こんにちは、8年前の国立市長選挙において朝日健太郎参議院議員には永見市長の応援に来ていただいたことをつい昨日のように思い出す石井伸之です。
本日は、第六小学校学童見守り会の活動、議会だより掲載文章の作成、東京都選挙管理委員会へ収支報告書における受取月日の訂正を行い、午後5時30分より朝日健太郎参議院議員と輝く日本をつくる会に出席しました。
朝日健太郎参議院議員と輝く日本を作る会の会場は、永田町から徒歩5分程度で麹町小学校の北側にある都市センターホテルです。
午後5時15分頃に会場へ到着すると、会場は既に多くの方が来場されています。
来賓として、菅義偉元総理大臣、武見敬三前厚労大臣、井上信治自民党東京都連会長といった方が挨拶をされていました。
菅元総理からは、新型コロナウイルス感染症下での東京オリンピック開催に向けて、朝日健太郎参議院議員に相談する中で的確な助言をいただいたそうです。
スポーツマンとして、オリンピアンとしての経験を元に、東京オリンピックが成功するよう、大所高所からの指摘があったからこそ、東京オリンピックが成功裏に終わったとの話がありました。
朝日健太郎参議院議員からは「責任世代ど真ん中」というキーワードから、果たすべき役割を話されていました。
その中で、子育て支援は待ったなしの状況です。
朝日健太郎参議院議員が誕生した昭和50年の出生数は約190万人、令和5年の出生数は約75万人となっています。
子育て支援に向けた様々な政策を前に進める中で、安心して子育ての出来る環境整備を行い、経済力の差によって子育てを断念することが無いよう、更なる子育て支援の充実が必要です。
また、朝日健太郎参議院議員は各地域の様々な選挙応援に来ていただきました。
私が自民党都連青年局三多摩部会長として、各地域の選挙応援に向かうと必ずと言って良いほど顔を合わせたことを覚えています。
国立市長選挙にも応援に来ていただき、199cmの長身から永見市長の支援の和を広げるべく、ご尽力をいただきました。
そして、2年半前の参議院議員選挙において、安倍元総理大臣が凶弾に倒れた後の街頭演説では「心が整いません」と、本人からも苦しい胸の内を吐露する中で、必死に街頭から訴える姿に、私も胸を打たれました。
朝日健太郎参議院議員は、小さな気配りを忘れない方でもあります。
私が街頭演説で朝日健太郎参議院議員を盛り上げた際、ブログで朝日健太郎参議院議員について触れた際、そのことについて温かい言葉を掛けていただきました。
また、私が街頭演説の司会進行を行いマイクを渡す際に、早くよこせと言わんばかりにマイクをむしり取る大物弁士とは真逆で、私がマイクを渡した際に会釈をしてマイクを受け取る姿は、立ち振る舞いや所作の美しさを感じます。
その姿を見習い、私自身もマイクを渡される際には、感謝の気持ちとマイクを預かる有り難さを感じる中で受け取るようにしています。
朝日健太郎参議院議員の人情味あふれる性格が、スポーツマンシップに基く、ある意味の「爽やかさ」に通じているのではないでしょうか?
勝負事ですから、勝ちにこだわらなければなりません。
しかし、勝つ時もあれば負ける時もあります。
あらゆる境遇に身を置いたからこそ、発揮できる人間力を朝日健太郎参議院議員から学ばせていただきました。
これからも朝日健太郎参議院議員への温かいご支援を賜りますよう、どうぞよろしくお願いします。