星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

今年もありがとうございました。

2017-12-29 | …まつわる日もいろいろ
毎年 師走になると発表される今年の漢字。

、、今年の発表を知ったとき、、 えーー?! そんなじゃなくて今年は 「嘘」とか「謀」とかじゃないのぉ?? と不満をもらしていた我が家です、、 だって、 国会とか 企業とか 当初の事とは違いました、、→ (認識していませんでした)→(最初からわかってました)ってなった事、 いっぱいあったでしょ?

前に 小説『ザ・ロード』の時に書きました(>>

 「ちっちゃな約束を破る人はおっきな約束を破るようになる。 パパがそういったんだ。」

 ***

一方、、

私の今年の一字、、ってなんだろう… (去年は迷わず「愕」)でしたけど…) 、、ん~~


  「文」 かな…?


文学、という意味もありますし、、 今年前半は毎日まいにち漱石の文と向き合う日々でした。 なんとか自分なりに考えながら、 読み通すこと出来ました。

秋になって、、 自分の気持ちにけじめがひとつついたのかもしれません。。 十年近くご無沙汰をしていた文学の諸先輩方に、 連絡をすることが出来ました。 身勝手極まりないことではあったんですけど、、 術後、 とにかく自分の日々の暮らしを成り立たせることだけが精一杯で、、 今日一日を息して、 身体をうごかして、 家族のために食事を作る、、 そのことを第一にしなければと(自分で)精神的にいっぱいいっぱいになっていたのでした。 だから(引退)みたいな形のままほぼ十年。。

、、 ゆとりができた、というわけではないけれども、 精神的に、 そして時間的環境的にも、 きちんとお話(お手紙)することが出来る気持ちになれたこと。。 ふたたびお会いしてお話ができるのなら、、かけがえのない大切な大切な人生の、文学の先輩たちですから、、 そうして連絡をとって、、 メールやお手紙の繋がりが再開しました。

30年近くもご縁のあった方々ですから、 空白の日々を飛び越えて 楽しく語らうこともできました。 来年はまたぜひ集まりましょう、という約束も。。

 その意味での、、「文」


 ***

… おととい、 延期してしまったお掃除も、 なんとかやりたかった部分 少し終えることが出来たし、、。 明日かあさって、 窓をぴかぴかにすれば(これは家族も手伝ってくれる)、、 おとといの煙突掃除の少年クンみたいに 「お日様だって、 お月様だって」 こころよく訪れていただける窓になれます。





今年の仕事おさめをした親友と、 今年の「お茶」おさめ。
、、 我が家ではクリスマスケーキをいただかなかったので、 苺のショートケーキを前にご機嫌の私です。。


今年も たくさんの 「愛」をありがとうございました。 会いたい人に逢える喜び。


…  こころあたたかな年末年始でありますように。。

第二十六夜 アンデルセン『絵のない絵本』

2017-12-26 | 文学にまつわるあれこれ(林檎の小道)
きょうはお掃除をがんばろうと思ったんだけど…

心臓のご機嫌が麗しくないので 少し横になりながら、 なにか短いお話を、、と
アンデルセンの『絵のない絵本』を手に取りました。

この物語は、 お月さまが貧しい画家の屋根裏部屋の窓辺へおとずれて 毎晩ひとつずつ、 お月さまが見てきたお話を聞かせてくれる、、というもの。

きょうは26日だから、 と「第二十六夜」のところをふと開きました。




煙突掃除の少年。
、、 仕事を終えて 煙突のてっぺんへ顔を出して、、

「…お月様だって、 お日様だって、 ぼくを見ることができるんだ。 ばんざあい!」


、、「ぼくは」でなくて、 「ぼくを」。。



えらいね。 みんなが昨日 サンタさんに逢えたとしたら、 それはキミのおかげだね。



『絵のない絵本』(アンデルセン作 山室静 訳・いわさきちひろ 画)
童心社 フォア文庫



、、私のお掃除はもうちょっと持ち越し…  神さまごめんなさい。

(、、家族にもごめんなさい、、だと思う…)


スヴャトスラフ・クヌシェヴィツキー(Sviatoslav Knushevitsky)のチェロ

2017-12-24 | MUSICにまつわるあれこれ
ひさしぶりの更新です、 パパのレコード棚シリーズ 第4弾

聴いてみたらとっても素晴らしかったので、、。 旧ソ連 USSRの録音を日本でプレスして販売していたという「新世界レコード」というレーベルのものです。

まったくお名前の読めない cello 奏者が書かれていて、 検索したら ヴャトスラフ・クヌシェヴィツキー(Sviatoslav Knushevitsky)という方でした。 ウィキがこちらに>>


side-1 がシューマンの「トロイメライ」 
svyatoslav knushevitsky - Schumann traumerei


side-2 が サン=サーンスの「白鳥」
Svyatoslav Knushevitsky - the swan

、、トロイメライの 最初の一番低い音、、 その出だしの一音に震えました。。 なんて深い音、、。 とっても古いチェロなんだろうなぁ… とっても良い楽器なんだろうな… 
表現力も豊かで、、 いつまででも聴いていたい。。
繰り返してもう三度も聴いています。

トロイメライは日本語のサイトが見つからなかったけど、 同じピアニストの方 Alexei Zybtsev とのUSSR盤がネットに載っていたので、 それによると 1951年の録音のようです。

「白鳥」の方は、 CD化されたものがありました(ライモンダCD>>
こちらの録音は1956年のようです、 こちらも同じピアニスト。
上記のサイトにこのチェリストの説明も少し載っています。 「男性的」という語がありますが、 私もそう思いました。 ゆったりと深く、 力強く、 表現力豊か、、

1曲ずつではすぐに終わってしまうので、 席を離れることもできません、、 このCD 12曲も入っているの、、 欲しくなってきてしまいました。


パパのレコード棚シリーズ 過去ログ>>

 ***

やっぱり、、 たまにレコードで音楽を聴くのは良いですね。 
パパが元気だった頃のクリスマスには、 庭から杉? 松? 枝を切ってきて鉢に植えてツリーにして、 点滅する電飾を巻き付けて、 お星さまやお人形の飾りを下げて、、 天井には金や銀のモールをパパが吊って、、

、、私は待ちきれなくて 「ねぇジングルベルかけていい?」って レコードを早くかけたくてしょうがなくて、、 それは黄色いソノシートだったので あんまり何度も私がかけたので終いには破れてしまった記憶があります。。 すごくすごく幼い頃、、 そんなクリスマスをしてもらったのは パパとの幸せな思い出のひとつ。



さあ、 イヴの夕餉をつくらなくては、、

シングル盤ではなくて、 子供の頃聴いた LPレコードをかけることにします。。 そのレコード話はまた… 


どうぞ よき聖夜を…

印象主義と詩人の魂:「モーゲンス」J.P.ヤコブセン『ここに薔薇あらば 他七篇』より

2017-12-22 | 文学にまつわるあれこれ(詩人の海)
 「このささやかな譯書を 
  堀辰雄さんにささぐ」



『ここに薔薇あらば 他七篇』ヤコブセン著 山室静 訳
              (角川文庫 昭和26年)


デンマークの詩人・小説家 イエンス・ペーター・ヤコブセン (Jens Peter Jacobsen)の短編集。 この山室静さんの訳書には、 冒頭に堀辰雄さんへの献辞がしるされています。 「あとがき」の最後にも、 以下のような堀さんへの言葉が… ↓




この角川文庫は現在絶版のようです。 他に、岩波文庫のもの『ここに薔薇ありせば 他五篇』というものがありますが、 山室静さんの訳で読んでみたかったので、 私は角川文庫のにしました。

収録作は、 岩波文庫のほうが
モーゲンス
霧の中の銃声
二つの世界
ここに薔薇ありせば
ベルガモのペスト
フェンス夫人    の6作品。

角川文庫のほうは、 これらに加えて、 「サボテンの花ひらく(習作・未完)」「ドクトル・ファウスト(遺稿)」の 全8作です。 「サボテンの花ひらく」は詩と散文を組み合わせたもので、 この中に書かれた詩をもとに シェーンベルクが「グレの歌」というオーゲストラ楽曲を作曲したそうです(wiki>>) 、、(今、検索して聴いてみてます…)

 ***

J.P.ヤコブセンは リルケが大変愛した作家で、 『若き詩人への手紙』の中で、ヤコブセンの6つの短編と、 『ニールス=リーネ』という小説をぜひ読むように、と書いています。 上に載せた写真、 山室静さんの解説にもありますが 『ニールス=リーネ』を山室さんが訳していた時、 堀辰雄さんから励ましをいただいたとのことなので、 リルケ同様に堀さんもヤコブセンの作品を愛読していたのかもしれません。 山室さんが訳す前の ドイツ語の本をお読みになっていたのでしょうか…

今回は、 ヤコブセンの短編の中から冒頭の作品、「モーゲンス」のことを書いてみます。。

、、ヤコブセンについて全く未知だったこともあって、 「モーゲンス」を読み始め、、 最初はとても戸惑いました。

 「夏だった、その眞晝(まひる)の庭園の片隅。すぐ前に一本の檞(かしわ?)の老樹が立つてゐたが…」

、、と 自然描写から始まりますが、、 ちょうど映画の冒頭でカメラが 夏の日差し、庭園、 かしわの樹… と無言でズームしていくように、 言葉の絵がズームしていって、、 すると

 「…檞の木にもたれてその木陰に坐り、反對がはを眺めると、――じつさい、そこにそうやつて一人の男が坐つてゐたのだが――先づ自分自身の脚が見え、ついで短い勢のいい草と、黒つぽい蕁草(いらくさ)の盛れ上つた小さい地面があり、その先には大きい白い晝顔(ひるがお)の咲いたいばらの籬(まがき)と、庭への路と……」

、、という風に、 言葉のカメラはこんどは男の眼になって、 男から見える自分の足、その先の草、 地面、 その先の昼顔、、というふうに描写していきます。 この映像的な描写は精密で、 「言葉のカメラ」としか言いようがないのですが、、 初めてこれを読み始めたときには、、 (何? なに…? この人は誰? この描写はどこまで続くの…?) と、 すごく読むのに戸惑いました。 映画が始まって10分間、 何の説明も台詞もない映像を見せられているような。。 映像ならまだそのものが見えるからわかりやすいのです、 文字を丹念に頭の中で自分で「絵」に変換していかないと、、 なにが書かれているのか、 何を物語ろうとしているのか、 ちっともわからない…

つぎのページ、、

 「それから、檞の木の下の若い男。彼はそこに寝ころがつて、喘ぎながら、悲しそうな絶望的な眼で空を見上げてゐる。彼は何かのメロディを口ずさみかけたが、止めてしまひ、ついで口笛を吹いたが、それも直ぐに止めてしまつた」

、、 やっぱりよくわからない。。  、、すると雨が降り出します (この雨が降り出したことも、地面にとつぜん 「小さい丸い黒い班點」が現れ、、 数行あとにやっと「雨」だとわかる、、、 ほんと《映画》みたいでしょう? 、、雨に続いて 植物の描写、、

 「雨は瀧のやうにそそぎ出した
  …(略) …
 小さな雫は、しばらくそこにひつかかつてゐたかと思ふと、大きな雫になつて落ち、他の雫とあはさつて小川になり…芥や木屑や葉つぱごと流れてゆき、それを地の上に置いたり、また浮かべたり、くるつと廻してまた地の上に置いたりした」

雫(しずく)の描写から、 乾いていた苔が水を吸って息づき始める様子、、 
 「地衣類は、かはいい耳をひろげ、緞子のやうに厚ぼつたくなり、絹のやうに光つた。 晝顔は……」

、、 まさに自然の映像詩を4K映像でゆっくり見ているかのよう。。


 

 ***

雨に打たれた男は 何の説明もないまま 歌い出し、、 その次のページでは、、 歌っている男の 「向こうのはしばみの茂み」に娘がいることがわかります。。 その描写も、 一本の枝に赤いショールがからまっていて、、
 「時々小さな手が出て房を引つぱるのだが、枝やその近くから小さな俄雨が起るばかりだつた……」


、、 ほんとうに映画的な手法です。 この「モーゲンス」という作品は 1872年の発表だそうですが、 映画も誕生していない頃に、 こうしてカメラを回すように 《言葉のカメラ》で対象をズームしたり、 ゆっくりと近景から遠景へ切り替えたり、 踊っている男と、 彼が見つける 林の木の枝に引っ掛かっている赤いショール… 、、こういう描写の方法をどうやってヤコブセンが身に着けたのか、、 すごく不思議でした。 このままストーリーが無いんじゃないかと、 最初はわけがわからず、 飛ばして物語の先を読もうとしてしまったり、、

「あとがき」の中で、 山室さんは 「モーゲンス」の 「この作の印象主義的なタッチの爽やかな新しさと完璧さは、さらに全文壇に驚異の目をみはらせ、ひとつの天啓のやうに作用したのであつた」 と書いています。

、、「印象主義的」、、 なるほど。。 確かに印象派の時代とぴったり重なっています、、 が、フランス絵画の印象派の動きが デンマークの作家ヤコブセンに影響したとはあまり考えられないのでは、、 と思っていたら、 ヤコブセンは自然科学、 特に植物学に早くから関心があり、 創作より先には ダーウィンの『種の起源』や『人類の由来』をデンマーク語に翻訳し、 大学時代は藻類の分類研究を雑誌に発表などしていた科学者の目を持っていたのですね、、 きっとこの観察眼が この独特の映像的描写に繋がっていったのでしょう。。 

英語版のウィキに載っていた以下の部分を読んで、 ヤコブセンの絵画的な描写のこと、 ストーリー性よりも「点景の連なり」のような描写に、 ああ成程と…

 his ability to create "paintings" and arabesque-like scenes both in his prose and his poetry (which has sometimes been criticized as "mannered") is one of the secrets of his art. It has been said that his novels are a presentation of various snapshots rather than tales of action. (Jens Peter Jacobsenより>>

 ***

この 「映像的描写」は 「モーゲンス」を読む魅力のひとつに違いありませんが、 ドラマが無いわけではないのです。。 その逆で、、

先の「赤いショールの娘」、、 そして「雨の中で踊っていた若い男」、、 このあと二人に大波乱があり、、 人生を大きく狂わせます。

、、 ヤコブセンには、 科学者の眼で「自然」を豊かな描写力で表現する部分と、 詩人の感性で人間の「激情」に共鳴する部分とがあるようです。 緻密な観察眼、 一方で熱情に揺さぶられる「魂」、、。 魂とは、、 理知の力で抑えようもなく 時には勝手に自分から制御できないところへ飛び立って、、 愛のほうへ、 また 闇のほうへ、、 絶望のほうへ、、 時には狂気のほうへ、、 奔り出してしまうものなのだと。。。

、、物語の冒頭で、 なんの説明もないまま 夏の雨の下で男がとつぜん歌い踊り出したのは、、 この青年がそのような制御しがたい「魂」の持ち主だということの予告だったとも あとから思えば感じられるのです。




 ***

「モーゲンス」は2回読み返しました。 最初はわけがわからず、 ひたすら物語の「筋」を追おうとして。。 2度目は落ち着いて 《言葉のカメラ》が見せてくれるものを自分の中で「絵」に結び、 その印象の連なりをゆっくりと感じ取りながら…

、、現代では、 ストーリーテリングに凝ったスリリングな物語がたくさん溢れていますから、 ヤコブセンのような作家は読まれなくなっているのだろうと思います。 特に「モーゲンス」のように (都会人には遠くなった)自然の緻密な描写から始まる作品は、 物語の「事件= action」ばかりを追っていくと (なんだ、たったこれだけか…) という感想に終わるのかもしれません。。

、、でもこの秋、 堀辰雄のファンタジー短篇集を読んで(>>)、 そして 『風立ちぬ』の終章 「死のかげの谷」を読み返して(>>)、 無人の冬の山荘で独り 主人公が今は亡き存在としずかに対話し 自然の樹木、木の葉、雪、光、、を見つめ そこに「存在」するものを感じとる過程を読んできた自分には、、 堀さんが愛したリルケ、、 そのリルケが愛したヤコブセン、、 という繋がりが少し理解できるように思いました。

リルケが 『若き詩人への手紙』の中で勧めているもう一つのヤコブセンの作品『ニールス=リーネ』も 山室静さんが訳していますから そちらも是非読もうと思っています。


 ***



きょうは冬至。 晝(ひる)が一番短い日。

、、 そして この日から新しい晝が、 光が、 生まれていく日。


慌ただしい年の瀬の心に逆らうかのように (でも実際忙しいノダ・笑)、、 こんな風に読書記を書いているのも、、 美しかった夏の日の記憶をすこし留めて、、 (あぁ 何も出来なかった不甲斐なかった気がしていたけれど、 それでも自分なりに一生懸命 今年を生きたなぁ…) などと 自らなぐさめたりして、、 笑)


そして ふたたびの夏へと、、 いざ、生きなむ、、。


… あたたかい週末を! …

あの日…

2017-12-17 | …まつわる日もいろいろ


街から光が消えて
夜から音楽が失われたときがあったね…
みんなが息をひそめて、、





はしゃぎながら、 手を取り合いながら、 再会を喜びながら、、
何も怖れるものが
こころを掠めもしなかった
今この街のイルミネーションの下で





みんな笑顔だった


遠い銃声と
はるかの怒号が

、、 地球の周りを電波にのって駆け巡っていたのを



おそい夢の中で知った。。


絵画を読む…:『怖い絵展』上野の森美術館

2017-12-16 | アートにまつわるあれこれ
(12/14)
寒波… 各地で今年一番の冷え込みだそうですね、、

でも風さえ強くなければ、 マイナスでも平気な山っ子なので いまの東京は光も空も樹々も美しくて いちばん好きな季節。。


今朝8時の写真を…









(本文はまた書きますね、、)

   ***

上野の森美術館で開催の 『怖い絵展』へ行って来ました。

もうTVでも(ワイドショーなどでも)話題で、 入場まで3時間待ち、、などという状態が続いていて、、 一体なぜそれほどまでに関心を惹くのか 正直まったく意外な気がしていました。 

だって、、 今回取り上げられている オデュッセウスの神話やセイレーン、 ハーピーやキルケー、 男を破滅させるファム・ファタールの図像、、 ヨカナーンやオルフェウスの断頭の場面、、 これまでにも様々な展覧会でも取り上げられてきたテーマだったのですから。。

『怖い絵展』オフィシャルHP 作品紹介


確かに 日本初公開という 「レディ・ジェーン・グレイの処刑」の大作は貴重な展示に違いないのですけれど、 でもこの大作の展示というだけではここまでの大騒ぎにはならなかったのでしょう、、。 この展覧会のポイントは、、絵画の背景にある意味、恐怖として描かれた文化的、歴史的、社会的、図像的な《意味》をキャプションによって 「絵を読ませる」という企画の成功、だったのでしょうね。

 ***

、、《レディ・ジェーングレイ》は 夏目漱石の短編『倫敦塔』でも描かれている作品で、 前から見てみたいとは思っていたので、 『怖い絵展』を知った時にすぐ前売券を買ったのです、、 だけど、、 こんなに待ち時間や大混雑とあっては いつ見に行ったらいいのか… ずっと悩んでいて、、

東京ドームまでは体調をぜったい崩せない! と思っていたので(そんなに大事なの? 大事なんです、東京ドーム…) 、、 しかし会期は今週末まで、、 悩んだ末 お伴だちが仕事を2,3時間遅刻してくれる… ということになって、 平日朝イチの入場の為に並びました。 (それが冒頭の写真、 幸い真っ青な空と美しい紅葉見れたし…)

、、 ライヴの開場を待つと思えば何のその(←ドームの余韻しつこい・笑)、、 でも最初の入場が出来たので、 まだ展示室の大混雑もなく、 すべての絵を見ることができました。。

 ***

絵画の背景に興味をもって、 絵画と時代のかかわりや、 神話的・文学的な関連を読み取ったりすることは すごく楽しいことだし、、 私自身、 東京で暮らすようになって 大学の公開講座とか市民講座とか行けるようになって、 そこで文学と芸術の関連を 有名な大学の先生がたに教えてもらえて、、 新しい知識にすっごくわくわくした日々を思い出します。。 だから、 今回 「恐怖」という《意味》に焦点をあてて 詳しい解説をつけて構成したのは、 大成功だったのかもしれませんが…

、、 でも、、

正直、 ほとんどの方が《解説》を読んだり、 音声ガイドに聞き入っているので、 絵の前から人が動かない、、 それでますます会場内が大混雑に、、。 お身体のつらい人や杖や車椅子の方では 到底ご覧になれない状況の展示だったと思います。 そういう 《絵画を読む》ことが前提の展示なら、 もう少し何か工夫があっても良かったのでは…と 思ってしまいます。。







「レディ・ジェーン・グレイの処刑」は やはり見応えのある、 そして美しい絵でした。 、、本などではすでに幾度も目にしてきたので、 断頭の血を吸うための敷き藁(この藁の量がとても少ないのも、 残酷さを和らげているような…)、、 首が落ちなかった時のための処刑人が腰に挿した短剣、、 など知ってはいたけれど、、 気づいていなかったのが 白いドレスのジェーングレイのために敷かれた 《豪華なクッション》、、 あの美しく分厚いクッションを見て なにか救われる思いがしました。 、、 石で囲まれた寒々しい倫敦塔の中で 厚さが20センチはあろうかというクッション… 、、 見れば侍女のほうにも赤いクッションがありませんか?(ごめんなさい、フォトには映っていません) 

まるでジェーングレイの身体を暖めるように そっと前へ導く聖職者の図にも 慈悲をこめて描かれているようですし、、 この緑のクッションがとても心に残りました。。

 ***

他にも、 ヘンリー・フューズリの「夢魔」はもちろん、、 エデュアルド・ムンクの作品 「死と乙女」や「森へ」が見れたし、 ジョージ・フレデリック・ワッツの作品が幾つか見られたのも嬉しかった。。

、、 あまりの混雑や待ち時間に鑑賞を断念した方も多かったのでは…? でも、 フューズリも、ムンクも、 ピラネージも、ロップスも、、 わが国立西洋美術館にはちゃんと所蔵されているので 常設展でみることだって出来るんですもの、、

ムンクの「マドンナ」 「ヴァンパイアー」  「ハルピュイア」(いずれも国立西洋美術館より)

、、 「怖さ」、、という点で言ったら、、 あのウィリアム・ウォーターハウスが描く 可憐な瞳の乙女たち、、 「La Belle Dame Sans Merci>>」 や 「Hylas and the Nymphs>>」だって、 あんなに愛らしいのに それはそれは怖い絵ですよね、、


来年は、、 同じ上野の森美術館で、 「フェルメール展」だそうです。 今度は日時指定の入場制なのだそうです、、 早めにチケット用意しないと… また大変。。


、、 でも 朝の上野公園に行けたのは 最大の収穫だったかも、、 混雑のおかげかな…





、、 おはよう 、、  よい週末を。

月曜日。& 追記 THE YELLOW MONKEY SUPER BIG EGG 2017

2017-12-11 | LIVEにまつわるあれこれ

ありがとう。 ☆ ★ ☆ ★ …




まずは爪を切って、 ☆いっぱいのマニキュア落として…


、、 なかなか落ちないっっ  (焦っ!)






   ** 追記 夜 **


最初に これ書かなくちゃ。。

出会えたお友だちみんなに感謝。。 ゆっくり階段あがるの待っててくれたり、 段差見えないから 気をつけて、って支えてくれたり、、 みんなのお陰でいまもライヴに行けます。。 ほんとうにありがとう。。


 **

BIG EGG 2017  2日目終演後…

この日はみんなスタンド席だったのかな? 各人の場所から合流して、 初日にアリーナで見ていたお友だちの第一声が、 「きれいだった~ 感動した~~~」って。

、、東京ドームのコンサートって 私はエアロスミスくらいしか体験していないけど、 今回の2デイズはドームの広さも、 ステージの遠さも、 まったく感じさせない素晴らしい花道と演出の効果でした。 スーパー席やアリーナには目の前の感動があるし、、 スタンドから全体を見渡した時の もう得も言われぬ映像やライティングの美しさと、、 オーディエンスが浮かび上がった時の美しさ、、

「ワイパー見てたら涙でた~~」 って。。


ほんとに、、。  
先日、 U2のこと書いたけれど、 さいたまのU2のステージ設計やライティングも素晴らしかったんだけど、 そのときよりも更に近く近く4人が感じられたのには 私も「感動~~!」でした。

すべての観客をとにかく楽しませてあげたいという「愛」もものすごく強く感じたし、、 もう… 私は初日の夜明けと海と鳥に…  もぅ、もぅ… ボロ泣きでした。。 このまま空の上へいっちゃっても悔いはないとまでマジで思いました。。 

初日もいっぱいいっぱい手を振ったんだけど、、 二日目エマさん側だったので、 あまりにも叫び過ぎて、、 (あ… これ以上叫ぶと肺がやぶれる…)、、と思って、、 我慢してしばし座っていたりして、、(笑)

 ***

去年、、 「いかしたいかれたいかがわしい…」大好きなバンドの人たちのことをちらっと書きましたが、、 ダサさや馬鹿々々しさもひっくるめて 最高のロックショウにしてしまうのが やっぱりモンキーの強みだし、、 それが出来るのは4人がビジュアル含めめちゃめちゃカッコいいから、 それに加えて演奏力の底力なんでしょう。。。

…と ともに、 感じていたのは、 吉井サンがソロで 紗幕と光で
森を創ったり、 ネイティヴアメリカンの世界へ行ったり、 宇宙旅行をしたり、、 バーニーさんのゴシックメタルなギターと共に林檎を燃やしたり、、 ジョシュやジュリアンらと灼熱の饗宴をしたり、、

そういうソロ時代のステージは、、 なにひとつ無駄にはなっていなかったんだな、、 とも思っていました。。

それはきっといろいろと試行錯誤して、、 苦悩して、、 長い時間かけて創り上げていった孤独な作業だったかもしれないけど、、 それがあの4人だと、 いとも簡単に (あくまで傍目に見て、素人目に見ての感想です)、、 あっさりと超えて何処へでも、どんな世界へでも飛んで見せて魅せてくれるんだな… と。。。

、、 ジェニージェニー♪のときに (ミラーボール回してよ)って書いた気がするけど、、 今度はちゃんとミラーボールきらきらしたし、、  エマビーム貰ったし、、
大満足。。

 ***

音はね、、

技術的なことが全然わかんないんだけど、、 音がこだまになって戻ってくるのはドームの形状的に仕方がないとは思うけど、、 音がディレイするんじゃなくて、 音程って ドップラー効果みたいに変化が起こるもの…?? 速度は関係しないから、 音階が変わるわけない、よね…??

ではチューニングの問題? イヤモニの問題?? 

ヴォーカルと、 ギターと、 ストリングスと、、 え??? なにこれ…? な部分はすご~くありました。 私の耳の問題? 

 ***

U2や、 MUSEや、 NINや、、 巨大ステージのテクノロジーに長けているバンドは沢山あるから、、 技術的な進化であたらしいイエローモンキーのステージをもっともっと面白くする可能性もいっぱいまだあると思うし、、

年齢的に言っても、 ロジャーウォーターズなんか70過ぎて、 まだあの巨大なザ・ウォール・ツアーやって、 スクリーンと巨大バルーンのスペクタクルショーやっているんだから、 モンキー兄さん達もまだまだ20年進化できますね。。 

… で、、 独りでアコギ奏でて淋しい唄を歌いたくなったら、 歌えばいいょ。


  **

セットリスト&レポートが載っていました↓
THE YELLOW MONKEY/東京ドーム ライブレポート rockinon.com




 
Horizon の偶蹄目キャラが可愛くてたまらない、、 早くまた映像見たいなぁ、、、



頁の間の、本当の人生…:M. L. ステッドマン『海を照らす光』

2017-12-04 | 文学にまつわるあれこれ(ほんの話)
今年の春公開されて話題になった映画『光をくれた人』の原作です。

…という但書が この本を読むきっかけだったのではじつは無くて、 この本のことは映画より先に知っていたのです、、 数年前から「灯台」が出てくる物語はすべて読もうとしていて…(笑

そのことについては前に ポーランドの作家ヘンルィク・シェンキェヴィチの短編「燈台守」を載せた時に書きました(>>) なのでいつか読もうとしていたところ、 余りに映画が「泣ける」とか「感動の」という評判が伝わってきて それで余計に手を出しにくくなって、、(天邪鬼…)

映画はまだ見ていません、 なので この小説のどの範囲・どの焦点で描いてあるのかわかりません。。 だからこれは、 小説『海を照らす光』の読書記として…

 ***

灯台守の夫婦に起こる出来事について触れるのはよしましょうね、、 これから映画をDVDとかで見る人もいるだろうし、 原作をこれから読む人もいるでしょうし、、

映画は見ていないけれど、 2時間余りの映画の中で この灯台守の夫婦以外の、 どこまでの人々の背景が語られるのか 少し興味があります。 なぜなら、 この物語は灯台守の夫婦の愛の物語ではあるけれど、 それぞれの両親という夫婦や、きょうだいという家族、 この街のそのほかの夫婦、 一世代前の両親、家族、、 そういう沢山の人間の個々の背景がとても重要で、 どの人間にも人生を左右した深い背景があって、、
そういう因果関係の末に、 物事に対する個々の考え方がつくられていって 他者には理解が難しい固有の感情がうまれ、、 その感情が、身に降りかかった出来事への判断や行動を左右する、、

、、絡み合った因果のすべてが この小説には重要なので、 灯台守の夫婦の物語としてストーリーは流れていくのだけれど、 すべての人の人生についてが気になってしまうし  それぞれの人のその後を 深く深く考えさせられる物語でした、、 もの凄いスピードで一気に読み終えてしまったけれど。。

 ***

戦争の傷跡の物語でもある。 オーストラリアという国、 移民や開拓者によって築かれた国の、 この南西部の町のひとびとの歴史の物語でもある。。 

登場する全ての人が 多かれ少なかれ「傷」を抱えて生きている。 遠いヨーロッパの大戦に出て行って傷ついた身体、心、、失われた身体、命、、 失った家族、、 どこにも「悪人」はいないし、 すべての人がそういう厳しい過去から今に続く日々の暮らしを 精一杯に生きてきた。 けれども人々が背負った「傷」、その癒されていない傷の痛みが、 人の判断を狂わせてしまう、、 理知や道徳の重みを超えて その人の「思い」が行動を起こさせてしまう。。

「愛」のために… 愛情のために 正誤の判断を曲げた… と読むことも出来るかも知れない。 だから余計に悲しいのだと、、 だけど やはり 一番重大な決定を為させたのは 心の「傷」なのだと思う。 傷を満たそうとするエゴじゃなくて、 自分が負った「傷」の苦しさは誰よりもわかるからその痛みを相手に負わせたくないという、、 でもそれは「優しさ」とは云えない 多分… 、、 「優しさ」「思いやり」には違いないのだけれど、、 心の底には「怯え」がある。。

、、その「怯え」が 「過ち」につながる…

 ***

ストーリーは書かないけれど、、 登場人物のどの人に感情移入するかによって 考えることはすごく多岐に分かれるような、 そういう複雑な背景を持った物語で、、 最初は当然、灯台守になる男の人に感情移入するのだけど、、 次には女性主人公へ、、 そしてその女性の両親へ、、 お母さんはどうやって過酷な出来事を受け入れてここまで暮らしてきたんだろう… とか。。

さらには、 移民としてこの国に来た人。 どうやって自分の運命を受け入れたのだろう… とか。 

だけど、、 読み終わった今、 一番深く心を占めているのは、、 (物語のエピローグは30年経った後の事が書かれていて) 、、描かれなかった30年の空白の物語が、 今いちばん考えさせられている部分なのです。 それは、 エピローグの女性の年齢が自分と近いせいもあるだろうし…

過去は消えない。 「無かった事」という意味で人生のやり直しは効かない、 起きた事を受け入れて前へ進むことしか。。 描かれなかった30年を、 どう生きていったんだろう… 傷ついた心を、 どうやってふたたび生きるための心へと修復していったんだろう…、、 30年という日々、、
 

薔薇の花壇の前で、、 心から微笑む日々がどのくらいあっただろう…


忘れることはないのだろうから、、


それでも 微笑む日々が できるだけ多く、 長く、 その中にあったらいいなと思う。。 小説に書かれなかった時間こそが、 ほんとうに生きること、 本物の人生をつくっていく時間だと思うから。

 ***


最近、、 
小説のことを語ったりするメールに、、「残り時間」という言葉をよく使ってしまいます。 さきほど書いたように、 自分の年齢で言えば、 今回の小説の時間はすべて過ぎていき いまエピローグの辺りにいるわけだから、、


年に一度花咲く花壇だとしたら、、 「残りの時間」に何の花を植えよう、、 どんな彩りに自分の花壇をしたいと思うだろう…


そういうことをだんだんと考えながら、 読みたい本を選び、 聴きたい音楽を選んでいくことになるんだろうな…

… そして、 その時間のなかには 誰がいて欲しいのか、、






「死のかげの谷」…雪、風、、そして落葉…:堀辰雄『風立ちぬ』

2017-12-02 | 文学にまつわるあれこれ(妖精の島)
12月になりました。。 (なってしまいました…)

すべてを放り出して走り出す12月の始まり、、、 のはずだったんですけど、 頭の中にずっともやもやしている翳にけりをつけておかないと先に進めない気がして、、 それで今回の本と、 もうひとつ本の事をまず先に書いておこうと思います。
(…何の事かさっぱりわからないですよね、ごめんなさい。。 自分の内面だけの問題…
 どうぞスルーして読書記のほうへ ↓)

 ***

先月、 堀辰雄の初期ファンタジー傑作集『羽ばたき』について書きました(>>)。 そのとき 「fantasy は、phantasy」 が元の言葉だと、、 それを考えたとき、 堀辰雄の 『風立ちぬ』の最終章、「死のかげの谷」のことが頭に浮かんできたのです。 、 はるか昔に読んだきりだったので 細かい描写は記憶していなかったけれど、 リルケの詩が引用されていたのは覚えていて、、 死者へ語りかける詩…

 帰っていらっしゃるな。そうしてもしお前に我慢ができたら、
 死者たちの間に死んでお出(いで)。死者にもたんと仕事はある。
 けれども私に助力はしておくれ、お前の気を散らさない程度で、
 しばしば遠くのものが私に助力をしてくれるように――私の裡(うち)で。



、、この詩は深く心に残っていて、、 「私」が感じる「お前」の存在…  それは「死者」なのだけれど、 在りし日のお前の「像・影」として感じ、その影と対話をすることによって次第に気持ちの整理をしていく… そういう終章だったと、、 そう記憶していたのです。  phantom につながる意味でのファンタジー(phantasy)、、 あぁ、、そういうことだったのか、、 とヒントを貰った気がして、 もう一度 「死のかげの谷」を読みたくなって、、

 ***

以下、 堀辰雄『風立ちぬ』の終章「死のかげの谷」から少し引用します。



 一九三六年十二月一日 K…村にて

 「ほとんど三年半ぶりで見るこの村は、もうすっかり雪に埋まっていた。 … その木皮葺きの小屋のまわりには、それを取囲んだ雪の上になんだか得体の知れない足跡が一ぱい残っている。…私はその小さな弟からこれは兎これは栗鼠、それからこれは雉子、それらの異様な足跡を一々教えてもらっていた。」


、、K村のひと気の無い別荘地、雪に包まれた12月、「私」は独り籠って ここで年末を迎えようとしています。


 一九三六年十二月十日

  「この数日、どういうものか、お前がちっとも生き生きと私に蘇って来ない。 …暖炉に一度組み立てた薪がなかなか燃えつかず、しまいに私は焦れったくなって、それを荒あらしく引っ掻きまわそうとする。そんなときだけ、ふいと自分の傍に気づかわしそうにしているお前を感じる。」


、、「気づかわしそうにしているお前」、、 それは在りし日の「お前」の姿、ぬくもり、表情、、 ここでは「お前」はそのような「在りし日の姿」を感じさせる存在として傍らに現れます。 そして、 雪のやんだ日、「私」は林の奥へ奥へと入っていきます。




 一九三六年十二月十八日

  「…そのうちにいつからともなく私は自分の背後に確かに自分のではないもう一つの足音がするような気がし出していた。」

  
、、ここで 「お前」は在りし日の「像」ではなく 「足音」として現れます。
「… 私はそれを一度も振り向こうとはしないで… 」 、、確かな「足音」に気づきながらも振り向かずに「私」は、 最初に引用した リルケのレクイエムを口ずさむのです 「帰っていらっしゃるな」と。




 一九三六年十二月二十四日

  「…どこからともなく、小さな光が幽かにぽつんと落ちているのに気がついた。
  … 「御覧… ほらあっちにもこっちにも、ほとんどこの谷じゅうを掩(おお)うように、雪の上に点々と小さな光の散らばっているのは、どれもみんなおれの小屋の明りなのだからな。…」

、、クリスマスイヴの夜、 村人の家の晩餐に呼ばれた「私」は その帰り道、 住む人もいないはずの別荘地の谷に たくさんの「光」を見ます。 それは「おれの小屋の明り」があちこちまで照らしているのだと、 上記ではそう思っていますが、 実際に自分の小屋へ戻ってみると、、

 「…その明りは小屋のまわりにほんの僅かな光を投げているに過ぎなかった」

、、谷じゅうをおおっていた「光」は幻だったのでしょうか、、




そして、 十二月三十日の晩、 「私」は小屋の外のヴェランダに立ち、 雪明りの林を見ています。 谷の向こうで 風がざわめいているのを「私」は聞いています。 その文末のあたり…


  「…また、どうかするとそんな風の余りらしいものが、私の足もとでも二つ三つの落葉を他の落葉の上にさらさらと弱い音を立てながら… 」

、、雪明りの林はみな裸木になっています。もし木の葉が枝に残っていたとしても、 小屋の周りは雪に包まれているはず、、 「二つ三つの落葉を他の落葉の上にさらさらと弱い音を立てながら… 」、、「さらさらと」…? 

、、ここで「私」が見ている「落葉」、 耳にしている「さらさら」という音、 それから クリスマスイヴの晩に谷じゅうをおおった「光」、、、

「帰っていらっしゃるな」というリルケの詩を境にして、 「お前」というかつての形ある存在で描かれていたものは、 それ以降、 谷の「光」へ、 「風」へ、、 そして実際にそこに有ったのかわからない「落葉」をうごかす「さらさら」という音へ、、と 「お前」はこの世界の万物と同化して、 「私」のもとへ現れているのだと理解できます。。 


… fantasy が、phantasy であることに気づいて、 やっと 「死のかげの谷」の終章の幻想について、 それは外部的には「幻想」なのかもしれないけれど、 「私」には実在であり、 リアリズムと言って一向に構わない知覚なのだと、 あらためて納得することができました。

 ***

「死のかげの谷」を思い出してこうして読み返していたら、、 2016年の6月に読んでいた ヨハン・テオリンのエーランド島四部作、、 その『冬の灯台が語るとき』のことが思い出されました。 やはり、 12月、雪に閉ざされた北欧の孤島の物語。 死者と生者、 現在と過去の人々が交差しながら、 深い喪失の心をゆっくりと埋めていく物語、、(>>

 「民間伝承では、その年に亡くなった人たちは、クリスマスにもどってくると言われています」

…と、『冬の灯台が語るとき』の解説の中でテオリン自身の言葉が書かれています。 この作品はそういう物語でした。 、、そして、 『風立ちぬ』の「死のかげの谷」の前の章は、 一年前の12月で終わっています。。 堀辰雄がテオリンの言うような民間伝承を知っていたわけではないでしょうけれど、、 なにか通じるものを想ったのです。。

 ***

、、 私自身には今年そのような出来事があったわけではありません。 ただ、、クリスマスは以前にも書いたことがありますが、 あまりにも幼く旅立っていったおおぜいの天使たちを思い出す季節です。 何十年経とうと、 決して忘れることのない 無辜の魂、、 透き通る肌と、 痛々しい針の刺さった手で触れ合った命。。


、、この12月


、、 よいクリスマスシーズンにしましょう…