見もの・読みもの日記

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あふれる物語/鏑木清方展(国立近代美術館)

2022-05-01 22:19:38 | 行ったもの(美術館・見仏)

国立近代美術館 企画展『没後50年 鏑木清方展』(2022年3月18日~5月8日)

 日本画家・鏑木清方(1878-1972)の大規模な回顧展。見どころのひとつは、2018年に同館が収蔵した美人画の名作『築地明石町』『新富町』『浜町河岸』三部作の公開である。事前にチェックしたら三作品は通期展示だったので、すっかり安心して、見に行くのが会期ぎりぎりになってしまった。

 冒頭は「生活をえがく」をテーマに、市井の風俗、風景などを描いた作品を集める。『雛市』や『鰯』などの明治風俗から、近世初期の遊楽図を思わせる『若き人々』、浮世絵を大画面にしたような『墨田河舟遊』もある。『讃春』は昭和の大礼を記念し、三井財閥の岩崎家から皇室に献上された作品で、左隻には隅田川に浮かぶ船と水上生活者の母子、右隻には宮城を背景にセーラー服姿の女学生を描く。おもしろい対比だなあ。

 このセクションの最後に三部作が登場。『築地明石町』は何度も写真で見たことがあった(切手も持っていたなあ)が、あとの二作品は知らなかった。左側の『浜町河岸』は、おぼこい感じのお嬢さん。閉じた扇を口元にあてているのは、踊りの稽古を思い返している体だという。黒襟の着物の柄が独特で、髪飾りも、白足袋に赤い鼻緒もかわいい。中央の『築地明石町』は、浅葱色の単衣に黒羽織、袖を体に巻き付けるように胸元を抱いて立つ妙齢の女性。髪型は図録に「夜会巻」とあった。わずかに覗く羽織裏(?)の強い赤、唇と鼻緒の淡い赤が効いている。右側の『新富町』は、縞の着物に青みがかった灰色(利休色というのか)の羽織、伝統的な日本髪に結った女性が、うつむきがちに蛇の目傘をさして歩む。遠目に見てもどれも素晴らしいのだが、会場では、細部を拡大した映像が流れており、目元や口元、髪の生え際などの細かい描写にびっくりした。『築地明石町』の女性が、金の指輪をはめていることにも初めて気づいた。

 しかし私が心を掴まれたのは、このあとの「物語をえがく」のセクション。『野崎村』の母に手をひかれるお染!『コレクター福富太郎の眼』展でも見た『薄雪』の梅川忠兵衛!『道成寺(山づくし)鷺娘』は左隻に白無垢の鷺娘、右隻に『京鹿子娘道成寺』の一場面を描く。この『娘道成寺』のヒロインの美しさと妖しさが尋常じゃない。所蔵は「福富太郎コレクション資料室」になっているが、東京ステーションギャラリーの展覧会には出ていなかったと思う。いやー惚れてしまった。あと赤い着物に黒い帯の女性が静かに立つ『春の夜のうらみ』(新潟近美・万代島美術館)も『娘道成寺』に取材したものだというが、激しい嫉妬の予感は微塵もなく、解説がなければ分からなかった。名作『一葉女史の墓』は展示替えで見られなかったが、『たけくらべの美登利』(京都近美)は物語の終盤の、大人びた表情がよいなあ。

 清方は、特に小説や演劇に基づいていなくても、物語を感じさせる作品が多くて好きだ。(会場では見られなかったが)袴姿の女学生を描いた『秋宵』とか、宗門改めの踏み絵に向かう遊女たちの『ためさるゝ日』とか、眺めていると、どんどん物語の想像が膨らんでいく。うつむいてお茶を差し出す女性を描いた『幽霊』(全生庵)にも同様の魅力を感じた。

 最後は「小さくえがく」と題して挿絵、雑誌の表紙、絵日記などを集める。全109件だというが、展示替えが多かったので、見られたのはその半分くらいかと思う。私はそんなに清方を知っているわけではないが、あれも見たかったし、これも見たかったな、というのがけっこうあって、やや物足りなく感じた。もうひとつ不満は、近美の会場が左→右まわりなことで『明治風俗十二ヶ月』を12月から1月の順で見なければならないことに戸惑った。

 会場には、清方が、戦後、ラジオ(?)で来し方を語った肉声の録音を聴けるコーナーがあり、明治を「幸せな時代」と語っているのが印象的だった。「少しも衰兆の見えない時代」と評していたと思う。ただし近年の日本に多い「明治好き」な人々とは違って、清方は嫌いなものに戦(いくさ)を挙げている。嫌いなものは意地でも描かなかった。東京が緊迫した二・二六事件の日でさえ、美しいものを描いていたという。清方先生、「場合」を「ばやい」と発音するのが、江戸っ子らしくて微笑ましかった。なお、常設展(所蔵作品展)には、伊東深水が描いた『清方先生寿像』が展示されている。八の字眉に小さな目の、いかにも人のよさそうなおじさんの風貌だった。

※参考:幻の名作と言われてきた『築地明石町』発見の経緯については、以下の記事が詳しい。

美術展ナビ:鏑木清方の名作「築地明石町」を発見、44年ぶり公開へ(2019/6/25)

 今回、作品の所在を探し当て、近美の収蔵に結びつけたのは、主任研究員の鶴見香織さんだが、同館で日本画を担当する研究員(学芸員)の間では「いずれ『築地明石町』が世に出てきた時にはぜひとも収蔵したい」との思いが代々受け継がれてきた、という話に感銘を受けた。研究もコレクションも、短期で結果が出るものばかりじゃないんだよなあ。鶴見さんは、以前、安田靫彦展のギャラリートークを聴いて以来のファンなので、よいお仕事をしてくださって嬉しい。

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