〇三井記念美術館 特別展『地獄絵ワンダーランド』(2017年7月15日~9月3日)
いや~暑い。5年ぶりに体験する東京の夏は気が狂いそうに暑い。こういうときは、やっぱり幽霊、妖怪、それに地獄である。本展は「怖れ」と「憧れ」の象徴としての地獄と極楽の美術を通じて、日本人が抱いてきた死生観・来世観を辿るもの。ただし怖いばかりでなく、近世になって描かれた、どこか楽しく笑える民衆的な地獄絵なども紹介する。
展示は、水木しげるのカラー肉筆原画から始まる。冒頭に奪衣婆、次に閻魔大王、それから八大地獄と浄土を、水木少年とのんのんばあが訪ねてまわる。なるほど、八大地獄とは、等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄(無間地獄)というのね。等活地獄は、殺生を犯した者が落ちるところ。黒縄地獄は、殺生+盗み、衆合地獄は、殺生+盗み+邪淫を犯した者と、罪が増えるごとに、一つずつ下の地獄に落ちていく。ん?ということは殺生戒さえ守っていれば、飲酒や妄語を犯しても地獄には落ちないのか。意外と合理的な教えのような気がした。
続いて「日本の地獄の原点」というべき源信の『往生要集』を展示。建長5年(1253)の現存最古の版本で、黒々した墨付き、均整のとれた四角い漢字が美しい。西本願寺伝来だそうで、大谷大学図書館所蔵。ここから、さまざまな地獄のビジュアルイメージ、六道絵や地獄絵、十王図が展開する。滋賀・聖衆来迎寺の六道絵は江戸時代の模写(文政本)、地獄草紙は明治期の模写だったりするのいは仕方ないところ。京都・誓願寺の『地蔵十王図』(南宋時代、ほんとか?)は冥官の赤や緑の官服など、かなり鮮やかな色彩が残っている。十王の背景の衝立に墨画(樹木など)が描かれているのが気になる。冥官がぶ厚い帳面を抱えているのが中国の官僚っぽい。當麻寺の『十王図』は地蔵菩薩図、阿弥陀三尊図を加え、計12図を六曲一双屏風に仕立てる(展示は一隻ずつ)。南北朝~室町時代の作だというが、かなり宋元画の雰囲気を残していると思う。
立山の山中に地獄と極楽が同居している『立山曼荼羅』(江戸時代)は、あまり見たことのないもので面白かった。前期は美麗な彩色画(個人蔵)が出ているが、後期の三重・大江寺本はゆるい「素朴絵」ふうである。八代目市川団十郎の死絵で笑ったあと、いよいよ最後の展示室は「地獄ワンダーランド」である。
葛飾区・東覚寺の『地蔵・十王図』(13幅のうち10幅)には感動した。小学生が素直な心のままに描いたような十王図。こわいけどこわくない、大好きなお父さんか先生の顔を描いたみたい。うち何枚かに全身白装束の人物(女性?)が描かれている。裾の長い白い衣。髪も白い?白い頭巾(ベール)なのか? キリシタンの姿ではないかという推定があるそうだ。どこかで見たことがあるような気がして、あとで調べたら、矢島新氏が著書『かわいい仏像、たのしい地獄絵』で紹介しているほか、日本民藝館での講演会(2013年)でも言及されていた。キリシタンのことも。
日本民藝館から屏風仕立ての『十王図』(四曲一隻)も出ていたけど、これはあまり見た記憶がないものだった。後期の八曲一双屏風のほうが、ゆるさが極まっていて好き。愛知・観音院の『孝子善之丞感得図絵』も面白かった。孝行息子の善之丞は地蔵菩薩に導かれて、地獄・極楽めぐりをする。これ嬉しいのか?と疑うが、地蔵菩薩とひとつ雲に乗り、怖いながらも好奇心いっぱいに地獄をのぞく善之丞少年がかわいい。のんのんばあと水木少年も、この系譜にあるのだな。絵師の鈴木猪兵衛は同寺の住職だという。
最後は来迎図、浄土図など。山の間から大きな顔だけをのぞかせた『山越阿弥陀図』について、「両手が山並みに隠れ(印相が見えないから)阿弥陀かどうかも確認できない」というツッコミ解説がついていて笑った。展示図録には矢島新先生の巻頭論文。矢口澄子さん(水登舎)のイラストで地獄について楽しく学べる。地獄の鬼が関西弁をしゃべっていてかわいい。なお、収録作品の中には後期の展示予定にないものがけっこうある。これは秋の京都展(龍谷ミュージアム)にも行かないとダメかあ。
いや~暑い。5年ぶりに体験する東京の夏は気が狂いそうに暑い。こういうときは、やっぱり幽霊、妖怪、それに地獄である。本展は「怖れ」と「憧れ」の象徴としての地獄と極楽の美術を通じて、日本人が抱いてきた死生観・来世観を辿るもの。ただし怖いばかりでなく、近世になって描かれた、どこか楽しく笑える民衆的な地獄絵なども紹介する。
展示は、水木しげるのカラー肉筆原画から始まる。冒頭に奪衣婆、次に閻魔大王、それから八大地獄と浄土を、水木少年とのんのんばあが訪ねてまわる。なるほど、八大地獄とは、等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄(無間地獄)というのね。等活地獄は、殺生を犯した者が落ちるところ。黒縄地獄は、殺生+盗み、衆合地獄は、殺生+盗み+邪淫を犯した者と、罪が増えるごとに、一つずつ下の地獄に落ちていく。ん?ということは殺生戒さえ守っていれば、飲酒や妄語を犯しても地獄には落ちないのか。意外と合理的な教えのような気がした。
続いて「日本の地獄の原点」というべき源信の『往生要集』を展示。建長5年(1253)の現存最古の版本で、黒々した墨付き、均整のとれた四角い漢字が美しい。西本願寺伝来だそうで、大谷大学図書館所蔵。ここから、さまざまな地獄のビジュアルイメージ、六道絵や地獄絵、十王図が展開する。滋賀・聖衆来迎寺の六道絵は江戸時代の模写(文政本)、地獄草紙は明治期の模写だったりするのいは仕方ないところ。京都・誓願寺の『地蔵十王図』(南宋時代、ほんとか?)は冥官の赤や緑の官服など、かなり鮮やかな色彩が残っている。十王の背景の衝立に墨画(樹木など)が描かれているのが気になる。冥官がぶ厚い帳面を抱えているのが中国の官僚っぽい。當麻寺の『十王図』は地蔵菩薩図、阿弥陀三尊図を加え、計12図を六曲一双屏風に仕立てる(展示は一隻ずつ)。南北朝~室町時代の作だというが、かなり宋元画の雰囲気を残していると思う。
立山の山中に地獄と極楽が同居している『立山曼荼羅』(江戸時代)は、あまり見たことのないもので面白かった。前期は美麗な彩色画(個人蔵)が出ているが、後期の三重・大江寺本はゆるい「素朴絵」ふうである。八代目市川団十郎の死絵で笑ったあと、いよいよ最後の展示室は「地獄ワンダーランド」である。
葛飾区・東覚寺の『地蔵・十王図』(13幅のうち10幅)には感動した。小学生が素直な心のままに描いたような十王図。こわいけどこわくない、大好きなお父さんか先生の顔を描いたみたい。うち何枚かに全身白装束の人物(女性?)が描かれている。裾の長い白い衣。髪も白い?白い頭巾(ベール)なのか? キリシタンの姿ではないかという推定があるそうだ。どこかで見たことがあるような気がして、あとで調べたら、矢島新氏が著書『かわいい仏像、たのしい地獄絵』で紹介しているほか、日本民藝館での講演会(2013年)でも言及されていた。キリシタンのことも。
日本民藝館から屏風仕立ての『十王図』(四曲一隻)も出ていたけど、これはあまり見た記憶がないものだった。後期の八曲一双屏風のほうが、ゆるさが極まっていて好き。愛知・観音院の『孝子善之丞感得図絵』も面白かった。孝行息子の善之丞は地蔵菩薩に導かれて、地獄・極楽めぐりをする。これ嬉しいのか?と疑うが、地蔵菩薩とひとつ雲に乗り、怖いながらも好奇心いっぱいに地獄をのぞく善之丞少年がかわいい。のんのんばあと水木少年も、この系譜にあるのだな。絵師の鈴木猪兵衛は同寺の住職だという。
最後は来迎図、浄土図など。山の間から大きな顔だけをのぞかせた『山越阿弥陀図』について、「両手が山並みに隠れ(印相が見えないから)阿弥陀かどうかも確認できない」というツッコミ解説がついていて笑った。展示図録には矢島新先生の巻頭論文。矢口澄子さん(水登舎)のイラストで地獄について楽しく学べる。地獄の鬼が関西弁をしゃべっていてかわいい。なお、収録作品の中には後期の展示予定にないものがけっこうある。これは秋の京都展(龍谷ミュージアム)にも行かないとダメかあ。