「private, privateーわたしをひらくコレクション」 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館
「private, privateーわたしをひらくコレクション」 
4/11-5/24



埼玉県立近代美術館で開催中の「private, privateーわたしをひらくコレクション」を見てきました。

約半年間、計2度、足掛け2年にわたって改修中だった埼玉県立近代美術館。ようやく今春に工事が完了。4月11日にリニューアルオープンを迎えました。

それを記念しての展覧会です。タイトルは「private, privateーわたしをひらくコレクション」。端的にはコレクション展です。(ごく一部、他館の作品があります。)ただ私自身、リニューアル記念とあったので、いわゆる名品展的な展示だと思っていましたが、実際には全然違いました。

テーマ性の高い展覧会です。基本的には、美術館のパブリックなコレクションを、プライベートの概念で捉え直す試み。そこから3名の学芸員が、異なる3つのテーマで展覧会を組み立ています。


須田剋太「私の曼陀羅a」 1964年

最初のテーマは越境者の軌跡。瑛九と須田剋太です。ともに1910年前後の生まれ。須田は鴻巣の出身です。瑛九は戦後、浦和に移住して制作します。須田の拠点は関西だったため、活動は直接的に重なりませんが、ともに埼玉ゆかりの画家でもあります。

瑛九は元々、評論から名を挙げたそうです。16歳の時には美術雑誌「みづえ」に批評を掲載。20歳の頃に描いたのが「十三子姉」です。モデルはノースリーブの女性。黒の輪郭線を活かして対象の特徴を有り体に捉えています。

須田の「読書をする男」はどうでしょうか。公募展で特選を得たという一枚。座って本を読む男の姿は一見、写実的ですが、目を凝らすと赤い線が引っ掻き傷のようにたくさん引かれていることが分かります。独特な表現でもあります。

二人を結ぶのが評論家の長谷川三郎です。そもそも瑛九という名を付けたのは長谷川と言われています。一方で須田が具象から抽象へ転向したのも長谷川の影響だとされているそうです。


瑛九「花」 1956年

会場では二人の作品を交互に参照。壁の上下に並べてもいます。須田の「不在の現実」には驚きました。支持体はキャンバスではなく麻袋です。縫い目が走る。その上から銀色の強い色彩を塗り込めています。ゴツゴツした質感です。

瑛九では「出発」も面白いのではないでしょうか。オレンジの造形、キュビズム的とでも言えるかもしれません。また晩年の円、あるいは点描へと至った作品も目を引きます。ほかにも絵画やフォトデザインもずらり。約50点ほどです。また書簡などの資料を参照して、長谷川との影響関係も探っています。

次いで二番目のテーマは近代日本画、大熊家のコレクションです。

大熊家とは川口の旧家のこと。江戸末期には味噌の製造元でも知られ、かの大観とも親交があったとか。何でも大観は大熊家の味噌を愛用していたそうです。


横山大観「漁村曙」 1940年

日本画を蒐集したのは9代目の武右衛門です。彼のコレクションが近年、埼玉県立近代美術館へと寄贈されました。その数は50点を超えます。大観10点、橋本関雪3点をはじめ、堂本印象、観山、玉堂、池上秀畝と続く。かなりの粒揃いでした。


堂本印象「鳥言長者草」 1922年

一推しは堂本印象の「鳥言長者草」です。清の女性の風俗を描いた一枚、麗らかなる姿です。チャイナドレスでしょうか。うっすらと桃色を帯びています。伏した目で下を見やりながら立つ。目には長い睫毛が細かく描かれています。この美しさ。抒情的、あるいは幻想的と言っても良いかもしれません。

大観では「仙果」が絶品でした。中国の伝説に基づき、食すと不老不死を得ることが出来るという桃。何でも三千年に一度だけ実がなるとされているそうです。

桃の部分はたらし込みです。絵具が滲み出しています。そして葉にはぼかしがかかっていました。輪郭線も朧げです。琳派の描法を意識した作品だと言われています。

そして奥を見やれば李禹煥の「線より」が掲げられています。あまり違和感がありません。なおスペースの都合でしょうか。大熊家の近代日本画コレクションは、この企画展示室のほか、1階の常設展示室へ続いています。そちらが20点ほどです。中でも下村観山の「巌に鳥」が大変な秀作でした。6曲1双の金屏風です。右隻と左隻の対比的な空間構成が目を引きます。薄い墨で描かれた鳥が消え行くかのように舞っていました。お見逃しなきようご注意ください。

ラストの三番目のテーマは美術家の作法、つまり現代美術です。

ジャンルは絵画や写真を問いません。例えば絵画の丸山直文に写真家の志水児王、佐藤時啓ら。全9名でした。


佐藤時啓「Photo-Respirationシリーズより #369 Saitamakinbi」 1999年 *寄託作品(展示室外)

昨年の東京都写真美術館の個展の記憶も蘇るのではないでしょうか。佐藤時啓は埼玉県立美術館を舞台にした作品を制作しています。全5点です。いずれもペンライトを用いたもの。美術館のエントランスや館内にライトの軌跡が走ります。実際には佐藤自身が持って動いたものですが、長時間露光することで人の姿が消える、つまりライトの光だけが残像として写し出されているわけです。


塩崎由美子「シリーズ(恢復より)」 2011年

また大熊家コレクションと美術家の作法の間には幕合と称して、プライベートコレクションを連想させる現代美術の小品を挟んでいました。これがまた心憎いもの。アルプやデュシャン、駒井哲郎に草間彌生、熊谷守一らの作品が所狭しと並んでいます。


「private, private」展内休憩スペース *このスペースのみ撮影可

さらに冒頭と最後には、改修中の埼玉近美と中銀カプセル(北浦和公園)を捉えた中村陽介の映像を見せています。それがプロローグとエピローグに当たるわけです。中銀の映像ではカプセルの内部から外の公園を映しています。一つの壁によって隔たれた内と外との関係。プライベートな空間の意味を問いただしてもいます。


「private, private」展内休憩スペースより北浦和公園

タレルの「テレフォン・ブース」も久しぶりの展示かもしれません。激しく点滅する光のショー。知覚を大きく揺さぶります。なお所要は約7~8分ほどです。基本的には一人ずつしか入れません。(一応、先着順ですが、空いているために、好きな時間に体験出来ました。)


ジャコモ・マンズー「枢機卿」 *美術館地下1階

さて全面リニューアルした埼玉県立近代美術館、外観を一見するだけでは何を改修したのか分からないかもしれません。


埼玉県立近代美術館全景

実際にも改修は「空調や照明、収蔵庫など裏方の部分」(ソカロより)が多く、一般の観客の立ち入る部分はそう変化していないそうです。ただ照明の入れ替えの効果もあるのでしょう。特に常設展示室では作品の見え方が向上したような気がしました。


美術館内より北浦和公園

前回のリニューアルで一新したトイレやエレベーターなどはまだ真新しいもの。大きく変わったのは美術館の周囲です。つまり外の植栽です。大きく手が加えられています。結果、館内から公園への見通しが良くなりました。


北浦和公園「音楽噴水」

またその分、逆に公園側からも美術館の建物が目立つようになりました。それに名物の音楽噴水も改良。何でもかつては老朽化のため、出力が低下していたそうです。今回曲を4曲追加し、当初の出力にまで引き上げられました。


北浦和公園「彫刻広場」

現在、公園内の芝生は養生中のため、立ち入りが制限されていましたが、いずれは開放されるのではないでしょうか。音楽噴水に彫刻広場、そして植栽。北浦和公園自体も美術館の工事にあわせて趣をやや変えています。


北浦和公園より美術館 *手前は橋本省「流水の門」 1985年

コレクションを3つの意外感のある切り口で見せる「private, private展」。なかなか読ませる展示で見応えもあります。私も大好きな埼玉県立近代美術館。これからの活動にも大いに期待したいところです。


北浦和公園(駅方向入口より) *手前はエミリオ・グレコ「ゆあみ」 1968年

5月24日まで開催されています。

[お知らせ]
「わたしをひらくコレクション展」のチケットが若干枚数手元にあります。先着順にてお一人様一枚ずつ差し上げます。ご希望の方は件名に「わたしをひらくコレクション展チケット希望」、本文にフルネームでお名前とメールアドレスを明記の上、拙ブログアドレス harold1234アットマークgoo.jp までご連絡下さい。(アットマークの表記は@にお書き直し下さい。)なお迷惑メール対策のため、携帯電話のアドレスからはメールを受け付けておりません。ご了承下さい。

「リニューアルオープン記念展 private, privateーわたしをひらくコレクション」 埼玉県立近代美術館@momas_kouhou
会期:4月11日(土)~5月24日(日)
休館:月曜日。但し5月4日は開館。
時間:10:00~17:30 入館は閉館の30分前まで。
料金:一般800(640)円 、大高生640(520)円、中学生以下は無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *MOMASコレクションも観覧可。
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。
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