星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

カイ・ニールセンの挿画本

2017-05-28 | 文学にまつわるあれこれ(林檎の小道)
前回 ちょっと触れた本のこと・・・




カイ・ニールセン絵 岸田理生訳 『太陽の東・月の西』1979年 新書館

北欧伝説に材をとった絵本。 、、いまは絶版です。


右の本は、『挿絵画家 カイ・ニールセンの世界 (ビジュアル選書)』 平松洋監修 2014年 KADOKAWA/中経出版

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19世紀末からのイギリスに興った 美しい挿画本。 ビアズリー、 アーサー・ラッカム、 エドマンド・デュラック、、などは見たり読んだりしたことありましたが、 このカイ・ニールセンという画家については名前の記憶がありませんでした。 絵などは、 もしかしたら昔、見たことがあるのかも・・・

、、かも・・・ というのは、 先日、やっとこの本を手に取り 絵を眺めた時、 とってもとっても懐かしい感じがしたのは、、 それは 昔見たことがあったからなのか、、 それとも、 1970年代の日本の少女漫画家さん、 特に美大系の 内田善美さん、 山岸涼子さん、 そして前にも書いた(>>) おおやちきさん など、 自分が子供の頃に見た絵の記憶と重なるからなのかもしれません。

特に、 内田善美さん(wiki>>)が 漫画というより ポスターなどのイラストレーションで描いた、 すごく細密で 幻想的な絵の雰囲気にとても似ていると思って、 それですごく懐かしさがあって…

、、本当は 逆なのですよね。 70年代の日本のこれらの漫画家さんが影響を受けたのが、 ラファエル前派の細密画であり、 アール・ヌーボーの曲線であり、 アール・デコの様式美であり、、 その影響下の少女漫画で育ったかつての少女が、 原点となった イギリスの挿画本の作家に遡って 同じ系統にある美しさと懐かしさを発見しているのですから、、、

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この カイ・ニールセンの1979年の本の扉には、 荒俣宏氏の推薦文が載っていて、、

 「…挿絵とは決して書物の下僕(しもべ)ではなく、活字の海の渡し守なのです。 なかでも、イギリスの挿絵黄金期は、夢の世界へ旅する筏を造る名匠たちの時代でした…」 と。


そして、 装丁を手掛けられた 宇野亜喜良氏による カイ・ニールセンの紹介文では

 「かくも多き混淆を生活したイラストレーターも少ないであろう。
  コペンハーゲンで演劇人の子として生まれ、パリで長い舞台生活していた母からはフランスやデンマークの古い唄を聴いて育ち、18歳のとき、パリで美術を学ぶうちビアズレーの様式美に感激し、北斎、広重、歌麿の版画に出会い、やがてニールセン独特の画風を完成させた後…」

、、と、 経歴が簡潔にまとめられています。 そうなのです、 演劇人の父の舞台美術の構図、、 それから 女優の母から聞いた伝説の物語の幻想、、 そして 貿易商だった祖父が持ち帰った日本の版画、、 それらが 1910年代のバレエ・リュスの舞台芸術などとも混ざり合って、 ニールセンの挿絵が生まれたのです。 絵を見ると、 まさにそのことがよくわかります。

北欧伝説の王子や姫は、 妖精族のようにすらりと長身で、 バレエ・リュスに似た衣装とポーズで立ち、、 背景の海は 北斎の富嶽三十六景の青い波、、 

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上の写真の右に載せた本でも、 ニールセンの挿絵と、 北欧伝説の物語はあらすじとして読めるのですが、 挿画のサイズが小さいのと、 物語はあらすじだけなので、 どうしても「言葉」と「絵」の美しさをセットで味わうには足りません。

『太陽の東・月の西』には 6篇の物語が収められていますが、 訳者の岸田理生さんの「語り口」が美しく、、

 「さあさあ、ばあやの夜語りは、一人の兵士と姫君の、数奇な恋の物語。坊やも嬢やも、ねむうなるまで、おききなされ。」 (「青い山の姫君」)

といった感じに始まり、 途中には 物語が「詩」になり、、


 「馬にのって なん日すぎた?
  草の褥(しとね)にいく夜寝た?
  ようやくついた 風の家
  ・・・・・    」
     (『太陽の東・月の西』)

、、このように語られていくのです。 寺山修司などの舞台戯曲を手掛けられた 岸田理生さん(Wiki>>)ならではの言葉の効果的な構成なのかと思います。

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、、と、、 いろいろ紹介しましたが、、 

ひとことで言えば、、 ただただ その絵と 王子と姫の恋物語に 心奪われただけ、、です。


こんな美しい絵と、 うつくしい物語の本が いまはなかなか読むことが出来ないなんて、、。


、、 あ、、 カイ・ニールセンという人は、 イギリスの挿絵本の時代やバレエ・リュスの時代が去っていくと共に、 仕事の場を失い、 ディズニー映画の隆盛の時代がやってきて 誘われてハリウッドへ行き ウォルトの元で働き始めましたが、 (想像しても明らかなように) 絵の傾向がまったく異なりますものね、、 意見の相違などでニールセンは去り、 晩年は忘れ去られて 大変困窮した生活だったと、、、。 悲しいことです。

でも、 日本の少女漫画家たちが 英国挿絵本の作家らの影響を受けた緻密で幻想的な漫画のブームを起こした70年代の終わりに、 こうして ニールセンの絵本が荒俣宏さんの紹介で復活していったというのも、 よくわかる気がしますね。


時代に取り残されても、 時代がどう変わろうと、、


自分が美しいと思う言葉を話し、、 美しいと思うものを求めて

そうして生きていたい。。


あ、、 前回の 「王子さま 助けにきてよ」、、 というのは わたしの独り言ですのでね、、

あの図像の姫さまは、、

 「ひとしきり泣いたあと、 娘はようよう起きあがったのでございます」

 「きっとまいります、 あなた」




、、太陽の東・月の西・・・へ


  強い姫さまなのでありました。。 



*こちらでカイ・ニールセンのイラストの一部が見られます。
Nielsen's Fairy Tale Illustrations in Full Color (Amazon.co.jp)

『横尾忠則 HANGA JUNGLE』 と 『ランス美術館展』

2017-05-04 | アートにまつわるあれこれ
このGW、 ふたつの美術展に行きました。



まずは、町田市立国際版画美術館の 『横尾忠則 HANGA JUNGLE』

もう15年くらい前でしたか、 ここで竹久夢二を見ました。 あのときは5月の末で、優しい雨が降っていました。 今回はとても良いお天気。



この美術館は、大きな森の公園にあって、とてもとても緑が豊かで美しい場所にあるのです。 横尾さんも この公園の素晴らしさと、 美術館のカフェのぜんざいとカレーをおすすめしていらっしゃいます…(笑)
https://twitter.com/tadanoriyokoo

カレーとぜんざいは時間がなくていただけなかったのですが、 横尾さんのトークイベントの予約が出来たので、それを楽しみに出かけました。
(美術館のHP http://hanga-museum.jp/

そのトークの中でも、ぜんざいのお話が出て… 昔、 故池田満寿夫さんと、対談をしているうちに、ぜんざいかおしるこかで喧嘩になってしまったんですって。。 池田満寿夫さんの名前が出て、 なんだか懐かしくなりました。 横尾さんも、 書評とか読むととても文章が巧いし話の組み立てもさすが美術家という視点で書かれていて感嘆する事しばしばなのですが、、 池田さんもお話の素敵なかたでしたよね。

横尾さんとはまたちがった方向性でエレガントで、知性があって…。 つい、 懐かしくて、、横尾さんと池田さんのトークがもし今 聞けたら、きっと 深い楽しいお話がいろいろ聞けたのだろうなぁ、、、なんてちょっと遠い時代を想ってしまいました。。

ちょっと不満を言うようで申し訳ないのですけど、、 せっかく横尾さんが 池田さんや、 草間彌生さんや、 オノ・ヨーコさんや、、 60~70年代の思い出の話を振っても、 そこから話が膨らまずにみな切れ切れに終わってしまったのが残念でした。。 

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それはともかく、 作品展のほうはすごい見応え。 そして色彩と エネルギーの横溢。。

横尾さんの作品展は、前に Y字路シリーズの油彩展を観に行きましたが、、その時も、 ちょっと具合が悪くなるくらい、、 いったん部屋を出ないとならないくらい なんだかクラクラする胸騒ぎや目眩のような気分に襲われましたが、 版画作品でも そのざわざわしたものが迫ってくる感じは、 横尾さんの作品にはどの時代にもあって…

でも、 それは 芸術として不快なものではないんですよね、 むしろ必要なざわざわ感。 そして、 横尾さんの作品はすごく真摯だと思うのです、、 ポスター作品にしても、 キリコとか巨匠の作品をモチーフにしたものにしても、 対象をすごく真面目に(真面目なんて失礼な言い方なんですけど、真正面に、真剣に)扱っている気がする。 だから全然不快な感じがしない。。 

作品が発する異様な言語にざわざわしたり、 エネルギッシュすぎる色彩にくらくらしたり・・・は、するんですけど、、 見て、 そして緑あふれる戸外に出て、、 結局すっきりとした刺激になっていることに気づくんです。

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損保ジャパン日本興亜美術館の『ランス美術館展』は 西新宿の42階。 だけどGW中なのでむしろ西新宿は静かな感じで歩くのも心地よいです。

こちらは ダヴィッド(工房)の「マラーの死」が見たくて出掛けました。 以前、ベルギー王立美術館から確か来日したはずですが、そのときに見ていないので、 でもこの絵の構図とか物語性とか 好きでずっと観てみたかったのでした。(マラーの死についてのWiki>>

上のウィキにも載っている、 ボードレールの論評とか、 他の画家の描いたマラーの死、とか 探してみたくなりますね。。 そういう想像力をかきたてる物語性を持った作品なんですね、、やっぱりダヴィッドは絵に込める美の理想化というか、物語化が巧み。

ダヴィッドの少し後に並んでいた ドラクロワの描いた「ボロニウスの亡骸を前にするハムレット」も、 その隣のシャセリオーの「バンクォーの亡霊」も、 すごく物語性があってよかったなぁ。。 バンクォーの出現にぎょっとしている一瞬のマクベスの表情とか、、 

大好きな画家クールベの作品もありました。 「彫刻家マルチェロ」、、クールベと同時代の女性彫刻家で、女性であることを偽るためにマルチェロと名乗っていたのだそうです。。 リアリズムの画家クールベですから、 この女性彫刻家の笑顔の内側の意志の強さが表れていて、 いろいろと女好きのクールベではありましたが、 芸術家としても一本筋の通った人でしたから、 このマルチェロ・マスケリーニという人を芸術家として敬意を払って描いている肖像のように見えました。

そして、、 きらきらした明るい色彩のモーリス・ドニの隣に 突然あらわれた、、 黒い肖像画。。 初めて見る画家、 チェコの ヨーゼフ・シマ(Joseph Sima) の「ロジェ・ジルベール=ルコント」の肖像に 惹きつけられてしまいました。 内覧会でのフォトがありましたので、 こちらのブログにリンクさせて貰いましょう(弐代目・青い日記帳)
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=4699

顔だけがきちんと描かれていて衣服や手などは暗く塗られて不明なのに、 この少年? 青年? の才気とか鋭敏な資質を想像させられてしまう。。 帰ってからすぐに Joseph Sima という画家の絵をググってしまいました。 シュルレアリスムの画家ということで、 抽象的な作品が多いですが、 少ないながら肖像画があって、 そのどれもが秀逸。。 この人の作品、よく見てみたいなぁ、、

あ、、そして 描かれているほうのルコントという詩人については、こういう本が出ているそうです
谷昌親『ロジェ・ジルベール=ルコント――虚無へ誘う風』
水声社、2010年7月(表象文化論学会のサイト)

本の表紙がシマの絵ですね。 こんど探してみよう。。。

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さて、、 この美術展の後半は、 レオナール・フジタ(藤田嗣治)の晩年の宗教画や、 フジタがランスに購入し壁画を描いた礼拝堂に関する作品が、 30点近く並んでいました。

フジタの油彩は、、 そんなに特別好きなわけではないですが、、 今回見たキリストの磔刑や降架のフレスコ画のための「下絵」=デッサンといってもとても大きな絵でしたが、、 それらが素晴らしかったです。 フジタの素描はすばらしい、、と同行の友からも聞いていましたが、 本当に。

そして、 フレスコ画が壁を埋め尽くす礼拝堂の内部の写真も展示されていましたが、、 これを手掛けたのが80代になって、、ということ。。 画家の全精力が注がれた礼拝堂なのだと感じました。 そこにフジタ夫妻は眠っていらっしゃるそうですが、 自分が祈りを込めて全力で描いて、そうして自らの命とともに神に捧げたものなのですね。

フジタの礼拝堂については こちらのサイトに詳しく載っていました
メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド 

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たくさんの発見と、 新しい絵との出会いがあった美術展でした。。 いつも、 何かと出会える展覧会は その後の力になります。。

、、さあ、、 お休みはあと少しだけ。。 このあと 十年ぶりのお部屋の配置換えをするのです、 ソファとか動かして。。

理由は・・・
レコードプレイヤーを置く場所が無い~~! から。 手伝ってもらって、、 

頑張ります。


(…あ、上のフォトにある吉田博展は損保ジャパン美術館の次回展のチラシです)