見もの・読みもの日記

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奈良にゆかりのひとびと、再び/大和古物漫遊(岡本彰夫)

2010-12-25 03:52:21 | 読んだもの(書籍)
○岡本彰夫『大和古物漫遊』 ぺりかん社 2003.2

 春日大社権宮司にして、大和の歴史と古物(骨董)を愛される岡本彰夫さんのエッセイ、2冊目。新刊の棚で『大和古物拾遺』(2009)を発見したのが御縁のはじまり。同書には、先行作の『大和古物散策』『大和古物漫遊』は「いずれも初版で絶版になった」と書いてあったので、残念なことをした、と思っていたら、先日、新宿のジュンク堂で本書を見つけた。絶版になっても、まだ大きな書店には在庫がある様子。よかった。

 本書もまた、さまざまな古物を語りながら、それに関わったひとびとについて語るスタイルに変わりはない。最近、気になっている幕末の画家、冷泉為恭について1章が設けられていて興味深かった。誤解から尊王攘夷派に命を狙われ、長州藩士に殺害された、というのは、Wikiで読んだばかりだが、首を落とされ、大阪南御堂(真宗大谷派難波別院。今度行ってみよう)の石燈籠の火袋の中にさらされた、というのは初めて知った。酷いことをする。

 これも最近気になった人物(※歴博『武士とはなにか』参照)の川路聖謨が、奈良奉行をつとめたことがあるというのは初耳だった。多くの善政を施し、かつ天皇陵の修補にも努力を重ねたそうで、いまだに奈良の識者は、名奉行というと川路聖謨と答えるという。へえー。

 かと思えば「美術院」の1章は、岡倉天心が設立した日本美術院(※山種美術館『日本美術院の画家たち』参照)の第二部(修理研究部門)が、のち、本拠を東大寺大仏殿の裏手の勧学院に置いて、美術院と改称したことを語る。「今も美術院では厳かに天心祭(9/2天心忌)が行われている」のだそうだ。

 本書で初めて知った人物には、尼寺・円照寺六世を継がれた伏見宮文秀女王がいる。写真図版の筆跡があまりにも「雄渾」で呆気にとられた。大僧正か、陸軍大将の筆跡と偽っても遜色なさそうだ。神様に見せる画を描くことを願い、不遇のうちに没した画家、不染鉄(ふせん てつ)は、没後20年、奈良県立美術館が遺作展を催したことで知られるようになった。篆刻家、楠瀬日年(くすせにちねん)も世に忘れられた人物だが、春日大社の社印は大半が日年の作だという。私のご朱印帖にも彼の彫った印影が押されているはずだ。

 著者の本職である宮司のお仕事が垣間見えるのも本書の面白さ。春日大社では、唐菓子をつくることが出来ないと、一人前の神職とは見なされないそうだ。あるいは、大神様が人間の所業を嫌われると、春日山の木々が一斉に枯れる(史上に13回ある!)、そのときは宮中から楽人を遣わ、7日間の御神楽を奏する定めで、その中には、音を出さない「秘曲」を含むのだそうだ。日本の床しい伝統は、われわれ俗人のあずかり知らないところで、黙々と守り伝えられているのである。
コメント (2)
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