〇東京国立博物館 特別展『ポンペイ』(2022年1月14日~4月3日)
東京では終わってしまった展覧会だが、これから京都展・九州展もあるので、記録を書いておくのも無駄ではないかもしれない。紀元後79年、ヴェスヴィオ山の噴火により、火山噴出物に埋没したローマ帝国の都市ポンペイ。本展は、ナポリ国立考古学博物館の全面的協力のもと、壁画、彫像、工芸品の傑作から食器、調理具まで150件余りを展示し、2000年前の都市社会と豊かな市民生活をよみがえらせる。
ポンペイ滅亡の物語は子供の頃から知っていた。少年マンガ誌や学習雑誌の読みもの記事で得た知識ではないかと思う。曖昧な記憶だが、1960~70年代のマンガやアニメには、ポンペイの運命を換骨奪胎したストーリーが描かれることもあったように思う。大人になってからは、澁澤龍彦がプリニウスを主人公にした『火山に死す』も読んでいる。しかし、これらは全て物語やイマジネーションに属するもので、ポンペイ遺跡の現状を映像で見たり、発掘された遺物に接したことは一度もなかったので、本展は衝撃的に面白かった。
ポンペイの発掘は18世紀(具体的には1748年)に開始され、今日も続いているという。完璧な姿を残す彫像(大理石やブロンズ)に加え、色鮮やかなフレスコ画やモザイク画が多数残っているのが驚きだった。ポンペイは詳しい市街図が判明しており、「ファウヌスの家」(陽気なファウヌス像が出土)「竪琴奏者の家」(竪琴を弾くアポロ像が出土)などは、広大な邸宅の間取りも分かっている。これら邸宅の壁や床を飾るフレスコ画やモザイク画が素晴らしい。特に細かい石片(?)を組み合わせて微妙な色調を表現したモザイク画は、遠目には普通の精巧な絵画に見える。
「ファウヌスの家」の談話室の床には巨大な「アレクサンドロス大王のモザイク」が敷き詰められている。マケドニア軍とペルシア軍がぶつかり合う戦闘場面で、これは残念ながら複製と映像しか展示されていなったが、世界史の教科書でおなじみのアレクサンドロス大王の肖像は、このモザイク画の一部である。1916年に発見場所の床面から剝がされて、ナポリ国立博物館の収蔵となったそうだ。火山灰に埋もれたポンペイが、タイムカプセルのようにこのモザイク画を保存してこなかったら、私たちの教科書の挿絵も違ったものになっていたかもしれない。
あと、屋敷に飼犬がいることを示す「猛犬注意」のモザイク画は、ポンペイの(ローマ帝国の?)定番だったようだ。装飾ではなく注意喚起の実用のためか、色もデザインもシンプルだが、家によってイヌの姿に個性があり、「民藝」的な面白さを感じた。
美麗なガラス杯、金のランプ、貴金属アクセサリーなど豪奢な品々も展示されていたが、むしろ面白かったのは、人々の暮らしに密着した品々である。一番人気は、なんといってもこの「炭化したパン」だろう。けっこう厚みのあるタイプである。ほかにも炭化したキビや炭化した干しブドウが展示されていた。
「仔ブタ形の錘(おもり)」。食器の間に並んでいたが、何に使うのかよく分からなかった。
「目玉焼き器、あるいは丸パン焼き器」。どう見ても、たこ焼き器にしか見えない。
市内の劇場付近の住宅の庭園に飾られていたという土製の人形(背景は写真)。女性役、おそらく遊女を演じる俳優の姿だという。ローマ演劇は(ギリシア演劇も)仮面をつけて演じると聞いていたが、具体的にどんな姿か見たことがなかったので、興味深かった。自然な人の顔に近い仮面なのかな。
ヴェスヴィオ山の噴火で埋もれた都市はポンペイだけではない。本展では、エルコラーノ及びソンマ・ヴェスヴィアーナの発掘についても紹介する。後者は、2003年から東京大学による本格的な発掘調査が開始されているそうだ。ローマ帝国の遺跡なんて、もうすっかり発掘調査が完了しているのかと思っていたが、まだ新しい発見がもたらされるかもしれないのだな。期待していよう。