星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

わたし自身の歌。

2006-12-31 | 文学にまつわるあれこれ(詩人の海)




この秋以降の、
U2公演、39 YOSHII KAZUYA TOUR 、そしてお友だちとの語らい、、
それらすべてに同行してくれた<UMA>ちゃんです~。

あちらこちらで、このコをぎゅっとしてくれたみんな、ありがとう。
ボノのパワー、吉井さんのパワー、、それからみんなのパワーをたっくさん吸い取って、、パワーメーター一杯になってるumaちゃんでしょう! 最強だぞ、、GOLDだぞ!(笑)

みなさん、よいお年を! 

そして、こちらを訪れて下さった方々へ、感謝を。。 どうもありがとう。

 ***

以前、、こちらで書いたことのある、マイケル・カニンガムさんの著書『星々の生まれるところ』(>>)には、ウォルト・ホイットマンの詩集、『草の葉』からの引用が、そこかしこに使われているのですが、本の解説にも書かれていたように、その多くは、「ぼく自身の歌」という長大な詩から使われています。

その中で、特に幾度もつかわれていた一文、、

  「ほくである原子は一つ残らず君のものでもあるからだ」

これが、カニンガムさんの作品を支えているテーマでもあると言えるでしょう。

『星々の生まれるところ』については、、私はすべてに納得、共感、、とは思いません。 カニンガムさんが引用していたホイットマンの詩の一文、、「死ぬことだって誰かさんのご想像とは大違いで、もっと幸運なことなのだ」、、とは、、私には思えない。。 でも、ホイットマンが言わんとしていることは理解できる。


   子供が両手にいっぱい草をつかんでぼくのところに持ってきて、
   「草ってなあに」とぼくにきいた。
   その子にどう答えたらいいのだろう、子供どころかぼくにだって
   草が何だか分らないのに。

      (「ぼく自身の歌6」より
        『草の葉』ホイットマン作・酒本雅之訳/岩波文庫 
        ここでの引用はすべて同書より)


と、ホイットマンが詠っていると同じく、、分らなくていいのだ。

 ***

それでも、、!

あなたといて、、みんなといて、、誰かの本を読んで、、誰かの歌を聴いて、、「ほくである原子は一つ残らず君のものでもあるからだ」、、と、思える瞬間が、たしかにある。 それは私は信じられるし、、そう思う自分をも信じられる。それが私自身の強さにつながる。

だから、、これからも、「私自身の歌」をうたうために、
いろんなこと、乗り越えて行きます。 ALL BY LOVE。

愛をこめて。



ダリ展@上野の森美術館 

2006-12-30 | アートにまつわるあれこれ
閉幕間近の「Dali展 2006 @上野の森美術館」へ行ってきました。
もっと早く、観に行くべきだったのに、
当人多忙&遊び呆け、、加えて、同行者もっと多忙、、ゆえ、、
仕事納め後のこの日に。。

、、、予想通り、、
冗談じゃない混雑ぶり、でした。。
もしも、行かれる方がいましたら、、開場時間より相当早目に行かないと、大変な行列で入場制限かかります。

、、、で、、感想は、、。
正直言って、どうしても見ておくべきかどうかは、、?
展示作品の満足度、鑑賞した満足度、、で言えば、福島県の磐梯高原にある「諸橋近代美術館」の方が良いかも、、(ただし、冬期休館です)。 それに、東京近郊であれば、横浜美術館にも、少数ですが、ダリの美しい絵があります(収蔵作品として4点あり)。

 ***

Daliは、、天才だけれども、
Daliは、、決して超人的ではないように、私は思うの、、でも、それも好きで。

ダリはいつも不安だし、、怖れているし、、絵画にはその不安を拭い去って支えてくれる〈永遠性〉への願いが、かわいそうなくらい、切実に込められているし、、。 切実、、とはいっても、、それは、ほんの小さく、つつましく、、一見わからないように描かれていたりして、、。(それがDaliの Daliたる絵画であるところだと思うし)

社交界での奇行も、、裏返しの表現、、よね。
総てに於いて、〈ダブルミーニング〉であること。

 ***

会場はとても空気が悪くて(余りの人の多さに)、、短時間で退散せざるを得なかったけど、でも、、心に残った何点かの作品に出会えて嬉しかったです。 同行の友も、(かつて彼はDaliに救われた、、んだと思う)、、画集で目にしたことの無かった作品が観られたようで、ひとまずは満足。。

、、私には、Daliの絵は、優しく、愛しく、映ります。

まだ、まだ、、Happy Christmas...

2006-12-27 | …まつわる日もいろいろ
この日は、学生時代の友を夕食にお招きしました。
決して早いとはいえない退社後に、ウチまで来て下さってありがとう。

長い、長いお付き合いだけれど、私のいつもながらの身勝手な忙しさのために、半年、1年、と逢う機会なく過ぎてしまい、、なんとこの晩は2年ぶり、、?

彼女とは、20数年前のX'mas を、私の小さな小さなアパートの部屋で一緒に過ごしました。ジョン・レノンの「ダブル・ファンタジー」ばかり聴いていた頃。。 大滝詠一さんも、山下達郎さんも、、一緒に聴いたね。。

この晩、部屋で流していた、David Bowie の2002年頃のBBC LIVEを見て、、彼女が「このBowie、いくつ? … 変わらないね、、綺麗だね」と驚いていた。 彼女もあんまり変わらない。。 知らない間に、独りでNYへ出掛けちゃったりして、私を驚かせることも、、。(以前はモロッコだった!)

ブロードウェイの写真を見せてもらったりして、、今度はなにか公演をぜひ見たいと、、。 私もNY行ってみたい、、。 この年末には、大好きな Patti Smith が Bowery Ballroom で3days 公演をしてるし、、(→と、ここで、久しぶりにPattiのサイトへ飛ぶ>>  写真が変わってる、可愛いパティ。。 で、、きゃ、、レニーのお誕生日が初めてわかった! 今まで調べても全然わからなかったのに! しかも、この日! Dec,27 1946。そして、パティのお誕生日は、Dec.30,1946。60才おめでとう、レニー&パティ!!)、、以上脱線ゴメンね、友よ。

、、いいな、いいなあ、、いつかNYのLIVEも見てみたいし、、一緒にブロードウェイミュージカル、、見たいよね。 

とか言って、、今度は何で私を驚かせてくれるのだろ、、(笑)

あなたにも、、良き聖夜を。。。

2006-12-24 | …まつわる日もいろいろ



 ***

いちばん悲しかったクリスマスの話を。。
(Happy気分をこわしたくない方はどうぞ読まないでね)

小児病棟でむかえたクリスマス。
綺麗に飾られたツリーのある広間に集まった子供たち。看護婦さんが見せてくれた紙芝居は『アルプスの少女ハイジ』。 そのあと、現われた真っ赤な衣装、真っ白いお髭のサンタさんは、、、普段、ごま塩頭のY先生。白い袋には入りきらないプレゼントの山が積んであって、、、ひとり、ひとり、名前を呼ばれていって、プレゼントをもらうの。

楽しそう、、よね。
でも、、広間に集まれない、たくさんの子が個室にいて、、広間に来れた子の中にも、マスクして、髪の無い頭に帽子をかぶって、、、小児ガンなどの子供たちでした。その一方で、長期療養の必要な内臓系の子供たちもたくさんいて、、。

悲しかったのは、、子供どうしで、プレゼントの中身から、自分の命を量るの。。 死が間近の子は立派なプレゼントがもらえて、、症状がおだやかで長期療養してる子はそんなにいいものではないんだって。。、、たしかに、、それは本当でもあったのです。 私は、重症の間は個室や2人部屋にいて、その後は6人部屋、、と、両方の子供たちの間を行ったり来たりしていたので、自分が重病なのかそうではないのか、よくわからなくて、、自分のプレゼントはどっちなんだろう、、と、そんな卑しい事を考えていました。

子供って残酷。。 でも、長期療養の子たちは、だんだん構ってもらえなくなる寂しさを、そんな意地悪な物言いをすることで耐えていたんだと思うな。。 部屋を出られない個室の子のところへ私が遊びに行こうとすると、「あっちへ行っちゃえば?」とか言われたし、、ね。

私は退院して、その翌年もまた入院して、、その1,2年の間に、、広間に集まれなかった子たちの、ほとんどが亡くなっていきました。一緒に過ごした時間は、たった数週間だったりするのに、その子たちの顔、笑顔、、一緒にしたこと、、忘れてない、もう30年以上も経つのに。。

 ***

今年、、お友だちから、クリスマスにまつわる小さなプレゼント、いっぱい貰いました。

上の写真は、そんなグッズを並べてみたの。
、、背景は、子羊に餌を与える〈荒野の洗礼者聖ヨハネ〉の美しいお姿。。 左下には、松ぼっくりとドングリの森を行く〈スナフキン〉、、こちらも荒野の彷徨い人ね。。 

クリスマスツリーの、小さな小さな輝きを見るたび、、星になった子供たちの顔が浮かびます。そして、、今もこうしている自分、、遠くのお友だちや、近くのお友だちや、職場の同僚や、、そこかしこでいただいた可愛いプレゼントを前に、、自分が、スナフキンと同じくらい幸せであることを感じるのです。ただ在ることに、、感謝を。

語りの妙、、語らない妙。。

2006-12-17 | 映画にまつわるあれこれ
週末の1日は、どうしてこんなに速く過ぎていくんだろ。。
師走ならばとりわけ、、。

 ***

いつか日本に来たらぜひ観たいPlayを、おぼえがき。

現在、英国の、the Duke of York's Theatreで上演されている「Rock'n' Roll」(wikipedia)
脚本はトム・ストッパード、演出はトレヴァー・ナン。

トレヴァー・ナンは、かつてシェイクスピア劇での演出を観てすばらしかったので記憶があったのだけど、トム・ストッパード、、は?、、と思って、調べたら、なんと、、
映画「恋におちたシェイクスピア」でアカデミー脚本賞をとっていました。この映画、大々好き! 当時の劇場事情や、シェイクスピアと同時代の熱血劇作家マーロウの台詞なども効果的に使われていたりして、観れば観るほど、完璧な脚本にため息が出ました。

しかも、トム・ストッパード(all.cinema.com)、、戯曲「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」の作者でもあったのですね。。 これ、「ハムレット」の裏物語というか、外伝というか、、難しいのだけど、すごく良く出来た作品だと思います。 映画では、ゲイリー・オールドマンとティム・ロスが名演でした。 まさしく、語りの妙。。 

そして、「ロックンロール」では、使われる(らしい)ストーンズや、ピンクフロイドや、U2といった音楽も、、とっても楽しみなのです。。 日本に来ないかなあ、観てみたいなあ、と思っている作品。

 ***

話は全然かわるけれど、、
先日、ヴィム・ヴェンダース&サム・シェエパードという「パリ・テキサス」コンビの新作、『アメリカ 家族のいる風景』を観ました。

ヴェンダースについては、、ある時期から落胆のほうが大きくて、それでヴェンダース映画を見なくなってしまったのだけど、、今回、、多少は期待を持ってみたのですが、、、ね、、悪くはないけれど、なんだか年をとってしまったのかな、ヴィムも、、サムも、、という一抹のさびしさが。。 (映像は文句なく美しいし、素敵なシーンもたくさんありました) 語らない妙、が好きだったのだけど、、ヴェンダース作品は。。 年を重ねると、言いたいこと、というか、、言葉にしておきたいこと、が増えるものなのでしょうか、、その想いは理解できるだけに、、そこを押えて、、と。

ヴェンダース映画に欠かせない音楽は、とても良かったよ。T・ボーン・バーネット。
途中で、「Don't Come Knocking」という歌が流れ始めたとき、、「あ、、ボノだ」って。。 ボノの声はすぐわかるのね。 このタイトル曲も良かったけれど。。

でも何より気に入ったのが、映画の中で、シンガーの若者を演じていた、ガブリエル・マン(us.imdb.com)という俳優さん。 歌もとても巧くて、シンガーかと思ったんですけど、俳優さんらしい、、。 映った瞬間、、(オダギリ・ジョーさんみたい)と思いましたが、、似てる。。

シンガー役が余りにカッコ良かったので、、彼をもうちょっと減量させて、シド・ヴィシャス役にしてみないかしら、、なんて勝手な想像してしまいました。

さあ、、また真夜中。。
ゆっくりと、本を読む時間は、、、 あさっての新幹線の中かな。。

do or not...? look back in anger.

2006-12-14 | 文学にまつわるあれこれ(ほんの話)
木曜日。
この日で今年の私の仕事は終わりました。
明日から療養休職にはいります。。 
早くもどっておいでよ、、と声を掛けてもらって帰宅。

 ***

今度はoasis つながりでの文学の話。
前に、オアシスの曲のタイトルで、??というのを書きましたが(>>
それは「don't look back in anger」のこと。 うつくしい曲ですね。

このタイトルで思い浮かべるのが、英国の20世紀を代表する劇作家、ジョン・オズボーンの『怒りをこめて振り返れ』(lood back in anger)という作品。、、と言っても、私は戯曲を読んだことも、劇をみたこともなくて、、ただ、知ってるだけ。。主人公のジミー・ポーターはイギリス労働者階級の「怒れる若者」、という象徴的人物になった、、っていうことを知ってる程度。 中高生時代、アラン・シリトーに嵌り、(『長距離走者の孤独』がいちばん有名ですね、、)片っ端から読んだ私としては、、それならジョン・オズボーンもいずれ読んでみたいなとは思ったものの、、翻訳いまは殆ど無いのですね。

ワーキングクラスヒーローであるギャラガー兄弟が、この作品タイトルを念頭に置いていたのは間違いないのでしょうね、きっと。。(前述のとおり、私、oasis 余り聴いてないので、この曲の背景とかわからないんですけど)

ところで、、ジョン・オズボーンを検索していたら、翻訳家・演劇評論家の松岡和子さんのサイトへ繋がりました。『怒りをこめて振り返れ』についても書かれていたのでとっても参考になりました。



BRAD MEHLDAU TRIO@東京オペラシティ Sept.16, 2006

2006-12-13 | LIVEにまつわるあれこれ
Brad Mehldauさんと、oasisの名前が出たところで、、9月16日@東京オペラシティの公演のことを少し。
演奏曲はこちらでした(イベンターさんのサイト>>

1曲目、oasis の「Wonderwall」は、どうやらメルドーさんのCDでも演奏されていない珍しいものだったようですね。
私は、oasisよく知らないので、演奏されていた時はoasisとわかりませんでした。

当日、私は大事な試験の一週間前。。本来ならLIVEなど行ってる場合じゃない!、、のですが、直前にB席を取って行ってしまったのでした。オペラシティは殆ど垂直に、2階、3階席のバルコニーがあって、、私は左サイド。其処からはピアノは全く見えなかったのです。かすかにドラムスが見えるだけ。後列ゆえ、身を乗り出しても見えません。立ったら落ちそうになります(それに、怒られます)。。だからメルドーさんの姿は残念ながら、全く見えず、、。 しかし!、、演奏は素晴らしいものでした。(目の当りに出来たドラムスの巧さ、手を変え品を替えのスティック捌きには、口をあんぐり、、という感じで、、)

何より驚いたのが、、アンコール、、しめて5回!
本編が終り、トリオで礼をして退場。。 と、、、その後のアンコール、1曲弾いては、トリオ並んでにこやかに礼をして、退場、、。 また現れて、1曲弾いて、、並んでお辞儀して、退場、、の繰り返し。。 その1曲ごとが、即興性のあるかなり白熱した演奏で、大きな大きな拍手に包まれたのですが、その拍手に呼ばれて登場すること5回!(アンコールだけで40分位あったと思います)。。 しかも、退場するたび、なんだかリラックスして、ますますノリに乗って熱のこもった演奏になる。。 この方たち、ほっといたら、一晩中でも、永遠にでも、弾いていらっしゃるのではないかと思ってしまいそうな。。

私、、三度目の退場の後、、扉の外へ出ました、、
洗面所にいると、、、また割れんばかりの拍手が。。慌ててまた、中へ戻りました。 それで、席へ進むのは失礼かと思ったので、階段の手摺りの所に立ってみたら、、其処からの方がメルドーさんが見えて、やっと弾く姿を見る事が出来ました。 前屈みに、、ピアノに突っ伏すように、、(なんだかグレン・グールドを思わせるような)、、ソロで観衆から拍手を貰うと、その恰好のまま首を振ってお礼をする仕草をして、、。

ラストのレディオヘッドが、やはりとても記憶に残っています。
せつなくなるような繊細さと、それでいて、、とてもエモーショナルな。。

ブラッド・メルドーさん、今度いらしてもまた見にいきたいな、、
、、と思っているのですが、今度はパット・メセニーさんとの来日になりそうです。
ふたりのアルバムも出ましたが、、、ギター好きのくせに、メセニーさんのギターが苦手な私。。(単に音色の好みの問題で、、)、、だから、やっぱりトリオでの来日を期待、、今度はきっと3人の姿が見える席、ちゃんと確保します。。

永遠の太陽。

2006-12-12 | 映画にまつわるあれこれ
ほんとうは、バレンタインデーの物語だけど、
どうしても観たかったDVD、、日曜日に観ました。
前にも書いた映画なんだけどね(>>)、
映画館で観て以来だから、、もう1年半にもなるのね。。。
入院する前に、もう一度みたかった。

バックの音楽がとても素敵、、と思ったら、なんと音楽担当ジョン・ブライオン。
何処かで見たお名前、、そうでした、、ブラッド・メルドーさんに嵌った最初のCD「ラーゴ」、、このプロデューサーさん! 
好きな人たちが繋がるのは嬉しいものです。「ラーゴ」についても前に書きましたけど(>>)、この映画の主題歌はBECKで、「ラーゴ」の方にも、ベックと一緒に演奏してたVictor Indrizzoが参加してたりして、、(そうです、吉井和哉さんの「Beautiful」でも叩いている方)。。

『エターナル・サンシャイン』のロケ地の駅とか、海とか、なんだかとてもローカルなんだけど、素敵で、、。 映画の出だしは、、バレンタインデーの朝、、ジム・キャリー扮する主人公が、発作的に会社をずる休みして、真冬の海岸へ行っちゃう、、。。 なんとなく、、丸の内のオフィスへ行かなきゃならないのに、京急に乗って、三浦岬に来ちゃった、、っていう感じの。。

凍った河の上でデートするシーンも素敵だし、、チャイナタウンみたいな所で象さんを見るのも素敵だし、、ケイト・ウィンスレットが勤めているのは「Barnes&Noble」の本屋さんだし(サイトだけはいつも利用してます・笑)、、もうちょっとNYの街の事とか知ってればいいのになあ、自分。。

でも、大々好きな映画なんだ~。再見して思った、、。
おそらく、私もケイト・ウィンスレットのように、頭に来たら衝動的に「記憶消す!」って思う人間かも。。
15歳若かったら、、そうするかも、ね。。
今ならしない、、? そうだね、、苦しみそのものは忘れてしまえばいいけど、、、でも、、あったまに来た思い出も、、胸がつぶれる思い出も、、そのとき大切だった人との思い出なら、、心に刻んで置いた方がいい、、と今なら思えるから。。 今なら踏みとどまれる、かも。。

とは言え、、衝動的なのは相変わらずだからなあ、、。。
と、そんな自分を省みつつ、、oasis の、「Don't look back in anger」が似合いそうな映画なのよ、、と、雨あがりの空を見上げた、きょうの午後なのでした(笑)。

映画のオフィサイトです>>
(原題eternal sunshine of the spotless mind の由来も載ってました)

姿勢と、信頼、、

2006-12-11 | LIVEにまつわるあれこれ
U2のツアーファイナル@ホノルルのセットリストがオフィシャルに載っていた。
U2.com. news 12/11>>

アンコールでは、エディ・ヴェダーや、グリーンデイとも一緒に歌ったらしい。
ラストは、、All I want is you、、、ラリーが最後に残る、あのエンディングだったのかな、、とか、想像してみる。

日本での様子もnewsにたくさん載せてくれている。
最終日、、ボノが、エリック・クラプトンの歌を混ぜて、「クラプトンに、、」なんてコメントもしたりして、なあに、、? クラプトンもさいたまでLIVEしてたからわざわざご挨拶、、? なんて思っていたら、当日ご本人が来ていたそうな、、。オフィにクラプトンとのショットも。。
エッジとラリーと、クラプトン、、何の話をしたのかな?
U2.com news 12/5>>

Mステでのことも載ってた、、東京のスカイスクレイパーの上でTV初演奏、って(>>)。
なんとご丁寧に、Youtubeへのリンクまで張ってあって(笑)

、、前にLIVEを観たR.E.M.のオフィシャルもそうだけれど、U2のサイトも、とてもこまめにツアーの模様を伝えてくれる。私はどちらもファンクラブなど入ってないし、サイトもたまにしか見に行かないけれど、でも、どちらもとても良心的なサイトだと思う。。それは即ち、バンドの姿勢(スタッフの姿勢)を物語っているとも思うのだけれど、、。

良心的、、と言えば、、今回のLIVEで、「良かった」な、、と思ったのは、ステージの花道が馬蹄形のようになっていたこと。以前のハート型の時は、あのハートの中へ入る人はどうやって選ぶんだろ、、なんて思ったけれど、今度の形なら、誰でも花道の中へ入っていけるし、花道の近くへ寄っていける(体力さえあれば)。アリーナの人たち、きっと大満足だったんじゃないかなあ、、(スタンドからだってあの花道は良く見えて嬉しかった)。。

私は、スタンスのはっきりしているアーティストが好き。。 U2であれ、R.E.M.であれ、、。一方で、職人芸的な音楽家も好きだけれど、、振り返って思うことは、アーティストの姿勢への信頼が無ければ、20年も30年も愛せない。。 まあ、もともとね、PUNKに端を発していては、、スタンスこそが存在意義、みたいなところもあるのだけど。。 

 ***

このブログ、、決してU2ブログな訳では無いのです、、
それに、、いまの気持ちは、、決してU2、U2とはしゃいでばかりいるのでもないです。。
私の大事な人たちのことを思うと、、このところ、胸が痛んでしょうがないんだ。。

漱石忌に、、「雨の降る日」、、の話。

2006-12-09 | 文学にまつわるあれこれ(漱石と猫の篭)
9日が漱石の命日だというのを、朝、「天声人語」で知りました。
ジョン・レノンの命日は覚えていても、夏目漱石の命日を知らない自分、、いいのか、、?(笑)

漱石が亡くなるまで暮らした、漱石山房のあった場所は、、現在は漱石公園というのがあるそうで、行ってみようかと不図思ったけれど、朝から冷たい雨、、。昼過ぎに外出したら、、なんだか霙のように、雨傘をばらばらと打つ音。。 その音で、思い出しました、、。

 ***

漱石の作品、『彼岸過迄』の中に、「雨の降る日」という話がある。漱石は、私小説的な作品を書くことの極めて少ない作家だったけれども、、作品のところどころに、私的な出来事やその想いを刻みつけているのがわかる。

「雨の降る日」は、松本という男の家の、幼な児、宵子が突然に亡くなってしまう日の出来事、、、今で言う、乳幼児の突然死と同じものなのだろう。この出来事の背景に、漱石の実子ひな子の死があるのはよく知られている。年譜を見たら、、ひな子が亡くなったのは11月の末、、『彼岸過迄』の中では、、「それは珍らしく秋の日の曇った十一月のある午過であった」、、とある。その少し後に、、

  「そのうちに曇った空から淋しい雨が落ち出したと思うと…」

という記述があり、宵子の死と葬儀が描かれ、、「雨の降る日」の最後の一文は

  「己(おれ)は雨の降る日に紹介状を持って会いに来る男が厭になった」、、で終わる。

漱石は、面会日を木曜と決めていた。それは、フランスの詩人ステファヌ・マラルメが、文学の集まりとして「火曜会」を設けていたことから取ったのだったっけ、、? それは忘れたけれど、マラルメについては、漱石の『行人』にもエピソードが取り上げられている。、、これは余談、、

漱石山房の写真を見て、かねてから不思議だったのは、庭にある南国風の大きな葉っぱの木。。 いったいこの樹は何だろう、、とずっと思っていたのが「芭蕉」だった。写真では、タビビトの木に良く似ている。芭蕉なんて、私の故郷では見たことなかったから(タビビトの木は植物園の温室で見たから)、、その南国風の芭蕉と、バルコニー風の縁側を見て、どうして漱石はこんな南国趣味の家に住んだんだろう、、なんて思っていた。

あんな葉っぱの芭蕉に雨が降れば、、それは大きな音がするでしょうね。。
『彼岸過迄』の宵子の死の直前にも、、「芭蕉があるもんだから余計音がするのね」という台詞を書いている。漱石は実際、、庭の芭蕉に降る雨音を聞くたび、言い知れない思いに苛まれていたのだろうと思う。悲しみ、、無力感、、寂寥、、そのさまざまを、、「芭蕉に降る雨音」、という描写されないものによって表現した鋭さ、、。心情を吐露しない文章でも、漱石の傷はつたわってくるし、心情を描かない裏の、「人間らしさ」をも、、感じられるように思う。漱石の聴覚的な記述には、、ほかにも驚くようなものがあるけれど、、この「雨の降る日」はその最たるものと思う。

きょう、、自分の傘に冷たい雨を受けながら、、そんなことを考えていました。

雨に鎮められた心、、、明日はもっと晴れるかな、、?

愛は空に窓を開けてくれたんだ。

2006-12-07 | 文学にまつわるあれこれ(詩人の海)
U2からなかなかリセット出来ない日々。

頭の中では、「空の窓」がリフレインしている。
   Oh can't you see what love has done ?
   (愛が何をしたかわからない?)
のフレーズがずっとつづいてる。。 U2らしくないU2らしい歌(笑)。

 ***

リセットに、、詩集を開く。 ボリース・パステルナーク詩集 『晴れよう時』

サン=デグジュペリの印象から書かれたという「夜」という詩。
その冒頭と、終りの部分を。。


   眠つてゐる世界の上で
   飛行士が雲の中へ突き進んでゆくあひだ
   刻々と夜は進み
   夜は尽きてゆく

    (中略)

   美(うる)はしくも遠い所
   その瓦屋根の下の
   と或る昔風の屋根裏部屋に
   だれかが眠れずに起きてゐる

   彼はまるで蒼穹が
   自分の夜の仕事の
   対象に属すとでもいふやうに
   惑星を眺めてゐる

   眠るな 眠るな 仕事せよ
   労作を中断するな
   飛行士のやうに星たちのやうに
   眠るな 眠気と闘へ

   眠るな 眠るな 芸術家よ
   眠りに身をまかせるな
   お前は――時代に囚はれた
   永遠からの人質!

      (「夜」 工藤正廣 訳)


中間の、街や銀河への記述をすべてはしょってしまってご免なさい。。(全文載せるわけにもいかないので、、)
人から人へ、思いを伝える郵便飛行士としてのサン=テグジュペリと、ロシアを詠う詩人としての自分の思いを重ね合わせている詩。

訳者解説によれば、詩集のタイトル『晴れよう時』というのは、「今に天気がよくなりさえすれば」という意味を含んでいるとのこと、、。 希望、であり、意志、であり、、決意、でもあるような、、言葉。。

「愛」は万能ではないけれど、、

なにかは、出来ると思う、、よね。

U2 Vertigo Tour 2006@さいたまスーパーアリーナ / Dec. 4

2006-12-06 | LIVEにまつわるあれこれ
5日の夕刊に早々と、U2のレポが載っていた(29日の公演分)。
早いのはいいけど、少し先走ったかもね、最終日見てからにすれば良かったのに、と思わざるを得ないくらい、、3回分の公演でU2は進化していった感じがします。

「初日は1人、中日はふたり、、今日はおねぃちゃん3人?」と、冗談とばして出掛けた最終日、、、ハイ、3人でした(笑)、、それは後で書くとして。。

 ***

--- 12.4.2006 ---

City Of Blinding Lights
Vertigo
Elevation
Out Of Control
I Still Haven't Found What I'm Looking For
Beautiful Day
Angel Of Harlem
The First Time
Sometimes You Can't Make It On Your Own
Bad
Sunday Bloody Sunday
Bullet The Blue Sky
Miss Sarajevo
Pride (In The Name Of Love)
Where The Streets Have No Name
One

The Fly
Mysterious Ways
With Or Without You

The Saints Are Coming
Window In The Skies
Vertigo

 ***

初日エッジ側、中日アダム側、、
きょうは、、、ど真ん中に近い。コントロール席のやや後ろ。直線距離にしたら一番遠い席なので、もう一度、大好きなエッジ側の席にすれば良かったかなあ、、と、ほんのわずか後悔もあった。。けど、、それは間違いだったんだよね、、。

19:40。 SEは The Clash の、「Should I Stay or Should I Go」。ミック・ジョーンズがヴォーカルの、好きな曲。。このあたりで待ちきれずに胃が痛くなりそう。。 最終日、、が、本当に始まる。

1曲目で、バックスクリーンに白い光と、ステージのフットライトが全部点いた時、、すっごい驚いた。ステージ、、でっっっかーーーーい!!! 嘘みたいに。。 サイドから見てたのと全っ然違う。ステージだけじゃなく、アリーナの幅全部にオレンジの光が並ぶ。滑走路みたい、、いえ、もう、、何て言ったらいいか、、未知との遭遇??、、って感じ。

そりゃそうだ、本来ならこの3倍の規模のスタジアムで使うセットだもの。。そのステージから会場いっぱいに光が向けられて、オーディエンスの姿が浮かび上がるのは、感動そのもの。。映画のワンシーンにしたいくらい。、、最後に真正面から見たのは正解だったかも、と思いました。。

それにしても、、。
ここはワールドカップの決勝戦?、、と思ってしまうような、、。
U2って、こんな全員で大合唱するバンドだったんだ、、、(ウォーー、オーー、オーー、)と。、、長年U2聴きつつ、、初めて感じ入ったこの3日間でした。。本当に、、オープニングのThe Arcade Fire の曲から(人の曲だってのに、、)、、みんな歌う、歌う。。

30日分でも書きましたが、、あれ以来、ラリーづいてて、、。
Mステでの、パーカー姿も素敵だったぁ(ミーハーです)。彼ら、45、6才なのに、カッコ良過ぎる。ラリーなんて、若き日のエルヴィスと、ジェームス・ディーンと、ポール・ニューマンを足した位、今でもカッコいい(と私は思います)。。、、と、容姿の話じゃなくて、、正面ど真ん中に届く音は、また迫力が違うみたい。。 冒頭3曲、、ラリーのもの凄いドラム。「Elevation」なんて、スネア破れそうなくらい。

そして、、4曲目、、!
ボノが喋り始める、、、「ダブリンのハイスクールで、、、エッジが16で、、」とか、、。この瞬間にもう、、私、、きゃあぁぁぁ!と叫んでおりました、、「Out Of Controlなの?! なの?!」、、エッジのイントロに飛び跳ねる。。 隣の見知らぬ人の、、けげんな視線を感じつつ、、「わからないキミが悪いのサ」。。嬉しかった~、、。 彼らの原点。。 とってもシンプルで初々しくて、でも他に無かった、この音。。 間奏から歌に入る瞬間の、ダン!ってドラムが好きだ~。叩け、ラリー、、スネア破るまで叩け――!、、と、崩壊。。

「I Still Haven't Found What I'm Looking For」も、ボノがマイクを向けて皆を歌わせる。「Beautiful Day」では、会場に光があたって、金色の光のなか、みんなが腕を振り上げる光景が、なんかこの世のものじゃない。

この日は、「Bad」から「Sunday Bloody Sunday」への続きが復活。しかも間に、「Ruby Tuesday」をみんなに歌わせる!、、もう、どうかなりそう。。

「Miss Sarajevo」のバックに流れる「世界人権宣言」の白い文字。。拍手で支持を表現する人、、沈黙する人、、。夜毎にボノの口から説明される、ハチマキの「coexist」の意味。。イスラム、ユダヤ、キリスト教の「共存」。。 日本人には確かに遠い話なんだけど、、宗教を受け入れる、、という意味では、日本とアイルランドとは、そんなに遠くはないのじゃないかと、、無知なりきに思う。ケルト人はかつて、キリスト教徒がいぶかしがるくらい、容易にキリスト教を受け入れたという。同様に、八百万の神々の存在を、みんな何となく感じている日本人には、「共存」は欧米人ほど困難な課題じゃない、、と私は思うんだけど。。 U2はアイリッシュでありながら、ケルトの要素が意外と感じられないのは、カソリックとプロテスタントの対立を見過ぎて来たからなんだろうか、、わからない。

ボノはどういう意味で言ったのか、わからないけど、、「今必要なのは、アメリカンスピリットではなく、俺たちのようなアイリッシュスピリット、そして皆のアジアンスピリット、、それから、アフリカンスピリットだ」、、と、そう言っていた。

そして、キング牧師の事も話して、「Pride (In The Name Of Love) 」。
「4月4日の朝、メンフィスの空に銃声が響いた」、、というこの歌を、この春の同日、日産スタジアムで歌うことをボノも考えていたんだろうね。。

正直言って、、来日が決まった頃、、U2は今、日本に来る意味なんてあるんだろうか、、と思ってた。米のLIVEで、イラク問題について訴えるボノは、いったい日本に来て、何を話すんだろう、、って思った、この日本の若者たちに。。前回の、エレヴェイションツアーは日本は無くて、、。意義を見出せない限り、、U2は日本へ来ないだろう、と思ったし、、今回、もし意義を見出せなかったら、たぶん二度と日本は来ないだろう、とそんな話も、友としていた。 本来なら、4月の一夜限りの公演で終わっていたはずの日本公演。。 それが3夜になり、最終日の前に休日もあり、、彼らやスタッフにとってはものすごい無駄(採算も、日程も)の多い来日であったはず。

それが、、幸か不幸か、、3夜やらざるを得なくなった。
でも、、、現在のU2には狭すぎるようなアリーナ会場で、全オーディエンスがなんだか近く感じられるような、あの、想定外のスーパーアリーナで、もし、彼ら自身が演奏を楽しんでくれたら、それはそれですごく幸せな結果だったんじゃないかな。。 演奏する楽しさが純粋にあったとしたら、、大成功だったんじゃないかって、、。 「One」の前だったっけ? ボノが、「長く待たせて本当にごめんよ」って言ってくれた時、すごくすごく嬉しかった。その前後、何て喋ったのか、聞き取れなくて、、「長く」が、8年間なのか、延期のことなのか、わからないけど、日本のオーディエンスがU2から遠くにいなくちゃならなかったのは確か。だからこの3日間は、互いに貴重だったよね? ボノ、ちがうかな。。

その表れが、、アンコールのあの3曲なのかな、、と。
新曲を2曲と、、ラストに、、なんでまた、、、2度めの「Vertigo」?!?!
またやるの?って笑っちゃったけど、、めちゃめちゃ盛り上がって終わりたかったのかな、、。(盛り上がる、、と言っても、U2ファンが一番に好きな曲に「Vertigo」はまず入らないような気がするけどね、、)とにかく、、この場の雰囲気、、みんながぐちゃぐちゃになってるまんまの「Vertigo」。会場がライトアップされて、スクリーンでは真っ赤な渦がぐるぐる回って、光がストロボみたいに眩しくて、ただもう、やけっぱちみたいに踊り狂っていた人々、、(笑)。
そして曲の終りに、、「She Loves You, Yeah~ Yeah~ Yeah~」だもの。ただただ幸せ。

 ***

ああ、そうです、、最終日、3人になったおねぃちゃんは、舞妓はんでした(ここまで来ると笑うしかない、、)。
しずしずと花道を進み、中央ステージに辿り着いた3人の舞妓はん。。 ボノは、いつものように肩を抱いたり、添い寝したり、、出来るわけもなく(笑)、、真面目にお辞儀してました。。 この様子を見るメンバーの表情を見逃したのが、唯一悔やまれるぅ、、どんな顔してたの? みんな。。

 ***

忘れられないシーンはいっぱいあります。

初日、1曲目終わったあたり? ラリーがオーディエンスを見ながらニヤッと笑っていたこと。

2日目、花道の先で、エッジとボノが抱き合ったこと。

3日目、「The First Time」で、左サイドの花道にいるボノが、右サイドのアダムに一生懸命手を伸ばしていたこと。

アンコール1発目の「The Fly」が、めちゃくちゃカッコ良かったこと。 スクリーンいっぱいに言葉が次々点滅して、、烈しいダンスビートで、ギターソロはスペーシーで、ノイジーで、、。ギラギラのライトを背景にメンバーの姿が浮かぶ。。アンセムばかりじゃないぞ、U2は、、踊らせてくれます。

それから、、
アコースティックバーションの「Walk On」での、エッジのアコギのアップストロークの音。
「Sometimes You Can't Make It On Your Own」のエッジの淡々と美しいリフ。
、、ボノの熱唱。スクリーンの「歩く人」を見つめていたボノの後姿。

最終日、、「Out Of Control」で、エクスプローラーを弾きながら花道を歩いてきたエッジの雄姿。

そして、やっぱり「One」の終りのソロだ。。 
CDを聴くたび、きっとこの日々を思い出すんだろう。

U2 Vertigo Tour 2006@さいたまスーパーアリーナ / Nov. 30

2006-12-05 | LIVEにまつわるあれこれ
--- 2006.11.30 ---

City of Blinding Lights
Vertigo
Elevation
Until The End of the World
New Year's Day
Beautiful Day
Angel of Harlem
The First Time
Sometimes You Can't Make It On Your Own
One Tree Hill
Sunday Bloody Sunday
Bullet The Blue Sky
Miss Sarajevo
Pride (in the Name of Love)
Where the Streets have no Name
One

The Fly
Mysterious Ways
With or Without You

Window in the Skies
Desire
All I Want is You

 ***

2日目。
例のカッコいいSEが始まると、アリーナ中央の群集がぐわーっと前へ押し寄せるのが見える、波のうねりみたいに、、。危ない~っ、、、上から見てるとハラハラ。。一方、、右サイドの花道に隠れるように、スタッフの姿が、、。白いスモークが焚かれてボノを隠しながら花道の先へ進んで行くのが見える。ステージ左サイドでは、エッジがオレンジの光に包まれてギターを弾いてる。花道の先に登って日の丸を振るボノ、、。スクリーンにボノの姿が映し出される。

他の人はどう思われたかわからないけど、なんだか私には1日目、ボノの声がだいぶ掠れてるように思えて、2日目、大丈夫かなあ、、と心配だったのだけど、歌いだしたボノ、元気! ビックリ、すごいイイ声。、、で、スタンドマイク引っ掴んで片脚上げて、お客さんを煽る、煽る。初日、ちょっぴり様子見加減だったのかも、、(ボノのMCも通じてないみたいな場面もかなりあって、、)、、でも、観客もボノの言う事、一生懸命聞きとろうとはしてるんだよね、、で、どう理解すればいいか、どう反応すればいいか、考えてて、、、そんな感じで。。 1日やってみて、日本のお客さんはきっかけを作ってあげれば、ガーッと付いて来るってことがわかったのかも。。 セットリスト見ての通り、始まりから5、6曲かっ飛ばし! 良かった~、、、ボノは元気だし、すごく楽しんでるみたいだし。

で、初日に、新曲の「空の窓」だった所に、「Angel Of Harlem」を持ってきた。おお~、そう来たのね。ノリノリで、このまま踊らせようというのですね。この曲、LIVEで踊るまでこんなにチャーミングな曲だと思ってなかった。素敵。。 セットリストや曲順を、この日も(そして最終日も)、けっこう入れ替えてきて、その曲と曲のつなぎも、パフォーマンスもじつに自然。こういうのを平気にやってしまう底力や、スタッフの見事さも、あっぱれです。

この日のアコースティックタイムは、「ZOOROPA」に入ってる「The First Time」。今さらながらいい曲だあ、、。エッジは流しの兄さんみたいに(スミマセンっっ)、渋くアコギを弾きながら花道を歩いていく。。 この日、しっとりとこの歌を聴きながら、聞き取れる歌詞から、、(ああ、そうかぁ、、)と思った。これ、単なるラブソングじゃないんだ。 [I have a brother...] って歌詞があるけれど、ボノにとっての大事な兄弟、その歌でもあるんだなあ。。花道の先にいるエッジにだんだんボノが近寄っていって、エッジとボノが抱き合う、(確かこの曲だったと思う)、、kissしてるようにも見えたよ。

ボノは結構、メンバーにくっつくのが好き。。 新しいDVDでも、エッジの肩噛んでたし、ね。(←エッジがエヘッて笑う所がまた、、)。アダムに近寄っていって背中に寄り添う姿も、、。あれには弱いです、嬉しい反面、、何故だか素敵すぎて、切なくもなる、、。

今回のツアーの中で、きっとメインの曲になってる筈のひとつに、「Sometimes You Can't Make It On Your Own」があるんじゃないかなあ。「僕の親父、ボブの歌だ」と初日にも紹介していた曲。。 この日も同じように、「僕の親父は、タフなアイリッシュで、、」と語り始めて、なんだかここに親父がいるみたいに感じる、、とか?(聞きとりあやふや)、、そして、「親父がここにいたらきっとこう言うだろうね、、その○ァッキンサングラスを外せ!ってね」、、と言ってサングラスを外すボノ。。 この歌をとても美しくボノは歌い上げます。、、、私も大好きな歌、、今年のいっちばんしんどかった頃、コンビニでこの歌が流れてきた、、って日記は前に書きました(>>)。
、、時には、ひとりじゃ頑張り切れない、って時もあるよね、、、そういう気持ちの時に流れてきた歌だったから、、。

この日はアダム側だったので、アダムが右の花道近くに来てくれるたび、いっぱい手を振った。。 アダムって、しばらく前までちょっと怖いようなイメージがあったのに、特に眼鏡を外してから最近は、なんてなんて優しい顔をするのかしら、、と思う。ファンを見下ろしながらベースを弾いている顔ったら、まるで孫を見るような(笑)愛しそうな目をする。、、それで、脚を大きく開いて、ベースを低く構えて、、携帯のカメラ向ける子たちにも、さあお撮りよ、みたいににんまりする。。 

「Sunday Bloody Sunday」から「One」の興奮は、、前日のを書いたからいいや。。 アリーナから湧き上がってくる歌声がすごくよく聞こえて、それもスタンドを盛り上げる。「Sunday Bloody Sunday」の時、7歳くらいの女の子をステージに上げて、What's your name? とボノが訊いたらちゃんとお返事してた。そして、「No More!」「ノーモァ!」と絶妙のタイミングでボノと掛け合いが出来て、、エライ子だ。

初日に髪の長いレディを上に上げてたから、今日はさっきのおちびちゃんで終りかと思ったら、アンコール「Mysterious Ways」でしっかりツインズの女性を上げて両手に花、のボノ、、。アンコールでこのお約束をやられると、ちょっぴりシラケるんだよなぁ、、というのが本音なので、先日書いたみたいに、ラリーの方を見てた(笑)(でも、前日見てるからこう思う自分勝手なだけデス)。。女の子たちを花道に置き去りにして(←笑・ここの演出、どうみてもちょびっと失敗、女の子たちどうしていいかわからず困ってた、、おおい、ボノ、ど~するんだ、おい?!)、、ボノは中央に戻って「With Or Without You」(笑)

「With Or Without You」みたいな甘めに始まる曲でも、ラリーのすどんと来るドラムスが面白くて、、で、、時に、ダダドン!と入るのがラリーならではで、アンコールはラリーばっかり見てた。

この日、2度目のアンコールに持ってきた「空の窓」(Window In The Skies)は奇麗だったなあ。曲は思い切りビートルズライクで可愛くて、バックのスクリーンにカラフルな絵がいっぱい浮ぶのがファンタジックで、Happyな気持ちにさせてくれる。そのままイキのいい「Desire」へ。この流れ、Goodです。

そして素晴らしかったのが、ラスト。。
前日やっていない「All I Want Is You」、、とっても懐かしい米南部風の素敵なラヴソングだ。エッジのギターが夜空の星みたいで、、。
、、みんな、DVD観てるからなんだろうね、、Yeah―――ooh― っていう大合唱が自然に湧き上がる。大合唱の中、、ボノが手を振ってステージを去り、、、エッジが、、 アダムが、、 楽器を外して去り、、ラリーだけが残る。。「40」と同じ展開だ、、。

ラリーだけがビートを刻んでる。
お客さんは、Yeah―――ooh―って叫んでる。めいっぱい、ラリーに聞こえるように。。 
だってだってラリーだけが動けずにドラムを叩き続けているんだもの、、私もこの瞬間がどうしても欲しかったんだ~。ラリーが会場を独り占めする瞬間。。 
、、ラリーがゆっくりとスティックを打ち下ろして、耳からイヤホンを外す、、
会場の生音を初めて聞くラリーの耳に、大きく届くように、みんなが叫ぶ。。 
前へ出てきたラリーが歓声に応えて手を振り、、そして去っていく。。。 

きゃ~~~ん、、、カッコ良過ぎて泣きそうだったよ。。

U2@さいたまスーパーアリーナ 2006 / 独り言と、オープニング

2006-12-04 | LIVEにまつわるあれこれ
U2は今や、全世界的バンド、伝説的バンドであるのは確かだけど、
前にも書いたことあるように、私の中ではちょびっとだけ違う。
、、何様?、、と言われてしまうかも知れないけど、U2は出てきた時は本当に〈ガキっちょ〉だったのだ。ブームタウン・ラッツの「哀愁のマンデイ」が大ヒットして、大ブリテン島の横っちょにくっついてる国アイルランドに目が向き始めたのが78年位? シド・ヴィシャスが逮捕され、その後死んだのが79年。U2の本格デビューは80年。

85年のライブエイドの時、ボノは25才かな? U2は既に圧倒的な人気があったけれど、それでもまだ青二才と思われてたみたいで、あのステージでボノが客席に降りて走り回り、直接声を掛け、手を伸ばして引っ張り上げ、ストーンズのルビー・チューズデイを皆に歌わせて、雰囲気を一気にU2モードにしてしまった時、メディアにけっこう批判されたりした。新人のくせに~、、みたいにね。。 だから、60~70年代ロック全盛を経た人にとっては(それ以外の人にとっても)、U2のボノなど、若造の成り上がりの、文化人気取りという印象が、案外強いと思う。

それが今や、スクリーンに「世界人権宣言」の条文を流し、「ほっとけないキャンペーン」に賛同メールを!と呼びかけ、歌の背後で戦闘機が飛び交い、ブッシュ&コイズミさんの写真までスクリーンに映し出す。、、、これはライヴエイトかい?、、と呆れる声が聞こえてきそう。。ハハハ、、。でも、ボノは変わんないなあ、、と思う、やり過ぎなところも、見え見えなところも。。 Mステで、「これまででベストのショウをこの日本で出来た」だって?、、(笑)、、このリップサービス!

   「僕は人が棒や石を持って抵抗するような政治ではなく、愛という“心の政治”に
   興味があるんだ。2人の人間が愛し合うこと以上に革命的なことはないと思うよ」

これは83年初来日時のパンフに載っているボノの言葉(中川五郎さんの解説文中)。
先日のNEWS23で筑紫さんに語っていたのも同じこと。。 批判されようが、鬱陶しいと思われようが、もう仕方ない、、変わりようの無いボノなんだから(笑)。、、で、、たまに、やり過ぎが過ぎて、どこかの政治家と仲良くしたとかで、エッジがブチ切れて「俺ァもうギター弾かねぇぞ!」と怒ったりする。。そうなると手も足も出ない、、バンドの中では立場弱いんだ、ボノ(笑)。。
、、私は、他の3人がいる限り、U2も、ボノも、愛します、、よ~だ。

 ***

さて、、2日目。アダム側。
今日こそ、ボノ登場の瞬間を見てやるぞ。、、、あ、その前に、

開演前、アダム側の花道を、ベーステクニシャンの人がプレイしながら歩いてくる様子を見下ろしてたら、弾いていたのは、、PINK FLOYD の「MONEY」の、あのロジャー・ウォータースのベースラインでした(笑)。お友達がまだ来てなかったので、独りでウケてた。。

そうそう、、このU2公演で、メンバーが登場する直前のSEが、あんまりにもなんじゃこりゃあ!な曲なので、「誰?誰?」と探したら、The Arcade Fire というバンドの「Wake Up」という曲でした。まさしく目が醒めるような曲。。 なんと、あの Bowieと共演してる映像までありました(検索すればすぐみつかります)、、ぞくぞくするほどカッコいいです、これ。。、、新人発掘の鋭さは、さすが、ボウイですね。

2日目、、、書く時間がなくなったので、、また。

きょうは最終日~ 行って来まっす! なんて幸せなんだ。

U2 Vertigo Tour 2006 @ さいたまスーパーアリーナ / Nov. 29

2006-12-02 | LIVEにまつわるあれこれ
UNIVERSAL MUSIC のU2サイトに、セットリストが載ってました。

--- 2006-11-29 ---

City of Blinding Lights
Vertigo
Elevation
I Will Follow
Still Haven't Found What I'm Looking For
Beautiful Day
Window in the Skies
Walk On
Sometimes You Can't Make It On Your Own
Bad
Sunday Bloody Sunday
Bullet The Blue Sky
Miss Sarajevo
Pride (in the Name of Love)
Where the Streets have no Name
One

The Fly
Mysterious Ways
With or Without You

The Saints are Coming
Angel of Harlem
One Tree Hill

 ***

公演の前日、「18singles」が届いて(まとめ注文が遅れた、、)
、、まぬけな私はDVD付き、というのをPV集だろうと勝手に思い込んでて、出勤前のBGMならぬBGVにしようとかけたら、いきなり歓声が聞こえてきて、ミラノのスタジアムLIVEの映像だったので吃驚。。突然テンション上りました。シカゴLIVEもいいけど、ミラノのこれ、伊のお客さんの雰囲気のせいもあるのかな、最高ですね。

、、で、当日もこのDVDを寸前まで見てたので、スタジアムの広いこと、ステージ上のメンバーなんか豆粒くらい、しかも暗くて彼ら黒い衣装じゃ、きっと何にも見えない、、でもスクリーンがあるからいいや、と覚悟の上で行ったら、、、!!!、、嘘ぉ、、、近い、(私の感覚で言ったら)めちゃめちゃ、近い!(4階席ですが)。。 エッジ側の花道が直ぐ真下に。。 前に、R.E.M.の武道館で、2階前列にもかかわらずマイケルがなんだかすごく近く大きく!感じられて、「こんな場所でU2見たら死んじゃう、、」などと書きましたが、その表現で言ったら、まさに「死んじゃう、、」。

席に着いた時、聞こえてきたSEが、クラッシュの「I Fought the Law」、、これだけでもう嬉しい。その後は、ストロークスとかハイヴスっぽい(?)音楽が流れてて、、花道をギターテクニシャンの人が弾きながらエッジが歩くように歩いてくる、、アリーナからそれだけで歓声が上る、、あんな風にエッジが見えるんだ!凄い、嬉しい(すでに泣きそうになる)、、、

19:40、曲が突然、大音量のすごい攻撃的な曲に変わった(あの曲、誰の曲か知りたい!)、、曲の終りと共に暗転、、!、、ステージ上にエッジだ!エッジだ~ぁっっっ。。。
、、と?、、ぎゃぁああという歓声にふと見れば、向うの花道をボノが歩いてる、日の丸掲げて、、いつのまに!? どっから出てきたの?、、ボノが国旗をステージ脇に突き立てて(それはラストまで其処にありました)、「City Of Blinding Lights」。バックスクリーンが白い光でいっぱいになる。綺麗だ~、U2だ~~~~。かっこいい、凄い、、(頭の中でこれらの言葉がエンドレス)

この調子で書くと終わらないので、、。ランダムにいきます。
4曲目、1stに入ってる「I Will Follow」の、サイレンみたいなエッジのリフ。たった2音をエクスプローラーで弾いてるだけなのに、何なんだ、あのカッコ良さは。この曲と共に、このLIVEでは自分の原点でもあるPUNKの音をU2の中に再発見するような感じがありました。これが好きなんだ、と。

ボノが曲の終りにちょこっとストーンズやビートルズのフレーズをくっつけるのは昔からだけど、今回もありました。ビートルズをくっつけて、そこからビートルズの匂いいっぱいの「Window In The Skies」へ行ったり、「Rock the Casbah」をくっつけて、「ジョー・ストラマーを知ってる? クラッシュのジョー・ストラマーだ」と言ったり(個人的にはここも嬉しかったな~、周りのお客さんは殆ど反応してなかったけど、、)、、そうそう、きょう本屋へ寄ってきたら『ロッキンオン』はクラッシュの特集だった。渋谷さん含めクラッシュについての座談会、が載ってて、思わず「渋谷さん、クラッシュ聴いてた?」と心の中で突っ込みを入れてましたが、やはり司会役のようで、そうよね、大貫さんに教えてもらったんだもの、クラッシュは。、、だから、ボノが、ジョー・ストラマーって言った時、もうちょっと解って欲しかったんだけどね。。

自分達の曲では、「Bullet The Blue Sky」(この時、花道の先でボノが何かに火を点けて、火の手が上がる)の後、(この手=アイルランド人、がアメリカを創った)という「The Hands That Built America」(映画『ギャング・オブ・ニューヨーク』の主題歌)を挟んだり、、

鳥肌が立ったのは、「Bad」のあと、[How long... ] と、「40」のワンフレーズを挟んで、それが皆の大合唱になって、その後、「Sunday Bloody Sunday」のイントロが始まった時。4階席の40代と思しき世代の反応も凄かったけど、アリーナから沸いてくるうぉーーというどよめきに鳥肌が立ちました。U2は、平和に、みんなが解り合って、、というメッセージだけを発しているバンドじゃない、チャリティー資金を集める「いい人集団」なのじゃない。その底にある怒り、やるせなさ、苛立ち、、のどうしようもない持って行き所に [song] があるバンドなんだと思う。だからU2は、70年代PUNKsの、(その終焉を見てきた故の)、継承のかたちなんだと、誰が何と言おうとそう思うな。。「怒り」を知らない人間なんて私はキライだ。怒って耐えられなくてどうしようもなくなった時、じゃ、自分でその怒りをどうするか、自分の頭で考えろ、と言い始めたのが、PUNKであり、ジョー・ストラマーだったし。。

とにかく思い入れの有り過ぎる、おそらく総てのU2ファンにとって同じ気持ちだろうと思われる「Where The Streets Have No Name」。
「Pride (in the Name of Love) 」の終りの大合唱がやんで、、、暗くなって、、その闇の中から、小さくエッジのイントロが聞こえてきて、、、(これだ、、)と放心したら、あとは、バックスクリーンに次々浮んでくるアフリカの各国旗のあまりの美しさと一緒に、ただただ曲に浸っていました(たぶん一緒に歌っていたと思うけど憶えてない、、)

我に返ったのは、次の「One」で、聴いていたらへなへなになったので、腰を下ろして、、、ボノが歌い終わった後の、、エッジのソロ、、つまびくようなシンプルなソロ、、、それが鳴り出したときボロボロ涙が出てきた。。 なんでこんなに美しいんだろ。。 エッジ大好き、、エッジのギターが大好きだよ。。。 あまりに美しくて、しあわせで、椅子にうずくまったままタオル持って泣いてました。。 過去のいろんな場面で、いろんな事を乗り越えるためにまさしく擦り切れるほど聞いた「約束の地」、、

[I go there with you] の、[there] が何処か、わからないけれど、[It's all I can do] だということはわかっている。

これでぼ~~っとなってしまったので、メンバーが去っていく時も、アンコールに出てきてからも、ちょっと夢うつつ状態で坐ったままでした(幸い良い席で、坐ったままですごくよく見えた。あ、でも、アンコールで被って出てきたボノの学帽←だと思う、にはなんかヘン、、と思った、、)。

2度めのアンコールの新曲「The Saints Are Coming」が凄くカッコ良くて急に立ち上がり、(だからお前はやっぱりPUNKSだ)、、「Angel Of Harlem」で気持ち良く踊って、「One Tree Hill」で静かにエンディング。
4人が並んで、、ボノとラリーが握手、、ボノとアダムが握手、、、なんだか「やあ初日ご苦労さん」と、職人さんの仕事の終りみたいに去っていきました(笑)。

外に出たら、身体があったかいから気持ちいい。
、、あ、、いい月だ、、、。