三連休最後の日。
みなさん、お出かけになられて、脚は大丈夫でしたか?
今日は、雨こそ降らなくてよかったのですが…
日一日と秋を感じてきますね。
寒くなってきました。
股関節症にとって寒さは 禁物です!
暖かくしたいですね。
すずらんさんは、熊本にお住いで、阿蘇の噴火には、驚きました。
すずらんさんの所は、影響がなかったようですが、
熊本地震から復興へという矢先でしたので…
情け無常を感じました。
そんな思いをしていた時に、読んだ、東京新聞の記事です。
皆さんに、読んでもらいたいと思いましたのでブログにのせました。
『心震える被災地訪問』 千住真理子
「この年で感動したのは久しぶりです」。
95歳の婦人はそう言って涙を流してくれました。
私はいたたまれない想いがこみ上げてきた。
心が震えたのは私の方だ。
あれから、5年が経つというのに、復興が進まない東日本大震災の
被災地。
今回私が慰問したのは、宮城県の気仙沼と大島だ。
いまだに仮設住宅でひっそりと厳しい暮らしを強いられている人々を
目の当たりにするのは胸がつぶれる想いだ。
慰問した中に老人ホームがあり、入居者も職員も5年前の出来事はまだ
生々しい記憶として日夜うなされるという。
ホームは25mの高台にあって、なお足元まで迫りくる津波。
「あぁ、だめだ!おしまいだ!」
と泣きながらご老人のベッドや車いすを仲間と運んだという。
60人いる要介護のお1人お1人を数人の職員が助け出す。
重量感のあるベッド、助けてと叫ぶご老人。
「全員助けるなんて無理だ!」。必死に運ぶベッドの脚は折れ、
泣きながら重たいベッドを引きずり、押し、外を見ると迫りくる津波。
恐怖と絶望の中、がむしゃらに体を動かした。
と話してくださる職員は目を赤くした。
奇跡的にご老人は皆助けることができたが、職員は失った。
しかし、そういう出来事は1ヶ所や2ヶ所にとどまらない。
想像だにし得なかった悪夢が現実に起きたのに、私たちは「終わったこと」
として記憶の奥に押しやっているのではないか。
「全然、終わってなんかいないのです」
被災地で会う人ごとに、その言葉は漏れる。
「だから今回も台風で過酷な被害に遭われた方々の話を聞くと、記憶が
よみがえるのです。あの時と同じ恐ろしさで涙が止まらないのです。
助けることができなかった方々のつらい体験は、我がことのように目の前に
迫ります…」
震災直後に訪れた大船渡保育園も、そういえば高台にあった。
そこもまた足元までぎりぎりに津波が激しく押し寄せ、保育士の方々は園児を
抱いて震えたと聞いた。
その時ともに訪れた兄の千住明(作曲家)は
「さかみちをのぼって」という歌を保育園の園歌として作曲し寄贈した。
「(つなみがきたら)さかみちをのぼってにげよう」という想いが込められた
園歌を幼子が歌う、その清らかな歌声が心に染みたことを思い出す。
では、自分の足で逃げられない方、人に頼るしかない方のせつなさはいかばかりか。
その方々を必死に助けようとしても限界が立ちはだかった時の気持ちを
想うとさらに耐えがたい。
それぞれが精いっぱいの中にいる。
バイオリンを弾くしかない私の音に、感動した、とおっしゃってくださる方、
その言葉に私は救われた。
できることならば、死ぬまで自分の足(人工関節含め)で、、
歩きたいですね!!
『変形性股関節症に負けないでね!』