〇国立劇場 令和2年2月文楽公演(2020年2月23日、14:15~、18:00~)
・第2部『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)・野崎村の段』
2月文楽公演は、世話物の名作の入っている第2部と第3部を聴いた。野崎村は、田舎娘のおみつとお嬢様のお染がどちらも好き。初見のときは、働き者で親孝行で、愛情も焼き餅もストレートで、自分を棄てた許婚のために自己犠牲を厭わない、健気で行動力のあるおみつちゃんが愛しくて、こんな彼女を不幸にしたお染久松を憎らしく思ったのだが、大阪の大店のお嬢様なのに、丁稚の久松に一途に惚れて、はるばる追いかけてくるお染も可愛い。恋する女性の可愛らしさをよく分かっている脚本である。おみつを蓑二郎、お染を蓑一郎という新鮮な配役。床は前を織太夫+清治、切を咲太夫+燕三+燕二郎。下手側の席だったが、よく聞こえて堪能できた。
・竹本津駒太夫改め六代目竹本錣太夫襲名披露狂言『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)・土佐将監閑居の段』
続いて、錣太夫さんの襲名披露狂言。床・配役は全て大阪の正月公演と同じ。呂太夫さんの口上も同じだったが、正月公演より緊張感が緩和された雰囲気で、客席の笑いも大きかった。舞台に近い席だったので、勘十郎さんの遣う又平の動きの激しさ、滑らかさがよく分かった。
プログラムの解説を読んだら、この場面の前段では、狩野元信が長谷部雲谷(雲谷等顔なの?)の計略で捕縛されるらしい。江戸時代の人々が絵師という職業をどう見ていたかが窺えるようで面白い。
・第3部『傾城恋飛脚(けいせいこいびきゃく)・新口村の段』
梅川忠兵衛は近松の『冥途の飛脚』を見ることが多いけれど、『傾城恋飛脚』の新口村も好き。文楽では2014年に大阪で、そのあと2015年に札幌のあしり座公演で見たことのある演目である。忠兵衛の父・孫左衛門と、逃避行中の梅川が、名乗り合えずにお互いをいたわる会話がしみじみと哀しく美しい。ほぼ全編を呂太夫と清介。呂太夫さんの律儀で昔気質な語り口とよく合っていた。
・『鳴響安宅新関(なりひびくあたかのしんせき)・勧進帳の段』
いわゆる「勧進帳」である。むかし一度だけ見たことがあるが、ほとんど忘れていた。幕が上がって、板壁に松の木を描いた能舞台のような背景が目に入り、関守の富樫が登場し、能狂言のような古い言葉遣いで名乗りをあげるのを聞いて、そうだった、こういう演目だったと思い出した。
床には三味線が7名、太夫さんが7名。第3部は床のすぐ下の席だったので、奥のほうにいる太夫さんは顔が見えなかった。富樫は織太夫、弁慶は藤太夫で、このふたりが掛け合いで大熱演! カッコよかった~(ちなみに藤太夫さん、第3部の開始直前は洋服で3階のカフェにいらした)。
弁慶が白紙の勧進帳を読み上げるのは検問の第一段階でしかなく、そのあと富樫は、修験の法についていろいろ尋ねる。「いまだ委細を知らず」と言っているけど、実はものすごく仏教に詳しい男なのである。弁慶は比叡山の法師ではあるが、あまり勉学してきたとは思えないのだが、ここはスラスラ質問に答えて富樫を感服させる。義経が変装した強力が疑われかけるも、打擲して疑いを封じる。
さて関所から遠く隔たった海辺を行く義経一行。富樫が追いかけてきて、先刻の詫びを入れ、酒を勧める。盃を受け、延年の舞を舞う弁慶。この後半では、弁慶は主遣いだけでなく、左遣い、足遣いとも顔を出して出遣いとなる。あ、見たお顔だと思ったら、玉男さんの左は玉佳さん、足は玉路さんなのね。
※「世界に誇る文楽、3人一体で人形躍動 技芸継承へ 終わりない研鑽」(日経新聞 2020/1/4)
※「文楽トークイベント:吉田玉男「『生写朝顔話』&近況について」文楽座話会」(個人ブログ TOKYO巡礼歌 唐獅子牡丹 2017/9/16)
弁慶は大きな人形で、振りも大きく激しく動きまわるので、玉男さんは比較的無表情なのだが、ついていく玉佳さんが必死の面持ちだった。いつも黒子の下であんな表情をなさっているのかな。足の遣い方もふだんよりよく分かった。
三味線は7人で賑々しくツレ弾きの場面もあれば、1人または2人の場面もある。全体を率いる藤蔵さんの乗り方が尋常でなく、ロックでカッコよかった。三味線も太夫も人形も熱い演目だった。