尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

追悼・若松孝二監督

2012年10月18日 20時36分58秒 |  〃  (日本の映画監督)
 若松孝二監督が交通事故で亡くなった。1936年4月1日生まれで、満76歳だった。奇しくも今年1月に交通事故で死亡したギリシアの映画監督、テオ・アンゲロプロスも76歳だった。近年になって大活躍していて、今年だけで新作を2本公開された。さらに中上健次原作の「千年の愉楽」が来月にも公開予定である。そういう映画監督が交通事故で亡くなってしまったのか。そんなことがあって良いのか。

 映画の中身は連合赤軍とか三島事件だった。さらに戦争と性を追及して、ベルリンで寺島しのぶに女優賞をもたらした「キャタピラー」。低予算の映画作りを実践し、その分を観客に還元、低料金で公開したという監督である。映画祭やトークショーなどにもよく出かけていった。来月の多摩映画祭でも、トークが予定されていた。76歳といえども、まだまだ元気。生きていたら、もっと若松監督に映画化しておいて欲しかった同時代史がたくさんあった。
 
 若松監督の独自な所は、ピンク映画出身だったことである。当時の映画監督は、松竹とか東宝とか、大手の映画会社の採用試験に合格して助監督経験を積んだ。ところが大手映画会社の外で、安いポルノ映画がたくさん作られていた。これを「ピンク映画」と呼んだ。(「不良少年」が「不住異性交遊」するのを、昔は「桃色遊戯」と呼んた。その意味での「桃色映画」。)若松監督は高校中退で、そういう学歴だと大手には入れない。偶然のきっかけでピンク映画に出会い、自分の表現を獲得していった。その後、大手は新入社員を取らなくなってピンク映画出身が監督が増えた。そのはしりが若松孝二だった。

 若松孝二の名前(悪名?)は、1965年の「壁の中の秘事」でとどろいた。団地で悶々とする受験生と人妻を扱った成人映画が、なんとベルリン映画祭に正式出品されてしまったのだ。日本の正式出品作は落とされ、買い付けた映画会社が出したものを事務局が独自に選定したらしい。国内で見るのも恥ずかしい「下品な映画」が、よりによって「日本代表」。何たる国辱!と怒った人が多かったらしい。この時の映画祭当局は先見の明があったというべきだろう。大傑作かと言われれば疑問はあるが、確かに才気ある独自の表現だったからである。

 日本映画界の異端児となった若松孝二は、自分の若松プロで独自のピンク映画を量産した。表現的にも、政治思想的にもどんどん過激になっていった。映画界本流からは無視され通しだが、60年代末の日本映画は若松孝二を抜かして語れない。若松プロで若い才能も発掘し、「日本のロジャー・コーマン」とでもいうべき存在にもなった。作品はものすごく多いが、誰しも認める問題作、ピンク時代の代表作は「胎児が密猟する時」(66)と「犯された白衣」(67)だろう。どちらもエロというよりグロ、というかスプラッターもの。アメリカのB級映画の一番面白い時のテイストがある犯罪映画である。前者は山谷初男が若い女性を密室に監禁し、後者は唐十郎が看護婦寮に忍び込む。いずれも猟奇犯罪ものだが、その異常犯罪ぶりは時代に先駆けている。後のサイコ・ホラーもののような感じである。
(「胎児が密猟する時」)
 69年の「処女ゲバゲバ」「現代好色伝 テロルの季節」、70年の「性賊(セックスジャック)」や「新宿マッド」など、ポルノ兼政治映画みたいな作品が多くなり、若松の名は若い世代にとどろく。プロデュースした「荒野のダッチワイフ」(大和屋竺)や「女学生ゲリラ」(足立正生)も伝説的な「奇妙な味」映画だった。71年にはパレスティナまで行って「赤軍‐PFLP・世界革命宣言」という映画まで作ってしまった。72年には、ATGで初の一般劇場公開映画「天使の恍惚」を撮り、76年には大島渚の「愛のコリーダ」を製作。こうして、日本映画界の位置も安定していった。

 80年代以後は一般映画を作るようになり、「水のないプール」(82)、「われに撃つ用意あり」(90)、「寝取られ宗介」(92)がベストテン入りしている。特に「寝取られ宗介」の原田芳雄は主演男優賞を獲得する熱演で、原田の代表作の一つ。「われに撃つ…」は、佐々木譲原作のハードボイルド。これも原田主演で、新宿で暴力団に追われる外国女性を助ける元学生運動家の酒場主人を生き生きと演じている。しばらく間があり、2008年に「実録連合赤軍 あさま山荘への道程」という大問題作を発表する。2010年に「キャタピラー」、2012年「海燕ホテル・ブルー」、「11・25自決の日」「千年の愉楽」となる。
(実録連合赤軍 あさま山荘への道程) 
 性的、政治的な映画を作った監督として知られているが、俳優、特に男優に自由に演技させていい味を引き出すのがうまい。映画の構造としては、シンプルなワンテーマ映画が多い。いろいろな人物が様々に絡み合って複合的な世界を作る映画ではなく、一つの視点で描き切る。ピンク映画で会得した映画作りとも言える。「寝取られ宗介」は原作がつかこうへいで、かなり様々な人物が出てくる。「連合赤軍」も長くて人物が多いが、時間の流れは一本である。そういう僕の見方からすると、ただひたすらシンプルに、異様な犯罪を描くだけの「胎児が密猟する時」の緊迫感が一番すごいと思う。

 ただ、見るのが辛いとは思うが、若い世代にも「実録連合赤軍」は見て欲しい。「キャタピラー」も。(ちなみに、「キャタピラー」とは「芋虫」のことで、戦争で手足を失った男を直接に表現している。「芋虫」から、戦車のキャタピラーの意味が生まれた。)三島由紀夫映画の評価は難しい。若松監督の映画らしく、シンプルで判りやすいが、そうなるとあまり面白くないのである。知ってる出来事が絵解きされていく感じなのである。そういうところが難しい。テレビで見たら、これから原発事故を映画にしたいと言っていた。若松監督の原発映画はどういうものになっていただろうか。もう見ることはできない。残念だ。
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