八十路徒然なるままに

すざまじきものにして見る人もなき月の寒けく澄める、廿日のあまりの空こそ、心ぼそきものなれ。徒然草より

時代の変化

2014年04月18日 20時24分25秒 | Weblog
手元にある先祖様が、残したもの。一つは、祖父、もう一つは、父のもの。効績章というのだから、それなりに、鉄道で効績があって、賞されたのだろう。祖父は、昭和20年の六月に死去した。子どもごころに、うろ覚えをしている。手元に残っている写真の一枚は、白い服に、帯刀しているのがある。鉄道の機関手だったと、聞いていた。いわき地方は、石炭輸送のために、蒸気機関車や馬車を動力にして、鉄路が敷設された。明治20年が最初だった。その後、明治39年に、国有化になり、現在の、JRに、変化したと、読んだ。どんなに、時代が変化しも、鉄路は、続いている。この歳になって、想い出すのは、こどもの頃、親に連れられて、上野動物園に、行ったこと、機関車の煙りで、鼻の中が痛かったのを。仕事をするようになって、鉄道を、利用した。当時の平駅から、上野駅まで、深夜の寝台車に揺られ、乗り換えて、名古屋、岐阜へは、よく利用をした。今は廃線になった、信越線の、軽井沢へ上る急こう配の車窓を、眺めた思い出もある。このバッチをみると、昔のことが、頭をかけめぐっている。
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