あまでうす日記

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橋川文三著「増補日本浪漫派批判序説」を読んで

2023-06-18 10:51:13 | Weblog

 

照る日曇る日 第1912回

 

大昔にちょっと覗いた本を、もう棺桶に片足を突っ込んでからまたちょいと眺めてみるが、さして新たな発見があるわけでもない。

 

15年戦争を総括するためにはとても重要な本であるし、なによりも名辞だけが先行していた曰くつきの「日本浪漫派」の実態を、その主要人物である保田与重郎の言行や思想を、日本浪漫派ならぬ「日本ロマン派」として初めて対象化した点にお手柄があるのだろう。

しかし私は保田を尊敬していた伊藤静雄の古典美を湛えた端正な抒情詩に感動を覚えたことはあっても、「古事記」の倭建命の挽歌「命のまたけむ人はたたみこも平群の山の熊樫が葉を髻華に挿せその子」をみても別にどうということはないし、肝心の保田の文章をキチンと読んだこともないし、またその気もないし、15年戦争を「雄大なる楽天」で臨むと称したり、帝国軍人が中国大陸で三光作戦を展開する現場に立ちながら、戦争の悲惨なリアルを、自己憐憫と自己嘲笑でまぶした「日本というイロニー」なる文学的情感に解消するような高踏的かつ反人間的精神構造に加担したいとは露思わないのであるからして、若き日に酷く浪漫によろめいた著者への共感が、乏しくなるのは止むをえまい。

 

橋川選手の文章は、読めば読むほど意味内容が混濁暗熔し、あろうことか恩師の丸山真男の論理的な明快さよりは「頽廃期の檀林俳諧風の文体」で綴られた保田選手のそれに近づいていくようだ。

 

敗戦必至と知りつつ戦争賛美を唱え続けた保田、実際に敗戦しても戦争責任のかけらも肉に喰い入ることが無かった保田よりも、万事に通暁しながら「この大戦争は一部の人達の無知と野心とから起ったか、それさえなければ、起らなかったか。どうも僕にはそんなお目出度い歴史観は持てないよ。僕は歴史の必然性というものをもっと恐ろしいものと考えている。僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか。」と嘯いた同時代の小林選手のほうに、いっそ人間味を感じる私である。

 

  6点差をひっくり返されたエンゼルスでもツバメより遥かにマシかも 蝶人

 

コメント
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