尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

中国映画「スプリング・フィーバー」

2012年10月22日 21時51分31秒 |  〃  (新作外国映画)
 新宿K’sシネマで上映中の「中国映画の全貌」シリーズ。日曜夜の回で、ロウ・イエ監督「スプリング・フィーバー」。おととしの公開作品だけど、当時見逃した。その後名画座等でなかなかめぐり合わず、ようやく見ることができた。2009年のカンヌ映画祭脚本賞、2010年キネマ旬報ベストテン9位。今回は2回しか上映がなく、その2回目が昨日なので、旅行翌日で夜はあまり行きたくなかったけど、仕方ない。だから、紹介しても劇場で見る機会はないんだけど、DVDも出てるし、非常に素晴らしい映画だったので書いておきたい。

 これは、昔風に言えば「愛の不毛」を描く、南京の5人の男女の関係を描く映画。ラブ・ストーリイであると同時に、「文芸映画」であり、否応なく「政治映画」でもある。この映画は、中国映画史上初の本格的に同性愛を描く映画である。(「覇王別姫」など直接ではないけれど、同性愛的な感情を描く映画はある。また香港でワン・カーウェイの「ブエノスアイレス」は直接の同性愛関係を描くが、舞台がアルゼンチンだった。「スプリング・フィーバー」は現代中国の様子を描いている。)ただし、一般的な映画ではなく、ゲリラ的に作られた映画である。前作「天安門、恋人たち」(2006)で、天安門事件を扱ったため(ではなく、フィルムの品質の問題にされたらしいが)、カンヌ映画祭での上映許可が下りなかった。ロウ・イエ監督は中国での5年間映画製作禁止処分を受けたが、フランスの出資で「スプリング・フィーバー」を作った。中国国内で上映するつもりの映画は、当局の検閲を通過しないと作れない。だから中国では映画製作の自由はないんだけど、国内上映をあきらめれば製作自体が罪に問われたり、撮影中に検閲無許可の撮影を理由に逮捕されたりすることはないらしい。だから「インディペンデント」(個人製作の映画)の映画はかなりたくさん作られている。外国でしか知られていない監督も多い。

 夫の浮気を疑う女性教師が探偵に夫の調査を依頼する。その探偵は夫の相手がジャン・チョン青年であることを突き止め、依頼主の妻に知らせる。夫は友人と称して妻を含めて三人の会食を計画する。妻は翌日、ジャンの職場の旅行社に乗り込み、書類をばらまく。これをきっかけに、夫婦の間も、夫とジャンの間も壊れていく。この3人の関係が前半。一方、探偵と恋人リー・ジンにジャンが絡んでくるのが後半。探偵はいつの間にか追跡するジャンに惹かれていき結ばれる。三人はきまぐれに旅行に行き、奇妙な三人旅が始まる。この間にジャンが通う南京のゲイバーのシーン(実際にあるところをロケしたという)、リーが働くコピー商品の縫製工場での工場長との関係(工場は警察の手入れがありつぶれてしまう)などが挿入され、中国社会の巧みなスケッチがなされる。旅行中、リーが酒を買いに行き戻ると、男二人が抱き合っているのを見てしまう。悲しくなったリーは部屋を抜け出る。時間が経ち、ジャンはリーがいないのを心配し探すと、ホテルのカラオケルームで一人で歌っているリーを見つける。二人は理解しあえるか。そこに探偵もやってきて、三人のカラオケ。プ・シューという歌手の「あの花たち」という曲だというが、孤独な魂に寄り添う素晴らしい歌で、心に沁みる。歌はあるがほとんどセリフのない、このカラオケシーンの長回しのカメラが印象的で、素晴らしい。

 そのあとどうなるかは書かないことにするが、この映画の中の孤独は相当に重い。それは「一人っ子」の中で同性愛を生きる孤独でもあるだろう。また、検閲がなく自由な脚本で撮れた反面、大型カメラが使えず小型のデジタルカメラでドキュメンタリー的に撮らざるをえないという、この映画の製作事情にもよるだろう。しかし、基本的には都市に生きる若い人間の愛を求める孤独の叫びが世界共通で心を打つと言うことだと思う。

 「文芸映画」というのは、この映画が南京で作られた事情に関わる。上海は経済が進み過ぎ、北京は政治が絡む。戦前の中国作家、郁達夫(ユイ・ダーフ、いく・たっぷ)の短編小説にインスパイアされて作られたので、中華民国の首都だった南京で撮影されたという。郁達夫の「春風鎮静の夜」という小説は、高校教科書にも載るものだというが、「こんなやるせなく春風に酔うような夜は、私はいつも明け方まで方々歩き回るのだった」という部分が、この映画の基調低音となっている。この小説の文は随所で引用され、全体に文芸映画的な香りをつけている。ジャンがゲイバーで女装して歌う場面も興味深い。そういう風俗的な関心、文芸風の香り、政治的な暗喩などを含みつつ、孤独な愛の映画として完成度が高い。監督は事前にアメリカ映画「真夜中のカーボーイ」と「マイ・プライベート・アイダホ」を見せたという。どちらも同性愛が出てくるが、孤独な愛の映画だった。なお、中国では福祉制度が遅れていて、老後は子どもに依存する度合いが高いようだが、一人っ子が同性愛だと孫ができない。心ならずも結婚せざるを得ない同性愛者が多いのだとパンフに書かれていた。中国事情を見るという意味でも、オールロケ(ゲリラ撮影)なので興味深い。
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雪国の宿 高半

2012年10月22日 00時10分28秒 |  〃 (温泉)
 越後旅行。昼は十日町の小嶋屋総本店で蕎麦を食べた話は昨日書いた。その後、清津峡へ寄って、トンネルを歩く。日本三大峡谷というらしいけど、土砂崩れのあと、10数年前にトンネルができ、途中に4つ見る場所が開いている。紅葉の季節かなと思ったけど、今年はどこも遅れているらしくほとんど紅葉してなかった。清津峡には秘湯の会にも入っている清津峡温泉の清津館があるが、他にも「よーへり」という掛け流しの立ち寄り湯があった。軽く浸かる。

 そのあとは、宿をめざし早めにチェックイン。「雪国の宿 高半」というところ。入るとエスカレーターで、上に上がるという珍しい宿。ここは湯沢温泉の湯元で、800年も昔、通りかかった高橋半六翁が武蔵の国に向かう途中病にかかり、薬を探しに山に入ったら見つけたという。湯沢温泉の一番高台の、ガーラ湯沢に近い方。見晴抜群で温泉街も新幹線も遠くの山々もよく見える。そして、そこに戦前、川端康成が逗留し、「雪国」を書いた。当時の部屋が残され、資料館として開放されている。1957年に作られた東宝映画「雪国」(豊田四郎監督、岸恵子、池部良主演)でもオールロケされ、当時の宿が出てくる。館内ではこの映画が16時からと、20時半からと2回、上映されているという宿である。写真は、その「かすみの間」。中に入れる。
 

 そういう由緒ある宿なんだけど、それよりお湯が素晴らしい。アルカリ性の肌がスベスベする美肌の湯源泉で43度、浴槽ではそれが少し下がるので、人肌にやさしい。奇跡的な湯。こういう温度の温泉は他にもあるけれど、湧出量が多く、アルカリ性の「美人の湯」というのは珍しい。男湯は浴槽二つとサウナ、水ぶろ。女湯に半露天があるが、男湯にはない。男湯の一つはジャグジーだったんだけど、ジャグジーに塩素殺菌が義務付けられたのをきっかけに、止めてしまったとある。その代り、お湯の量を調節して「超ぬる湯」にしている。どちらも泉質が良いので、いつまででも入っていられるような風呂である。


 最近はネットや電話で秘湯や公共の宿に泊まることが多くなった。今回は大手の会社で使える助成金のようなものがあったので、久しぶりに大きな旅館に泊まった。越後湯沢というところはスキーが中心で、夏のアウトドアや川端康成で来る人も多いけど、温泉そのものはあまり意識されてないと思う。僕はこれほどの湯はめったにないと思った。館内は大きいが、金額はそれほどではない。夕食もコシヒカリの新米で、美味しい。地酒もうまい。しかし、朝食はもう少し工夫の余地はあると思うし(おかずバイキングだけど、和風のおかずだけでなくサラダバーは欲しい)、多少古い感じもある。でも、きれいな風呂と「雪国」の施設で十分、大満足。ここしばらく、身体が温泉を求めている感じだったんだけど、だいぶほぐれた感じ。ところで「雪国」という小説も、名前と冒頭のみ有名で、ちゃんと読んだ人が少ないかもしれない。今になるとすごく変な話だけど、言語表現として素晴らしい達成であるのは間違いない。傑作です。ノーベル賞を受けた中国の莫言に大きな影響を与えた。「雪国」に犬が出てくる、それにインスパイアされて「白い犬とブランコ」という小説を書いたというんだけど…。ええっ、犬なんか出て来たか?と日本では皆思った。確かに一行ほど出てくるらしい。(読み直してない。)映画にもちゃんと出て来る。

 翌日も晴れて素晴らしい天気。近くのロープウェイで、「アルプの里」に行く。ロープウェイはあちこちにあるが、ここも紅葉が遅い。遠くの山が一望。越後三山から谷川岳まで絶景。写真は日本百名山の巻機山(まきはたやま)。奥の平の方。手前のピラミッド型の山は飯士山(いいじさん)。午後は大源太キャニオン(だいげんた)へ足を延ばす。東京ではほとんど知られてないが、湯沢の辺りではキャンプなどで有名らしい。ダム湖から見えるとんがった山が「日本のマッターホルン」(言い過ぎでしょう)の大源太山。
 

 2日目の昼は、越後湯沢駅の駅ビルで食べた。いや、ここは素晴らしい。オシャレなお店や土産物屋が立ち並ぶ。新潟駅よりいいかも。「魚沼イタリアン ムランゴッツォカフェ」で食べたピザはここしばらくの中では一番おいしい。カフェ「MESSIA GARE」(メシアガレ)というカフェでは、「コメシュー」180円など、安い値段で美味しいスイーツを。新潟は米良し、酒良し、野菜良し、魚良しの土地なんだけど、恵まれすぎのためか、今ひとつデザインや発信力が弱かったと思う。でも、その場に行くと、温泉やスキーだけでない魅力がいっぱい生まれつつある。越後湯沢駅はわざわざ立ち寄ってみる価値がある。4時間まで駐車無料。
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