変形性股関節症に負けない『心と身体』を目指して -運動指導士 彦坂惠子-

踊りが命と舞台と指導に明け暮れていた私が突然変形性股関節症と言われ、手術をし引退したが現在運動指導士として活躍中

母の日に思うこと

2016-05-08 12:34:51 | Weblog

 とても爽やかな天候になりました。
 暑くなく、寒くなく、過ごしやすいです!


 熊本 大分の余震が、まだ続いて…
 被災された方々のご苦労が、胸がいたみます

 すずらんさん、はじめ九州の方々、
 睡眠不足と目まい状態のような感覚になられているのでは?!
 どうぞ、ご自愛くださいね~。

 そして、忘れてはいけないことは、2011年の3月11日東日本大震災の時の
 原発事故で、いまだに戻れないで憔悴しきっている人々がいることも、
 いまだに、放射能に脅えなければならない事実を
 私たちは、忘れてはいけないと思います!!

 原発事故については、何もできない自分がいて、とても歯がゆいです。
 忘れないことが、私にできる今のことと思っています。


 今日は、「母の日」です。

 押し花アート教室で、カーネーションを押したので…
 その押し花で、額をと 思いましたが…
 前々回の押し花コラージュの額の時に、カーネーションを使ってしまったので
 明日、カーネーションを購入して(淵に色が違うタイプの方が、押したときに
 奇麗な色として出る様なので、そちらを購入予定)、後、アネモネも押してみようと
 思っています。
 なぜ、明日 お花を購入❔ するのかというと、
 母の日には、お花の需要があるので お高くなる、翌日は 定価になる、と
 いうことです。


 実母も義母も叔母もいなくなったので、
 母の日は、事実上関係なくなりました。
 そして、うちは、息子なので…
 母の日のプレゼントは、もらえない、ので、
 自分で買ってしまい、息子に少しだけでもお金をもらうつもりで…います。が、
 どうなりますか?

 引っ越しでお金をかなり使った❔ようです。
 すべて、息子は、何もない所から、自分で揃えました。
 親の援助なしで。
 家から持参したのは、洋服だけです。
 だから、いつでも戻れるように ベッド 漫画 少しの服 あります。


 期待はしていないのですが…
 そういうとき、女の子のお母さんが 少し羨ましくなります。
 ほんの一瞬のことです。。が、、。



 今日は、「東京新聞」 5/6日付けのコラムの記事が 目に留まりました。
 ご紹介します。



           『母の日に思うこと』 
                     下村 朱美(ミス・パリ社長)

 49歳だった母が、食欲がないと病院に行った時にはすでに末期の胃がんだった。
 8時間の大手術の後、毎日38.6度の熱は下がらず、髪は抜け、口の中は口内炎で
 ただれる。
 そんな状態が4ヶ月続き、そして、旅だった。

 父も私も、母本人もあまりにも早く訪れつつある別れが悲しくて、残念で、
 それぞれに隠れて泣きながら、互いの前では笑顔で振る舞った。

 病気になる前、私たち家族はハワイ旅行を計画していた。
 そんな折、祖父の具合が悪く、母の
 「来年にしましょうよ」という言葉で取りやめた。
 しかし、母に来年は来なかった。

 その後、私はやりたいことはすぐやる、行きたい所には飛んでいく…
 というように、次にという考えがなくなった。

 私は、病室で苦しそうな母を見て、早く楽になりたいと思わないかと
 聞いたことがある。
 母は、「人は、みんな神様の子どもで、地上に修行に降りてきたの。
 修行中だからつらいのは当たり前で、その中で楽しいことがあったら
 もうけもの。この命は神様に頂いたものだから、一生懸命に生きないとね」
 と言った。

 最後まで、自慢の美しい母だった。
 亡くなる少し前、母は夢を見て泣いていたと父から聞いた。
 どうしたんだと揺り起こすと、
 「お父さんとお母さんが迎えに来た」と母は答えたそう。

 それから、私は死ぬ時が怖くなくなった。






            『変形性股関節症に負けないでね!』

コメント
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