『夏の涯ての島』イアン・R・マクラウド著
The Summer Isles and other stories 早川書房 2008年
七つの短篇・中篇から成る作品集ですが、 その中の一番長い表題作「夏の涯ての島」(1999年)について、を。
この本は、 ほとんど内容も知らずただ英国の作家と、本のタイトルと、短篇集、ということだけでなんとなく手にした本ですが、、 不思議と最近の読書と通じ合う部分があり、 関心事というのは何かを呼び寄せるのだなぁ…と手前勝手に思ってしまいました。。
著者イアン・R・マクラウドは、 SFや歴史改変ファンタジーを主に書く作家だそうです。 でも「夏の涯ての島」はサイエンスフィクションでもないし、 幻想小説、とも言えない、、 言うなら〈歴史改変ロマンス〉とでも言えばいいのかな。
物語の語り手は オックスフォードの歴史学の老教授。 彼の人生の回想という形で語られる物語。 その中心部分にあるのが1940年の英国で、 そこではまるでナチスドイツのように一人のカリスマ指導者が台頭し、 ファシズムと恐怖政治が浸透しつつある。 ユダヤ人家族は強制的に連行されていく。 監視や密告の社会では、 同性愛者も排斥の対象になっている。。 語り手の老歴史学者は 同性愛者であることを隠しつつ オックスフォード学寮の一室で暮らし教鞭をとっていた…
語られるのは 老歴史学者が若き日に愛したフランシスという年下の恋人のこと、、 そして、 現在の英国のカリスマ指導者ジョン・アーサー。。
、、本の解説によれば、 この「夏の涯ての島」という小説は、 もともと長篇の構想だったものを 雑誌掲載のために短縮して掲載したものだそうで、、 この翻訳された短い方の作品もそれなりに味わいのある中篇作品なのですが、 改変された歴史の部分、 連れ去られたユダヤ人家族がどうなったのか、とか カリスマ指導者ジョン・アーサーに対する市民の熱狂や、 彼がいかにしてここまで昇りつめたかという過去の部分とか、 政府内の黒幕とか、、 書こうと思えばもっともっと深い物語になった筈なのに… と感じて、 私としては、 2005年に長篇作品として出版されたほうの「The Summer Isles」を読んでみたいなぁ、、と。。 翻訳が出ないかしら…
この中篇小説としての「夏の涯ての島」のほうは、 老歴史学者… 歴史という史実を自分の学問とし、 事実を明らかにする仕事であるはずの学者が、 自らの愛も含め 事実を隠して生きなければならず、 歴史に翻弄されながら皮肉にも生き長らえ名声も得てしまった人生を、 哀切をこめてとてもノスタルジックに抒情的に描いていて それは美しいロマンスになっています。 若き日の恋人、フランシスとの思い出もとてもロマンチックに描かれているし…
***
ところで、、
今日のタイトルにどうして 『リオノーラの肖像』を挙げてあるのかと言うと、、 「夏の涯ての島」のカリスマ指導者ジョン・アーサーが、 そのような政治家に生まれ変わる転機となった場が、 第一次大戦における「ソンムの戦い」という英国側の膨大な死者を出した激戦で、、 小説の中には「ソンム」ってたった一言くらいしか書かれていないのだけれど、 『リオノーラの肖像』を読んでいたお陰で それがどのような戦闘だったのか、 ジョン・アーサーにどのような変化をもたらしたのか、 想像する事が出来たのです。
『リオノーラの肖像』(ロバート・ゴダード著 1993年)、、 さきほどのは老歴史学者の回想でしたが、 こちらは年老いたリオノーラという女性が 娘と共にかつての激戦地=父が亡くなった場所、を訪れる場面から始まります。 ソンムの戦いで行方不明になったまま還らなかった父の謎、、 父の戦場での死亡推定日より一年後に自分が生まれているという謎、、 自分の父はいったい誰なのか、、 誰もが口を閉ざしていた父と母の人生はどのようなものだったのか、、
こちらは本当に壮大で、 ゴダードならではの緻密さで、、 ミステリ小説ではあるけれど、 愛の物語としても ゴダード作品の中での最高傑作かなと思うのです。。
***
隠された過去、、 語られなかった真実、、 そして 運命を変えた戦争。
昨年末に書いた M. L. ステッドマン『海を照らす光』も、 第一次大戦で心に大きな傷を負った者たちが主人公でした(>>)。
、、 なぜそのような物語に心惹かれるのか… 偶然、、 ということもあるし、 自分が求めているということも確かにあるかもしれない。。 歴史に翻弄され、 戦争に人生を変えられ、、 語られることのなかった記憶、、 そういう物語は決して小説の中だけではないから。。
そういう物語を私自身も知っている、、 けれども やはり語る事は出来ない。。 語り継ぐ戦争、、とか言うけれど、 小さな個人の周りにもやはり子孫も 親しい者もいて、、 誰かが傷つく怖れのある限りは言葉に出来ない事もある。 だけど、 決して忘れ去られてはならないはず…
歴史に翻弄された「命」や 「愛」を…
***
…彼はコテージのドアを開いて裸で立ち、暗い海と、星のきらめく夜を見つめていた。
「あれが見えるかい……?」
…
わたしは起き上がり、彼の視線を追って、白いこけら板と、低い壁と、輝く波間へと続く砂丘の先に目を向けた。 なるほど、確かに何かあるのかもしれない。島々の浅瀬の灰色に輝く背中は、日中はまぶしすぎて、見ることはできない。
「あそこへ行くべきだと思うんだ、グリフ」…
「夏の涯ての島」より (嶋田洋一訳)
上の写真に載せた本、、 『奥のほそ道』…こちらは新刊。 第二次大戦中 日本軍の捕虜となったオーストラリア軍医の物語(だと思う… まだ読んでない)
『戦場のメリークリスマス』古~い本(1983年 『影の獄にて』が最初の訳書のタイトル) 舞台はジャワ島の捕虜収容所。 こちらは映画でも見たし、本も昔に読んだ、けどもう一度。。
8月にかけてこれらを読んでいこうと思います(でも探偵ミステリも同時に読んでいるけど…)
酷暑の日々、、 どうぞお健やかに。
命の危険のある暑さ、、 って。。
(わたしはこれ以上体重が減らないように気をつけます)
The Summer Isles and other stories 早川書房 2008年
七つの短篇・中篇から成る作品集ですが、 その中の一番長い表題作「夏の涯ての島」(1999年)について、を。
この本は、 ほとんど内容も知らずただ英国の作家と、本のタイトルと、短篇集、ということだけでなんとなく手にした本ですが、、 不思議と最近の読書と通じ合う部分があり、 関心事というのは何かを呼び寄せるのだなぁ…と手前勝手に思ってしまいました。。
著者イアン・R・マクラウドは、 SFや歴史改変ファンタジーを主に書く作家だそうです。 でも「夏の涯ての島」はサイエンスフィクションでもないし、 幻想小説、とも言えない、、 言うなら〈歴史改変ロマンス〉とでも言えばいいのかな。
物語の語り手は オックスフォードの歴史学の老教授。 彼の人生の回想という形で語られる物語。 その中心部分にあるのが1940年の英国で、 そこではまるでナチスドイツのように一人のカリスマ指導者が台頭し、 ファシズムと恐怖政治が浸透しつつある。 ユダヤ人家族は強制的に連行されていく。 監視や密告の社会では、 同性愛者も排斥の対象になっている。。 語り手の老歴史学者は 同性愛者であることを隠しつつ オックスフォード学寮の一室で暮らし教鞭をとっていた…
語られるのは 老歴史学者が若き日に愛したフランシスという年下の恋人のこと、、 そして、 現在の英国のカリスマ指導者ジョン・アーサー。。
、、本の解説によれば、 この「夏の涯ての島」という小説は、 もともと長篇の構想だったものを 雑誌掲載のために短縮して掲載したものだそうで、、 この翻訳された短い方の作品もそれなりに味わいのある中篇作品なのですが、 改変された歴史の部分、 連れ去られたユダヤ人家族がどうなったのか、とか カリスマ指導者ジョン・アーサーに対する市民の熱狂や、 彼がいかにしてここまで昇りつめたかという過去の部分とか、 政府内の黒幕とか、、 書こうと思えばもっともっと深い物語になった筈なのに… と感じて、 私としては、 2005年に長篇作品として出版されたほうの「The Summer Isles」を読んでみたいなぁ、、と。。 翻訳が出ないかしら…
この中篇小説としての「夏の涯ての島」のほうは、 老歴史学者… 歴史という史実を自分の学問とし、 事実を明らかにする仕事であるはずの学者が、 自らの愛も含め 事実を隠して生きなければならず、 歴史に翻弄されながら皮肉にも生き長らえ名声も得てしまった人生を、 哀切をこめてとてもノスタルジックに抒情的に描いていて それは美しいロマンスになっています。 若き日の恋人、フランシスとの思い出もとてもロマンチックに描かれているし…
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ところで、、
今日のタイトルにどうして 『リオノーラの肖像』を挙げてあるのかと言うと、、 「夏の涯ての島」のカリスマ指導者ジョン・アーサーが、 そのような政治家に生まれ変わる転機となった場が、 第一次大戦における「ソンムの戦い」という英国側の膨大な死者を出した激戦で、、 小説の中には「ソンム」ってたった一言くらいしか書かれていないのだけれど、 『リオノーラの肖像』を読んでいたお陰で それがどのような戦闘だったのか、 ジョン・アーサーにどのような変化をもたらしたのか、 想像する事が出来たのです。
『リオノーラの肖像』(ロバート・ゴダード著 1993年)、、 さきほどのは老歴史学者の回想でしたが、 こちらは年老いたリオノーラという女性が 娘と共にかつての激戦地=父が亡くなった場所、を訪れる場面から始まります。 ソンムの戦いで行方不明になったまま還らなかった父の謎、、 父の戦場での死亡推定日より一年後に自分が生まれているという謎、、 自分の父はいったい誰なのか、、 誰もが口を閉ざしていた父と母の人生はどのようなものだったのか、、
こちらは本当に壮大で、 ゴダードならではの緻密さで、、 ミステリ小説ではあるけれど、 愛の物語としても ゴダード作品の中での最高傑作かなと思うのです。。
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隠された過去、、 語られなかった真実、、 そして 運命を変えた戦争。
昨年末に書いた M. L. ステッドマン『海を照らす光』も、 第一次大戦で心に大きな傷を負った者たちが主人公でした(>>)。
、、 なぜそのような物語に心惹かれるのか… 偶然、、 ということもあるし、 自分が求めているということも確かにあるかもしれない。。 歴史に翻弄され、 戦争に人生を変えられ、、 語られることのなかった記憶、、 そういう物語は決して小説の中だけではないから。。
そういう物語を私自身も知っている、、 けれども やはり語る事は出来ない。。 語り継ぐ戦争、、とか言うけれど、 小さな個人の周りにもやはり子孫も 親しい者もいて、、 誰かが傷つく怖れのある限りは言葉に出来ない事もある。 だけど、 決して忘れ去られてはならないはず…
歴史に翻弄された「命」や 「愛」を…
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…彼はコテージのドアを開いて裸で立ち、暗い海と、星のきらめく夜を見つめていた。
「あれが見えるかい……?」
…
わたしは起き上がり、彼の視線を追って、白いこけら板と、低い壁と、輝く波間へと続く砂丘の先に目を向けた。 なるほど、確かに何かあるのかもしれない。島々の浅瀬の灰色に輝く背中は、日中はまぶしすぎて、見ることはできない。
「あそこへ行くべきだと思うんだ、グリフ」…
「夏の涯ての島」より (嶋田洋一訳)
上の写真に載せた本、、 『奥のほそ道』…こちらは新刊。 第二次大戦中 日本軍の捕虜となったオーストラリア軍医の物語(だと思う… まだ読んでない)
『戦場のメリークリスマス』古~い本(1983年 『影の獄にて』が最初の訳書のタイトル) 舞台はジャワ島の捕虜収容所。 こちらは映画でも見たし、本も昔に読んだ、けどもう一度。。
8月にかけてこれらを読んでいこうと思います(でも探偵ミステリも同時に読んでいるけど…)
酷暑の日々、、 どうぞお健やかに。
命の危険のある暑さ、、 って。。
(わたしはこれ以上体重が減らないように気をつけます)