神田憲行 2020年5月 朝日新聞出版
副題は、「“冴えん師匠”がなぜ強い棋士を育てられたのか?」。
「冴えんなあ」といえば、棋界では森信雄七段の口癖としてとおっているわけで、それは『聖の青春』の影響かもしれんけど。
ということで、このタイトルの一門というのは、棋界でいちばん棋士になった弟子の数がいま多い、森信雄一門のこと。
最近ぢゃあ(といっても二年前か、もう…)『師弟』なんていうなかなかおもしろい本もあったけど、あまり似たようなもの読んでもしゃあないかとは思ったんだが、森門下には個性的な棋士多いように思うんで、ついつい興味もって買ってみた。
すべての弟子に取材して書かれたもので、初出はおどろいたことに「ヤフーニュース特集」というウェブサイトの記事だという、今後そういう書籍が増えるのかも、紙の本を読むの基本の私としては出版してくれるのはうれしいが。
伝統的に、将棋の師弟関係ってのは直接技術を教えるとかってもんぢゃなくて、弟子は勝手に強くなってくんで、どうしてあの師匠にこの弟子がとかあまり考えてもしょうがないもんだが、まあそれなりに伝わっていくものは確かにあるようで。
森先生のおもしろいのは、おまえは勝負に甘いからコーヒーも砂糖いれずにブラックで飲め、みたいなこと言ったことあるらしいとこで、それも本人は忘れてたりするとこがいい、ただの思いつきやん、それ。
弟子のなかでは、やっぱ千田翔太七段あたりがどんなことを言うのかってのに興味があったんだが、意外なことに、森先生のほうが奨励会で伸び悩んでるほかの弟子について千田七段に相談するという話。
弟子の見方が的確で、どうダメなのか理論で説明してくれるからだというけれど、
>「その人の1日の将棋の勉強時間はどれくらいですか」
>「3時間くらいや」
>「それは話をするレベルの人ではありませんね……」(p.174)
みたいなやりとりがあるというところが、らしくていい。
コンテンツは以下のとおり。棋士の登場順は四段になった順というのがベタといえばそうだが、まあ時系列おってまちがいがないって気もする。
一、“さえん棋士”の誕生
棋士を目指す
大阪へ
二、聖が残したもの
どん底で出合った湖――増田裕司
破門されかけた唯一の弟子――山崎隆之
遅咲きの末に辿り着いた境地――安用寺孝功
「おかみさん」誕生
強い棋士はなぜ優しくなれるのか――片上大輔
“怪物くん”の頭脳――糸谷哲郎
兄の死
三、泣いたあの日のこと
異能の少年棋士から一門へ――澤田真吾
転機となった羽生善治との戦い――大石直嗣
「けっこう命がけで将棋をしている」――室谷由紀
超合理主義者の師匠愛――千田翔太
唯一夢中になれた道を――竹内雄悟
10年かけて、夢が叶わないことを知る――棋士になれなかった弟子
いつも静かに泣くことを覚えた――山口絵美菜
女流棋士の道を選ぶということ――石本さくら
四、最後の「負けました」
危機を救った師匠の「妙手」――西田拓也
森信雄、引退
一門の知恵を借りて――石川優太
教えるのは将棋だけではない――
特別章 羽生善治が語る師弟論