最近 とても人気の街 神楽坂。
TVで神楽坂の話題をやっているのをみて、
ふと、 昨夜よんだ本のことを思い出しました。
『戸川秋骨 人物肖像集』(みすず書房)
一般には今はほとんど知られていない文学者だと思いますが、
夏目漱石より3,4才年下、北村透谷や島崎藤村らと『文学界』の同人でもありました。
私は、 漱石のことをやっていた時、漱石が若き日に愛読した英国のロマンティックな小説『エイルウィン』を、戸川が翻訳したということで、その名を知りました。
でも、面白いことには、戸川秋骨は漱石と晩年まで深い親交があったにもかかわらず、漱石が『エイルヰン』を日本で初めて紹介をしたということは知らなかったそうです。漱石没後に翻訳を出版したとき、戸川秋骨はそのことを書いています。
基本的には英文学者、そして翻訳家で評論家でエッセイスト。
さきほど、藤村の名を出しましたが、藤村以降、自然主義文学といいますか、自らを「告白」するような小説が主流になっていくわけですが、戸川さんのエッセイを読んだ時、そういう狭さ、というか自己追求というようなものとは対極にある「広さ」をもった視点が、とってもユニークだったのでした。
ある意味、、 非常に「いいかげん」で、どこか飄々として、 でもとても大きな視野を持った エッセイ。
あ、、 神楽坂に話を戻しましょう。
「ソクラテス」というエッセイから。(以下、略しながらの引用です)
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・・・何でも神楽坂を登り切って、右側の路次の奥・・・其処に西洋料理店があった・・・
・・私の記憶は極めてぼんやりして居るが、尾崎氏を訪れると、氏は必らず此処へ案内してくれたものであつた。・・・
・・尾崎氏はその快活な調子で、こうして食事をしながら、坐つて文学を談ずるのは面白いではないかと云ふやうな事を声高に語つて、頗る得意らしい風を見せた。・・・
・・私は丁度その時、詩人シエレエの訳になつたプレトオのシンポジヤムの、僅かに価十銭で売買されて居るカツセル本に収められてあるのを読んだ許りであつたので、尾崎氏に向つて、ソクラテスも門弟を集めて、饗宴を開きながら『愛』を論じたのですヨ、それが則ちプレトオのシンポジヤムです、と云つた。尾崎氏は大いに喜びいよいよ得意になつて、それは面白い、それでは此処をソクラテスといふ名にしようではないかと・・
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と言い、内輪ではそのお店は「ソクラテス」と呼ばれた、ということが書かれています。ちょっと補足すると、その西洋料理店は、お座敷で洋食を出しているお店だったそうです。 ね? なんだか神楽坂ぽいでしょう? ちなみに、「尾崎氏」というのは「尾崎紅葉」のことです。
「お座敷」というのがここでは大事で、、 そうなのです、、 ゆっくり文学談義などするには、やっぱりお座敷がいいのです。私もこのくだりを読んで、故郷の「物書き」の仲間で何時間でも、お座敷で喋りつづけていた時間を思い出していたのです。「思い出して」、、というのは、私が今、そこへ行かれないから。。 先日も、仲間らはそういう時間を過ごしていたはずです。
で、ふと懐かしく思って、、 「物書き」の大将へ、電話をしてみました。 変わらないいつもの声。
ところが大将、、 なんとお孫さんの誕生の電話を今まっている所だ、って。。 3人目、ですって。。
きゃあ、、 お孫さんだって・・・!!!
それは失礼、と早々に話を切り上げ、 受話器を置く前に伝えました。
「秋にはきっと、 そっちに行かれるようになると思うから」
***
いつものお散歩コースに 紫陽花が色づきはじめました。
目に優しい 青 です。