、、、なんだかまだ落ち着きません。。やること色々あるし。
本当に、肩の荷が下りるのは、
創り上げたものに、ちゃんと反応が返ってきてから、なんだろうな。
それは、本やCDを出すのと一緒ですね、、。
、、今年はどんな秋になるのでしょうか、、。
***
乱読きわまりなく、落ち着かないままに、いろいろ引っ張り出して読んでいます。
(それが出来るのは、やっぱり嬉しい)
新しいものでは、
ポーと日本―その受容の歴史
こういう本はなかなか自分では買えない大著ですが、いま、明治20年代くらいに関心があるので、そのころの日本の学生や文人がどんな風にポーを読んでいたか、とか、とても興味があります。でもでも、未だこういう外国文学の受容史は研究途上なのですね。
ポーと言えば、
前にHPの方へ載せた、イギーや、ジェフ・バックリーらが朗読しているCD。
あれも貴重な出会いといえば出会いでした。(よく見つけた、と今では思う)
あ、そうそう。
先日書いた、ターシャ・テューダーの絵本に、こんな素敵なのものが。。
エドガー・アラン・クロウ
これを本屋さんで見つけた時は、もう、きゃああ、でした。
お花を愛するターシャと、エドガー・アラン(・ポー)のイメージが繋がるのもちょっと驚きだけれど、きっとエドガーの中の美をターシャは知っているのかな、と嬉しくなりました。本屋さんで一度ちらっと見ただけなので、いつか自分の為にきっと買おう、と思ってる。
ひさしぶりにジェフ・バックリーのULALUME、聴きましょうか。
(とにかく彼が、他でもなくULALUMEを、、、というのが特別で、、)
萩原朔太郎の詩で「ULA・・・」とつく題の詩があって
それはこのポーのULALUMEから来ているのだけれど
、、その詩は、また見つけておきましょう。。
本当に、肩の荷が下りるのは、
創り上げたものに、ちゃんと反応が返ってきてから、なんだろうな。
それは、本やCDを出すのと一緒ですね、、。
、、今年はどんな秋になるのでしょうか、、。
***
乱読きわまりなく、落ち着かないままに、いろいろ引っ張り出して読んでいます。
(それが出来るのは、やっぱり嬉しい)
新しいものでは、
ポーと日本―その受容の歴史
こういう本はなかなか自分では買えない大著ですが、いま、明治20年代くらいに関心があるので、そのころの日本の学生や文人がどんな風にポーを読んでいたか、とか、とても興味があります。でもでも、未だこういう外国文学の受容史は研究途上なのですね。
ポーと言えば、
前にHPの方へ載せた、イギーや、ジェフ・バックリーらが朗読しているCD。
あれも貴重な出会いといえば出会いでした。(よく見つけた、と今では思う)
あ、そうそう。
先日書いた、ターシャ・テューダーの絵本に、こんな素敵なのものが。。
エドガー・アラン・クロウ
これを本屋さんで見つけた時は、もう、きゃああ、でした。
お花を愛するターシャと、エドガー・アラン(・ポー)のイメージが繋がるのもちょっと驚きだけれど、きっとエドガーの中の美をターシャは知っているのかな、と嬉しくなりました。本屋さんで一度ちらっと見ただけなので、いつか自分の為にきっと買おう、と思ってる。
ひさしぶりにジェフ・バックリーのULALUME、聴きましょうか。
(とにかく彼が、他でもなくULALUMEを、、、というのが特別で、、)
萩原朔太郎の詩で「ULA・・・」とつく題の詩があって
それはこのポーのULALUMEから来ているのだけれど
、、その詩は、また見つけておきましょう。。