prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「リーグ・オブ・レジェンド 時空を越えた戦い」

2003年11月05日 | 映画
この監督のバカさ加減は相当なもの。女吸血鬼ミナ・ハーカーが胸を刺されていったん倒れて動かなくなったところで眼がぴくぴくしているのがはっきり写っている。

見せ場を作る時も、たとえばドリアン・グレイの弱点である肖像画を布で包んだだけでどんとベッドの横に置いてあって、それをいきなり流れと無関係にアップで写す。だもんだからそんなところに置いているグレイがバカに見えるし、それと気付かずに彼とチャンバラをやっているミナがまたバカに見えるし、あげく何の脈絡もなくそれを見つけていきなり破って中身を出すのだから、いくらアクションとCGと音楽と編集を大袈裟にしても、ゴールの位置が分かってないでボールの蹴りっこだけ見せているサッカーみたいなもの。

初めのうちは19世紀末の近代と怪奇が入り交じった雰囲気の数々の作品から選んだキャラクターを集めて、現代の技術で再生産しようというよくある作りかと思うと、あれよあれよという間に元の作品もキャラクターも置いてけぼりにして、技術の方が勝手に連鎖反応調に膨れ上がる一種の奇観を呈することになった。ジキル博士が映画のハルクをもっと大きくグロに騒々しくいたのに似た、何やらバルンガを思わせる怪物になっているのがその象徴。

この監督の仕事はもっぱらあらゆる瞬間をとらえて、デジタル技術を筆頭とする仕事を、ハリウッド映画の長大きわまるエンドタイトルに登場する膨大な数の人間たちに与えることであり、スクリーンの上に何ものかを写すことではないらしい。
(☆☆)


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「私とパパ」

2003年11月04日 | 映画
買うはともかく飲む打つ揃っているが、娘はやたらと可愛がる極道親父と、鬱陶しいけれど縁は切れない娘とのやりとり。「パパ」って感じじゃないね。中国映画でこういう人物が描かれるのは珍しい気がする。しかし今さら感心はしない。
(☆☆★★)


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「暖~ヌアン」(故郷の香り)

2003年11月03日 | 映画
「山の郵便配達」に続き中国の僻地が舞台。大学を出て戻ってきた男が初恋の相手と出会い、昔のいきさつと現在の夫も子もいる相手とのやりとりが交錯させて描かれる。圧倒的な風景美。情感。二人が“同時に”失恋するシーンで感じる人生の不思議。

香川照之が聾唖者の夫の、当然せりふは一つもない役で出演。中国語がまったくわからないのがかえってふだん使わない筋肉を使うようで、中国の大地から力をもらうように演じられたというのが、上映後のティーチ・インでの当人の発言。
(☆☆☆★)


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「スーツ」

2003年11月02日 | 映画
ショーウインドーの1着のスーツを3人の若者が憧れるという話の発端は、今のロシアの貧富の差が拡大した経済状態が見える。
ただ、昔のソ連映画だとそういう生活のディテールを知ることが楽しみでもあったのだが、崩壊後はあまり興味をひかない。あまり意味なくカメラを動かしたり傾けたりしているが、感覚的にはどうも泥くさい。

一人が年上の女に惚れた途端に麻酔なしの割礼を受けるのは、こちらでいうなら包茎手術を受けるようなもので、どこの国も若い男が考えるのは似たようなもの。

ちらっとショッピングモールで「1+1=1」という店が見える。タルコフスキーの「ノスタルジア」のキーワードだが、関係あるとは思えない。アントニオーニ作品にも出てきたそうだし、何か元ネタがあるのだろうか。
(☆☆★★)


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