照る日曇る日 第1917回
最近、ハーンやダウスン、マッケンのみならずブラックウッドなどの怪談怪奇小説の翻訳で人気が出て来た翻訳家、平井呈一の数奇な運命を描いた直木賞作家の伝記小説である。
浪漫派やマイナーポエト大好きの平井選手は、芥川を去って志賀直哉に走った瀧井孝作のように、佐藤春夫から心酔する永井荷風の元へ赴き、忽ちにしてその信を得たが、勝手に師匠の筆跡を真似た偽作を捏造しては古書店で換金したので、その咎を戦後の小説で針小棒大に暴かれたために文壇、出版界から白眼視され、彼がそのダメージから回復することは終生に亘って遂に無かったと言えるだろう。
そんな「罪人」の親類の女性を妻とした岡松選手だったが、だからというて平井をおとしめたり、もとあげたりすることのもなく、冷静沈着に主人公の生き方を淡々と描いていくので、それが“大人の”文学としての静かな感銘をもたらすのである。
横書きの短歌の本を贈られて喜ぶ歌詠みはひとりもおるまい 蝶人