〇大倉集古館 企画展『人のすがた、人の思い』(2022年4月5日~5月29日)
各種収蔵品を通して、人々がどのようなすがたや形、そして動きをしているか、どのような思いが表現されているかを探る。新型コロナによる行動制限が続く現在、あらためて人と人の交流の大切さを見直してみたいという思いが込められているという。
最初のテーマ「女性の姿」では『狂言面 乙』に惹かれた。おかめ、おたふくとも呼ばれる、あまり美しくない女性の面であるが、ネットで検索すると、実に様々な種類があることが分かる。展示品(江戸時代・17世紀)は、目鼻口が顔の中央に集まった、極端な下膨れで、ちょっと怖い。醜女をあらわす面だが、仏像の役に用いることもあるそうだ。
『鳥毛立女図』(大正時代)は正倉院宝物の模造品だが、どういう事情でこれが制作され、同館に入ったのか、不思議だった。原本は、女性の着衣や樹木にヤマドリ等の羽根が貼り付けられていたと考えられており、その雰囲気を想像するために、能の小道具である『羽団扇』(江戸時代)が添えられていたのが興味深かった。何の演目に使うのだろう? 孔明の羽毛扇は(私の中では)白のイメージだが、これは全体がつややかな濃茶色だった。
また酒井道一筆『道成寺図』には、オレンジ色の衣を羽織った女性の後ろ姿が描かれ、足元には「黒地に丸紋づくし」の着物の裾が覗いている。この柄は、嫉妬に狂った女性の扮装に使う、という解説にはっとした。前々日に見たばかりの鏑木清方展の図録を、家に帰って確認したら『道成寺(山づくし)』や『春の夜のうらみ』の帯が、まさにこの模様だった。
「思いに向き合う」の展示品は多種多様で、『異国船より抜荷を買取候その他禁制札』(正徳4年)という大きな制札が出ていた。こんな歴史資料もコレクションに入っているのか。文字が浮き彫りのようになっていたのは、表面の劣化の結果なのだろうか。室町時代の絵画『子島荒神像』は「中国の武将姿の日本の神」とあったたけれど、卵形の顔で、冠の紐を顎の下で結んでいる。全く武将らしくない。
『探幽縮図(和漢古画帖)』は、鑑定などの依頼を受けて探幽が目に触れた古画を縮小模写したもの。探幽のメモ(コメント)を翻刻して添えてあるのが楽しく、価格への言及もある。南宋・劉松年の真筆と思われる作品は200貫目、明兆は100貫目、正信は金3枚か2枚(この換算レート?)。模写された作品は、楼閣山水、赤壁(?)、白衣観音など。知っている作品がないか、記憶を探ったが、よく分からなかった。なかに『慧可断臂図』っぽいものを見つけて、これは!と思ったら、探幽が「雪舟のにせもの」と断じていた。
『宮楽図屏風』(桃山時代)は、右隻に男性舞踊、左隻に女性舞踏を描くというが、前期は右隻のみだった。実は「帝鑑図説」に基づき、音楽戯劇にハマった後唐の荘宗(李存勗)を描いたもので、なるほど、皇帝らしい人物が踊り出して、近侍の者が慌てている。とんがり帽子を被った胡人らしき舞人が踊るのは胡旋舞か。「帝鑑図説」って、戒めといいながら、破天荒な皇帝の所行を楽しんでいる感じがする。
2階に上がって「名所に集う」は、江戸時代の風俗屏風、図巻など。『上野観桜図・隅田川納涼図』(宮川長亀、江戸18世紀)は、老若男女、さまざまな職業・風体の人々が細かく描き込まれていて楽しい。しかし老眼にはつらいなあ。デジタルで拡大しながらゆっくり見たい。最後の「民衆へのまなざし」は、英一蝶『雑画帖』と久隅守景『賀茂競馬・宇治茶摘図屏風』の競演ということになるのだろうが、私は作者不詳の『職人尽図』(室町~桃山時代)が気になった。