星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

指輪物語も少し…?:『謀略の都』ロバート・ゴダード著

2019-06-21 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)


ロバート・ゴダード著 『謀略の都』上・下巻 訳:北田絵里子 講談社文庫 読了しました。。

でも、 これは 《1919年 三部作》の第一部で、 あと4冊つづくので、 今回はきちんとした感想ではありませんの。。

前回書いた フォルカー・クッチャー著のシリーズが 1929年からのベルリンが舞台。。 そして、 GWに観に行った クリムトとウィーン分離派などの「世紀末ウィーンのグラフィック -デザインそして生活の刷新にむけてー」展が 主に1900年代初頭の20年間くらいのもの、、 というわけで、 少しこのあたりの時代に凝っているのです。。(ていうか、知らない事が多すぎるので…笑)


『謀略の都』の舞台は、 第一次大戦終結直後の1919年春、 パリ講和会議が行われている場所です。 英・仏・米・伊・日の五か国が中心となって、 大戦後の処理について話し合いが重ねられている年、、 ということなのですが、 ストーリーの主役はその会議とは全く関係の無い 第一次大戦時には英空軍のパイロットだったマックスという青年。

マックスの父親は 英政府の代表団の一員としてパリに出かけており、 そこで謎の死をとげます。。 急遽パリへ向かったマックスは、 父の死に疑問を抱き… 

 ***

パリ講和会議のことは ウィキなどを見ても (第一部読み終えても) 今もってさっぱりわからないのですが…(汗) いろんな国の利害やら密約やら スパイやら まさに謀略が入り乱れていて、 マックスにもいろんな危険が押し寄せる… たいへんな目に遭い続けるのですが、 そこは元パイロットの生還者、、 決してめげない、 信念をまげない、、 あきらめない、、 なんとも強い人なのです

そして、 マックスの戦友というか、 部下だったサムという飛行機の整備士がいて、、 このマックスとサムの関係が、、 どうしても どうしても 『指輪物語』を想い出してしまうの、、

もう戦争は終わったから上下関係は無いというマックスに、 サムは今でも敬語を使って 「あなたは・・・ですね」 と喋る口調や、 なんたって名前が《サム》ですもの、、

ストーリーの最初のほうの、 謎解きには全然関係ない部分だから 引用してしまいますが…

 「…ドイツ兵を相手にわたしができることはたいしてありませんが、あなたのために抜かりなく点検することぐらいはできますからね」

、、 この台詞読んだ時、、 これは完璧にサム=サムワイズだ! と確信してしまいました。 ゴダードさんもきっとそのつもりで書いているハズ、、 で、 訳者の北田さんもきっと意識して口調を考えているハズ、、 と思って。。 (勝手な想像ですが…)

Samwise Gamgee の名言でしたね、、

 “Come, Mr. Frodo!' he cried. 'I can't carry it for you, but I can carry you.”


自分は指輪を運ぶことはできないけれど、 フロド様、 あなたを(背負って)運ぶことはできます! 、、、もう 涙、、 涙、、 どれだけ涙したかわからない あのセリフ (今、本を見て書いてないので正確な訳ではありませんが) 


ゴダードさんの主人公マックスは、 フロドのように辛そうな悲しそうな表情は全然見せないタフガイですが、、 でも この後の三部作で まだまだいろんな危険な目に遭うのでしょう、、

で、、 きっと (サム、 君がいてくれてよかったよ)、、 っていう場面もいっぱい出てくるのでしょう、、

 ***


『指輪物語』、、「ロード・オブ・ザ・リング」三部作の 夢のような映画に涙したあの頃から また、、 世界は、、 この国は、、 もっと混沌とした わけのわからない国になっている気がします。。 さまざまな事が起きて、、 気持ちが鎮まらないうちに また何かが起こって、、 気がつくと、、 以前の事を忘れている、、  そのことが無性にせつなくなるときがあります。。


、、 自分は空も飛べないし 走れないし 指輪も運べないし あなたを背負うこともできないけれど、、


せめて、、 あなたがよろこぶような お話を、、



、、それができたらいいのに、、 とせめて思う。。



穏やかな愉しい週末でありますように。。
 


海へ行きたいなぁ…

2019-06-19 | …まつわる日もいろいろ
リハビリの日々です…


でも 今年は日々努力の甲斐あってか、、 (それとも昨年より猛暑ではないせいね、たぶん) まだバテてはいないようです。 筋肉痛もどこにも起きず、 でもやっぱり疲労は残るのでメンテナンスは必要。。

今年の夏の目標は、、 体脂肪18 を維持したまま体重をあと2キロ増やしたいなぁ、、 そしたらもうちょっと体力つきそうな気がする。。 これも日々の努力と食生活あるのみ、、ですね。 ドクターからは(私には)ヨガ禁止令が出てしまったので、、 基本 ウォーキングと軽い筋トレ?

、、 こつこつ こつこつ 頑張ります。 日々の努力でしか何も得られないですもの、ね。

 ***


父の日は過ぎてしまいましたが… 


今年 お気に入りの香り。。 L'EAU D'ISSEY のシリーズは前から気になっていたのですが、 この夏のために初めて手にしてみました。 

ラストノートは淡いムスク系、、 でも強く残る感じはまったく無くて しずかに消えてしまいます、、 むしろ つけた直後の香りが好き。。 男女問わず使える気がします、、

 
ボトルを見ていると 海へ行きたくなるね、、。 海へ、 灯台へ、、 ドライブしたい…



ん、、、 でもいまはリハビリの日々。。 じゃなくて二週間後のライヴへの調整の日々、ね♪ 今年はこうやって 夏まで元気でいたいから、、 




自粛して一部のみにしておきました …ろび&えま氏の立ち真似…(笑


strawberry moon forever... ♪

2019-06-17 | …まつわる日もいろいろ


雲間からのストロベリームーンを。。

 ***


しばらく前の話になりますが、、 昔の同級生との会話で、 どういう話の流れだったか よく覚えていないのだけれど、、

 (昔、 ダンボールで巨大な折り鶴を折ったんだ… みんな普通サイズの紙で折ってたんだけど、、 俺だけ すげーでっかいダンボール四角く切って折ったんだよ… あれ どうなったんかな…?)

、、 折り鶴 、、


その同級生の時代に《鶴を折る》って言ったら、、 それは 《私》への千羽鶴しかない。。


 (それって、、 私の… ?)

そうだ、と言う。。 

 (1メートルくらいのダンボールで折った、、あんなの 持っていけるわけねーよな、、笑)


、、 小学校でも中学校でも、 入院・手術のたびに 何度もクラスメイトから千羽鶴をいただいた。。 それは忘れない、、 でも、 たいがい届けて頂く時には 私は術後とかで面会が制限されていたりして、 直接 クラスメイトや先生と顔を合わせて 千羽鶴を受け取った記憶はなくて、、

、、 その同級生のダンボールの巨大な鶴が届けられたのかどうなのか、、 全然知らなかった。。 でも、 いかにもそういう事をしそうな めちゃくちゃユニークな男子だったので、 すごく らしいな、と思うと同時に、、 私の記憶には全く無かった事、、 話してもらわなかったら 永遠に知らなかった事、、 それを その男子クンは40年も記憶していてくれた。。 ダンボールの鶴を折っている様子を想像して なんだか、、 可笑しくって、、 でも ものすごく有難くて、、 涙でそうだった。。

 ***





、、なぜ そのことを今 思い出しているかと言うと、、

こんな 弱っちい私が まだ生かされているのは、、 こんな風に私がまだ知らずにいる事への感謝、、 友だちや 愛する人や そして この世界へ感謝するべきことが まだまだたくさんあるからかもしれない、、 感謝が足りないから まだ神さまが此処に残しておいてくれているのかも、、  ちょっと そう思ったから…


何度も病室へ届けてもらった千羽鶴は、 退院して学校へ行けるようになると 母が近くのお宮へお願いして お焚き上げをしてもらっていた。 それに、、 たとえ持っていけないほどおっきなダンボールの鶴だとしても、 それを無駄にしてしまうような担任の先生ではなかったから、 きっと病院には持って来られなくても、、 (いや、 持ってきてくれたかもしれない…)

 ***


この世界で まだ見えていないこと、、 誰かへの感謝、、 誰かのなかの記憶に 想いを…



Living is easy with eyes closed

Misunderstanding all you see


、、 ジョンが Strawberry Fields forever…♪ と歌うときの その発音や歌声がすごく好きです。。

 

BRAD MEHLDAU TRIO @サントリーホール May 31, 2019

2019-06-15 | LIVEにまつわるあれこれ
ブラッド・メルドー・トリオのコンサートから 早2週間、、

何か書いておこうか と思っているうちに 一昨日の夕刊にコンサート評が載っていて、 それを読んだら (ハイ、全くそうでした♪)という感じだったので もう何も書く事ないです(笑



(評・音楽)ブラッド・メルドー 一つに溶け合うトリオの美学 https://www.asahi.com

 ***

ブラッド・メルドーさんのアルバムはすご~く沢山あって(トリオ作品ほか ソロや共演ものや) 出来る限り聴くことにはしています。 何が好きなんだろう… やっぱり独特の情感、、 なのかな。 技巧もたぶん素晴らしいのだろうけど テクニックうんぬんより、 気持ちに溶け込んでくる音楽。。

前回、 ブラッド・メルドー・トリオを見たのは2006年、オペラシティホールでした(>>

、、これも最近の新聞で、 コンサートホールは箱型が良いのか、 葡萄棚タイプが良いのか、という記事がありましたけれど、 まさにオペラシティとサントリーホール、、 違うタイプのホールでメルドーさんのピアノが聴けたわけです、、 (と言っても13年前なので較べようがないですが…)

ただ、、 サントリーホールということで メルドーさんのこの日の曲目が上の評にも書かれていましたが 半分以上がスタンダード曲。 客層の年齢が高いと意識されたのでしょうか? ちょっと意外でした。 同行の友は初メルドーさんだったので、 ビートルズやレディヘまで 見事にメルドー節にしてしまう情緒かつ少しやんちゃなピアノを聴かせたかったのですが、、 (あぁメルドーさん 大人になったなぁ…)なんて思ってしまいました。。
(後日のソロコンサートでは聴けたようです、 ビートルズなども)

ピアノに屈み込むような低い姿勢で弾くのは変わらず、 ベーシストとドラマーとコンタクトを取る為にピアノが斜めに置かれていて、 客席の正面からは メルドーさんの背中が見えるのではないかな? と思う配置。。 でも葡萄棚ホールなので 上から覗き込む位置の私には メルドーさんも、 ラリー・グレナディアさんも ドラマーのジェフ・バラードさんも 演奏風景がみえて 私はやっぱりサントリーホール好きだな。。 ジェフ・バラードさんの スティック、ブラシ、そして手、、いろんなドラム捌きもじーーっとみれました(近さゆえ それぞれの楽器の生音に触れられるのもすごく魅力でした、 ブラシのしゃばしゃばした音とか 手の感触とか…) 

メルドーさんも、 ベースやドラムのソロの時は 身体ごと横向いて膝に肘のせてすっかり演奏に聴き入っている姿もなんだか楽しそうでした。

、、 ろくな感想になっていませんけど、 サントリーホールでのジャズライヴも良いものです。。

例えば愛という絶対空間:『スミラの雪の感覚』ペーター・ホゥ著

2019-06-04 | 文学にまつわるあれこれ(妖精の島)
昨日 読み終わりました。

デンマークの作家 ペーター・ホゥ著『スミラの雪の感覚』 染田屋茂・訳 新潮社 1996年


本国での出版は1992年だそうですから、27年も前になります。 著書は欧米でベストセラーになり、97年に映画化もされているとのこと。 でも全くこのタイトルには記憶がありませんでした。 
デンマークのハードボイルドミステリー 『凍てつく街角』ミケール・カッツ・クレフェルト著(>>)や、 先ごろ載せた ドイツのフォルカー・クッチャーによる警察小説シリーズ(>>) につづいて、 北欧あるいは東欧あたりのミステリ小説をなにか読みたいな、と思って 検索していて この『スミラの雪の感覚』に行き当たったんです。

またお馬鹿をさらしてしまいますが、、 グリーンランドがデンマーク領だということを 私ぜんぜん知りませんでした。。グリーンランドは国ではない、とは知ってはいても 一番近くのカナダ辺りに属するものと勝手に… デンマークとは考えたことも無かったです。

…なので 物語を読み始めたとき、 いきなり グリーンランド人の墓地、、 という場面から始まっても意味がわかっていませんでした。 しばらく読み進めて、、(グリーンランドって デンマークだったんだ…)と。。

 ***

この本は絶版なんですね、、(勿体ない…) 簡単な内容紹介は Amazon にリンクしておきます。 このくらいの前知識で余り詳しく書かれていない方が良いと思うので、、(>>) 

物語の冒頭がグリーンランド人の墓地、、 と先に書きましたが、 亡くなったのはイヌイットの血を引く少年。
そして、 主人公の女性スミラは グリーンランドのイヌイットの集落で生まれ、そこで狩猟生活をしながら幼少期を過ごし、、 しかし 現在はデンマークのコペンハーゲンに住んでいる。 

グリーンランド出身のスミラには 雪や氷に対する特別な知覚があり、 スミラは少年が亡くなった現場の雪の跡から、 彼の死に疑問を感じる。。 それがすべての発端になるのですが、 スミラがどんな女性なのか、 スミラと少年がどんな関係なのか、、 なぜスミラの知識は特別なのか、、 なぜスミラは少年の死の謎を解こうとするのか、、 物語はスミラの思考(心の動き)を少しずつ語りながら進むので 簡単には事件の背景がつかめません。。

読んでいくうちにようやく、 すべての鍵は グリーンランドとデンマークとの、 旧植民地であった(現在は自治領)その関係性にあると気づくのです。。

スミラは イヌイットの母と、 デンマークからやってきた科学者としての父との両方の血を受け継ぎ、 幼少期に極北の氷の平原で培われた自然に対する特別な知覚と、 デンマークで受けた高等教育の知識と、 両方を兼ね備えた非常に高度な才能を持っていますが、 その代わりに、 プリミティヴな知覚と文明科学との間で引き裂かれてもいる。。

ミステリーとしての謎解きは、 スミラが少年の死の謎を追っていくうち、 過去のデンマークによるグリーンランドの資源開発をめぐる 30年以上にもわたる組織的な策謀にもつながっていき、、 後半はグリーンランドへ向かう船内と極北の海が舞台になっていきます。 その船舶の構造や、 海洋の自然や氷の現象の描写もきわめて詳細で専門的で…

訳者さんのあとがきに メルヴィルの『白鯨』や コンラッドの『ロード・ジム』の名が出ていましたけれど、、 確かに。。
加えて、 医学や生物学にも関連してくると、 マイクル・クライトンやロビン・クックにもちょっと近いかな… とか。(90年代にはたくさんそういう小説や映画がありましたね)

 ***

謎解き、、 というミステリの要素では上にあげた、 資源開発、極地探索、自然と文明そして科学、、などの壮大な舞台背景があるのですが、 一方で、、 イヌイットとデンマーク人の両方のアイデンティティに裂かれたスミラという女性の物語があり、 そちらのほうにより強く私は惹かれました。 スミラが苦しんでいるもの、、 自分は何? どう生きたら、、 人との関係性は、、 愛は、、 家族は、、、

そのようなスミラの自己分析や 世界認識の言葉が アフォリズムのようにしばしば語られるのですが、、 自然科学や地質学や数学や物理学などの言葉を使って表現をするので、 理系に弱い私にはそこがなかなか難しいところでもあり、、 とても読むのに大変だったのですが、 でも 頑張って理解しようとしてみると 言い得て妙、、と思える部分も多く、、

例えば…

 「なぜなら、数の構造は人の一生に似ているからよ。まず最初にあるのが自然数。正の整数のことよ。小さな子供の数というところね。でも、人間の意識というものは拡大していく。子供は憧れを発見する。憧れを数学的に表現すると何になるか知っている? … 略 …

 「負の数よ。何かになかなか手が届かない気持ちを形にしたものだわ。それから、人間の意識はもっと広がり、成長して、子供はさまざまの空間を発見する。石と石のあいだ、石に生えた苔と苔のあいだ、人と人のあいだを。それに数と数のあいだ。その先に何が来ると思う? 分数が登場するのよ。整数プラス分数が有理数を創りだす。それでも、人間の意識は留まることを知らない… 略 …


、、 こんな感じ。。

このスミラ独特の 哲学的な思索、 自分と世界に対する認識の方法に馴染めないと思うかたは 映画で観るほうがたぶん良いと思います。。 なんたって 二段組で430頁、、 読むの大変でしたもの。。
Smilla's Sense of Snow (1997) ←予告編も見られます。 ガブリエル・バーンやリチャード・ハリスなど配役も素敵。


この『スミラの雪の感覚』を読んでいて、 昔(この本が書かれた頃と同じ時期) イヌイットの映画を観たことを想い出しました。 『ニキータ』の女性暗殺者を演じた アンヌ・パリローが好きで観た映画 邦題は『心の地図』
Map of the Human Heart (1992)
細部はあまりおぼえていないけれど、 美しい映画だったと。。 DVD化されていないのですって、、 残念です。


それから、 グリーンランドとこの本に関連する記事を参考までに、、
温暖化のおかげで「独立」が買える!?
グリーンランドが抱える「究極のジレンマ」
 https://diamond.jp/articles

グリーンランド、凍らぬ海の下に眠る宝 進む資源開発、迫る中国の影
 https://globe.asahi.com


 ***

(最後に、、 ちょっとネタばれになりますが)

スミラには グリーンランドの雪原へ狩りに出ていた子供の頃、 霧や雪につつまれて周囲がまったく見えず 路も分からない時でも、 本能的に方向を認識できる能力がありました。 それをスミラは大人になってニュートンの「絶対空間」を引き合いに出しながら 自分と宇宙とが直接に繋がっている感覚として語るのですが、、

スミラが少年の死の真実を追い求めるのも、 自分が自分でありたいと願うのも(またそれによって何かを拒絶するのも)、 孤独に対しても、 神に対しても、、 あるいは愛に対しても、、 (上に書いたように数学を人生の喩えに用いるのも) 、、 スミラの根源には 自分が雪原の中で感じることの出来た絶対的な位置感覚、、 ニュートンの言う「絶対空間」への希求というものがあって、、

そのようなものを求めたい(信じたい) それがスミラの苦しみでもあり、 希望でもあるのではないのかな…  と。


誰かほかの人という比較対象や、 ランドマークや、 そういう物によって相対化を図るものではないもの。。 そんなスミラの想いは、、 なんとなくだけれど 共感できました。



都市文明には比較対照を強いるものが多すぎますものね。。



(上のフォトのお菓子は本には関係ないんだけど、、 紫陽花という名の和菓子。
 読了のご褒美に今日頂きました… 紫陽花 見にいきたいな…)


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