尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

本を読むこと②-「エンタメ本」の勧め

2012年10月03日 00時53分57秒 | 若い人へのメッセージ
 「若い人向け」なんて明示してしまったからか、かえって全然読まれていない感じもするけど、とりあえず読書のすすめを書いてしまう。(続いて、映画、生を見ること、旅行なども続ける予定。)

 前回書いたように、僕は「本の最大の存在理由」は「知識の伝達」だと思ってる。でも、確かに知識を得るためだけだったら、読書はつまらなくなるだろう。前にいじめ問題で書いたように、「人間は楽しいことしか続かない」ので、「読書は楽しい」という経験を積んでないと、読書は続かない。他の人や次の世代に続けていくこともできない。だから僕は今まで生徒向けに「読書の勧め」を作ったこともある。(松江二中と六本木高校。)だけど、僕は娯楽という意味では、音楽鑑賞やテニスや手芸やガーデニングなんかと読書は等価だと思う。この4つはこの前書いた時にたまたま思いついただけで、僕の趣味でもなんでもないけど、自分が好きで他人に迷惑でない趣味なら、みな同じように意味があるもんだと思う。

 その中で読書はこれからも特権的な位置を占めることができるだろうか。僕の小さい頃は、映画を家で(ビデオやDVDで)見られるなんて、ありえない夢でしかなかった。音楽も高いレコードを買うしかなく、簡単にダウンロードしたり、持ち歩いて聞くということは考えられなかった。LPレコード(大きいレコード)は、まあお年玉を貰ったら年一回買えるもの、毎月のお小遣いではシングルレコード(ヒット曲が表裏に入ってる小さいレコード)を一枚買えるかどうか。そんな状況でどうやって音楽を聞いてたかというと、ラジオを聞いてせっせとリクエスト葉書を書いていたわけである。そんな時代では、どうしたって「本」の位置が今より大きいわけである。パソコン、ゲームなどが発達した現在とは全く違う。じゃあ、今では楽しみとしての読書は意味が少ないのか。どうもそうでもなさそうである。映像やインターネットが発達すると、本はいらなくなるようなことを言ってた人もいたけど、映画やテレビ、ゲームなんかの「元ネタ」、原作は本であることが多い。やはり、本があって、その二次利用があるということが今でも多い。(その逆もかなりあるけど。)言語による創造が先にあって、それを実体化(このドラマを映像で見てみたい、この本の中の風景を映像で見たい…)してみたいと思うことが今でも多いように思っている。

 さて、僕は「楽しみとしての読書」は3つのレベルに分けて考えている。①子供向け②男のたしなみ③ミステリー、である。「楽しみとしての読書」は、自分で得意の分野を作ってそれを深く掘っていくということが多い。鉄道ファンが全線乗車とか駅弁制覇を考えるように、ミステリが好きなら、アガサ・クリスティを全部読むとか、何か目標を作るわけである。趣味の世界なんだから、どうしてもそうなる。それがうっとうしいと思うと、趣味としては深くならないけど、でも本の世界が自分を支えてくれることは多い。面白本の見つけ方を心得ていると人生が豊かになるのは間違いない。

 ①「子供向け」というのは、絵本、児童文学や岩波ジュニア新書など、若い人向けの本。少し大人になって大学で専門勉強を始めたりすると、専門論文やらマルクス、ウェーバー、フロイトなどに無鉄砲に挑戦してしまい、「読書の楽しみ」を忘れてしまうことがある。でも、みんな親や学校に与えられた子供向けの本が読書の始まりだったはずである。男でも女でも、仕事や育児が忙しい時期は読書の時間がない。ないのは仕方ないけど、それでは自分の心が乾いてしまうと思う人もいる。そういう時は、児童文学がいい。とにかく絶対に判りやすい。スラスラ読める。「前衛的児童文学」なんてあるんだろうか。子どもが理解できなければ意味がないから、少なくとも難解な本はまずない。それと大事なことは、「自分の中の子どもの部分」を時々思い出してみる大切さである。

 もちろん今や児童文学のジャンルに入る本でも「古典」として皆が読んでいる本も多い。トールキン、C・S・ルイス、ル・グィンなんかの、つまり「指輪物語」「ナルニア国物語」「ゲド戦記」など。ミヒャエル・エンデの「モモ」「はてしない物語」なんかも必読ですよね。大体岩波少年文庫にあるので、児童文学のコーナーを見ることが大事。ケストナーの「飛ぶ教室」、サン・テグジュペリの「星の王子様」などは、第二次世界大戦前に大人向けの作家が書いた子供向けの作品。そこからサン・テグジュペリの「夜間飛行」「人間の土地」なんかに進んで行くといいと思う。日本でも、梨木香歩「西の魔女が死んだ」など現代の児童文学の中に「多くの人に勇気を与える」作品がたくさんある。最近は「ヤング・アダルト」というジャンルができていて、若い人は漱石、鴎外なんかはいいから、そういうのをまず読まないと。僕のお勧めは、森絵都「永遠の出口」佐川光晴「おれのおばさん」「おれの青空」である。それと僕の若い頃は非常に大きな影響力を持った、灰谷健次郎「兎の眼」「太陽の子」などは今の若い人が読むとどうなんだろうか。絵本も含めて、僕は若い頃は子ども時代に近いわけだし、日本や世界、社会や人間を理解するのに絶対役立つから、子供向けの本を心がけて読んで、次の世代に伝えていくべきだと思う。

 ②「男のたしなみ」としての読書。変な言い方だけど、司馬遼太郎や池波正太郎を読んで、池波さんの好きだったお店を知ってるというようなことである。これは30代を超えるころから、ゴルフや英会話なんかより大きな意味を持つかもしれない。何しろ企業のトップには歴史小説、時代小説や企業小説なんかが大好きな人が多い。これをバカにして読んでないと、話についていけない。でも司馬遼太郎しか読んでないと、頭が「司馬史観」で塗り込められてしまい、想像力がかえってしぼむ人がいる。素晴らしく面白い青春小説である「竜馬がいく」も、もう半世紀前の作品で、「高度成長時代の日本の精神史」の材料であって、明治維新の研究はもっと進んでいる。一番まずいのは、知らず知らず「下級武士史観」になってしまい、「脱藩志士」を気取るのはいいけど、農民や商工民、被差別民衆を忘れてしまう人が多いことだ。僕は藤沢周平をきちんと読むことを絶対条件として勧めたい。それと「企業小説」「経済小説」。今はそういう分野の小説がすごく多い。そして面白いのである。多くの小説では、男は大恋愛したり不倫したりしてるけど、実際は時間のほとんどは嫌でも仕事してるわけで、その仕事が小説に出てこない。そういう不満にこたえる経済小説の分野があって、これが読むとすごく面白いのである。まあ、不平たらたら、リストラされそうな主人公ではないけど。でもバリバリ仕事してたら、罠に落ちて左遷、会社の危機に立ち上がり…みたいな話は面白いし、社会勉強にもなる。僕は進路研究としても、高校や大学で使える企業小説、業界小説の登場を待ち望んでいる。大人の娯楽読書は、この分野が落とせない。若いときも業界研究の意味で、様々な小説を地域の図書館で探してみるといい。(学校の図書館にはほとんどないはずである。)

 ③ミステリー。若いときはSFも読んだけど、今は自分の娯楽本はほとんどこれ。それは今まで読んできたから、その分野の本は読みたい。でも宮部みゆきさんの新作とか、みな日本ミステリーは長くなり過ぎ。枕にしても高い、みたいなのはどうなのか。こういうのは「ジャンル小説」というわけだが、好きなジャンルを読めば、それなりに役立つ。ミステリーを読んでると、「全然犯人じゃないと思ってたら犯人だった」「全然犯人じゃないと思わせるように書いてるから、本当は犯人なんじゃないか」「全然犯人じゃないように書いてるから、犯人の可能性もないわけではないけど、たぶんこの書き方では犯人じゃないだろう」とか、いろいろ読んでるうちに「深読み技術」が発達してくる。これが学校のいじめ事件の真相を探るとか、会社の派閥抗争の行く末を占うとか、そんなときに自然に役立つのである。

 ミステリーも長くなって、有名なものは「古典」である。ダシール・ハメットの「マルタの鷹」(最近新訳あり)やチャンドラーの「ロング・グッドバイ」など。アガサ・クリスティの「アクロイド殺し」「そして誰もいなくなった」などは、有名なトリックなので一度読んでおいた方がいい。実際敵だ敵だと思ってたドイツとソ連が手を結んだり、アメリカが中国に密使を派遣(1971年のキッシンジャー)したりすることが現実にある。世界はミステリーなので、ミステリー的世界観もある程度は有効である。(行き過ぎると、すべては誰かの陰謀だという思い込みになりやすいが。)僕の最近の超おススメは、スウェーデンの「ミレニアム」シリーズである。(ハヤカワ文庫で全6冊)。これはスウェーデンとアメリカで映画になった。(アメリカ映画はまだ第一作しか公開されてないけど。)この映画と見比べると、小説というのは情報量がいかに多いかがよく判る。本は第1部から第3部まで、それぞれ上下2冊ずつ。これは2時間では読めません。でもそれを映画では2時間でやってる。どこを削るか。設定を変えているところも。しかし、そういう小説の面白さの面ばかりでなく、スウェーデン社会の暗部の勇敢に挑戦していく自由な魂が感動的なのである。日本のミステリーも世界的に優れたものを生み出している。読んでる人も多いと思うけど、人名が覚えにくい外国ミステリーを敬遠する人は多いだろう。でも絶対面白いから挑戦を。ジェフリー・ディーヴァーの本なんて、厚くて嫌になるけど、読み始めたら止められない面白さ。日本のお勧めもあるけど、それは自分で探せばいい。これらは好きで読んでるので、別に読まなくてもいいとは思う。でも「ミレニアム」なんかは、マジメ本やテレビ、ゲーム、コミックなんかではまず得られない深い読後感が残ると僕は思う。
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