prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「ピアニスト」

2008年10月06日 | 映画

題名とは裏腹に、音楽の演奏自体が「見せ場」になるシーンがなく、ラストもなりそうでならない。シューベルトのピアノ三重奏を演奏するシーンでも、三人の演奏家のコミュニケーションではなくて、やり直し・断絶の表現になっているよう。
三島由紀夫の「音楽」だと音楽が聞こえないのを女性の不感症の象徴として扱っていたが、音楽みたいに人間の生命感そのものを表現する人が、その教育課程で最も親に抑圧を受けてきているというアイロニー。
音楽の教師にはなれても、ピアニストそのものにはなれなかったというのも、肝腎の音楽の歓びが欠けているからではないかと思わせる。

女性が自分の性器を傷つけるのを、セックスを拒否するしるしと生理の血をひっかける表現として扱ったのはベルイマンの「叫びとささやき」でもあったが、実際に要求されているわけではない分、こちらの心の鎧はさらに重い。
性=生そのものを罪悪視する感覚というのは、やはりキリスト教文化圏の産物か。

ブノワ・マジメルがいくら授業時間中とはいえ婦人用トイレにまでずかずか入っていく悪気のない非常識と奔放さが、イザベル・ユペールの異様な罪悪感に巻き込まれて利用され、それでもけろりと治ってユペールを元通り先生扱いしてしまうのがまた残酷だし、映画の作者の悪意を感じる。
母親役がすごく怖いと思ったら、久しぶりなのでわからなかったけれど往年の名女優アニー・ジラルド。納得。
(☆☆☆★★)