見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

江戸と昭和と/坂本龍馬×百段階段(目黒雅叙園)

2010-12-20 23:45:34 | 行ったもの(美術館・見仏)
目黒雅叙園 龍馬と対話する特別展『坂本龍馬×百段階段』(2010年11月27日~12月23日)

 目黒雅叙園は、Wikiによれば、石川県出身の創業者・細川力蔵が、昭和6年(1931)に開業した料亭(満州事変の年だ)。国内最初の総合結婚式場でもあった。絢爛たる装飾を施された園内の様子は「昭和の竜宮城」とも呼ばれ、ケヤキの板材で作られた木造建築「百段階段」(実際は99段)とその階段沿いに作られた7つの宴会場は、映画『千と千尋の神隠し』の湯屋のモデルとして知られ、近年、さまざまなイベントの舞台にもなっている。

 今回は、「高知県立坂本龍馬記念館の全面協力を得て、江戸の世界が花咲く百段階段に、龍馬の存在がエモーショナルに甦る」企画だという。展示にはそれほど期待しなかったが、東京都の登録有形文化財にも指定されている百段階段を一度見てみたい、と思って行ってみた。

 近代建築の正面玄関で受け付けのあと、大きなエレベーターで百段階段の入口階に上がる。エレベーターの扉と壁面には螺鈿で唐獅子牡丹の装飾が施されている。Wikiによれば、韓国の漆芸家・全龍福によって制作もしくは修復されたものである由。エレベーターを降り、靴を脱ぐと、百段階段である。昇り窯を思わせる、なだらかな勾配の階段がどこまでも伸びている。天井には華やかな板絵が描かれているが、階段自体は思ったより簡素な空間である。

 はじめは「十畝の間」。格天井に花鳥画を描いた荒木十畝(じっぽ)の名前にちなむ。同室の展示は、龍馬の家系・家族を写真パネルと龍馬の書簡(複製)で紹介。江戸博の『龍馬伝展』も長崎歴史文化博物館の『龍馬伝館』も見てきた自分には物足りないが、まあこんなものか、と思う。

 内装の白眉は次の「漁樵の間」で、天井の花鳥画も壁の人物画も、全てが3D(立体)仕様。特に床柱に施された極彩色の彫刻が見事である。日本人の発想とは思えないなあ。

 展示は「静水の間」が、長崎の料亭をイメージしたしつらえになっていて面白かった。さらに「清方の間」は、龍馬暗殺の夜をイメージし、暗殺現場に残されたという貼り交ぜ屏風の複製と、無人の長火鉢がじっと鎮座している。吹きすさぶ寒風、犬の遠吠え、一閃する刃、龍馬とかかわった人々の顔写真など、暗い背景に流れるイメージビデオも効果的。このほの暗さ、わびしさ、江戸の空間らしいなあ、と感心してしまうが、昭和6年の創建だから、実は全くの時代錯誤なのであるが。でも、こういう歴史的建造物を展示空間に利用すると、一般の博物館や美術館では出せない面白みが味わえると思う。
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道化師、わが心のセビリャ/プラシド・ドミンゴ in films(写真美術館)

2010-12-20 00:36:23 | 見たもの(Webサイト・TV)
写真美術館 『プラシド・ドミンゴ in films オペラ映画フェスティバル2010』(2010年12月4日~12月26日)

 東京都写真美術館で『オペラ映画フェスティバル』が開催されたのは2008年の年末だった。今月初め、なぜかそのときのレポート記事に、たくさんのアクセスをいただいたのである。もしや?とひらめくところあって、写真美術館のホームページを見にいって、このイベントを発見した。ドミンゴ絶頂期というべき、70~80年代に撮影された7作品を一挙上映する、ファン歓喜のお得企画である。→公式サイト(楽劇会)

 本音をいうと7本全部見たいのだが、それも贅沢かな…とか、先週まで、週末に仕事を持ちかえる状態が続いていたり、なかなか落ち着かなかった。今週、ようやく落ち着いて、いちばん見たかった2本を見てきた。

■道化師(フランコ・ゼフィレッリ監督、1982年)

 いやもう、圧倒的である。ヴェリズモ・オペラの傑作とされる、情念に満ちた曲調に、明るく艶っぽいドミンゴの声が乗ると、爆発的な化学変化が起きるような気がする。今日はフィルムを見に来たはずなのに、うっとりと目を閉じて聞き惚れそうになって、いかんいかんと自分を叱咤しなければならなかった。

 音楽が名演であることに間違いはないが、ゼフィレッリ監督の演出には、いろいろ戸惑う点もあった。むかし、私がテレビで見たイタリア歌劇公演では、牧歌的な農村が舞台となっていて、旅回りの劇団は馬車でやってきた(と思う)。ところが、映画では、登場人物は古き良きイタリア映画の趣きで(1930年代くらいのイメージか?)、劇団はおんぼろトラックに乗って現れ、電飾に美しく飾られた舞台で道化芝居を演ずる。

 【※以下は私の勘違いあり。12/30コメント参照】それにも増して戸惑うのは、劇中劇のタデオを、カニオ=劇中劇のパリアッチョ役のドミンゴが二役で演じていること。普通は、カニオ=劇中劇のパリアッチョ=テノールと、トニオ=劇中劇のタデオ=バリトンは厳然と別人物なのだが、これをわざと(?)混乱させているのだ。したがって、冒頭で「前口上」を述べるタデオはドミンゴ。途中、ネッダに言い寄って袖にされるトニオは、ホアン・ポンス(バリトン)が演ずるのだが、後半の劇中劇のタデオは再びドミンゴ。これだとネッダが、トニオの口説きを「あとで(舞台の上で)また同じことを言えばいい」とあしらうセリフが分かりにくい。それと、激情のあまり、ネッダ(コロンビーナ)とその恋人を刺し殺したカニオ(パリアッチョ)が、凶器を投げ捨て、自らに宣告するように叫ぶ「芝居は終わりました!」の決めゼリフ、これがタデオのセリフになっているのは、どうでしょう…。私は、原作の脚本のほうが、ストレートで感情移入しやすくていいと思うんだけどなあ。

 ネッダ役のテレサ・ストラータスの美しさは映画女優並み。ドミンゴは、この時期、肉がたるんでいて、老けた中年男に見えるのが、かえって役柄に合っている。

■わが心のセビリャ(ジャン=ピエール・ポネル監督、1981年)

 これはまた楽しい映画。ホフマン物語の稽古が終わったところというドミンゴが、舞台演出家のジャン=ピエール・ポネル、指揮者のジェームズ・レヴァインをつかまえて、愛嬌たっぷりに話しかける。「ジミー(というのはレヴァインのことか!)、古来、最も音楽家を魅了した土地といえばどこかな?」、レヴァイン「ローマ」、ポネル「パリ」。「違うね」と自信たっぷりのドミンゴ。「それはセビリャさ!」と続くのだが、レヴァインが「じゃ、モスクワ?」なんて口を挟んでたりして(素なのか?)、3人のおじさんの表情の可愛いこと。

 以下、実際にセビリャ地方の風景や建造物にカメラを据えて、ドミンゴがオペラの名曲を歌いまくり、そのメイキング風景も紹介する。言ってみれば、セビリャのプロモーションビデオであるが、贅沢無類。

 荘厳なアルカサル(王宮)を舞台に『ドン・ジョバンニ』を歌い上げ、曲がりくねった石畳の道で『セビリアの理髪師』のアルマヴィーヴァ伯爵(テノール)とフィガロ(バリトン)の掛け合いを一人二役で見せ、郊外のローマ遺跡を地下牢に見立てて『フィデリオ』のフロレスタンを演ずる。『フィデリオ』の演出で「巨匠には巨匠を」と言って、ゴヤの版画(戦争の惨禍など)を取り入れてくれたのは嬉しかったな。スペイン・オペラ『山猫』(ペネーリャ作)は、初めて聞いたが、どことなく地方色が感じられて面白かった。最後は『カルメン』で大団円。

 途中、オペラの名曲に混じって、サルスエラの作曲家フェデリコ・モレノ・トロバが本作品のために書き下ろした歌曲『セビリャは…』が歌われる。セビリャは、噴水、鉄の門、花いっぱいの庭…みたいに美しい風景を数えあげていく歌詞。一度だけ(一晩だけ)セビリャに行ったときの記憶がよみがえって、懐かしかった。
コメント (2)
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