神田のオフィスビルが立ち並ぶ司町には古い店もいくつか残っている。ここはそんな中のひとつ、天ぷらの「八ツ手屋(やつでや)」。創業は大正3年(1914)とのこと。つまり今年で100年! 素晴しい佇まいをみせる店頭に立ち、暖簾をくぐる。昼食時とあって中はサラリーマンで一杯。土間のテーブル席の奥には小上がり(というか普通の民家の和室のよう)もあり、そちらにも客が一杯。幸い席がすぐにひとつ空いたので座ることが出来た(もちろん相席)。こちらは先払いなので、天丼の「中」を注文して支払った。すぐ後に入ったある女性客が「ご飯少なめ」と頼んでいたので、自分もあわてて「私もご飯少なめでお願いします」と頼み直す。すでに配膳された天丼を見るとけっこうな盛りだったのだ。色んな所を廻って食べ歩いているので、あまりヴォリュームがあると食べ切れない。もちろん残すのは嫌だし。
店の右手が厨房になっていて、Tシャツ姿の主人が黙々と天ぷらを揚げている。周りには女性ばかりの給仕さんが何人か居て、それぞれ忙しそうに立ち回っている。奥にはかなりご高齢の婦人が鎮座して、吸い物を器に注ぐ担当をしていらっしゃる(大女将さんだろうか)。昼時に集中して次々と入ってくる腹を空かせた男どもを捌いていくのは大変だろう(ちなみにこの店、平日の昼営業だけのよう)。
しばらくして目の前に天丼の中が置かれた。吸い物と漬け物も付いている。しっかり濃い色の天ぷらは胡麻油の香りよく、大きめの衣はどっぷりとつゆに浸かっている。最近は色白でサクサクの上品な天丼が「優」で、衣が少しでも柔らかいと「劣」のように言われる事が多いが、つゆにくぐらせた天ぷらをご飯とかきこむのが天丼のいいところ。だんだん衣がふやけてきて、ご飯と馴染む。こういうのこそ天丼だよなァ。旨い。江戸前の天丼、庶民の天丼はこうでなくちゃ。少なめで頼んだご飯はゆうに普通の丼と同じくらい量があり、やや苦しかったが、下町ならではのサービス精神だろう。下町の老舗で「少なめ」と頼んで効果がなかったことが何度もある(笑)。うれしいじゃないか。まだ次の客があるので、平らげてすぐに席を立った。帰り際には給仕の女性から「ご飯、大丈夫でした?」とやさしい言葉。ありがたい。(勘定は¥750)
↓ 登録有形文化財の「丸石ビルディング」(昭和6年・1931・建造)。素晴しい存在感。1階は石造、上階はスクラッチタイル壁
↓ そこかしこに動植物の像やレリーフ、様々な装飾があり、いつまでも見飽きる事が無い
東京都千代田区神田司町2-16
(神田 神田八ツ手屋 やつでや 八つ手屋 やつで屋 八ッ手屋)