■西国第二十五番 御嶽山播州清水寺(兵庫県加東市)
巡礼の旅2日目。朝、姫路を発って、尼崎経由、福知山線相野駅で下車。ここから1日2本のバスに乗り継いで、播州清水寺に向かう。バス停で、東京から来ていた巡礼仲間の友人を発見。まあ、この連休、どこかで接近遭遇するんじゃないかとは思っていたんだけど…。バスは海抜550mの山頂の門前に着けてくれる。そのため、ふもとの入山口で運転手さんが乗客の人数を確認し、下車の際は、バス料金と合わせて入山料も徴収されるシステム。「なんか中国みたいね」と友人とささやき合う。
仁王門を入り、最初のお堂は薬師堂。ご本尊はフツーの薬師仏だったが、まわりの壁(鴨居?)に嵌め込まれた十二神将がなんともユニーク。「籔内佐斗司 謹刻」とある。おお、「せんとくん」の籔内先生の作かあ。失礼を承知で、写真に収める(ごめんなさい)。
↓私の生まれ年の子神。
大講堂で、西国札所のご本尊である金ピカの千手観音坐像を拝観(内陣拝観料100円)。播州清水寺は、大正2年(1913)の山火事で全山焼失し、同6年に再建供養が行われた。再建に力を尽くしたのは、武田五一博士。友人に「知ってる?」と聞かれて「知らない」と答えてしまったが、実は、前日に訪ねた円教寺摩尼殿の再建も武田博士の設計だった。京都府立図書館や京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センターもそうだ。
根本中堂には、開山の法道仙人(一乗寺と同じ)が刻んだと伝える、秘仏十一面観世音菩薩立像が祀られている。写真を見る限りは、どことなく東国風。30年に一度の開扉で、次回は2017年だという。8年後?まだ仕事してるよねえ、と友人と言い交わす。夢は楽隠居して巡礼三昧なんだけど。
■西国番外 東光山花山院(菩提寺)(兵庫県三田市)
相野から3駅戻り、花山院別院(菩提寺)行きのバスが出ている三田(さんだ)へ。前日、三田に泊った友人は、朝のうちに花山院別院の参詣を済ませたというので、夜(夕食)の再会を期して、再び別れる。「バス停からかなり登るので、門前までタクシーを利用するほうがいいかも」という忠告を貰ったのだが、やっぱり巡礼は徒歩が原則、と思い定めて、ゆっくり昼食を取り、午後いちばんのバスを待つ。
しかし、覚悟はしていたものの、坂道はキツかった。山門まで舗装されていて歩きにくくはないのだが、足の上がり切らないような急傾斜が延々と続く。九十九折りに折れ曲がっているので見通しが利かず、もう終わりか、という甘い期待を何度も裏切られ、小雨の降る中、30分くらい登りづめに歩かされた。山門に到着したときは、呼吸困難でへろへろ。駐車場管理のおじさんから「車ですか?」と尋ねられ、「歩いてきました」と答えたら「えっ」と驚かれたのは、徒歩で参詣する人は少ないのかなあ。
広い境内には、薬師堂と花山法皇殿(十一面観音像、花山法皇像、弘法大師像を祀る)の、2つのお堂がちんまりと据えられている。ガイドさんに連れられた団体客が、ひっきりなしに参拝に訪れ、小さなお堂はゴッタ返しているが、お堂の向かいの花山院御廟所に注意を払う人がひとりもいないのは、いいのか悪いのか。小雨に洗われた紅葉が美しく、本坊からの眺望も見事だった。
夜は再び友人と落ち合って、京橋で夕食。ちなみに友人は、大阪青山歴史文学博物館の『開館十周年記念所蔵名品展』(2009年10月10日~12月6日)を見てきたそうで「すごかった」とのこと。うーん、全くノーチェックだった。関西には、まだまだ私の知らない博物館や美術館が多い。翌日は京都に出て、大覚寺の名宝展だけ見て、早めに帰京した。
巡礼の旅2日目。朝、姫路を発って、尼崎経由、福知山線相野駅で下車。ここから1日2本のバスに乗り継いで、播州清水寺に向かう。バス停で、東京から来ていた巡礼仲間の友人を発見。まあ、この連休、どこかで接近遭遇するんじゃないかとは思っていたんだけど…。バスは海抜550mの山頂の門前に着けてくれる。そのため、ふもとの入山口で運転手さんが乗客の人数を確認し、下車の際は、バス料金と合わせて入山料も徴収されるシステム。「なんか中国みたいね」と友人とささやき合う。
仁王門を入り、最初のお堂は薬師堂。ご本尊はフツーの薬師仏だったが、まわりの壁(鴨居?)に嵌め込まれた十二神将がなんともユニーク。「籔内佐斗司 謹刻」とある。おお、「せんとくん」の籔内先生の作かあ。失礼を承知で、写真に収める(ごめんなさい)。
↓私の生まれ年の子神。
大講堂で、西国札所のご本尊である金ピカの千手観音坐像を拝観(内陣拝観料100円)。播州清水寺は、大正2年(1913)の山火事で全山焼失し、同6年に再建供養が行われた。再建に力を尽くしたのは、武田五一博士。友人に「知ってる?」と聞かれて「知らない」と答えてしまったが、実は、前日に訪ねた円教寺摩尼殿の再建も武田博士の設計だった。京都府立図書館や京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センターもそうだ。
根本中堂には、開山の法道仙人(一乗寺と同じ)が刻んだと伝える、秘仏十一面観世音菩薩立像が祀られている。写真を見る限りは、どことなく東国風。30年に一度の開扉で、次回は2017年だという。8年後?まだ仕事してるよねえ、と友人と言い交わす。夢は楽隠居して巡礼三昧なんだけど。
■西国番外 東光山花山院(菩提寺)(兵庫県三田市)
相野から3駅戻り、花山院別院(菩提寺)行きのバスが出ている三田(さんだ)へ。前日、三田に泊った友人は、朝のうちに花山院別院の参詣を済ませたというので、夜(夕食)の再会を期して、再び別れる。「バス停からかなり登るので、門前までタクシーを利用するほうがいいかも」という忠告を貰ったのだが、やっぱり巡礼は徒歩が原則、と思い定めて、ゆっくり昼食を取り、午後いちばんのバスを待つ。
しかし、覚悟はしていたものの、坂道はキツかった。山門まで舗装されていて歩きにくくはないのだが、足の上がり切らないような急傾斜が延々と続く。九十九折りに折れ曲がっているので見通しが利かず、もう終わりか、という甘い期待を何度も裏切られ、小雨の降る中、30分くらい登りづめに歩かされた。山門に到着したときは、呼吸困難でへろへろ。駐車場管理のおじさんから「車ですか?」と尋ねられ、「歩いてきました」と答えたら「えっ」と驚かれたのは、徒歩で参詣する人は少ないのかなあ。
広い境内には、薬師堂と花山法皇殿(十一面観音像、花山法皇像、弘法大師像を祀る)の、2つのお堂がちんまりと据えられている。ガイドさんに連れられた団体客が、ひっきりなしに参拝に訪れ、小さなお堂はゴッタ返しているが、お堂の向かいの花山院御廟所に注意を払う人がひとりもいないのは、いいのか悪いのか。小雨に洗われた紅葉が美しく、本坊からの眺望も見事だった。
夜は再び友人と落ち合って、京橋で夕食。ちなみに友人は、大阪青山歴史文学博物館の『開館十周年記念所蔵名品展』(2009年10月10日~12月6日)を見てきたそうで「すごかった」とのこと。うーん、全くノーチェックだった。関西には、まだまだ私の知らない博物館や美術館が多い。翌日は京都に出て、大覚寺の名宝展だけ見て、早めに帰京した。