松尾匡(まつお・ただす、1964~、立命館大学経済学部教授)さんの「新しい左翼入門」(講談社現代新書、7月刊)。この間新聞に簡単に紹介されていて買う気になった。出たときは買わなかったのである。何故かというと、この書名と目次にちょっと疑問を感じたわけ。この書名は「新しい左翼」の入門という意味ではない。どこか世界に「新しい左翼」があって、その入門書なんかではない。それは当然なんだけど、では「新しい」「左翼入門」書というわけだけど、目次をみると「近代日本左翼運動史」である。いまどき、大正期のアナ・ボル論争とか、昭和の福本イズム、講座派・労農派なんて、読む気するか?ってなもんである。大体、福本イズムなんて知ってる人、どれだけいるのか? もちろん知らないでも読める。というか、知らないものとして解説された本だけど。
まず最初に大河ドラマの話が出てくる。78年の「黄金の日々」、79年の「草燃える」、80年の「獅子の時代」、この3作が大河ドラマの黄金時代なんだと。これらは「裏切られた革命」3部作だったらしい。僕はその頃は大学(大学院)生で、もう大河ドラマは見なくなっていたから、これらは見ていない。特に、最後の「獅子の時代」。これは明治維新期を扱っていた。新しい近代国家を作ろうと理想に燃える男たち。しかし、出来上がった明治国家はまた民衆を抑圧する体制ができてしまったのだった…。薩摩藩士刈谷嘉顕(加藤剛)はイギリスに留学し、日本の現状を憂慮し、正義感と理想主義のために失脚してしまう。一方、下級会津藩士平沼銑次(菅原文太)は、会津戦争に敗れ、五稜郭に敗れ、極寒の斗南(下北半島)に追われ、行くところ、行くところ抑圧と理不尽に見舞われ、闘っていく。最後は秩父事件の農民とともに武装蜂起する。欧米に学んで私擬憲法を作った嘉顕が書いた「自由自治」が、銑次に伝わり「自由自治元年」の旗が秩父に翻るのだった…。
っていうストーリイだったらしい。なかなかすごいじゃん。見たかった。で、日本の左翼運動史は、この「嘉顕の道」と「銑次の道」の相克だった、という観点で、運動史を洗い直した本。こういうのは「社会学」らしい。帯にそう出ている。「歴史社会学」「知識社会学」という分野があって、細かい実証を必要とする歴史学に比べて、大胆にまとめるには向いている。面白いには面白い。「嘉顕の道」っていうのは、ヨーロッパの近代に学ぼう、ロシア革命の共産党が正しい、誰それの思想が一番新しい、これが最新の学問だと、上から決めつけて日本を良くしようと言う路線。「銑次の道」は、ここに苦しむ民衆がいるではないか、ここに問題ありと下から問題を突き付けていくような運動のあり方。それが運動の基本ではあるけれど、その銑次路線も大きくなる場面では、大組織の経営と言う問題が出てきて、ワンマン指導者が運動を乗っ取ってしまったりする。どっちがどっちと言うことではなく、とにかくそういう二つの道が相争い、常に分裂し、内ゲバしてきたのが近代日本の左翼だった。というか、実は右翼も同じ、とちゃんと書いてある。どこでも社会運動は同じとも言えるけど、特に「遅れてきた帝国主義国」の日本では、そういう面が多かった。
だから、明治の話も大正の話も、昭和も戦後も、似たようなことが繰り返してきたということになる。「左翼」は学ばないのか。日本では、十分学んだ人は左翼を卒業してしまうのかもしれない。若い時はバリバリの左翼だったという人は、保守政界、財界にとっても多い。学ばないのかというあたりの話は、最後の方に少し触れてあるけど、「市民の自主的事業の拡大という社会変革路線」という章の名前が方向性をよく示している。「ワーカーズ・コレクティブ」とか「NPO」とか。僕もそれしかないと思っている。どこかの党がなんとかしてくれるもんでもない。でも、国会で多数を占めないと変わらないことも多い。それはそれで、とても大事なことだと思う。
僕が面白いと思ったのは、最後のところに出てる左翼の定義。
「世の中を横に切って上下に分けて、下に味方するのが左翼」、「世の中を縦に切ってウチとソトに分けて、ウチに味方するのが右翼」というのである。うまいね。座布団5枚ぐらい? で、左翼は右翼のことを「世界を上下に分けて、上に味方するヤツラ」と思ってる。右翼は左翼のことを「世界を内外に分けて、外に味方するヤツラ」と思ってる。でも世界の切り方がお互いに違うので、相互誤解しているという。お互いに自分の切り方で世界を見ているわけ。なるほど。
さらに、世界を上下に分けて上の味方をするのは何と言うべきか。これは「逆左翼」と呼ぶべきだと言う。下の味方ではないけど、世界の切り方は左翼と同じなのである。一方、世界を内外に分けて外の味方をするのは「逆右翼」。問題は、自称「右翼」の中に「逆左翼」が紛れ込んでいることだという。右翼的なことを言ってるつもりで、やってることは「世界の上の方の味方」という、まあ小泉政権みたいな存在。一方、自称「左翼」の中にも、世界を横に切らずに縦に切ってソトの味方をしてしまう人々がいると言う。まあ、日本にもいた「チュチェ思想派」なんか。日本では「下」の味方をしてるつもりで、外国の「上」を支持してしまう。「逆右翼」という存在。というような、もう頭が痛くなるからやめるけど、なかなか面白いことを言ってる。そういう話を書いてる「あとがき」だけでも読んでみる価値あり。
僕にとっては、明治や大正も大事だけど、社会党の「協会派」と共産党の問題で終わっては、なんだか「左翼専門家」向けだなあと言う気もした。社会党の「非武装中立」の「平和主義」の問題、「新左翼」の「内ゲバ」問題なんかももっと触れて欲しかった気がする。あっという間に「リベラル」が窒息してしまった理由を解き明かさないと、若い世代も「左翼」できないでしょう。またまた分裂かと思えば、運動に参加する気にならないし。「世界を横に切って、下の味方をしたい」という人は、今もたくさんいる。アジアやアフリカの貧しい子供たち、中国のハンセン病の村人、インドやネパールやマレーシアやベトナムやミャンマーなどにどんどん出かけていって、活動している若い人。震災の被災者のためにできることはないかと活動している若い人。そういう人を僕はたくさん知っている。日本で、日本をよくするために、それらの人々の気持ちが生きるような政治のリーダーシップがないだけで。うーん、「左翼」はまだまだこれから必要な生き方だな。と改めて思った。
まず最初に大河ドラマの話が出てくる。78年の「黄金の日々」、79年の「草燃える」、80年の「獅子の時代」、この3作が大河ドラマの黄金時代なんだと。これらは「裏切られた革命」3部作だったらしい。僕はその頃は大学(大学院)生で、もう大河ドラマは見なくなっていたから、これらは見ていない。特に、最後の「獅子の時代」。これは明治維新期を扱っていた。新しい近代国家を作ろうと理想に燃える男たち。しかし、出来上がった明治国家はまた民衆を抑圧する体制ができてしまったのだった…。薩摩藩士刈谷嘉顕(加藤剛)はイギリスに留学し、日本の現状を憂慮し、正義感と理想主義のために失脚してしまう。一方、下級会津藩士平沼銑次(菅原文太)は、会津戦争に敗れ、五稜郭に敗れ、極寒の斗南(下北半島)に追われ、行くところ、行くところ抑圧と理不尽に見舞われ、闘っていく。最後は秩父事件の農民とともに武装蜂起する。欧米に学んで私擬憲法を作った嘉顕が書いた「自由自治」が、銑次に伝わり「自由自治元年」の旗が秩父に翻るのだった…。
っていうストーリイだったらしい。なかなかすごいじゃん。見たかった。で、日本の左翼運動史は、この「嘉顕の道」と「銑次の道」の相克だった、という観点で、運動史を洗い直した本。こういうのは「社会学」らしい。帯にそう出ている。「歴史社会学」「知識社会学」という分野があって、細かい実証を必要とする歴史学に比べて、大胆にまとめるには向いている。面白いには面白い。「嘉顕の道」っていうのは、ヨーロッパの近代に学ぼう、ロシア革命の共産党が正しい、誰それの思想が一番新しい、これが最新の学問だと、上から決めつけて日本を良くしようと言う路線。「銑次の道」は、ここに苦しむ民衆がいるではないか、ここに問題ありと下から問題を突き付けていくような運動のあり方。それが運動の基本ではあるけれど、その銑次路線も大きくなる場面では、大組織の経営と言う問題が出てきて、ワンマン指導者が運動を乗っ取ってしまったりする。どっちがどっちと言うことではなく、とにかくそういう二つの道が相争い、常に分裂し、内ゲバしてきたのが近代日本の左翼だった。というか、実は右翼も同じ、とちゃんと書いてある。どこでも社会運動は同じとも言えるけど、特に「遅れてきた帝国主義国」の日本では、そういう面が多かった。
だから、明治の話も大正の話も、昭和も戦後も、似たようなことが繰り返してきたということになる。「左翼」は学ばないのか。日本では、十分学んだ人は左翼を卒業してしまうのかもしれない。若い時はバリバリの左翼だったという人は、保守政界、財界にとっても多い。学ばないのかというあたりの話は、最後の方に少し触れてあるけど、「市民の自主的事業の拡大という社会変革路線」という章の名前が方向性をよく示している。「ワーカーズ・コレクティブ」とか「NPO」とか。僕もそれしかないと思っている。どこかの党がなんとかしてくれるもんでもない。でも、国会で多数を占めないと変わらないことも多い。それはそれで、とても大事なことだと思う。
僕が面白いと思ったのは、最後のところに出てる左翼の定義。
「世の中を横に切って上下に分けて、下に味方するのが左翼」、「世の中を縦に切ってウチとソトに分けて、ウチに味方するのが右翼」というのである。うまいね。座布団5枚ぐらい? で、左翼は右翼のことを「世界を上下に分けて、上に味方するヤツラ」と思ってる。右翼は左翼のことを「世界を内外に分けて、外に味方するヤツラ」と思ってる。でも世界の切り方がお互いに違うので、相互誤解しているという。お互いに自分の切り方で世界を見ているわけ。なるほど。
さらに、世界を上下に分けて上の味方をするのは何と言うべきか。これは「逆左翼」と呼ぶべきだと言う。下の味方ではないけど、世界の切り方は左翼と同じなのである。一方、世界を内外に分けて外の味方をするのは「逆右翼」。問題は、自称「右翼」の中に「逆左翼」が紛れ込んでいることだという。右翼的なことを言ってるつもりで、やってることは「世界の上の方の味方」という、まあ小泉政権みたいな存在。一方、自称「左翼」の中にも、世界を横に切らずに縦に切ってソトの味方をしてしまう人々がいると言う。まあ、日本にもいた「チュチェ思想派」なんか。日本では「下」の味方をしてるつもりで、外国の「上」を支持してしまう。「逆右翼」という存在。というような、もう頭が痛くなるからやめるけど、なかなか面白いことを言ってる。そういう話を書いてる「あとがき」だけでも読んでみる価値あり。
僕にとっては、明治や大正も大事だけど、社会党の「協会派」と共産党の問題で終わっては、なんだか「左翼専門家」向けだなあと言う気もした。社会党の「非武装中立」の「平和主義」の問題、「新左翼」の「内ゲバ」問題なんかももっと触れて欲しかった気がする。あっという間に「リベラル」が窒息してしまった理由を解き明かさないと、若い世代も「左翼」できないでしょう。またまた分裂かと思えば、運動に参加する気にならないし。「世界を横に切って、下の味方をしたい」という人は、今もたくさんいる。アジアやアフリカの貧しい子供たち、中国のハンセン病の村人、インドやネパールやマレーシアやベトナムやミャンマーなどにどんどん出かけていって、活動している若い人。震災の被災者のためにできることはないかと活動している若い人。そういう人を僕はたくさん知っている。日本で、日本をよくするために、それらの人々の気持ちが生きるような政治のリーダーシップがないだけで。うーん、「左翼」はまだまだこれから必要な生き方だな。と改めて思った。