私こと、年齢を重ねるとともに本が読めなくなってきました。
本が読めないと「困る」のかと考えてみると、さほど困ることはありません。
情報ならスマホでもパソコンでも新聞でも、自分が必要としている以上の情報が提供されますし、プッシュ型でこちらがわからないことなら探せば大概のことはでてきます。
最近は動画で詳しく教えてくれる動画サイトや音声で伝えてくれるもあって、サービスも自分が選べばお望みの情報が手に入りやすくなっています。
しかし! 読書って情報を得るためだけのものではありません。
逆に、液晶の画面を視て疲れた目と脳を休めるひと時でもあるかもしれません。
液晶画面と本の活字を見るのとでは、目の疲れの種類が違うようにも思われますし、同時に脳の疲れの種類もやはり違うように思われます。
◆
そんななか、昨日書いたことと類を同じくするのですが、「読めなくなったな~」と嘆くだけでは、読書への意欲と関心がうすれ"億劫になっている"ことへの恐怖を感じます。
そんなときは、なにも難しい本を読むのではなく、さらりと読み流して心に風を送るような読書も良さそうです。
今回読んだのは養老孟司さんと名越康文さんの対談書「虫坊主と心坊主が説く~生きる仕組み」という本です。(実業之日本社)
養老孟司さんは解剖学者で東大名誉教授、「バカの壁」が大ヒットした著作家でもあり、大の虫好きなのでここでは"虫坊主"とされています。
また名越康文さんは、精神科医でいながら「驚く力」などの著作多数でコメンテーターとしても活躍中。なのでここでは"心坊主"とされています。
この本はいくつものテーマでお二人に対談をしてもらい、その内容をライターが書き記したという体でできています。
一つのテーマでの語らいがせいぜい2000文字くらいなので、さらりと読めてときどきドキリとします。
お二人の対談は、「仕事って何ですか」「成功って何ですか」「世の中って何ですか」などの章立てにまとめられて、一見好き放題に語っています。
もともとお二人とも、この本を出したところで世の中を変えようと思っているわけではないし、何かを教えようと思っているわけでもありません。
でもお二人なりのモノの見方を通してみると、「なるほど」「そうお考えですか」という新鮮な驚きがあります。
通底しているのは「捕らわれるな」ということ。
当たり前と思われているいわゆる「常識」というのは、社会の中でうまくやっていくための知恵ではあるけれど、それに捕らわれるとそこの中に留まるために苦労する。
だから「ほどほどにしろ」という感じ。
でもそれは世間に逆らえ、とか自分一人だけでも正論を主張しろ、というのともちょっと違います。
世の中とは何か、をちゃんと知ったうえで"上手に付き合うといいですよ"というもので、そこにほどほどという感覚が出てきます。
「こうやったら成功しますよ、と言われてその通りにやって成功したら楽しいのかね?」
「今の流行に乗っかったって、いずれその価値観も変わるしね」
決してビジネス書に見られるような「成功のためにまっしぐら」な情報ではなくて、ちょっと東洋的で漢方薬のような、「これを知っておくと、後々楽になる」という語り合い。
最近は"品格"とか"上品"とか"品がある"ということが気になってきた私ですが、逆に言うとそれだけ品のある人が少なくなってきたということなのかもしれません。
お二人のちょっと品のある対談を読む傍らには、コーヒーよりはお茶が似合いそうな気がします。
自分にもこの手の話ができる対談相手ってほしいものですね。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます