さきほどの「嵐の朝」から 一瞬のうちに もう夜になっています。
「惑わし」の曲では リズミカルなピアノが踊り出します。 それは 旅人の前にあらわれた freundlich=優し気な 《光》のダンスです…
幻のような光のダンス… 第9章の「鬼火」のことが頭をかすめますが、 曲調は全く正反対、、 「鬼火」は疲れ切って倒れそうになりながら歩を進めていた旅人が見た 《地獄》への誘いの火でした。重い、 重い、 ひきずるような曲でした。 この「惑わし」の《光》のダンスはワルツ、、 脳裡に見えてくるのは手と手をとってくるくる回るテンポの良い輪舞です…
この踊る光は 旅人が実際に見ているものでしょうか…
楽し気に旅人を誘いこむ《光》
… 寒さと孤独の この夜のむこうへと 《光》が誘いこむ、 その先にあるのは…
ein helles, warmes Haus= 明るく暖かい家
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ボストリッジさんは、 シューベルトの時代の少し前から社交界に急速に流行しはじめた《ダンス》の歴史について 詳しく解説をなさっています。
人々を熱狂させた 新しい流行であるダンスに対する《当局》の反応、についても、、
… それらについては 本書の内容に触れるので書きませんが、、
先ほどの愉しげな《光》が旅人を誘っていた先の 「明るく暖かい家」の中では おそらく人々が集って (もちろん紳士と淑女が手に手をとって)軽やかなダンスをくるくると回ってはしゃいでいることでしょう…
… 一曲踊り終えては ふたりで顔を見合わせて笑い合い、 また曲が奏でられると 踊らずにはいられなくなる… 、、映画でみるような恋人たちの姿が この「惑わし」のピアノの調べからは見えてくるようです、、
旅人が《光》のむこうに見ている そういう楽し気な家は 現実のものでしょうか… それとも ありし日の自分と誰かとがそうやって踊り、笑い合っていた《記憶》なのでしょうか…
この曲も ほんの1分ほどの短い曲です。 その短い楽しそうなリズムに乗って、 旅人が終わりに呟くのは
nur Täuschung ist für mich Gewinn! =私が得られるのは惑わしだけだ!
、、 という 拒絶の言葉です。
第17章の「村で」以降、 旅人の様子があきらかに変化したことが分かります。 、、より厳しく、 頑なに、 甘い安らぎを拒絶する姿になっているのです、、
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2月も今日で終わり、、 (早っ…)
『冬の旅』の読書が 春の旅になってしまうゎゎ…
(シューベルトにはまったくかんけいないですが…) 3月いっぴは Hozier の新譜の発売日。 タイトルは…
Wasteland, Baby!
… 暖かな家の安らぎを拒絶して 旅人が自ら求め行く「冬の旅」、、 ここから旅人は《荒野》へと向かうのでしょうか…
Wasteland へと……