見もの・読みもの日記

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作家と版元/へびをかぶったお姫さま(丸善ギャラリー)

2023-10-08 22:27:42 | 行ったもの(美術館・見仏)

〇丸善・丸の内本店4階ギャラリー 第35回慶應義塾図書館貴重書展示会『へびをかぶったお姫さま-奈良絵本・絵巻の中の異類・異形』(2023年10月4日~10月10日)

 毎年この時期のお楽しみになっている慶応大学図書館の貴重書展示会。この数年は、漢籍とか国学とか、わりと堅いテーマが続いたように思うが、今年は目に楽しい奈良絵本・絵巻が取り上げられていた。奈良絵本・絵巻とは、室町時代後期から江戸時代中期にかけて制作された、豪華な手作り・手彩色の絵本や絵巻のこと。擬人化された動物や鳥、虫、さらには鬼や天狗など異形のものたちも登場する。本展は、これらのおもしろい絵を数多く公開するとともに、これらの作品が、いつ、誰によって、どのように制作されたかを明らかにする。図録に付属する「慶應義塾図書館所蔵 奈良絵本・絵巻リスト」には75件を掲載。本展には、個人蔵作品(けっこう多い)を含めて48件が出品されている。

 奈良絵本・絵巻は、よく知られた物語をもとに制作・複製されたので「雀の発心」「酒呑童子」「是害坊」など、知っている物語、どこかで見た絵の類似品が多かった。その一方、物語自体は有名でも、絵に個性が感じられるものもある。この「道成寺」(江戸後期)などは、清姫が変じた蛇の姿に異様な躍動感と迫力はあって印象に残った。

 サブテーマ「頭に何かが載っている」は、擬人化の方法に注目したもの。これは「浦島太郎」の海の生きものたち。

 タコやエビはともかく、虫の擬人化はちょっとグロテスクで滑稽に感じてしまうのは私だけだろうか。作品は「虫の歌合」。

 この「かぶりもの」で変化(へんげ)のものを現わす手法は、中国にも(挿絵?京劇?)あったような気がするのだが、いまちゃんと思い出せない。

 監修者の石川透先生が図録に書いているところによると、2000年1月、丸善日本橋本店(当時)で「慶應義塾図書館蔵御伽草子」展が開催されたが、当時、御伽草子の展覧会は珍しかったので、図録も展覧会の中日には売り切れてしまった。とりわけ奈良絵本・絵巻の作品群が好評だったという。私はこの展示会は見ていないが、90年代の終わり頃、先進的な大学図書館が「デジタルライブラリー」の名前で貴重書の電子化とウェブ公開を開始したとき、奈良絵本を取り上げる図書館が多かった。文字ばかりの書籍より人目を引くし、誰でも楽しめると判断されたのだと思う。一方で、美術的・研究資料的価値はあまり高くないと思われていたので、また奈良絵本か、という批判的な反応も(図書館関係者の間に)あったことを覚えている。

 しかし今回の展示で、近年、奈良絵本の研究がずいぶん進んでいることが分かった。ひとつは、居初つな(いそめ つな)という女性の存在である。貞享・元禄年間(17世紀末)に版本の往来物を制作した女性だが、大量の奈良絵本・絵巻を制作していたことが、最近、明らかになった。前掲の「虫の歌合」(展示は屏風仕立て)も、筆画とも居初つなの作品と考えられている。「奈良絵本・絵巻が男性の分業により制作されたとの常識が完全に崩れた」というのだから、面白い。

 下は写本「徒然草」(挿絵なし)の本文のあとに記された「居初氏女つな書」の署名。

 奈良絵本・絵巻の制作には、もちろん男性も関わっていた。そのひとりが、仮名草子作家の浅井了意。了意は筆耕(木版印刷の版下文字を書く仕事)をする立場から、内容も制作する立場に変わったのではないかと考えられている。

 居初つなや浅井了意は、どこかの絵草紙屋に雇われていたのだろう。下は「七夕の本地」(江戸前期)に押された「烏丸通桜馬場町 御絵双紙屋 大和大極」の朱印。別に「源小泉 大和大極」という印もあって、絵双紙屋小泉の印と分かる。絵双紙屋小泉の作品には、異形の化け物が描かれることが多いのだという。

 見た目のかわいらしさだけと思われがちな奈良絵本・絵巻、先行の絵画作品や同時代の文学・戯曲作品と比較すると、まだまだいろいろなことが分かりそうで、とても面白かった。


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