prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「世界で一番美しい少年」

2022年11月07日 | 映画
「ベニスに死す」の美少年タジオ役で、一躍世界の美少年ファンを魅了したビョルン・アンドレセンを扱ったドキュメンタリー。

撮影現場のスタッフの大半が監督のヴィスコンティ同様の同性愛者で、しかもタジオ役のアンドレセンを見ることを禁じられていたという、同じ嗜好の者を身近に集めておいて、しかし一番肝腎なところは独占するというヴィスコンティのエゴイズムに恐れ入る。
助監督をつとめたフランコ・ゼッフィレッリがヴィスコンティの独占欲にジャマされてなかなか一本立ちの監督になれなかったと自伝に書いていたが、まあ流石にというか貴族で、人は自分に従って当然という感覚なのだな。

この映画に関するネット記事では性的搾取について詳しく書かれていたので映画もそうかと思っていたら、何しろ当人が登場してくるのでかなり慎重な形で扱われる。
代わりに顔を知らない父親や失踪して死体で発見された母親、やはり早く亡くなった妻といった家庭上の不幸が描かれて、こちらだけでも十分すぎるくらい重い。娘がいるのにびっくりした。一時期は死亡説も流れていたものね。

さほど望んだわけでもない映画出演の役で一生をそのイメージで見られるというのもきつい話で、中年期のテレビ出演でもタジオ役のことを聞かれていて、「ミッドサマー」の長い髪の毛が真っ白になっての映画出演でもあまりのコントラストに驚いたもの。

もっとも容姿とすると今のが一番出来上がっている感じで、映画出演時はむしろその移ろいやすさを記録しておきたいという欲望が創作の動機になっているる感があった。
こういうとなんだが、ヘルムート・バーガーの自伝というのが出ているらしいが読んでみたくなる(全然性格が違うが、クラウス・キンスキーのもね)。

池田理代子がインタビューに登場して、「ベルサイユのばら」のオスカルがタジオをモデルにしていることを話したり(ただ、オスカルの絵が原作マンガの絵ではなくアニメの方なのはどんなものだろう)、公開当時日本で歌を吹き込んだり(なんと、エンドタイトルでも流れる)、帝国ホテルに泊まった部屋を再訪したりといった日本での受容が世界的にも特別なものだったように描かれる。日本の今のBLものの繁栄を考えると当然にも思えるが、ただ不思議なのは意外と忘れられているが、日本での「ベニスに死す」の一般的な興行成績は良くなかったのにも関わらず、だ。
だから「家族の肖像」までヴィスコンティ作品は公開されず、その前後の「ルードヴィヒ」「イノセント」などはそのヒットを受けて後から公開された。

逆に言うと「家族の肖像」以降のヴィスコンティ・ブームがあまりにすごかったので多くの作品が積み残されていたことが忘れられている。結局全作品が劇場公開されているというのはかなり驚嘆すべきことに思える。

性的にも経済的にも搾取する、しかも美しさを称賛し溺れ込みながらなのだから悪気がないというこの世界の仕組みに粛然となる。