照る日曇る日 第1908回
シリア、ダマスカスに生まれ、7歳でアメリカに移民、サンノゼで育って英米両国で学び、現在は米国在住の新進作家に拠る2020年刊行のデビュー作を、定評ある小竹由美子さんの見事な翻訳で読みました。
最近はこうしたグローバルな刻印を帯びた作家による、所謂移民難民文学や旧植民地文学が数多く誕生していますが、この人の作品は、そういう「所謂」を全部取り去った時空に屹立している、どこか鮮烈で強靭な文学性に満ち溢れていて、構成も中身もなかなかに刺激的です。
本書は、表題作をはじめとする9つの短編で構成されていますが、それら主人公の大半が、いずれも複雑な生い立ちと異郷に生きる孤独と苦難を抱えながらも、逞しく生き続けている姿に打たれます。
もとより移民や難民ではなく、多重人種社会の埒外に棲息しているはずの私たちが、なぜこの物語の登場人物たちに感情移入できたり、共感を覚えたりすることが出来るのか、と不思議な気持ちがするのですが、それは、現在の格差世界であたかも「本の寄る辺なき葦」として生きるほかなき我ら民草たちが、まさにこの小説の登場人物たちが舐めたような、不当な差別や苦痛と絶望の只中でしか、生存が許されていない、からではないでしょうか?
それはさておき、中ほどに置かれた「アリゲーター」という作品は、小竹さんの解説に拠れば、著者が1929年にフロリダで実際に起きたシリア・レバノン系移民夫婦のリンチ殺人事件を追究する中で誕生したそうですが、実際の新聞記事や動画などもコラージュしつつ、虚実取り混ぜて創造された実験的な世界は、疑いもなく本書における最大の力作であり、野心作と評せましょう。
昨日までのボール「ガール」が今朝からはボール「パーソン」になりましたあ 蝶人