星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

読みにくさも味わいのうち…:『壊れた海辺』『シューティング・スター』 ピーター・テンプル著

2024-04-02 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
4月になりました。 桜、咲きました。

予想に反して開花は遅くなりましたが、 冬枯れの色彩だった街に、ふわっと淡く桜色が浮かびあがるのはうれしいものです。 

・・・ ちょっと個人的なことで…。。 先月病院に行ったところ 心臓の検査結果がとっても悪くて、、すこ~し落ち込みました。 これまでじりじりと悪くはなっていたものの 境界領域にとどまっていたのが とうとう悪い領域にはいりこんでしまって、、

そんなに苦しい想いはしてないんだけどな…。。 でも避けられない道のり。。 決してよくはならないから。 これからは毎日が終活の日々… どこまでつづくかは身体次第ね。。 長い長いながーい終活になればいい、、 その日々をちゃんと生きてく。 思い患うことなかれ… 

 ***

春はミステリーの季節。 と勝手に決めているのはワタシです。 目まぐるしい変化の春、 これから毎月コンサートのお出かけもあるし、、 今しばらくは純文学を離れ ミステリー読書の季節がつづきます。

これまでにも沢山書いてきたラーシュ・ケプレル夫妻のヨーナ・リンナ警部シリーズ 第9作が3月に出版されたことも存じております。 でも読みませ~ん、まだ。。
、、前作が肩透かしだったとはいえ、 今度の新刊はサーガが主役になりそうな気配はわかっているので もしももしも余りに恐怖な展開になって最終作へ、、 なんてことになったら、 最終作までまともな気持ちで生きていけ無さそう…(そこまでのこと?) 、、そんな不安(ファンでもある…) 、、なもので、 最終作の出版が決まる頃に満を持して読みたいと思ってます。。

、、 勝手な、ほんとに勝手な願望としては、 ヨーナはサーガに斃されて欲しい… 或はその逆か…(悲痛だけど)。。 お互い以外の、どうでもいいような(←語弊)殺人鬼の手にかかって終える最期なんて許せない… ヨーナも。 サーガも。。
 (…と、 サーガのこと考えるとおかしくなるのでここでやめます…)

 ***

ところで、、
いつから読書の評価に、 「読みやすい」という基準が出てきたんでしょう…

しばしば目にするようになった 「とっても読みやすかったです」 「これは読みやすい本ですか?」 という言葉。。 「読みやすい」って何… ストーリーが単純? 登場人物が少ない? 漢字が少ない? すいすいあっという間に読めるのが良い本? 、、最近よく悩まされています。。

、、まぁ 忙しい時代、 読書などにかける時間も限られ、 読んでみて失敗だったとがっかりするようなムダは極力避けたい気持ちも解らなくは無いですが… 読みやすい、読みにくい、って感想がよくわからない……(ほかに、音楽が 聴きやすい、とか言われるともっと理解不能…) 

、、今回の本は おそらく「読みにくい」本、と見なされるのかな。。 ですが 私には楽しめた読書でした。 構成も、文体も、とても面白いと思って読んだし、 友人にも勧めたら、 やはり 「面白かった」と返って来ました。

作者はオーストラリアの作家、 ピーター・テンプル。 残念ながら2018年にすでに他界されています。

『壊れた海辺』 ピーター・テンプル著  土屋晃・訳  ランダムハウス講談社文庫 2008年 原著は2005年



 舞台はオーストラリア 南端のヴィクトリア州マンローという、海辺のとても小さな町。 主人公は、署員が3人くらいの警察署の署長キャシン。
・・・と、 簡単に紹介文を書いてしまってはこの小説の良さが損なわれてしまいます。 この小説の好いところは なんにも説明がないところ。

キャシンは身体に過去の大きな怪我の後遺症を抱えている刑事。 生まれ故郷に帰り、 廃屋みたいなかつての我が家に暮らしている。 でもその過去がどんなだったのか殆んど説明がない。 登場人物たちも、 いきなり固有名詞が会話に出てくるのだけれど、 それが人の名前なのか 村の名前なのか、 なにか先住民の~~族などの名称なのか、なかなかわからない。 訳注でもあれば、、と思うのだけど、 その説明のなさが作者の個性だろうから注も無い。

読者にとってはまったく不親切な書き方ですすめられる物語ではあるけれども、 読んでいくうちに キャシンの持つ心の寂寞さや、 その土地に住む人々の 何世代にもわたる込み入った人間関係などが見えてくる。

そして ひょんなことからキャシンの家に泊めることになった渡り職人の男と、 なんだかよくわからないけれども キャシンとの間に誠にぶっきらぼうな、でもどこか人間味のある関係が育ってくる。

事件の謎とともに、 この土地の(この土地にあらわれる)人々の謎も一緒に味わいつつ (少しだけロマンスもあり)、、 ラストは少し意外な事件の急展開があって、、 と、 読みにくい割には読後感は 正統派なハードボイルドとして楽しめました。 孤独なもの同士のそっけない会話も時に胸に刺さるものあり…

あとから思うと、 脇役のひとびとの描写はほんの少しずつなのに、 それぞれで別の物語が作れそうな余韻のある背景を備えている、、 そういう描き方ができるところがこの作家さんの力量なのだと思います。

この作品は 2007年の英国推理作家協会賞や 2008年のネッドケリー賞などを受賞しています。


 ***

『シューティング・スター』 ピーター・テンプル著  圭初幸恵・訳  ‎ 柏艪舎 2012年 原著は1999年



 先に『壊れた海辺』を読み、 同じ作家さんのものを、と探したらこちらが見つかりました。 札幌にある出版社さんからの本。

こちらの主人公フランクは (こちらも)過去に何らかのいきさつがあって警察を追われた元刑事で、 その前には軍人としてアフガニスタンにいたという経歴の男。 現在は「交渉人」という問題解決の仕事をなりわいとしている。(が、なぜか園芸コースの学校にも行っている…)

今回の仕事は、 ある巨大同族企業の15歳の孫娘が誘拐され、 その身代金の受け渡しをするためにフランクが雇われたというもの。 一族の長老は、今回の事件を警察にゆだねる気はなく、 身代金とひきかえに孫娘の解放だけを望んでいる。 それだけなら 指定場所へ身代金をはこんで行くだけでフランクの仕事は終わる、、 のだったが…

『壊れた海辺』と比べると、 『シューティング・スター』のほうがスリリングな冒頭に感じられます。 とうぜんのこと、身代金を渡してそれで解決、、 にはならないのですが、、 そこさから先がまた別の意味で読みにくい小説で、、

この巨大同族企業の家族たちがいろいろ登場してくるのですが、 名前がトムとかマークとかパットとか、、 その妻がクリスティーンとかステファニーとか、、 誰が誰やら。。 長男とか、次男とか、、 ん~~ どうでもいいや、と思って読み進めていくと後でまったくわからなくなります。。

今回、 主人公の交渉人フランクの相棒に、 軍人時代の友が出てくるのですが、 二人のやさぐれた会話が面白くてそちらに気を取られてしまい、 (一族の名前のことも作者の企みに違いないと思うのですが)  最後のほんの数ページで急展開、急直下の結末に 眼がテン。。
え…? どういうことだったの…? ほんとうに悪いのは誰…? と、、 すべての伏線を拾っておかないと結局おいてきぼりになります。。(私、いまだにわかっていない部分が…)

願わくば、、 本の作りを一考していただけるともうちょっと読みやすくなると思うのですが、、 頁が開きにくかったり、 何度も前を読んだりいったりきたりしたいのに、それをすると本がバラバラになりそう。。 (できれば一族の家系図もあったらいいな) 

でも、こちらも面白いハードボイルド小説でした。 フランクとその相棒のコンビで続編も出来そうなそんな終わり方だったし、 今回のちょっとしたロマンスのお相手も別の物語が書けそうななかなか魅力的なひとだったし、、 でも、すぱっと今作だけ、という潔い作家さんなのですね。 書かれていない余白は読者のイマジネーションに。。

今作も2000年のネッドケリー賞受賞作です。 

 ***

きょうの2作品は昨年末と年初に読んでいた本。。 いまはまたべつのミステリを読んでいます。 



、、 読みやすい 、、 わかりやすい



、、 聴きやすい



、、 生きやすい




べつにそうでなくても いい…  と思うよ

読みたいミステリ…

2023-03-09 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
なんだかすっかり暖かくなりましたね。 今日は5月の陽気ですって。

季節の変化に身体がついていけてないのか、 それとも一昨日が満月だったせいか、 週明けからきわめて体調すぐれず・・・ でもようやく脱したみたいです…


前々回に触れたラーシュ・ケプレル最新作品 ヨーナ・リンナ警部シリーズ第8作『鏡の男』は先週末には読み終えました。 でも、、 感想は 保留にします。 ん~~~

なんだかシリーズの番外編くらいの印象で、 これが次作までの単なる《時間稼ぎ》的なものなら本当の肩透かし、、 それとも深い意味とか意図とか、、 次作の展開を読んだ後で そうだったんだ… とぞっとするくらいの謎の謎につながるのならいいけど、、 
ただの一件落着では、ね…

ヨーナ・リンナにはブルース・ウィリスにもメル・ギブソンにもなって欲しくないのよ… ハリウッド映画のパロディみたいなバイオレンスアクションなんかでお茶を濁さないで…

 ***

今回の事件が5年前からひそかにつづいていた事件、、 ということで その5年前くらいが設定の 第2作『契約』を読み返していました。(事件につながりは無いです) 大筋は覚えていたけど細かいところかなり忘れてた。。 こんなに複雑で大掛かりで面白い話だったんだ、、




クルーザーの船室から見つかった女性の死体と、 政府の長官の縊死、 別々の事件をさぐるうちに スウェーデンの武器輸出の闇が浮かび上がってきて、 関係者がつぎつぎ殺し屋に抹殺されていく中、 事件の鍵となるのがパガニーニの楽器を奏する弦楽四重奏団の写真。 イタリアの武器商人やら 治外法権の大使館内に逃げ込む殺し屋やら、、 なんとまあてんこ盛りの展開。。

政府による武器輸出が事件にからんでくるので 公安警察との合同捜査になって、、 それで女性警部サーガが登場するのですが、、。 シリアルキラーのユレック登場以降は こういう政治がらみの物語は無くなってしまいましたね。。 警察組織内部でのパワーゲームも随所に描かれてて このころは警察小説としてまだまだちゃんとしてた。。

スウェーデンという国は軍事的に中立の立場をとっていながら武器輸出大国で、 内戦や軍事独裁国家に対しても武器輸出が行われてきたという問題が小説の背景になっているのだけど、 (このラーシュ・ケプレル作品に限らず) スウェーデンがNATO加盟を表明して 今後、 こういうエンターテインメント小説で描かれる国際情勢も どんなふうに変わっていくのかな、、という興味は少なからずある。

第7作『墓から蘇った男』でも、 スウェーデン警察が ロシアやベラルーシの警察から情報提供を受けるという箇所があったし、 (何作目でしたっけ?)ヨーナがロシアの元KGB高官のところに行く話もありましたね、、 スウェーデンってそういう立ち位置なんだ、、と思いましたが、 ウクライナ戦争以降の世界ではまた変わってくるんだろうな。。(この作品に影響があるかはわからないけど…) 


 ***

 「最後に会ったとき、お母さんったらなんて言ったと思う? わたしの手を取って、”ヨーナを誘惑して子どもを作っちゃいなさい”って」
 「母さんらしいな」 ヨーナは笑った。
   ・・略・・
 「それは無理だと思う、って答えたら、 ”じゃあ、ヨーナのことは忘れなさい。振り返っちゃだめ。後戻りしちゃだめ”って」
 ヨーナはうなずいたが、なんと言っていいのかわからなかった。
 「でも、そうしたら、あなたはひとりぼっちね」とディーサは続けた。 「一匹狼ならぬ、一匹フィンランド人」



 第2作『契約』のワンシーンだけど、、 これを読んでいる時には意味がわからない。。 でも、 ヨーナの過去が見えた今では意味がわかる。。 ディーサがなぜ《無理》だと言ったのか。 お母さんが言った意味も、 《ひとりぼっち》の意味も。。
こういう 《わからない》部分のある複雑さがヨーナシリーズの魅力だったんだけど…

ヨーナが孤独でなくなるのはそれは良いことには違いないよ、、 けれど ヨーナは強くなり過ぎてはいけないんだと思う、、 ていうか、 何事も無かったかのようなスーパーマンでいられる筈がないんだもの。。 死神に追われる者がその大鎌を奪い取ったとき、 自らもまた死神と化してしまうのだもの、、

それが描けるかどうかが 第8作以降を決定づける気がするんだけどな…  

 ***

、、と なんだかんだ言って ヨーナ・リンナ・シリーズは読み続けると思いますが、、 ヨーナがあの超法規的措置で刑務所から出られたのだから、 テオドル・シャッキ検察官もそろそろ恩赦で出てきてくれないかしら、、 (笑)

テオドル・シャッキ・シリーズ(読書記>>)はその後書かれていないようですが、 ジグムント・ミウォシェフスキさんのほかの作品も読みたいな。。 ポーランド語はわからないので 英訳出版されたものを見て読みたいなぁと思ってます、、 ナチスに略奪されたラファエロの絵画とそのゆくえを追う歴史家や闇の美術商…
 Priceless Paperback – English Edition by Zygmunt Miłoszewski  (Amazon)


あと、、 『最後の巡礼者』(読書記>>)が面白かったガード・スヴェンさんの トミー・バーグマン刑事シリーズのその後の作品も出てるらしい、、(ドイツ語) 翻訳出ないかしら…

それから それから、、 何度も言うようだけれど 「バビロン・ベルリン」のゲレオン・ラート刑事シリーズ(読書記>>)、、 TVドラマもずっと観てましたが やっぱり本で読みたいわ、、その後が気になる、、


連続殺人鬼とかじゃなくて、 歴史と政治の闇を背景にした東欧、北欧圏のミステリ、、 どうかもっと読めますように…

再読… :ラーシュ・ケプレル著 ヨーナ・リンナ警部シリーズ『ウサギ狩り人』

2023-02-28 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
昨日から、うるうるどきどきが止まりません。。

この2月に発売になったラーシュ・ケプレル最新作品 ヨーナ・リンナ・シリーズ第8作『鏡の男』を満を持して読み始めようと決断して、、 そのまえに第6作『ウサギ狩り人』と第7作『墓から蘇った男』を再読しようと 昨日から読み始めたところなのです。

前作『墓から蘇った男』の巻末あとがきに 「このシリーズも次の八作目で幕を閉じる」と書いてあって・・・ これを読んだとき (あれ? どこかでこのシリーズ、10作まで続くとか書いてなかったっけ…?)と頭をよぎったのですが、ウィキとか出版社とかいろいろ検索してみたけど情報がみつけられず、、 (あぁ次作で終わっちゃうのか…)と寂しく思っていました。。 (←後日談あり)

それにしても、、
『墓から~』(原題 LAZARUS) の内容があまりにも衝撃すぎて、、(『つけ狙う者』を読んだ時から先の展開は予想はしていましたし、このシリーズ 毎回けっこうな衝撃作なのはわかってますけど…) とりわけ公安警察の女性警部サーガへの仕打ちが残酷すぎて、、 哀し過ぎて、、 どうしてこんなにサーガをいじめるの? もう、身体的に傷つけるとかのレベルじゃない、、壊してる、、 サーガという人間を破壊しようとしてる、、 めちゃ辛かったです。。。

だから、 今月新作が出たと知っても、 こわくて読み始める決意がなかなかできなくて… (エンターテインメント小説ってわかってます わかってますけど、、) サーガはもう絶対に立ち直れないよ、、 可哀想すぎる、、と主人公ヨーナ・リンナ以上にサーガのことが心配で。。

それだから もう一度『ウサギ狩り人』から読み直して気持ちを準備してるところなのです(それほどのことか…)

 ***

あぁ でも『墓から~(ラザルス)』を読んだ後で 『ウサギ狩り人』に戻ってみると、、この頃は良かったなぁ、、となんかほのぼのした印象すら受けるから不思議。。 事件に関してはいつもながらかなり凄惨な連続殺人で、 いろんな意味でR指定の描写も多くって、、 だから初めてこのシリーズを読む人にはこの作品だけ、っていうのはオススメできないし、 やっぱり(最初から…) せめて第4作『砂男』からは読んでねって言いたいけど、、、、

主人公ヨーナ・リンナやサーガを中心とした《捜査》の部分では、 ふたりの良いところや名コンビぶりが発揮されてて、 例の最強シリアルキラー(『交霊』以降に登場)との対決にばかり焦点が行きがちなこのシリーズですが、アイツが出てくる以前の 刑事らしいヨーナ・リンナの雰囲気もここでは味わえて、、『ウサギ~』は振り返って読むとなかなかしみじみ楽しめます。

 ***

いつも以上に(人気が出たから読者サービス?) ラーシュ・ケプレル夫妻、 読者をくすぐる描写が巧いですね。

国家の危機を示すコードプラチナの発動に、 公安警部サーガは 素肌に革のライダースーツを纏ってバイクに飛び乗る。

今作ではヨーナ・リンナは服役中。。
周囲は怖そうな犯罪組織やギャングの囚人のなかでヨーナは 2年という年月をなんとかやっているみたい、、 と思いきや


 ヨーナは面会室のテーブルの上にコーヒーカップと受け皿を置き、前もってかけておいたテーブルクロスをきれいに伸ばしたあと、狭いキッチンにあるコーヒーメーカーのスイッチを入れた

、、え? テーブルクロス? キッチン?? (スウェーデンの刑務所ってこんな感じなのかな? さすが超福祉国家…) 、、そこへ女が入ってくる、、


 「ここであなたと会うだびに、変な感じがするわ」・・・
 「たいしたものは出せないんだ。クリームサンドビスケットとコーヒーだけ」
 ・・・ヨーナは微笑んで、頬にえくぼを作った。
 「あなた、とってもキュートよ」・・・



、、え? 誰? 誰なのこの女(ひと)!! 、、前回までには一度も登場してないよね、、 何の説明もなく、、 ヨーナと見つめ合って、、

もう~~、こういう描写がラーシュ・ケプレル夫妻はめちゃ上手い、そしてズルい。。 読んでいてヨーナ推しはもう、 嫉妬、しっと、、 ヤキモチの嵐です(笑


詳細は省きますが、、 このあと国家の危機に対処すべく 超法規的措置で捜査に加わることになったヨーナ・リンナ。。 スナイパーら精鋭部隊との現場突入とか、、 久しぶりに敏腕刑事らしい活躍場面がみられます。(前作ではホームレスに堕ちてましたものね ヨーナ…)

というわけで 『ウサギ狩り人』の(事件以外の)読みどころは、、
 やっと自信たっぷりのヨーナが見られる。 
 ヨーナの青春時代のエピソードが知れる。
 サーガも元気。ブチ切れて公安トップの机をちゃぶ台返し、とか。。
 ヨーナの元上司カルロスや元アシスタント、アーニャ(アンヤ)とのコントも復活。
  (このコントみたいなお約束ネタを楽しむにはシリーズの最初のほうから読んでおきましょう~)


 「誰が正しかったですか?」ヨーナがきいた。

 「それで、誰が間違っていましたか?」


これを国家警察長官に迫って答えさせるヨーナもそうとう性格悪いよね・・・ いままで散々迷惑かけておいて、、。。 でも長官カルロスのキャラ最高。。 一度でいいから自分の上司にもこのセリフ言ってみたいと思う人多いかもしれません、、笑

あぁ でも、、
『墓から~(ラザルス)』を読んだ後ではもうこんなコントみたいな場面、これから先想像できない。。 ヨーナはしょうがないよ、 自分が背負った宿命だから。。 サーガは? サーガが何をしたと言うの? サーガの絶望は… あぁ、過ぎた日々はもう二度と戻らない・・・

 ***

ほんとうに、、 ラザルスの次が最終作だなんて、、 サーガどうなっちゃうの? どんな結末になるの?? あのシリアルキラーの弟子というか崇拝者というか、 あんな狂人が最終決戦の相手とは思えないんだけど…

と、、 この一年、 かなり悶々とした疑問を抱きつづけていたのですが、、 なんと今朝! それが解決しました。。 ヨーナ・リンナ・シリーズは 第8作が最終作じゃないんですって。。 やっぱり10作まであるんですって。 海外では今年9作目が発売なんですって。。 良かった~~! (←苦しみがさらに続くとも言えるんですけど…)
 ラーシュ・ケプレルのシリーズ第8弾『鏡の男』到着!(扶桑社ブログ)



もうひとつ情報が。
『墓から蘇った男』(原題 LAZARUS)の海外ドラマ化にトム・ハーディが出るとか、、。 あのシリアルキラーをやるにはトム・ハーディしかおらんでしょうね… 笑
詳しく読んでないのでよくわかりませんが ヨーナ・リンナは誰なんだろう… サーガ・バウエルは? 誰ならできる??
、、きっと失望しそうだから、あんまり見たくないかも、、(でもちょっと見たいかも) 
 トム・ハーディ&ザジー・ビーツ、アップルTVの新シリーズ「Lazarus」に主演(映画.com)


というわけで、、
このあと 『墓から~』の苦しい闘いを読み返したら とうとう『鏡の男』を読むつもりです。 とりあえずは最終作ではないとわかって すこしほっとしました。。 サーガには時間が必要。。 もっとサーガに愛を… サーガには幸せになって欲しい… (泣)



ヨーナ・リンナが好きでたまらない私ですが、 サーガには決して嫉妬しません… 


いつかまた妖精みたいなサーガに戻ってくれるのを祈って…









ヨーナ・リンナ警部シリーズについて 過去の日記>>

罪と理想と「こころ」…: 『罪の壁』 ウィンストン・グレアム著

2023-02-14 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)

『罪の壁』 ウィンストン・グレアム著 三角和代・訳 新潮文庫 2023年(原著は1955年刊)



とても面白い読書でした。

今年新刊の ミステリー要素の強い小説なので、謎解きにふれる感想は避けたいと思いますが、 この小説は犯人を追い詰めるというサスペンスのほかに、 いろいろと考え、楽しめる、奥深い読み方ができる小説でした。

感想を書くために必要な人物のあらましだけ書きますと…

主人公フィリップのもとに兄死亡の報せがとどく。 原子力の科学者から考古学者に転身した知性も人格も優れた兄のことを、フィリップはずっと尊敬して生きてきた。 その兄の死… 

兄は考古学の調査のためインドネシアに赴いていた。 その地で、海難事故で船を失い一文無しになった男に出会う。 学者ではないが広範な知識と知性をもつその男と意気投合した兄は、彼を助手として雇い発掘調査をつづける。 そして二人で帰国の途上、オランダの運河で兄は死体となって発見された。 同行したはずの男は行方しれず。 警察は兄の死因は自殺だと言う。 そして、兄のポケットには女からと思われる手紙が入っていた…

フィリップは兄が自殺したという説明を納得できなかった。 常に最善と理想を追求した兄。。 たとえどんな災難、どんな困難に巻き込まれようとも、兄は自分で命を絶つようなことはしないはず…

自殺か、他殺か、事故か。。


こうしてフィリップによる真相解明の旅がはじまるのですが…
最初に「いろいろと考え、楽しめる」と書いた理由は、、 兄の死の謎をさぐるミステリー小説のスリルとともに、 恋愛小説の揺れ動く心理描写があり、 それから小説の舞台がオランダからイタリアへ、風光明媚なカプリ島やアマルフィ、青の洞窟といった視覚面でも想像力を刺激され、、 さらにはその地でフィリップが出会う有閑知識人たちのあいだで繰り広げられる哲学的会話に頭をひねったり、 考え込んだり。。 

やがて物語の核心は、 善と悪、、 罪を犯すことと罪を自覚することのモラルの問題、、 友情と裏切り、、 そういった人間のこころの問題に至ります。。


 ***

読み進むうちに、、 そして読み終わって、、(内容はぜんぜん違いますが…) 夏目漱石の『こころ』を思い出してしまいました。 

(これから書くことは『罪の壁』とは関係がないけれども、 まったく関係がないわけでもないと思うのでご了承を…)

『こころ』ではふたつの〈死〉があります。 ひとつは学生時代のKの死。 もうひとつはこれから死ぬと予告される先生の死。

先生は、過去にKを裏切った罪をずっと感じていて、そのことを〈私〉に告白して自死を予告するわけですが、、 もちろん友を裏切った先生は罪深いです。。 では裏切られたKはなぜ死んだのだろう、、 友を想って身を引いた? それとも弱さ? 絶望? あるいは 復讐…?

Kはなぜ襖一枚へだてた先生の隣の部屋で死んだのか。。 それだけ切羽詰まっていたという事かもしれないけれども、 Kは自分の死を先生にかならず知って欲しかったはず、 その意図は? その意味は?

一方の先生もまた、〈私〉に遺書を残す。 罪の意識に苛まれ、 罪ほろぼしの死ならば、なぜもっと前に独りで死ななかったのか。 〈私〉と出会っていなければ先生は死ねなかった? 先生を慕い尊敬する〈私〉へ、死という永久の刻印をのこすというそのことは、新たな裏切り、新たな罪ではないの…?


誰かの命を奪うという明らかな罪、 

みずから生命を絶つという これもまた罪、

贖罪という死で誰かのこころに永遠の傷痕を刻みつけるという それも罪か?


おそらく、 読む人によってさまざまな読み取り方をするだろうと思います。 その読み取り方にも その人のこころの有り様、 善悪の捉え方や 理想や価値観の違い、、 そういったものが反映されるはず…

、、 漱石の『こころ』を思い浮かべたのは、 (ストーリーは全く違うけれども)その読後感とおなじようにいろいろな読み取り方がウィンストン・グレアムの『罪の壁』にも出来ると思ったからです。 


罪とはなにか…


友に対して 真に善であるということはどういうことか…


 ***

少し堅苦しい書き方になってしまいましたが、 映画のように面白い小説です。 「太陽がいっぱい」みたいに きらきらした海と美しい人々のようすも楽しめますし。。 50年代有閑知識人の、ハイレベルだけど腹の探り合いみたいな会話も読みどころ…



大型犬をはべらせていた 老マダムが魅力的だったなぁ…


 

ミステリと純文学をつなぐ 土地と家族の物語:今年読んだ本の中から

2022-12-14 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
今年も残りあと半月ですね。 
去年から今年にかけて わりと沢山の読書ができたと思います。 そのわりには日々の読書記はあんまり多く書けていなかったみたい…

一冊を読み終えるとつい次の本を、と気持ちがそっちに向かってしまい… 読書記を書く時間がとれなくなってしまって。。
今年読んだ本のなかから、(新作ばかりではありませんが) 読んで良かったといま思い返せる本を、 フォトと一緒に挙げてみますね。。

つねづね、、 読書をするとき私は、 その土地 その国 その時代に生きる人間の背景がきちんと描かれているかどうか、というのが読みたい選択の基準になったりします。 以前、ヨハン・テオリンさんの四部作について書いたときに(>>)、 「人間はその個人が生まれた限られた時間の中だけで生きているのではなくて、 その土地の長い歴史、 地域性、 自然環境、 そういうものの中で 人と人との関係性がつくられていって、 怖ろしい事件もそうした固有の歴史の中で起こるのだ」 と書きましたが、そのようなこと。。
犯人への謎解きの面白さやどんでん返し、というのは読書の興味の一側面であって、 やっぱり人間の物語が読みたいと思っているのです。


近年、純文学とミステリの垣根はあいまいになってきている気がします。 人間の行為はつねにミステリアスなものだし、 謎や罪を持たない人などいないですものね。 だからここに挙げるのも ジャンルには縛られない作品です。

 ***


『川は静かに流れ』ジョン・ハート著 東野さやか・訳 2009年 ハヤカワミステリ文庫

ジョン・ハート作品は初めてです。 ノースカロライナの農場を舞台にした家族の物語。過去の犯罪の嫌疑で故郷を去った青年、農場主の父と義理の母や義理の兄弟との複雑な感情のやりとり。 美しく成長した農場の使用人の娘との再会。。 家族への想い、家族との亀裂、その感情はとても丁寧に描かれています。 
青年の帰還のうわさが地域にひろまる間もなく、新たな殺人事件が・・・

家族を守る、 家族の結束、 《父》という存在の大きさ、、 などアメリカ人がもっとも重視するテーマなのだろうな、と思いつつ読みました。 ほのかな恋の波乱も注目されました。 が、〈男のなかの男〉のように描かれている農場主と、彼に義理を尽くす使用人の想いなどが、なぜそこまで… とよく実感できない部分もあり、 それが古き西部劇的な土壌も感じさせ。。 
謎解き的にはラストはすこし無理やり感もあったかな…



『鉄の絆』ロバート・ゴダード著 越前敏弥・訳 1999年 創元推理文庫

名匠ロバート・ゴダードが描くのは、高名な詩人を祖父に持つ英国の一家の物語。 1930年代のスペイン内戦に義勇兵として身を投じて命を落とした詩人、という設定は、時代が百年違うけれども まるでバイロン卿を想わせる設定で、 バイロン好きには興味津々。
その若く死んだ詩人の遺したものや、前世代が築いた財産で一家の生計が維持できるというのだから、 それなりの階級の暮らしが描かれます。

スペイン内戦時代のその祖父(詩人)の手紙や、当時の義勇兵仲間の生き残りなども登場して、 物語の鍵は 金なのか 名誉なのか 欲望か 正義か、、 歴史学者でもあるゴダードゆえ 話のスケールが大きいです。 過去の出来事が現代の犯罪の謎と結びつく経緯も、ゴダードならでは手腕、、

唯一もったいないのは、、現代に生きる末裔たちの行動がなんだか情けないところがいっぱいあって(タイトルが「鉄の絆」なんだよ、一族のきみたち…)、、 読み進むほどに、物語冒頭で殺されてしまうおばあ様の死が気の毒に思えてしまったのでした。。



『われら闇より天を見る』クリス・ウィタカー著 鈴木恵・訳 2022年 早川書房

この作品、、今こんなに大絶賛されているとは知りませんでした。 最近の書評や本の広告などに必ず取り上げられていて驚いています。

舞台はカリフォルニアの断崖沿いの町。 30年前にひとりの少女が事故死し、少女を轢いた同級生の少年が刑務所へ送られた。その事件が仲間を引き裂き、その後の人生を狂わせた。
30年後、少年のひとりは警察官になり、、 事故死した少女の姉はアルコール依存と貧しさの中、ふたりの子供を育てている、、

貧困、アルコール、家族の死、ヤングケアラー、偏見、孤独に孤立、、 これでもかと押し寄せてくる困難のなかで必死に母と弟を守ろうとする13歳の少女の健気さ、、折れまいとするプライドが痛ましいほど際立って描かれています。 たしかに感動的な物語です。 救われて欲しいと願わずにいられない… けれども 家族を守るのは自分しかいない…その思いの強さが思い込みの強さとなって 物語をゆがめている、と私には思えて、、

過去に縛られている警官も、 友への想いの強さ、生まれ育った土地への思い入れの強さ… それが警官として見なければならない部分を見えなくし、 事件をさらに困難なものにしている。。 その歪みを人間の悲しさと言えばそうではあるけれどもなんだか痛ましい… 小説としてのカタルシスを強めようという著者の思いの強さに思えてしまうのは 私の読みが穿ったものだからでしょうか…

著者さんの影響を受けた作家に コーマック・マッカシーやジョン・ハートの名前があとがきに挙げられていましたが、、 舞台設定や登場人物の会話など、、影響は強く感じました。    



『漆黒の森』 ペトラ・ブッシュ著 酒寄進一・訳 2015年 創元推理文庫

舞台はドイツ、黒い森に隣する小村。 取材のためその森をトレッキングし、遺体を発見してしまったジャーナリストの女性。 彼女は、(半ば仕事のネタとして)捜査担当刑事に強引につきまとう形で真相究明にかかわっていく。

よそ者に対する住民の閉鎖的な反応や、村の隣人同士の濃密なつながりゆえのねじれた憶測や、 被害女性の一家の なにかしら闇を秘めた家族ひとりひとりの描写や、、たいへん筆力のある書き手だと思います。 過去に起こった事件の真相もふくめて、謎は最後のさいごまでわからないし、ミステリーの構成としては十分に読み応えあるダークミステリー。

ただ、、 登場人物のある精神的な特殊性をクローズアップして それに対する刑事の認識や言葉の使い方が(それが事件に必要とはいえ) 違和感をおぼえました。 
最近のミステリ小説で、 コミュニケーションに障害のある人などを事件のキーパーソンとして、、その人の特殊性や人と違うことへの偏見を 犯人さがしの目くらましとして設定することがわりとみられます。 物語上、有効な効果をもたらす場合もあるけれど、 精神や身体の特殊性に余りにも頼ったミステリには配慮が必要かと…



『忘れたとは言わせない』 トーヴェ・アルステルダール著 染田屋茂・訳 2022年 角川書店

スウェーデンのちいさな町、、湖や森の美しい自然はあるけれども産業はさびれてしまった感じのする町が舞台。 23年前に起きたふたりの少女の失踪事件。 犯人として当時まだ14歳だった少年に容疑がかけられ、 彼は少女の殺害を自白する、、 しかし遺体は見つからなかった。
それから23年、、 あらたに起きた殺人事件を捜査する途上で、 過去の事件のまだ解けていない謎が次第に浮かび上がってくる…

事件を担当する新米の警察官補(そういう職種があるんですね…)の女性エイラのキャラクターが良いです。 認知症の母と社会性のない兄を持つしんどさの一方で、ひたむきに捜査にあたる姿、 ひとりの若き女性としての心情、、 ぜんぜんエキセントリックなところのない自然さがかえってリアリティを感じます。 

事件に関係するのがみな同郷の幼なじみや顔見知りや、、 それゆえの感情の深さや難しさも丁寧に描き込んでいて、 ささいな登場人物でもその人の背景を感じさせるような書き方です。 先の『漆黒の森』で、人間の特殊性への偏見について挙げましたが、、この作品にもそういった問題は描かれていて、、 けれどもこの作品では、人間の偏見・先入観がものを見えなくしてしまっていることに重点をおき、問題視しています。 

この作家さんについては、 以前に『海岸の女たち』という作品の読書記を書きました(>>) あの作品も人物造形や人となりを表す描写にとても優れていました。 また、人間の偏見、読者である私の偏見へメスを突きつける作品でもありました。 どちらの作品が、と言われたら私は『海岸の女たち』のほうに当初は強烈なインパクトを感じたのですが、 どちらもぜひ読んでみて欲しいです。
『忘れたとは言わせない』の主人公の女性やその家族の人生、これからの行く末、、それでよかったのだろうかという未解決の部分もふくめて、余韻も残す良い作品だと思います。 

この本はシリーズ化されるそうで、、 中央から応援に派遣された(ワケありの感のある)ベテラン刑事も(次回も登場する…?)、、 次作の展開が楽しみです。



『光を灯す男たち』 エマ・ストーネクス著 小川高義・訳 2022年 新潮クレストブックス

推理小説ではありませんが…
英国 孤島の灯台に駐在する3人の灯台守が一夜にして姿を消した。 灯台は施錠され、船が近づいた形跡もなかった。。 本当にあったというこの未解決の事件を下敷きにして書かれたフィクション。

物語は 3人の灯台守失踪から20年が経ち、 その遺された妻たちへ事件の真相を聞こうとジャーナリストが訪れる、、 という設定で始まります。 妻たちひとりひとりの証言と、 当時の灯台守の男たちの描写が交互にあらわれ、、 なにが起こっていたのかが次第に見えてくる、という書き方になっています。

私は、この小説のタイトルから 灯台守の男たちの物語であると思って読んだのですが、 じつはこれは女たちの物語でした。 灯台守が灯台に駐在している期間、 残された妻たちは近くの海岸の社宅で暮らすのですが、 そのような離ればなれの家族の心に生まれてくる感情の齟齬、、 空白の時間がもたらすさまざまな想像、 それが確信へ、、 やがて起こる悲劇…
(事実をもとにして)よくこれだけのドラマを創り上げたなぁ… と最後まで引き込まれました、、

、、私が勝手に 灯台守という職業をする人は 宇宙飛行士とおなじくらい精神的に強い人たちだろうと思い込んでいるせいかもしれませんが、、 灯台守の男たち相互、 そして妻たちの関係が、 どんどん複雑にもつれていき、 疑心暗鬼になっていく様子が (そういうものだろうか…)と 心苦しく悩ましく、、

灯台に閉じ籠って働くこと、 海に閉ざされていることの魔力のようなものが、 もう少し迫ってくれば… 、、そこが鍵になったはず…



『マリアが語り遺したこと』コルム・トビーン著  栩木伸明・訳 2014年 新潮クレストブックス

この本を家族のミステリ、 家族の物語、という中に加えて良いかどうかわかりませんが…
イエスの存在、イエスのなされた奇蹟や復活、、 それは永遠のミステリでもありますし、、 何よりこの物語は、 聖母マリア様としてではなく、ただひとりの母マリアという立場から息子を語った 〈家族の物語〉なのです。

この本もタイトルと美しい表紙を見て選んだ本です。 そのために読んでいる間は、聖母マリアの言葉とはぜんぜん思えない内容に (いったいこれは何なのだろう…)とはじめは理解不能、、感情移入もできない状態でした。 、、でも、 時間が経ってからだんだん だんだん、、 考えてみれば母マリアは初めから宗教画に描かれたような聖人だったのだろうか… 奇跡を起こすような子を産むと自覚していたのだろうか… (天使のお告げなどの絵画もありますけれど)、、 ひとりの母というマリアを考えてみるのもありかもしれないと思い始めました。

ひとりの子供を育てた母親、、 子供の頃はすなおで良く父の仕事を手伝った孝行息子だったのに、 いつの頃からか母にはよくわからない思想をもち、 家を出ていき、 人々を集めて教えをひろめて歩く。 その集団は民衆を危険な考えに導くとして役人から睨まれるようになっていく、、 そのように変貌していく息子を理解できず、 ともに暮らすことのできない苦しみを語る母の物語。 ここではすでにイエスは処刑されていて、老いたマリアから信徒たちがイエスの話を聞こうとしています。

「カナの婚礼」や「ラザロの復活」などの場面も、それを母の立場で見た記憶として語られ、 それは奇跡とはまったく異なっています。。 キリスト教圏の読者からしたら衝撃的でしょうし、このようなマリア像は受け入れ難いだろうと思います。 でも、自分の育てた息子がいつのまにか家を棄て、 人々を導く教祖になっていたとしたら… とマリアの複雑な心情と 現代のさまざまなことに想いを巡らせてしまいました。 いつかまた読み返したい本です。

 ***

以上7作のなかで、 どれかをお薦めするとしたら… 

ん~~、、難しいですね、、 それぞれ国も 地域性も いろいろ異なった作品が読めて 選ぶのは難しい それぞれが力作。 でも、 トーヴェ・アルステルダールさんの『忘れたとは言わせない』 の今後の展開への期待もこめて、 こちらとしましょうか。


今年の読書の最大の収穫は…

(新作ではないけれど) 2月に読書記を載せた マイケル・オンダーチェ著『アニルの亡霊』です(>>)。 時間が経っても、、 時間が経つほどに、、 深く 美しく 彼らのことが想い出されます… アニルのこと、 サラスとガミニの兄弟のこと、 妻を喪ったアーナンダのこと、、 サラスとガミニが愛したひとのこと、、 そういえばアニルの家族のことも書かれていました、、 
『アニルの亡霊』も内戦下の政府による虐殺の真相を探るミステリー要素のある作品でしたし、 『戦下の淡き光』や『ディビザデロ通り』など、 マイケル・オンダーチェさんの作品にはみな 謎を秘めたミステリ要素がかならずありますね。 ほんとうに純文学作品とエンターテインメントのミステリー小説の境界は狭まってきている気がします。。

『アニルの亡霊』、、(読んでいた間はつらく悲しかったけれど) 思い返すほどに、 これは愛するひとへの想い、 自分たちが生きているこの土地と暮らしへの想い、、 その美しさが描かれた物語だったことを感じます。

今年のブッカー賞は マイケル・オンダーチェと同じ スリランカ内戦を描いた シェハン・カルナティラカさんの小説が選ばれたそうです。 『アニルの亡霊』の時代の内戦は終わりましたが、スリランカの国内はいまも混乱したままです。 そして世界の戦争は終わりが見えない…

『アニルの亡霊』がいま絶版なんてとても残念。。 もっともっと多くの人に読まれて欲しい、、 私が今年この小説に出会えたように。。


最後に、、 今年もたくさんの国の本を翻訳してくださった訳者さんたちに 心からの感謝を届けたいです。 訳者さん ありがとうございます‼  来年もまた 新しい翻訳作品と出会えることを楽しみにしています。


ロバート・ゴダード 読書記録 『謀略の都、灰色の密命、宿命の地 1919年三部作』>>
  (↑これに続く 1924年作品は書かれたのかしら… 翻訳されるといいなぁ)
ロバート・ゴダード 『リオノーラの肖像』>>
ロバート・ゴダード 『一瞬の光のなかで』>>

マイケル・オンダーチェ 読書記録 『ディビザデロ通り』>>
マイケル・オンダーチェ 『イギリス人の患者』と『ライオンの皮をまとって』>>
マイケル・オンダーチェ 『戦下の淡き光』>>

面白いですから続編もぜひ☆:『ホープ・ネバー・ダイ』アンドリュー・シェーファー

2022-11-10 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
アメリカの中間選挙、 事前の予測に反して民主党が善戦していて、 ようやくこの本の紹介ができます。。(選挙の最終結果はまだかかるとか…)


『ホープ・ネバー・ダイ』アンドリュー・シェーファー著 加藤輝美・訳 小学館文庫 2021年


この表紙、 アメリカ本国での本の表紙と一緒だそうですが、 これが全てを語ってくれてます。 この絵見て、、 右下の人 「誰?」って言う人には向かない小説です…笑 、、まるでお抱え運転手のような地味な扱いのこの方こそ 小説の主人公です。 すっくと立って目立っている人のほうではありません、 あくまで。。

ジョー・バイデンさんとバラク・オバマ氏おふたりがフィクションの中で大活躍するハードボイルドアクションコメディ、、(コメディでいいんですよね…? 笑っていいんですよね…?)
この本読んだのは今夏のことでしたが、 感想をUPしようかという頃 政界を揺るがす事件が起きてしまったり、 米国では大統領の健康問題を懸念する報道などあったりで 書く機会を逸してしまいました。

物語の時代はトランプ政権が始まってしばらくした頃のこと。。(でもトランプ氏はこの小説には全く出てきません)
 
オバマ政権での副大統領職という大任を終えられたジョー・バイデンさんは ウィルミントン郊外の自宅で奥さまのジルと二人、 のんびりと しかしどこか心浮かない日々を過ごしていた… どうして浮かないかと言うと、 退任してもなおバラクのほうはメディアの注目を集め 自由を満喫しまくっているようだ、、 なのに 自分にはひと言も連絡をくれない、、 あんなに二人で頑張ってきた日々だったのに、、 ちょっとくらい誘ってくれてもいいではないか、、 悶々… というバイデンさんの物語の始まりです 笑。

この冒頭の描写からしてもそうなのですが、 どこかバイデンさんには(気の毒な…)というイメージが付きまとってしまいます。。(ゴメンなさい…) 大統領となられた現在でも、 ヘリコプターから降り立って必ず数歩 小走りして見せる姿とか、、 ほんとうに眩しいのかもしれないけどレイバンのグラスでタフさをアピールしている姿とか、、 失礼と思いつつ気の毒に思えて(つい笑って)しまうのです…

そんな(気の毒な)バイデンさんのイメージをそのままに、、 前副大統領ジョーと前大統領バラクとがコンビを組んで、 秘密裏に(?)殺人事件の真相を追っていく。。

もう バラクとバイデンさんとの比較対照が可笑しくってたまらないのです。。 この著者さんは心から前大統領と前副大統領を愛しているのはわかります、、 けど 誰もが思っているバイデンさんのイメージ、、 ご老体に鞭打って とか ついつい思った事をポロっと口にしてしまう とか 思い違いとか記憶違いとか、、 ひたすら(気の毒…)笑
それに対してバラクは超スマートで頭脳明晰 なんでもたちどころに理解して 出会った人も一瞬でバラクの弁舌に魅了されてしまう… だからこそ頑張るバイデンさんが気の毒で可笑しくて、、

 ***

いろいろ日本とは違うところも知りました。。 アメリカでは大統領退任後 SPはいつまで付くのか、 副大統領に対してはどうなのか、 とか。。 合衆国大統領という存在はほんとうに偉大なのだな とも思います。

この物語では バイデンさんとアメリカの国鉄のようなアムトラック鉄道とのつながりが下敷きになっていて、、 「アムトラックジョー」との異名をもつほど バイデンさんは上院議員時代に毎日ワシントンと地元デラウェアのウィルミントンとをアムトラックに乗って通勤していたそうなのですが、、

その理由を(小説では出てこなかったと思います) ウィキで知って胸が痛くなってしまいました。。 (ジョー・バイデン wiki >>

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これを書いている今日、 バイデンさんは 2024年の大統領選への再出馬の意向、、 だとか。。 『ホープ・ネバー・ダイ』の小説のなかでさえ 自分の年齢や体力を案じて 2020年の大統領選への出馬をどうしようかと思い悩む姿がありましたが、、 (これを書いていた著者さんさえ 本当に最高齢の大統領になってしまって しかも2期目もめざすなどとは考えていなかったのでは…?)

今もなお、 (少し腰が屈み始めた)バラク・オバマさんと二人で党大会の先頭に立ち、 決して後に引けない想いで合衆国の民主政治を一身に背負って立たねばならないバイデンさんは やっぱり気の毒に思えてしまいます。。 笑うなどもってのほかです。。 だからこそいっぱい笑えるうちに続編の『HOPE RISE AGAIN』が読みたいです。。 こちらの編集者さんの「小説丸」で書かれている続編の書影を読んだら やっぱり可笑しくて、、(小説丸 編集者コラム>>

バラク&バイデンお二人が登場するという以外にも、 ハードボイルドアクション小説としても十分に読み応えある面白い作品ですので 是非。。



、、 あれから 毎日の朝ごはんの準備で冷凍ブロッコリーを手にするたびに バイデンさんのことを思い出しています 笑。。 (理由は本書で…)

バカンスと秋風とミステリ読書:『夜の爪痕』 アレクサンドル・ガリアン/『夜と少女』 ギヨーム・ミュッソほか

2022-09-28 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
9月はわりとたくさんの本を読みました。 三連休もずっとお天気悪かったですしね、、(静岡のたいへんな被害、心配です…)

読書記をじっくり書いておきたい傑作とまではいかなかったものの、 いろいろ楽しめ いろいろ考えることありました。。 いくつかのフォトと一緒に・・・

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『夜と少女』 ギヨーム・ミュッソ 吉田恒雄・訳 集英社文庫 2021年
『夜の爪痕』 アレクサンドル・ガリアン 伊禮規与美・訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2021年



パトリック・モディアノの『失われた時のカフェで』を読んだ8月に(>>)、 パリの《街区》のことにちょっと触れました。 それで夜のパリでの犯罪を捜査する警察小説『夜の爪痕』を読んでみました。

驚いたのは、 この作者さん 現役のパリ警視庁の警察官だとのこと。。 扉にある著者のフォトを見ると、 若いお兄さんでおよそ警官らしくない(?)風貌、、 腕とかいっぱいに〇〇があって・・・、、 今は休職して執筆に専念しているそうで、、 そういう働き方もできるのですね…

タイトルに違わず、 舞台はひたすら《夜のパリ》。 自分の情報提供者でもあったエスコートガール殺害の真相を追う刑事。 夜の裏側の街、、 情報提供者と警察の関係、など 描かれるのはディープな世界ではあるものの、 その捜査手法はいたって地道。。 聞き込みと膨大な防犯カメラや携帯記録の分析、 そして報告書作成、、 朝から深夜まで働き詰め、、 そのあたりがやはり本物の警察官による《リアルな》小説、という味わいでした。

映画のような大それた展開で一挙解決! という風になんかいかないんだよ。 という刑事さんの真剣さが文章のそこかしこに滲み出ている、、 だからこその《パリ警視庁賞》受賞作なのでしょう。。 本音の警察小説、、 エンタメ度は薄いかもしれません。。 …が、ラストはちょっと衝撃的だったので、 この主人公の刑事さんがどうなってしまうのか 続編が気になります。

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『夜と少女』 のほうは パリが舞台ではありませんでした。 表紙の写真が素敵でしょ、、
この少女がどんな表情をしているのか、 コートの襟に手をかけて、、 いま羽織ったところなのか、、それとも脱ごうとしているのか、、 写真のトリミングで不思議なミステリアスな印象を与えます。 この表紙は大成功だと思うのですが…

舞台は南仏 コート・ダジュールに面したアンティーブという美しい街。 カンヌとニースの中間に位置し、 昔からピカソをはじめ芸術家に愛されたリゾート地。 このアンティーブは作者ギヨーム・ミュッソが生まれ育った街でもあるそうです。

物語はこのアンティーブの名門リセでかつてひとりの少女が行方不明に。。 当時の捜索の結果では、 少女と若い教師とが駆け落ち失踪したと結論付けられた。 それから25年後の同窓会、、 少女に恋焦がれていた主人公は25年ぶりにアンティーブへ帰って来た。 ある《秘密》とともに…

というわけで、 40代になったそれぞれの同級生のその後や、 主人公の過去や彼の両親や友人などの過去が複雑に絡み合い、 しだいに《秘密》が暴かれていく、、 とてもスリリングなミステリでした。。 が・・・

この街の名門リセの出身、ということで 結構ハイクラスな人々なのでしょう。。 そういう人々の同窓会だからか、、 いちいち着ている服のブランドや持ち物を品定めして、 その見た目で現在を判断する、、 で斜め上からウィットを効かせた風な描写が鼻につく。。 同窓会などというのはそういうもの、、と言えばそうとも言えるのですけど、 恋焦がれた少女を失った悲しみとか 心の傷というものは何処へ…?

美しいアンティーブの街の詳しい描写とか 謎解きの入り組んだプロットとかはとても楽しめますが、、 殺人事件の怖ろしい事実が判明して 動揺している時に、 服装とかブランドとか、 どうでも良くない?? と思えてきて、 登場人物たちに感情移入できない。。

読み終えて・・・ あとがきを読んで気づきました。 
フランスでは夏のバカンスシーズン前に、 一斉に本が売れるのだそうです。 リゾート地での休暇に持っていく為の本。。 なるほど・・・

美しいアンティーブの街。 昔流行ったファッションや90年代音楽の描写。 どんでん返しの謎解き。 なるほど、、 フランスにはフランスらしい本の読まれ方があるのだな、と思いました。

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『渇きと偽り』 ジェイン ハーパー  青木創・訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2018年
『潤みと翳り』                            2019年


同窓生、 失踪した少女、 20年ぶりの帰郷、、 ということで思い出したのが オーストラリアが舞台の、ジェイン・ハーパーの『渇きと偽り』。 この作品の読書記は前に書きました(>>

『夜と少女』もたしかに面白く読みました、けど 物語の充実度でいったら『渇きと偽り』 のほうがずっと深く心に残ります。 、、と思って検索したところ、 この9月に映画化されて日本公開なのですね。 主演はエリック・バナ。

http://kawakitoitsuwari.jp/ (映画『渇きと偽り』公式サイト)

干ばつの乾ききった大地と ひとびとの渇いた心。 文章をたどって味わうのと映像とでは印象は変わってくるかもしれませんが、 重厚な良い小説でした。 連邦警察官アーロン・フォークを主人公とする続編『潤みと翳り』も以前に読みました。 こちらもじっくり読ませる作品でした。 ただ こちらは職場の研修合宿で森を彷徨う女性たちの、 いわば密室劇のようなミステリで、 前作ほどのインパクトは感じられなかったので読書記には残しませんでした。 が、 ジェイン・ハーパーの作品、、 もし翻訳されたらまた読むと思います。

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『消失の惑星』ジュリア フィリップス 井上里・訳 早川書房 2021年

この本も読んだのは昨年ですが、 最近のニュースを見て思い出しました。 そのニュースとは ロシアの予備役動員令の映像。 カムチャツカ半島で動員された新兵に銃を手渡す映像で、 日本の富士山によく似た美しい山が背後に映っていました。

『消失の惑星』はこのカムチャツカ半島が舞台です。 半島東部のある街で幼い姉妹が失踪した、という事件を中心に、 12カ月をひと月ずつの章に区切って、 一章ずつこの地域で暮らすべつべつの若者を人公にして物語を描き、 それらが重層的に構成されてこの地方の生き様とともに 姉妹失踪のミステリの謎を追っていく、という読み応えのある小説でした。

読書記を残さなかった理由は、 この小説はものすごく評判が高くて、 特に描かれた若い女性たちの心の声に共感する感想が多かったのだけれど、 私には彼女たちの声が この土地に暮らすほんとうの《内部》からの声とはちょっと違うように思えたこと、、。 作者はアメリカからロシアに留学して、このカムチャツカをリサーチして執筆したとのことで、 どうしても作品の構成ありき、 女性の地位や極東で暮らす若者の問題が意識的すぎるかな…と少し馴染めなかったのでした。

でも、 ニュース映像での徴兵される若者たちの姿を見ていたら、 『消失の惑星』に描かれた《ごく普通の》、 悩み 恋をし、 働き、 この土地から遠くへと憧れを抱くあの暮らしはもう何処にも無いのだ… と思い、悲しくなりました。 富士山に似た美しい火山がカムチャツカにはあって、 小説の中には火山研究所で働く若者も出てきましたが、 そんなロシアの若者たちは今、 意味のわからない戦場へ連れていかれるのです。


ある土地を舞台に物語が書かれ、 読まれ、 それがどんな過酷な土地であっても、 どんな怖ろしい殺人ミステリであっても、 《物語》が書かれ楽しまれる日常は 現実の戦場などよりはるかに幸せな、 人間らしい日常です。 だからわたしは物語を愛するのです。


秋風のなかで そんなことを想いながら


本を読んでいました。



もうすぐ10月ですね…




エンターテインメントなスパイ小説と思わずに…:『追跡不能』セルゲイ・レベジェフ

2022-04-06 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)

『追跡不能』セルゲイ・レベジェフ著 渡辺義久・訳 ハヤカワ文庫 2021年


物語は、 とあるヨーロッパのレストランで 亡命者である元ソ連工作員が何者かに毒物によって暗殺されるシーンから始まります。

、、 この本を手に取ったときは、 手に汗握るスパイ小説を読むつもりでいたのです。。 でも実際は 期待したようなエンターテインメント小説ではありませんでした。 だから最初にそう書いておきます。 でも、 ドキドキハラハラとは異なる《リアルな》読みごたえある小説でした。

作者のセルゲイ・レベジェフはモスクワ生まれのロシア人作家で、 現在はベルリンに住んでいるそうです。 この名前で検索すると ウィキでは同名のロシアの高官、 最近話題のシロヴィキの人物が出てきますが別人です。 

毒物を盛る暗殺、 化学物資や生物兵器の研究所、 チェチェンに送り込まれた工作員、、など 現実に即したテーマが描かれているので、 ロシア人でこんなこと書いて大丈夫なのかしら… この作家さんの背景は…? などと思って、 少し調べようとしたところ 昨年のガーディアン紙の記事に辿り着きました。

調べようと思ったのは(調べたのは読後ですが)、、 ストーリーが《わかりにくい》からでもあるのです。。 最初のシーンの暗殺も、 どこの国なのかわからない。。 その後で、 その毒物を開発したと思われる研究者カリチンと、 カリチンを追うために送り込まれるシェルシュネフという工作員との、 ふたりの物語が交互に続いていくのですが、 彼らの過去の部分が いつの時代のどの国のどういう場所の、という事があやふやに書かれているので(私のような無知には)とても理解しづらかったのでした。

解りにくく書かれてはいるものの、 毒物研究者になるカリチンの幼少時の物語、、 選別された者だけか住む閉ざされた環境、、 研究施設での暮らし、、 体制崩壊による変貌、、など、 「わたしはいかにして最強の毒物ニーオファイトの開発者となったのか」というカリチンの告白の物語はとてもリアリティがあり、 きっとそれなりの裏付けのあるものなのだろうな と想像されました。

情報を持たずに読むのもよし、、 現実の世界と照らし合わせて理解したいと思われるかたには、 ガーディアン紙の著者インタビューの記事がとても参考になると思います⤵
https://www.theguardian.com/books/2021/feb/13

カリチンのいた研究施設、 作中では《アイランド》と表記されていたので 私は此処のことかなぁ…と考えたのでしたが(wiki→ヴォズロジデニヤ島 生物兵器実験場のあった所) 、、著者インタビューでは Shikhany という場所が言及されていますね。 日本語のwiki がないので英語のほうへ(→https://en.wikipedia.org/wiki/Shikhany

物語の冒頭で 亡命した元スパイが暗殺される場面は、 2018年に毒殺されそうになったセルゲイ・スクリパリの事件にインスパイアされたそうです。 このスパイ暗殺のことは全然知りませんでした(wiki →セルゲイ・スクリパリ

そのほか ナワリヌイ氏のこと、、 プーチンのこと、、 なども。

こうして ガーディアン紙の著者インタビューを参考にしてみると(と言っても 私の英語力ではおぼろげにしか理解してないですけれど)、、 ソ連時代の研究施設や毒物開発の背景は かなりリアリティのあるものとして書かれているのだとわかります。 
、、ではその後のカリチンと 工作員シェルシュネフの物語は…?

 ***

最初にこの小説がエンターテインメントのスパイ小説ではない、、と書いたとおり、、 物語の後半は 追いつ追われつのスリリングな展開というより、 なんと言ったら良いか、、 いろいろ《うまくいかない》展開に……。。 お粗末、、 と言っては語弊がありますけど、、 いろいろな部分でお粗末なのです、、 でもそれがかえって《リアル》なのかもしれないし、、 人間とはお粗末なものであるというか、、 だからこそ恐ろしいのだとも言えるし…

ソ連崩壊によって 《放棄された》研究施設の怖ろしさ…(ヴォズロジデニヤ島のウィキのところにも書かれていますが、 もし毒物がそのまま放り出されていたとしたら… 或いは 体制崩壊によってうやむやになって手から手へ闇取引されていったのだとしたら…)

毒ガスや毒物の実験のずさんさ、、(それは作中をお読みください、、 あの猿の処理はあれで良いの…??)


ところで、、 途中から登場する 聖職者トラヴニチェク という人物が物語に大きな役割をするのですが、、 この人物の過去と、 心のうちを描いた部分がなかなか私には理解できなかったのですが、、 これを書きながら本をもう一度ぱらぱらとめくり、 「2」の章をよく読んだら 少し背景がわかってきました。 「2」の章がすべての鍵ですね。 何度もここを読まないといけません。。

ソ連と旧東ドイツ、 体制崩壊後のそれぞれの国、、 それも関わる物語です。

 ***

この本を読み終えたのは先週だったのですが、、 その後には 本の内容の怖ろしさも霞んでしまうような 現実とは思いたくないような現実が待っていました。

閉鎖された環境の中で 偉い研究者になって誰にもまねできない物凄いものを発明することを夢見たカリチン、、 すべてを《主観》によって判断し 主観の正しさを疑わない盲目性の怖さ。


これだけSNSが進化して 世界の情報を遮断することなど不可能な世の中になって、、 そうしたら事実はかならず事実として 世界のなかで隠しとおすことなどできなくなるはず… そんなふうに思っていたのだけれど、、

そうしたら 世界中で事実は事実として ただしく共有されるものかと思ってしまったけれど、、 


自分はこのような世界に生きているのだ と認識することが こんなにも悲しいこととは。。



セルゲイ・レベジェフ氏の著書の邦訳は 今のところこの本しか無いですが、 この本が分かりにくいからと敬遠されずに、 ほかの作品も翻訳されたらいいな、、と思っています。

ヨーナ・リンナの「僕」「俺」「わたし」:ラーシュ・ケプレル著 ヨーナ・リンナ警部シリーズ『つけ狙う者』

2021-10-05 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
10月になりました。  暑いですね…(笑)


ラーシュ・ケプレル著 スウェーデンのクライムミステリ ヨーナ・リンナ警部シリーズの最新作『ウサギ狩り人』が9月末に発売になったというのを 昨日知りました、、嬉し!! 前作から9カ月、、 わりと早い出版で喜んでいます。

と同時に 前作『つけ狙う者』の感想をなんにも書いてなかったことに気づきました。 読んだのは今年の春かな? だいぶ前のことですし、、 内容のことを書いたら何を書いてもネタばれっぽくなってしまうので、 本作のストーリーには関係ないことをちょっとだけ。。

ヨーナ・リンナ警部シリーズについては 前に2回書いています。 過去ログはこちらです>>

 ***

ヨーナ・リンナ シリーズ、 今までに出ている作品は
 『催眠』 『契約』 『交霊』 『砂男』 そして 『つけ狙う者』 と続いたのですが

新作『ウサギ狩り人』の発売に心躍らせていらっしゃる方は とっくに『つけ狙う者』は読了されていると思いますけれど、 もしももしもこれから読もうと思っている方は、 悪いこと言わないです、 数カ月費やしても ぜひぜひ過去の作品から読むのをオススメします。

事件の解決については、 たぶん『つけ狙う者』だけを読んでも理解はできると思うんですが、 主人公ヨーナの過去や、 彼に関係する登場人物の印象など、 過去の作品を読んでいるのといないのとでは面白さや感動が格段に違うと思うのです。。

とくに 『つけ狙う者』を読むうえでは、 第一作の『催眠』は読んでおくと良いです(登場人物がかぶってますし)。 それに、 ヨーナ・リンナの過去については、 第三作の『交霊』で衝撃的な事実が明かされ、 第四作の『砂男』で、 長らくヨーナを苦しめてきた過去との対決が描かれます。 そして『砂男』のラストで、、 (え? え? どうなったの??)と 大きな疑問を残したまま 『つけ狙う者』に至るのです。。





ラーシュ・ケプレル作品のこのシリーズの魅力は 何と言ってもヨーナ・リンナという男の人物像の変遷、 激変をたどった彼の《過去》にあると思います。 第一作ではそれがほとんど明かされず、、 ①のときに私も (ヨーナはクールなの? シャイなの? マッチョなの? 繊細なの? …云々)と書いてますが、 初めの頃のヨーナは、 スポーツ万能、、警察署内のプールで独り泳いだり、 「ね、僕の言ったとおりでしょ」が口癖の、 なんだかいけすかない自信過剰の一匹狼?? みたいな印象で、、

ところが、 あの《白樺の根の冠》にまつわる ヨーナの秘められた《過去》が見えてくる第三作あたりからは ヨーナが背負ったものを思うと、もう胸がつぶれそうなくらいせつなくて、、。

こういう ヨーナの境遇の激変を物語っている象徴的なものとして感じたのが、 ヨーナの《一人称》のことなんです。。 原作のスウェーデン語や、 英語での出版物では、 一人称の区別なんてきっと無いでしょうから、 これは翻訳者さんが書き分けたということなのでしょうけれど、、ヨーナはずっと 《ぼく》って言っていたんですよね。

「ほら 僕の言ったとおりでしょ」 というふうに。

これがひとつヨーナが年齢不詳に感じられる一因でもあったと私は思っていて、、 ヨーナって40代くらいでしょ? 凶悪事件を追う敏腕の警部が 《僕》、、って。

、、 それが、 ヨーナの過去を物語っている部分で(たしか第三作だったと思います)、 若き警官時代のヨーナが、 同僚と仕事帰りに酒を飲み、 自分のことを《オレ》、、って。。 
(ヨーナが俺って言ってるぅ~~!)となんかうるうるしたのを覚えてます。。 ヨーナでも同僚と酒を飲み、 家族の話をして 自分のことを《俺》って。。  みなさんお気づきになったかしら・・・?

でも、、 あの衝撃の事件以来、、 ヨーナはもう二度と自分のことを 《オレ》なんて言わない。。


そして 第五作の『つけ狙う者』では・・・

、、 その部分を読んだ時、 私はすごくすごく淋しい気がしました。。 流れた時間、、 変わってしまったもの、、 戻らないもの、、 そういうものが込められていた気がして。 (それはお読みになって…)


さきほど書いたように、 原作でヨーナの一人称に変化があるのかは私はわからないのですけど、 こんなほんのささいな言葉遣いの変化だけど、 ヨーナ・リンナの人生をあらわすうえではすごく大事な一人称の変化だと思うのです。 翻訳者さんももしそう思われて使い分けされていたとしたらうれしいな。。

そして 最初にヨーナの一人称を 「私」でもなく 「俺」でもなく、 「ぼく」と訳されていたのには、 ヨーナのもつ複雑な謎めいた人物背景をちゃんと物語っていたのかな、、と そんなことも思いました。

 ***

あと、 これは『つけ狙う者』をすでにお読みになったかた向けに、、 私の勝手な想像、、 放言として、、、(一部ネタバレかも…)

ヨーナ・リンナをめぐる残酷な過去は、、 『つけ狙う者』でいちおうの決着を見たようになっているのですが、、 なんだかあれで終わる気がしないんです。。 あんなふうに終わるわけないと思いません?

いずれまたヨーナを苦しめる出来事が…。 まだ翻訳されていないあと2冊のなかに必ずあるような気がする。。
、、 パリにいるはずのあの人のことがとても心配です、、 ヨーナが手出しできない状況のなかで、、。


、、それから、法医学の話題ですけど、、
ひとの身体を生きている間に切断したか、 それとも 死後に切断したか、 区別できるって書いてありましたよね。。 だったら、 生きている時に切断した腕とかを、 そのまましばらく放っておいて そのあとでそこから指だけを切断したとしたらどうなるの?? それもわかるの? どうなんだろう・・・ (ちょっとネタバレ ごめんなさい!)


新作の『ウサギ狩り人』 楽しみです。。 でもまだ今は 手元に控えている本がいっぱいあるので しばらくかかりそう。。 だから新作の紹介文とかレビューとか、 ぜったいに読まないようにしているのです。 どんな事件かな、 どんな人が登場するのかな、、

 ***

このところ 感染者も重症者も減少がつづいていて ほんとうに このまま みんながほっとできる秋、 誰もが楽しめる秋が訪れてくれるといいな。。


心から そう願って。


愉しい秋へ…

続編が出ないのがなんとも勿体ない…:『靄の旋律』アルネ・ダール著/『殺人者の顔をした男』マッティ・ロンカ著

2021-03-12 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
地味だけど読み甲斐のある小説。 ミステリ好きの友にお薦めした2冊です。 スウェーデンの警察小説と、 フィンランドの私立探偵ハードボイルド。



『靄の旋律 国家刑事警察 特別捜査班』アルネ・ダール著  ヘレンハルメ美穂・訳 集英社文庫 2012年
『殺人者の顔をした男』マッティ・ロンカ著 古市真由美・訳 集英社文庫 2014年

どちらも本国ではシリーズ化された小説で、 アルネ・ダールの《国家刑事警察 特別捜査班》シリーズは10作品書かれ、TVドラマ化もされているようです。 マッティ・ロンカの《私立探偵 ヴィクトル・カルッパ》のシリーズは7作品書かれ、 TVドラマ化もされ、 シリーズ第三作目の Ystävät kaukana は 北欧ミステリの最高賞ガラスの鍵賞も受賞したそうですが、 残念なことに日本ではこのあとの翻訳が出ていないのです。。。 こんなに年数が空いてしまったらもうムリかなぁ、、 

シリーズ翻訳されていたら おうち時間にじっくり読みたい良作だと思うんです。 ジェットコースター的展開もなく、 名推理の謎解きにワクワクする、という小説でもないけれど、 文章でじんわり登場人物の心のうごきや背景を語っていく、、 こういうミステリ わりと好きです。

 ***

『靄の旋律 国家刑事警察 特別捜査班』アルネ・ダール著

アルネ・ダールは前に載せた(>>) 『時計仕掛けの歪んだ罠』の作者です。 『時計仕掛け~』は本の半分くらいを容疑者取り調べのシーンが占めていて、 とても濃密な文章が印象的でした。 その作者が99年から2008年にかけて出版した警察小説シリーズ。

『靄の旋律』は スウェーデンの国家刑事警察 特別捜査班(リーダーひとりと6人の捜査員から成るチーム)が、 財界の大物の連続殺人事件の犯人を捜し出す、という物語。 

、、正直 スウェーデンの警察小説にまったく馴染みが無いかたは最初しんどいかも。。 北欧の名前、 チーム7人が誰が誰だかわからなくなるし ほかにもいっぱい人が出てくるし、、 そもそも国家刑事警察って何? (現在は組織が統一されたらしいですが、 スウェーデンのミステリには地方警察と、 もっと全国規模の重大事件を扱う国家警察と、 それから公安警察も出てきますね)

スウェーデン経済界の大物がたてつづけに殺されたことを危ぶみ、 各地の警察から選りすぐりのメンバーが招集され特捜部が組織される。 チームが立ち上がったものの、 犯人につながる手がかりは何も無し。。 まずは捜査会議だ、、 事件の裏に何があるのか、、 お前は家族関係、 お前は仕事関係、 お前は裏社会を、 お前は… と分担が決められて捜査が始まる、、 地道な聞き込み、 そして報告、 またまた会議、、、 その繰り返し がじっくり懇切丁寧に描写される。 さすが『時計仕掛け~』で300頁くらいひたすら尋問のシーンに費やした作家さん(笑) でも不思議と読み続けてしまう… 

いちおうポール・イェルムという警部補が主人公なんだけど、 家庭生活の不安も抱え、 本の冒頭ではある事件をきっかけに退職の瀬戸際まで追い込まれたこともあり、 特捜部に昇進しても今ひとつ自信が無い。。 
警察、 という語には 「察」という語がつかわれているように、 犯人像や被害者との接点を 《考察》《洞察》《推察》して捜査に当たるのだけれど、 自分の考えの根拠とは もしかすると《思い込み》《たんなる決めつけ》なんじゃないか、、と不安になってくる… (本文にそういう記述があるわけではないですが そういった不安がそこかしこに描かれるのです)  捜査会議や 地味な聞き込みや、 はたまた家庭の会話や、 そんな描写のなかに 自分が気づかない偏見や差別や性差や人種の問題を匂わせる… 作家さんの巧さです。

6人の捜査員それぞれの個性も丁寧に描かれていて ちゃんとそれぞれの見せ場も用意されていて、、 犯人にはなかなかたどり着けないものの、 刑事さんたちの人間模様が飽きさせません。 コワモテの刑事さんたちも ほぼ日々ハッタリの連続なのだとわかり けっこう泣かせて 笑えて すこしほっこりする。。。 刑事さんのオモテの頑張りと 《内なる声》の落差が読ませどころかな。。

シリーズが読めたらきっと それぞれの個性的な来歴の刑事さんたちの活躍が読めたのに、、 と思います。


前に書いたラーシュ・ケプレルのヨーナ・リンナは(>>) スウェーデン国家警察の警部だけれども、 なぜかフィンランド人でした。 この『靄の旋律』にも ひとり フィンランド人の特捜部メンバーがいて、 スウェーデン社会にフィンランド人の移民が多いということなのか、 スウェーデンとフィンランドは隣国だけど民族や歴史はぜんぜん違うみたいだし、 そういう微妙な軋轢の表現かしら… などと にわかにフィンランドにも興味が湧いて、 それで・・・ ⤵ 

 ***

『殺人者の顔をした男』マッティ・ロンカ著

フィンランドのミステリ小説はわりとめずらしいと思います。 この作品はミステリというか 私立探偵が依頼を受けて調査をしていくうちに なにごとかに巻き込まれていく、 というハードボイルド風の物語。

読み始めてすぐにフィンランドの歴史にぶち当たりました。 主人公のヴィクトルは、 フィンランドと国境を接しているロシア領カレリア共和国からの《帰国移民》。 
、、 わが家の男子に (カレリア共和国って知ってる?)と訊いたら、 (シベリウスにカレリア序曲ってあるよ)と。。 あぁ! そうかシベリウス、、 フィンランディア!

、、思い出しました。 ロシアの圧政に対抗するフィンランド民族の団結の歌、、 中学生のときに合唱で歌いました。 歌詞は忘れていなかったけど、 現代史の中でその意味をあたらめて振り返ってみると 真に迫る。。 あぁ泣きそう…

 オーロラ光る彼方の 真白き山を目指し 雄々しく進む若者 その頬赤く映ゆ 険しき道の彼方に 望みと幸は満つ ♪

カレリア地方というのはフィンランド民族の心の故郷であるそうで、 ソ連の侵攻から国を守るため 第二次大戦でフィンランドはドイツ軍と手を組み、 それで連合軍側に負けて敗戦国扱いとなり、 戦後 カレリア地方がソ連に割譲された、、 と。 (ウィキベディア カレリア>>

話を戻して、、 主人公のヴィクトルは ソ連時代のカレリア出身のフィンランド人。 ソ連崩壊後、 フィンランドの首都ヘルシンキへ《帰国移民》として移住して、 そこで私立探偵として生活している。 探偵業といっても、 ロシア語とフィンランド語ができるから貿易書類を扱ったり、 移民たちの翻訳を助けたり、、 はたまた食べていくためにちょっと怪しげな取り引きも引き受けたりしている。。 ロシアや、 バルト三国のエストニアなどからやってくるヴィクトルの仕事相手たちが みんな怪しげで 危なげで… 

なんだか現代のフィンランドの首都ヘルシンキを読んでいるという感じがしなくて、 なんだか50年代のマフィアとか裏組織の出てくるノワール小説みたいな味わい。。 でも怖い感じはぜんぜん無くて、 主人公ヴィクトルがロシア領の故郷に残してきたお母さんのことを想ったり、 ふるさとを想ったりする描写がとてもとてもノスタルジーに溢れてて、、 さっき カレリア地方はフィンランド人の心の故郷、、 と書きましたが 読む人はきっとヴィクトルの故郷に特別な想いを感じるのでしょう、、

でも、 解説にも書かれていましたが、 帰国移民のヴィクトルの立場は ロシアにいればフィンランド人と差別され、 フィンランドではロシア人と蔑まれ、、 フィンランド人の心の故郷カレリアなのに、 移民としての暮らしは簡単にはいかない。。 そんなフィンランドと カレリア地方と、 南のエストニアとの関係に想いをはせながら読んでいくと、 ヴィクトルがロシアの組織、 エストニアの組織、、 双方のいろんなこわい人とのあれこれに巻き込まれて…

でも、、 絶体絶命のピンチに陥っても 減らず口だけは叩きつづける、 そんなヴィクトルのキャラが良いです。 そして ロシア、 エストニア、 帰国移民のフィンランド人 三つ巴のまま、 その関係ならではのあっと驚くようなどんでん返しがあって、、 読後感はなかなか爽快。。。

この帰国移民というヴィクトルの境遇や フィンランドとロシアの歴史とかが 日本人にはピンと来ないかもしれませんが、 このシリーズはとっても貴重だと思うな、、 なんたって面白かったし。。 このシリーズ、 7作品はムリだとしても せめて《ガラスの鍵賞》受賞作品くらいは翻訳されないかしら、、 読みたいよ~!

それに フィンランドのこと、、 カレリア地方のこと、、 フィンランドとスウェーデンとの関係や違いとか、、 もっともっといろいろ読んでみたくなりました。 すでに新たなフィンランドの小説をいま読み始めているところです。。


、、 去年行くはずで来日中止になってしまった フィンランドの指揮者ユッカ=ペッカ・サラステさん指揮のシベリウスを聴きながら、、(いつか絶対聴きに行きたい)


フィンランドの読書 楽しみましょう


コロナが終息したら フィンランド料理のお店にも行きたいな… ロヒケイットとか ティッカマサラとか


食べたいな。。



もうすこし 頑張りましょう… ね

白樺の根の冠…:ラーシュ・ケプレル著 ヨーナ・リンナ警部シリーズの話『砂男』まで

2021-02-15 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
2月も半ばです。。 ご無沙汰してます。。

スウェーデンのラーシュ・ケプレル作品の警察ミステリシリーズをずーーっと一気読みしておりました。


『催眠』 『契約』(友に貸出中) 『交霊』 『砂男』

読書記は このあと読むことになる5番目の小説『つけ狙う者』を読み終えたら書こうかな、、と思っているのですが、 書けるかどうか…

ストックホルムの国家警察所属の ちょっと謎めいたヨーナ・リンナ警部(Joona Linna)が主人公のシリーズ。 本国では シリーズ最後の8作目が昨年出版されたのかな?

日本では最初の『催眠』が2010年に出て、 翌年に『契約』が、 三作目の『交霊』が2013年に出た後、、 翻訳が止まってしまったらしいです。 このシリーズを私は昨年になって読もうかな、、と思い始めたところだったので良いのですけど、 もし『交霊』を8年前の当時に読んで それきり立ち消えになったまま続きが出るのかもわからず待たされていた人たちは いったいどんな気持ちだったんだろう…と 切実に思ってしまいました。。 だって… だって… 『交霊』の結末があまりにも衝撃すぎて…

このシリーズの魅力はなんといっても ヨーナ・リンナ警部自身の《謎》 、、一作ごとの事件もものすごく込み入った展開で読むのを止められない牽引力があるのですが、、 ヨーナが主人公でなかったら こんな風に全作品を読みたいと思ったか どうかな……

ヨーナ・リンナ警部、、 スウェーデン育ちみたいだけれどなぜかフィンランド人。 ヨーナの外貌も人柄も 過去も、、 ほんのちょっとずつしか明かされない。。 長身、 金髪はいつもぼさぼさ、、 花崗岩のような灰色の瞳、、 それくらい。。 自分のことの話になると ふっとはぐらかす…

ヨーナはクールなの? シャイなの? マッチョなの? 繊細なの? 頑固なの? 優しいの? 硬派なの? モテ男なの? つねにどっちにもとれるような描写。。 でも いつもどこか淋しそう、、

このシリーズ作品の著者ラーシュ・ケプレルという人物は覆面作家で、 結局 のちになってそれがもともと純文学作品の作家である夫妻ふたりの共同執筆であることが明かされたということですが、 もとが純文学作家だからなのか、、 たった一行でなにかを語らせるのが本当に巧い。。 事件そのものはわりと暴力的だったり、 凄惨だったりするのだけど、 ヨーナのする仕草とか、 語る言葉とか、 聴く音楽とか、、 なんでこの場面でこれ? というような妙に具体的な描写がぽこっといきなり、、 

それが とってもユニークで、 不思議で、、 だから一瞬で頭に残る。。 

ヨーナが歩きながらバナナの皮をゴミ箱に捨てた、、 とか。 シナモンロールの上にかかった砂糖のかけらをつまんで食べた、、とか(笑) 金髪、長身、、 花崗岩の瞳の40がらみの警部よ?
他に具体的なものが明かされないから、 だから読み手はこのヘンテコなヨーナの描写から想像というか、 妄想がひろがってしまう、、 (ヨーナ なんか可愛い…)って。。


一作品のなかで ほんの数行ずつくらいしか ヨーナの過去については語られないのですが、 ヨーナが仕事の合い間にたった独りで立ち寄る場所が ストックホルムにある 北方博物館。 そこでヨーナはたった独りで 展示品であるサーミ人の工芸品、 白樺の根でつくられた冠を一時間余りも見つめて過ごす…

、、検索しましたよ、、 北方博物館。

でも、 その中には目当てのものは見つけられなかったけれど、 サーミ人の白樺の根で作った工芸品は検索すると見つけられます。 たぶん ヨーナが見つめていたのはこういうものだったんじゃないかな、、と思われる nordic sami birch root bridal crown の画像も。。 (あ、ちょっとネタばれ。。 御免なさい!)

白樺の根の工芸品は 何年も、 百年以上も、 ずっともつのだそうです。 だから それで作られた冠は たいせつな儀式に。。

 ***

そのヨーナの過去が、、 3作目『交霊』の最後で衝撃的に語られる。

語られた後、、 それでどうなったの?? という問いを残したまま、、 翻訳は止まってしまっていたのですね。。 本当に、 あの時点で読み終えて待たされた人たちは いったいどんな気持ちだったんでしょう、、 想像するだけで涙が出てしまいます、、




そして 7年後の昨年、 やっとやっと 4作目の『砂男』が出版社を変えて翻訳されたのでした。 ほんとうに、、 私はつづけて読むことが出来た果報者ですけれど、 それでも (翻訳してくれてありがとう~~)と感謝せずにはいられませんでした。。

、、 『砂男』を読み終えて、 ヨーナの過去は知ることが出来たけれど、、 ヨーナの未来はまだまだ闇だらけ。。 シリーズ完結まで8作品なので まだ物語は折り返し地点。。 どうか順調に全作品が翻訳されますように、、。 (毎回、 起こる事件はかな~りセンセーショナルで凄惨だったりするので ワタシはそういうのは割と苦手なので、、 こんなことは物語の中だけで起こる事であってほしいと強く強く思わずにはいられないのですが…)


昨日はバレンタインデーでした。

今 いちばんチョコをあげたい人は、、 やっぱり ヨーナ・リンナ という事にしておきましょう。 物語の中では、 ヨーナのアシスタントのアーニャが キャラメルを剥いてヨーナの口に突っ込む、 というシーンがあるのですが(アーニャ可愛い!!)

ひと粒チョコレートの銀紙を剥いてヨーナの口に食べさせてあげたい。。 ハイ、あ~ん、、 じゃなくて 会話してる途中で有無を言わさず スッと、、 ね。。 アーニャみたいに。(⇦妄想)



ヨーナ・リンナ警部シリーズ その後の日記はこちら>>

 ***

そのまえに、、


ハーパーコリンズ・ジャパンさんの ゲラ読み募集に応募したら当選して原稿が送られてきました。 発売前のゲラ読み、って初めてです。 有り難く鋭意 読破したいと思います。 楽しんでます。





はやく あたたかくなあれ。。


はやく ワクチン打てますように。。

対照的なスウェーデンのミステリ2作品…:『娘を呑んだ道』スティーナ・ジャクソン著/『時計仕掛けの歪んだ罠』アルネ・ダール著

2021-01-14 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
寒中お見舞い申し上げます。 今年も良い読書生活しましょう。

なかなか読書記が更新できていないので、 昨年末からここ最近読んだものの中から佳作ではないかと思えるミステリ作品を今回は挙げてみます。 

まずはスウェーデンのミステリ小説2篇。 少女の連続失踪事件という似た内容でありながら、 ふたつはとても対照的な印象でした。




『娘を呑んだ道』 スティーナ・ジャクソン著 田口俊樹・訳 小学館文庫 2020年

3年前に行方不明になった少女。。 警察の捜査も難航し、 時が過ぎるとともに次第に生存の可能性が乏しくなる中、 決して諦めずに娘を探し続ける父親の執念の物語。 
娘の失踪という事件が、 父親の生活の総てを変え、 妻との関係も壊れ、 地域社会のなかでも孤立していく、、 崩れ去ってしまった日常が哀しい。。 けれども 娘を見つけ出すため、虱潰しに地域を巡る父親の狂気にも似た想いはとてもよくわかるし、 彼をとりまく地元の人々の表面的な同情心とか、 うそ寒い協調もよく描かれている。 ほんのひと握りの、ほんものの思い遣りを示す友人のありかたとか、、。

スウェーデン北部のノールランド地方が舞台で、 人々が皆、顔見知りのような狭い地域社会を描いたものとしては、 ヨハン・テオリンさんのエーランド島四部作に近い雰囲気があるけれども、 読み応えの面ではこちらは少し物足りない気が…。 
娘を捜す父親の物語と、 この地域に新しく移り住んだ母娘の物語が交差しながら描かれていくのですが、 少女失踪の謎に関しては 後半になると筋道が見えてきてしまうので、、。

でも、 娘を探す父親の想いの強さ、 この地に流れ着いた親子(母と娘)の人の温もりを欲する想い、 家族を守ろうとする想いや、 得られなかった愛情に焦がれる想いや、、 家族の繋がりを求める想い、 いろんな切なさ、 優しさ、 悲しさ、、 それゆえの悲劇は丁寧に描かれていたと思います。


『時計仕掛けの歪んだ罠』 アルネ・ダール著 田口俊樹・訳 小学館文庫 2020年

こちらも少女連続失踪事件を追うミステリ。 舞台は都会、ストックホルム。 『娘を呑んだ道』とは対照的に、 ひたすら事件を捜査する警察の物語。

、、『娘を呑んだ道』が情感に訴える作品だとしたら、 『時計仕掛けの歪んだ罠』は技巧に驚かされ 感心する作品。。 犯人を追う捜査班のテクニックや、 尋問の様子がこと細かに緊張感をもって描かれ、 そこを読むだけでも手に汗握る前半部分。 尋問の会話のやりとりの場面がすごく緻密につづくので、 これだけで読ませる技量は凄いなぁ…と感心しつつ、、 このまま尋問の心理劇がつづくの…? と思いきや、、

話は思いもよらぬ方向へ、、。 木乃伊取りが木乃伊…?? 的な大転換があって、、 舞台も密室の警察署から 盗難車を乗り換えて走り回るような動きのある展開へ、、。

この作品の魅力はひたすら技巧的な面だと思うのです。 前半の動きの少ない地道な捜査場面の中にもじつは技巧は凝らされていて、 読みながら んんっ?? と頭に引っ掛かる部分、、 主人公の警部のちょっとした動作、とか。。 其処に 何だろコレ… という疑問を持ちながら読んでいくと、 やがて うっわぁぁぁぁ… と、 唖然とすることになる。。 まさに《歪んだ罠》に嵌った感じ。

終盤、、 犯人を追い詰め、、 事件は解決の方向へ、、と思ったところが、、 ラストのラストにまたまた えええっ…!? というまさかの《つづく》へ。。 事件は、たしかにひとつの解決をみたものの、 ほんとうには終わらなかったのでした。。 続編へ、、と。

ちょっと今までには無い構成の二転三転には驚かされたのですが、、 前半のものすごく緻密な尋問の心理劇も面白かったので、、 後半になって、 犯人の動機や 捜査官の背景がわかってきて、、 こんな超絶技巧の事件の裏にあるものが見えてくる段階になると、、 私はちょっとがっかり、な部分も。。 
犯人側の行動も 警察側の展開も あまりにも巧妙に仕組んだ書き方であるだけに、、 その理由付けを考えると、、ん~~~む。。 

ミステリの捜査官や容疑者などが、 心になんらかの欠如を抱えているというのは いろんな作品にあるのですが、 現在の行動を支えているのが《過去の欠如の穴埋め》では不十分だと思うのです、、この作品が、というのではなくてミステリ全般として。。 特にスウェーデンミステリ界は 社会や世界の動きを感じとることが出来る優秀な小説がいくつもあるので 期待度も大きくなってしまうのですよね。。

でも、 解決しなかった謎をめぐって、 続編が出たら読みたいです。 再び どんな技巧で驚かせてくれるのでしょうか。。

 ***

年末年始の慌ただしい日々もそろそろ落ち着き、 寒中の日々のなかでも窓からの太陽の光はすごく春めいてきました。 快晴の陽射しは肌に熱いくらい…。

なのに 感染爆発はいつになったら落ち着いてくれるのかしら… 


全員で頑張るしかない、、 それしか無いんですよね。


今日も笑顔で。。

戦争はすべてを奪う…愛以外は…:『最後の巡礼者』ガード・スヴェン著

2020-12-14 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
ミステリ読書、、 今年のベストです。



最後の巡礼者 上・下巻 ガード・スヴェン著 田口俊樹・訳 竹書房文庫 2020年

今年も新旧いろいろなミステリ小説を読みましたが、、 ガツンと手応えのあるものが読みたいな、、と思って、、 訳者さんがポーランドのミステリの傑作、検察官シャッキのシリーズ(>>)のかただったことと、 ノルウェーのミステリは読んだ事が無かったこと、、 どうやら第二次大戦下の話がからんでくる物語らしいこと、、 という点で選びました。(ちなみに2019年のミステリベストはシャッキシリーズ)

、、 あまりミステリ小説で馴染みの無かった出版社さんだったので(…スミマセン…出版社によって判断すること多いんです・汗) ちょっと躊躇しましたが、、 読み応え抜群、 内容も深くて、 謎解きも最後の最後までわからず…… 大満足の読書でした。

 ***

舞台は2003年のノルウェーの首都オスロ。 政界・財界の権力者で今は引退した大物老人の邸宅。 彼が自宅で惨殺死体となって発見されるところから物語ははじまります。 

…が、 場面は一転して 第二次大戦下のノルウェーへ。。 60年前の戦時下と、 殺人事件を追う現代との場面がめまぐるしく行きつ戻りつして 物語は進んでいきます。

現代の主人公は 殺人事件を追う刑事。 洞察力も行動力もあるけれども、 自分の非から恋人に去られた傷をひきずっている男。
一方、、 60年前の第二次大戦下のノルウェーは…… 

この時代のノルウェーのことは全く無知だったので、 最初は状況を把握するのに苦労しました。。 ナチスドイツが侵攻し、 どうやらその支配下にあるらしいこと。 レジスタンス(ミーロルグ)の闘士たちが水面下で諜報活動などしてナチの勢力に対する抵抗活動をしているらしいこと。。 そのレジスタンスの活動を、 陰で連合軍のイギリスが支援しているらしいこと。。

さらに、、 現代に話を戻すと、 オスロ郊外の森で古い白骨死体が発見され、 第二次大戦中に失踪した女性二人と少女であることが判明する。

、、 この大戦中に殺され埋められた3人の白骨死体と、 現代の大物老人の殺人とがどうかかわってくるのか。。 その両方をつなぐのが、 大戦下のイギリスでスパイとして養成され、 ノルウェーに送り込まれたアグネスという美しい女性。。 

、、 このあとの展開は書きませんけれど、、 自らの美貌を唯一の武器に、 親ナチの実力者たちに近づいていくアグネスの怯えや心の揺れがとてもよく描かれていますし、 なんと言っても、 若きレジスタンスの活動家たちや ドイツ軍側のエリートたちが皆、謎めいていて しかも妙にカッコ良い!! 
もしも映像化できるものなら ぜひして欲しいと思うほどです。 アグネス含め、 クラシカルな美男・美女揃いになることでしょう…

 ***

ミステリ小説としては 誰が3人を殺し埋めたのか、 誰が老人を惨殺したのか、、 という謎解きが主題で それは下巻の最後の最後のほうまで興味を引っ張っていってくれるのは勿論なのですが、、 この小説のほんとうの味わいは謎解きではないように 私は思います。。

それは 《愛》の物語であること。
くわしくは書けないけれど、、 どんな状況下にあっても 愛する気持ちを奪い取ることは出来ない、、 愛の為ならどんなことでもする、、 そういう意味の台詞が小説内にも書かれていました……
物語は第二次大戦中の数年と、 そこから60年近く飛び越えた2003年の話だけれども、、 その間の60年近い空白のなかに、 書かれていない愛の物語がたしかに存在しているのです。。

優れた小説というのは、 読み終わっても多くの《会話》ができるものだと思います。 登場人物との会話…… そして、 あれこれ思いめぐらし考える、 自分自身との会話。。 
この作品には 犯人という謎以外に、 登場人物の描かれていない空白がたくさん存在していて、、 この人はこのあと何があったのだろう、、 どうしてこう至ったのだろう、、 これとこれの間にどういう事が起きたのだろう、、 といろいろ考えてしまいます。 犯人は解明されても、 (犯人とは関係なく)この物語のなかの深い深い《愛》には 簡単には解明できないところがいっぱい。。

そこが胸を打つのでした……

現代部分の主人公の刑事さん、、 一度は愛に傷ついたために 愛に踏み切れないでいる刑事さん、、。 大戦下の命懸けの愛を知って 本気で誰かを愛したいと思うようになるかしら……?

 ***

個人的には、、 ここ数年興味をもって読んできた ふたつの大戦前後の物語たちともいろいろ繋がりを感じることが出来る読書でしたし。。

『戦場のアリス』(>>)も 英国でスパイの教育を受けた女性たちが ドイツ軍支配下のフランスで諜報活動をするという 史実に基づいた物語でしたし、、

『緋い空の下で』(>>)も実在の人物が主人公の、 第二次大戦のドイツ軍支配下のイタリアを描いた物語でした。 あの小説のラストで ドイツ軍ライヤース少将の戦争終結後の行く末、、 あのときの謎が今回のノルウェーの事情(ノルウェー・スウェーデン・英国・合衆国の関係)、、を読んで、 なんとなく判った気がするし、、

マイケル・オンダーチェの詩的な作品『戦下の淡き光』のなかの大戦中の英国諜報機関の指令を受けた家族、、 それからその仲間たちの活動、、 それから、、 オンダーチェさんの他の作品、、 『イギリス人の患者』や『ライオンの皮をまとって』(>>)に書かれた英国・ドイツ双方の諜報活動、、 それらのことも想い出しました。


今ふたたび、、
TVのBS12で 第二次大戦前夜のドイツを描いた『バビロン・ベルリン シーズン3』が始まってますが、 ナチスの台頭、 ナチスの支配はドイツ国内のことだけでは(当然ながら)無いんだということを 今回、 ノルウェーという今まで考えたことも無かった北欧での第二次大戦時の物語に触れられたことで改めて考えさせられました。。 ミステリ小説というエンターテインメント小説ではあっても、 現代につながっている世界の歴史、、。 
英米とドイツ、、 という関係だけではない その周辺のヨーロッパ、 北欧の国々がどうなっていたのか、、 アジア地域はどうなっていたのか、、 ほんと知らないことがいっぱいで、、 読書を通じてもっともっと知りたい事、、 そういう興味は尽きません。。 

そういえば、、 『イギリス人の患者』のなかで 英国の工兵キップが読んでいたラドヤード・キプリングの小説『キム』。 
つい先日、 光文社の古典新訳文庫に『キム』が加わったことも知りました(光文社>>) キムも英国軍の密偵となる物語だったと思う、、 また読んでみなくては……


 ***


、、 英国では新型コロナのワクチン接種が始まって、、 いいな、 いいな。。
with コロナ、なんて言葉は大キライ。 絶対に受け入れられないし、 一緒にはなれない。 世界はもうコロナ後を見据えてる。 いち早くワクチン接種を進めて コロナ後の経済活動を開始すべきと判断したイギリスの合理主義を羨ましく思います。

今回の小説読んでもつくづく思いました…… 最後の一兵卒まで戦うなどといつまでも現況に踏みとどまることの愚かさよ、、 戦況の先を読んで狡猾に《その後》の利益を確保した者が生き残る……


わたしももう 《コロナ後》を見据えて生きようっと……




日曜日、、 金星と細い三日月の美しいランデヴーが明け方の空にありました。。



真実を見出す者の謎と謎…(続編翻訳してください~!):『ローマで消えた女たち』ドナート・カッリージ著

2020-09-15 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)

『ローマで消えた女たち』ドナート・カッリージ著 清水由貴子・訳 ハヤカワポケットミステリ 2014年

間違いなしの一気読み本。 とっても濃密で長くて複雑な物語なのですけど 夢中で読みました。

物語は冒頭から 衝撃的な展開で始まります… (これはほんの最初のエピソードなので、 少しだけネタばれで…)
 … 救急隊に要請が入り駆けつけた家で、 男が発作を起こして倒れている。 すぐに気管挿管をしようとする医師のモニカ。 そのとき彼女は男の家の中に「あるもの」を見つける。 それはモニカの双子で 連続少女殺害事件の犠牲になった妹が履いていた「靴」、、 目の前で倒れている男は殺人犯? 
 … 救急措置を遅らせれば男に報いを受けさせることができる、、、 それとも 医師として挿管して命を救うのか、、?

「復讐」か、、 「赦し」か、、 最初から究極のテーマが突きつけられます。。 でもこれはほんの序盤の一つのエピソード。 

主軸となる人物はこのモニカではなく、 二人いて、
 記憶を失った男マルクス。 事件現場の「物たち」の声を聴くかのように そこで起こった出来事を知る特殊な能力を持つ。

もうひとりは
 夫を亡くした女サンドラ。 犯罪現場の写真を撮り その「画像」から起こった事を推察する写真分析官。

でも、 物語はそれぞれまったく別に進んでいき、、 マルクスはある特殊な「任務」を受けて、失踪した女子大学生の捜索を始める。 一方、 サンドラは或る晩、 事故死とされていた夫ダヴィドの死に疑問を投げかける「インターポール」の捜査官を名乗る男の電話を受ける。 

こんな風に 複数の物語が同時進行して、 さらには 「一年前 パリ」 とか 「一年前 メキシコシティ」 とか、 過去の話が挿入されて でもそこにはマルクスもサンドラも出て来ずに謎の人物が謎の人間を追っている。。
マルクスがいったい何者かもわからない、、 サンドラの夫に何が起こったのかもわからない、、 そして「過去」の話がなんなのかもわからない、、 わからないからどんどん読み進めていくうちに、 マルクスとサンドラが結びついて、 インターポールの男シャルバーも出てきて、 さらには、 冒頭の連続殺人事件の被害者の遺族たち(モニカをはじめ)もが、 複雑に物語に絡み合ってくる。

すごく頭を使いましたし、 別々の事件に話がとんでは また戻るの繰り返しなので、 ひと晩たって読み始めると展開を忘れていてまた戻って思い出したり、、 だから物語についていけてるうちに一気に読むしかないのです、、 すごく面白かったですが…

 ***

いろんな事を考えさせられました。 これも少々 ネタばれかもしれないけれど、、 

カトリックの神父さまは「告解」に対して守秘義務があります。 でももし、 具体的にこれからどこそこでテ〇を起こすとか、 誰それに危害を加えるという告白を受けたらどうするのだろう、、 或は 自分で命を絶つとか告白されたら…? そんな重い問いについても考えざるを得ませんでした。

それから、、 人の犯した「罪」はいずこに在るのか、、 罪を犯した肉体なのか 心なのか、、 心とはどこに或るのか、、 もし罪びとが病気や事故で記憶を全て失っていたら、 犯罪の記憶がない者にどうやって罪を償わせるのが正しいのか、、 とか。。

「復讐」とか 「償い」とか 「赦し」とか、、 とても難しいことを 考えながら読みました。。


心にずきっと響く「警句」のような文章も数多くあって、、 今回とても心に刻まれたひと言

 「死は過去を支配する。だが、猜疑心はさらにたちが悪い。 なぜなら未来を奪うからだ」

「死は過去を支配する」、、 死でなくても 「誰か」と訣別するとか 失うということは、 その喪失と思い出とが必ず結びつくことになって「過去」を支配してしまう、、

けれども、 「猜疑心は未来を奪う」、、 ほんとにそうなのだと思う。。 ひとたび猜疑心が頭をもたげたら、 その先ずっと心に影を落としたまま暮らさなくてはならない、、。 「信じること」、、 信じ切ることのたいせつさ、、 それ以上に強くて確かなものは無いのに。。 

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物語はシリアスなばかりではなくて、 あくまでエンターテインメント小説として とてもとても面白く読めます。 
サンドラが思い返す 夫ダヴィドとの思い出の描写も、 すごく生き生きとして ユニークで、 そしてロマンティックで、、。 そのあたりは以前に読んだ 『海岸の女たち』(>>)の行方不明の夫パトリックの思い出のエピソードと似通った部分があって、 とてもせつなくなる素敵なラヴストーリーで、、。
(ダヴィドが留守番電話に残したメッセージがすごく素敵で、、 引用したいのだけど、、やめておきます。。 こんなメッセージを聞かされたら、 永遠に消せない……)


、、話は逸れますが、 『ローマで消えた女たち』も、 『海岸の女たち』も、、 もうちょっとタイトルがなんとかならないか、、 と思う 内容にそぐわない残念な感じがあるのですが、、 今作の原題を訳すと 「魂の裁判所」という意味だそうですが(訳者あとがきより) そちらのほうがちゃんと内容を表していると思うんだけど、、

話戻して、、

物語の最後は ええーーーっつ?! という感じもありの、 かなり荒唐無稽とも言えるような、 著者さんのサービス過剰と言うか、、 映画にしたらエンドロールの後で 「え??」ってなるような含みも持たせていて、、

すごく複雑に練られたストーリーだし、 マルクスもサンドラも、 夫ダヴィドもインターポールのシャルバーも、、 まだまだ「謎」を残した部分がいっぱいあるように思えたので 作者のイタリア版ウィキを見たら、 マルクスとサンドラを扱った小説があと二冊出ている模様。。 翻訳されないかしら、、 続きをぜひ読みたいです!


今回の読書は、 先に読んだお友だちのオススメでこの作家さんを知ったのですが、、 物語の複雑さ、 登場人物の謎の多さゆえに、 ぜひとも読後にあーだこーだと語り合うのがよろしいかと思います。。
(読んだ方だけに分る… シャルバーはなぜフレッドという言葉を知っていたの?) (シャルバーがあそこで姿を消して以降出てこないのは何故?) (シャルバーのあの場面はゆるされる行為なの??) とか、、 シャルバー、 謎多いです… カッコいいけど、、笑


それにしても ローマって素敵。。 たくさんの教会も宗教画も ヴァチカンも、、 「謎」の素材には事欠かないですものね。。


イタリアならではのミステリ、、 また読みたいです。


今回の小説に出てきた サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会>>Wiki 

Basilica di Santa Maria sopra Minerva >>


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東京都もGoToいろいろが始まるみたいで、 さまざまな制約も解除されてきて、 気候も良くなって 楽しみがこれから増えていきそうな秋の訪れですが、、 
医療関係者やエッセンシャルワーカーの方々など、、 一番たいへんなお仕事をされている方々が 一番我慢を強いられている。。 あらゆる楽しみを我慢して日々わたしたちの暮らしの為に耐えていらっしゃる。。 そのことを忘れてはなりません。。


日々 感謝と


自分なりの 努力を
 

アンダルシアの犬のパリへ、潜入…:『パリの骨』ローリー・R・キング著

2020-08-25 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)

『パリの骨』ローリー・R・キング著 山田久美子訳 創元推理文庫 2016年

1929年のパリ。 
第一次大戦終結から10年後のパリ。 夜な夜な街のカフェには 画家や作家や詩人や女優などが集まり新しい芸術論に華を咲かせている。 最近の話題といえば、、ブニュエルによるシュルレアリスムの無声映画『アンダルシアの犬』が公開され、 おどろおどろしく不可解な、 目玉や切断された腕の映像が論議を呼んだばかり、、 という1929年の夏。。

そのパリで若いアメリカ人女性が失踪した。 彼女の捜索を依頼された私立探偵、、 かつてフーヴァー長官のもとで働いたこともある敏腕の捜査官だったが、、 どういう経緯か今はヨーロッパを中心に私立探偵として食いつないでいる、 訳アリのアメリカ男、、 の物語。

本書に登場する有名人も、 ピカソやマン・レイや、 モンパルナスのキキやリー・ミラー、 音楽家のコール・ポーター(パリにいたのね)、 それから今でも有名な書店、 シェイクスピア・アンド・カンパニーの女主人シルヴィア・ビーチ、 ほかにも名前だけならダリやフジタやサティやいっぱい出てきて、、 物語を彩る役者と舞台設定は贅沢過ぎるほど、、


、、面白く読みました。 …が、 なんと言うか じつに勿体ないというか、 残念な作品だったかなぁ。。

、、理由はいっぱいあって、、  まず、訳アリ私立探偵スタイヴサント。 元FBI捜査官のアメリカ人なんだけど、 パリの芸術家や伯爵貴族ともそつなく芸術の話もこなし、 なおかつカフェの女主人たちにも愛され、 女にもモテる。。 ガタイは大男のボクサー並みにマッチョらしいのだが、 妙にナイーヴなところもあって、 かつて愛した女のことを忘れられない、、 なんかハードボイルドだけどセンチメンタルでもある。。
このキャラ設定はなかなか素敵で、 彼の独白部分の文章も、 表現が凝っていて素敵だなぁ、、と思いました。
 
冒頭の第一行、、 彼が目を覚ますシーンの

  「朝が爆(は)ぜた。」 

なんていう表現もいかしてて良いなぁ、、と思って読み始めたのですが、 この作品『パリの骨』は、 私立探偵スタイヴサントの第二作目だそうで、 肝心の第一作目が翻訳されていないのです。。 訳者さんの解説によれば、 第一作は今作よりもずっと長くて、 わりと地味な作品だった為に邦訳されなかったそうなのですが、、 彼がなぜ今ヨーロッパで私立探偵をしているのか、 忘れられないでいる女性、 そしてその兄との間にかつて何があったのか、、 やっぱり知りたい!! だって、 今作の中で その女性と再会し、 その兄(捜査官時代? 行動を共にしたことのある盟友)も大事な役どころで出てくるんですもの。。

地味な作品だとしても、 読んでみたいです。 むしろ、 今作のパリの有名人いっぱいの物語(にしてはそれらの芸術家がサスペンスとして生かしきれてないような…) よりも、 地味に政治闘争の物語?(かどうか読んでないのでわからないですが) 男と男の友情と、 その妹との愛と悲劇の物語、、 それも読んでみたいなぁ…

あと、、 先ほど、 スタイヴサントの視点による凝った表現は素敵だと書きましたが、、 一方、 会話の場面になると、、 (これは原文の問題か、翻訳の問題かわかりませんが) ちっとも1929年のパリという感じがせずに、かな~り残念。。 いくら蓮っ葉な女性だったとしても、 今から100年も昔のパリの女性の「い」抜き言葉 (~してるの? とか)は、 ちょっと違うなぁ…という印象。。 翻訳って大事です。

肝心の捜査も、、
『アンダルシアの犬』の狂気やシュールや、、 ひと癖もふた癖もある芸術家たち、、 そんな舞台設定のうえでの女性失踪事件、、 ということで 勝手にダークな想像が先走ってしまったわりには、、

、、 ミステリーは想像以上、というわけにはいかなかったかも。。


、、 残念。

 ***

でも発見もいろいろありました。

パリの地下にひろがっている納骨堂《カタコンブ》の成立の歴史とか、、 (Wiki>>カタコンブ・ド・パリ

19世紀だけのものかと思っていた、 スプラッター人形劇《グラン・ギニョール》が、 生身の役者によって演じられる恐怖残酷劇の劇場として20世紀前半まであったこととか、、 (Wiki>>グラン・ギニョール
、、本当かどうかは知らないですが、 本書では 第一次大戦の悲惨な塹壕戦による後遺症《シェルショック》を、グランギニョールの恐怖を味わうことによって癒す(?) などとあって、、 興味深かったです。。

前に読んだ ルメートルの『天国でまた会おう』(読書記>>)も、 第一次大戦で顔を半分失った元兵士の物語でしたが、、 ルメートルがカリカチュアのようにコミカルなほどに描いてみせた傷痕のほうが、 本書で出てくる大戦の傷を背負った人間よりも、 よりシュールに胸に迫って感じられたのは、 やはり作家さんの力量の差なのかな、、。


ウディ・アレンの素敵な映画『ミッドナイト・イン・パリ』も、 1920年代のパリにタイムスリップする映画で、 ヘミングウェイやダリやピカソやフィッツジェラルドや、、 絢爛豪華な有名人いっぱいの物語でしたが、、 あの華やかなパリの、 もうひとつの《ミッドナイト》、、 『アンダルシアの犬』のような 不可解な闇に秘められた暗部のパリの物語、、

そういう興味で『パリの骨』を読むと良いかもしれません。  (長いですが…)


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朝夕の風が すこしすずしくなりましたね、、


先日、 ベランダから思いがけず 「エール花火」を観ることができました。 遠くのお友だちと映像を送り合ったりして、、


コロナ禍で例年とはいろんな事が異なる今の状況だけれど、、 それでなにかが損なわれたとは思わない。 奪われたものは何もない。  


日々、やるべきことを。。 わたしたちの毎日は続いていく。。