豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

まだまだバルザック 『結婚の生理学』

2020年05月24日 | 本と雑誌
 
 バルザック『結婚の生理学』第1部「総論」がようやく終わった。
 冗長というか粘着質な文章のため、しかもギリシャ、ローマ、フランスの先賢たちの言葉がちりばめられており、論旨をたどれないこともしばしばなので、すんなりと読み進められない。しかし、定年無職となり、何の時間的な制約もないのでじっくりと読んでいる。
 久しぶりの上製、箱入りの文芸書(文学全集!)で、頁の紙質も上等、頁をめくるたびにいい匂いが漂ってくる。30年以上にわたって自室の本棚の最上段に飾ってあったので、湿った感触もない。
 読書ってこんなものだったかと、思い知らされた。

 ところで、これは「小説」なのだろうか? 
 本気で「結婚」という制度を検討した学術論文とはいわないけれど、まっとうなエッセイだと思う。今日的には(少なくとも1950年代であれば)「結婚(あるいは姦通)の法社会学」と標榜する資格はあると思う。
 バルザックは、父の後を襲って公証人の書記をしていたというから、図書館にこもってローマ法や慣習法を研究していた学者とは違って、革命後のフランスの生きた法(law in action)を実地で体験していたのだろう。
 しかも著者には、夫の死を待つパトロンがあり、彼女から本書執筆のための情報をもらっていたと序章で書いている。

 ルソー、ディドロ、ヴォルテールらも引用されるが(とくに『エミール』、『新エロイーズ』)、こちらの勉強不足もあって、論理の流れが理解できない。
 最初は論旨を追おうと苦慮したが、バルザックという人は田舎の寄宿学校時代に懲罰で閉じ込められた図書館の本を読み漁り、博覧強記ではあるがその知識は雑駁だったと知ったので(霧生)、あまり悩まずに読み飛ばすことにした。

         

 民法213条などが訳注もなしに登場したりするので、Dalloz の “CODE CIVIL” などを引きながら読んでいる。趣味の読書というより「勉強」っぽくなってしまう。
 妻が夫の金庫から金をつかみ出そうとするときに、夫たちは民法213条に書かれた権利を思い出すというのだが、同条は(現行法では)「夫婦は共同で家族の精神的、経済的な方針を確立し、子どもに教育を提供して将来に備えさせなければならない」と規定している。
 どうも文脈的にしっくりこないので、ナポレオン民法(1804年)当時の213条を調べると(立命館大学の中村義孝教授の翻訳が同大学のリポジトリの掲載されている)、「夫は妻を保護しなければならず、妻は夫に従順でなければならない」という条文だったようだ。
 これでもいまひとつしっくり収まらないのだが、この本が書かれた1829年頃の213条はすでに改正されていたのだろうか。それとも1804年民法213条の「妻の保護」は、妻が夫の金庫から金を持ち出す行為を許容するように解釈されていたのだろうか?
 
 ちなみに、フランス民法212条は「夫婦は互いに貞節(fidelite)を守り、扶助し協力しなければならない」と規定する。この、妻の貞節こそが本書のテーマである。
 妻が貞節を守り、夫が自分が(妻の産んだ)子の本当の父親であると確信できるようになり、母親が子供の初等教育の任務を全うし、私生児(自然子)がいなくなり、売笑婦が世の中からなくなることが、本書の目的である(らしい)。
 1829年当時のフランスでは、バルザックの計算では、人妻1人に対して4人の愛人有資格者たる独身男性が存在しており、しかし娼婦によるのではなく、彼らから妻の貞節を守る方法を伝授しようという。

 この目標は、バルザックが公証人書記としての体験から得たものではなく、これまた霧生の本(霧生和夫『バルザック』)によれば、バルザック自身の生い立ちに由来するようである。
 バルザックは、生まれると同時に乳母のもとにやられて、実母による養育を受けることができず、4歳になって生家(実母のもと)に戻されたが、母の愛情を得ることができないまま寄宿学校に入れられたという。そしてバルザックの母はこの期間中に愛人との間に子(バルザックの弟)をもうけている。
 『結婚の生理学』には、子どもを寄宿学校に入れるのは母(妻)が不貞の時間を捻出するためであるという記述がある。
 またバルザックは、妻の貞節を守る手段として娼婦による解決を否定するのだが、彼の父親は売春廃止の運動をしていたという。その父親の主張を受け継いだのであろうか。

 そしていよいよ、本書の第2部、第3部は妻の貞節を無疵に守るための手段が詳述されると予告されている。いったいどんな手段が書いてあるのだろうか

 2020/5/24 記


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