と子の物語」 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
「ユトリロとヴァラドン 母と子の物語ースュザンヌ・ヴァラドン 生誕150年」
4/18-6/28



東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で開催中の「ユトリロとヴァラドン 母と子の物語」を見てきました。

スュザンヌ・ヴァラドン(1865~1938)。今、国内でこの画家の名が良く知られているとは必ずしも言えません。

ユトリロの母です。フランス中部に生まれ、幼くしてパリに移ります。初めはサーカスの曲芸師として生計をたてようとしますが、ブランコから落ちて怪我をしたために断念。後に画家のモデルとして生きるようになります。


スュザンヌ・ヴァラドン「花瓶の中のリラの花束」 1930年 油彩、キャンヴァス 個人蔵

18歳の時にユトリロを生みました。ただし父は不明です。(後に認知されます。)そしてヴァラドンが絵を描きはじめたのもこの頃。モデルをしつつ、画家の作品を参照しては、見よう見まねで絵を学びました。

なおヴァラドンは画家らとしばし恋愛関係になり、特にロートレックとは恋仲であったとか。また作曲家のサティとも恋愛関係にあったそうです。

展示もヴァラドンから始まります。例えば「裸のユトリロの身体を拭く祖母」です。文字通り幼きユトリロの姿。ヴァラドンは当初、身近なユトリロや飼っていた犬をモチーフにして絵を描きました。

一方ユトリロも早い段階で絵を描きます。「大聖堂、ランス」はどうでしょうか。まだ10代の頃の作品、いわゆるユトリロを特徴付ける白はなく、何やら塗りこめられた深く暗い色彩が際立っています。堂々たる大聖堂です。ユトリロと言われなければ作者は分からないかもしれません。

ちなみに若きユトリロの面倒を見ていたのは、母ヴァラドンではなく、祖母のマグドレーヌです。母の愛をあまり受けなかったとも言われるユトリロ。寂しさを酒に紛らわそうとしたのでしょうか。未成年の時からアルコールに頼る。さらには祖母も酒に目がありませんでした。結果的に依存症に陥ります。そもそも絵を描き出したのも、酒から気を紛らわせるためだったと言われているそうです。


スュザンヌ・ヴァラドン「窓辺のジェルメーヌ・ユッテル」 1926年 油彩、キャンヴァス 個人蔵

ヴァラドンの遍歴も一筋縄とはいきません、31歳で資産家と結婚するも、44歳の時に今度はユトリロの友人のユッテルと恋に落ちます。そして48歳で結婚。ユトリロが母に友人をとられたと思ったのも無理はないかもしれません。アルコール依存症はさらに悪化し、入退院を繰り返します。そしてユッテルはヴァラドンとともにユトリロを監視。フランス東部の洋館を購入してはユトリロを住まわせ、彼に自身の絵葉書などをもう一度絵にすることをすすめます。

少し話が進み過ぎました。ユトリロのいわゆる白の時代の作品は主に30代の頃に描かれたものです。そしてその頃のヴァラドンは既に50歳を過ぎていました。

結論からいうと、ヴァラドンとユトリロの同時代の絵を見比べることが出来るのが、この展覧会の大きな見どころでもあります。

1918年頃にユトリロが描いたのは「コルト通り、モンマルトル」。白い寺院の塔が小径の先に見えています。寺院や建物の壁には得意の白が用いられています。とは言えニュアンスは一定ではありません。うっすらオレンジ色がかっていたり、また青みがかっていたりします。


スュザンヌ・ヴァラドン「コルト通り12番地、モンマルトル」 1919年 油彩、キャンヴァス 個人蔵

そしてその1年後、1919年にヴァラドンが同じ通りを描いたのが「コルト通り12番地、モンマルトル」です。この12番地には彼女がアトリエを構えていたとか。鬱蒼と生い茂る緑の強い色彩が目に飛び込んできます。パレットから絵具をとっては、そのまま混ぜずに筆をおいたようなタッチです。ユトリロ画とは似ても似つかない。絵画としての傾向はかなり異なっています。


スュザンヌ・ヴァラドン「裸婦の立像と猫」 1919年 油彩、キャンヴァス 個人蔵

風景画を数多く描いたユトリロ。一方で人物画に力作が多いのがヴァラドンです。中でも見入るのは裸婦のモチーフです。「裸婦の立像と猫」も興味深いもの。後ろ姿でやや前屈みに立つ女。白いシーツでしょうか。右手で引っ張っています。そして足元は猫。ともかく目につくのは黒い輪郭線です。これが力強い。そもそもヴァラドンは正規の美術学校で学んでいませんが、デッサンに関してはドガに賞賛されたこともあったそうです。

ユトリロは1935年、55歳の時にベルギーの銀行家の未亡人、リュシーと結婚します。彼女は既に人気の出ていたユトリロの作品を管理、夫の世話をするようになりました。

ヴァラドンによる「リュシー・ユトリロ・ヴァロールの肖像」はどうでしょうか。赤く薄いワイン色を背景にやや硬い表情で見やる女性。口元は引き締まり、眼は大きく見開いています。大柄だったのでしょうか。リュシーはユトリロの5歳年上だったそうです。

この絵を亡くなった1年後にヴァラドンは自宅で亡くなります。年は72歳。ちなみにユトリロは衝撃を受け、葬儀に参列しなかったそうです。にわかに信じ難いものがあります。

ラストには母を亡くした以降のユトリロの晩年の作品が並んでいました。いわゆる色彩の時代です。モンマルトルを離れても、またモンマルトルを描いたユトリロ。心中如何なるものだったのでしょうか。


スュザンヌ・ヴァラドン「野うさぎとキジとりんごのある静物」 1930年 油彩、キャンヴァス 個人蔵

ヴァラドンを線の画家とすれば、ユトリロは絵具の画家とも言われる対照的な二人。出品数は親子で仲良く半々、40点ずつです。作品自体も個人蔵のほか、パリのポンピドゥーなどからも多数やってきています。また日本初公開の作品も少なくありません。

フランスでは評価されたというヴァラドン。作品は時にゴーギャンなどを思わせるほどに力強くもあります。ユトリロ好きの方にはもちろん、コアな美術ファンにとっても、ヴァラドンをまとめて見られる良い機会と言えるのではないでしょうか。

館内には余裕がありました。6月28日まで開催されています。

「ユトリロとヴァラドン 母と子の物語ースュザンヌ・ヴァラドン 生誕150年」 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
会期:4月18日(土)~6月28日(日)
休館:月曜日。但し5/4は開館。
時間:10:00~18:00 毎週金曜日は20時まで。 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1200(1000)円、大学・高校生800(650)円、中学生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *65歳以上1000円。
住所:新宿区西新宿1-26-1 損保ジャパン日本興亜本社ビル42階
交通:JR線新宿駅西口、東京メトロ丸ノ内線新宿駅・西新宿駅、都営大江戸線新宿西口駅より徒歩5分。
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