気ままに

大船での気ままな生活日誌

月と栗鼠とイソヒヨドリ

2020-05-02 22:57:56 | Weblog

こんばんわ。

今日は久しぶりにベランダでイソヒヨドリを見つけた。生け捕りにしようと輪を投げた。

しかし、捉えられず、平然とするイソヒヨドリ。

ゆうゆうと空を見上げるイソヒヨドリ。何を想うか。

健康散歩では栗鼠を三匹見つけた。これも珍しいこと。

空にはお月さま。5月7日の満月に向け、だんだん丸く。

では、おやすみなさい。

いい夢を。


名残りの桜。5月2日。最長記録は5月9日。がんばって!

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亀ヶ谷坂切通しを歩く

2020-05-02 11:31:56 | Weblog

おはようございます。

コロナ外出自粛の中、許されているのは”密”を避けた健康散歩。でも、都会では人も多く、なかなかコースを選ぶのに苦労されているに違いない。その点、半田舎の鎌倉(大船も鎌倉市)は観光客さえいなければ、どこもスカスカ。人と出会うこともない散歩道がいくつもある。昨日、歩いた亀ヶ谷切通しもそうで、途中、数人見かけただけだった。

亀ヶ谷切通しは鎌倉七口の一つで、北鎌倉駅に近い山之内の長寿寺の脇から入り、坂道を登り、峠に出て、そこから扇ヶ谷の住宅街に下る道である。

長寿寺の角から入る。向かいが長寿寺。こちらの崖側はもう少したつと見事な紫陽花が咲き誇る。

道から見える長寿寺の境内にはシャガの群落が満開!

道路沿いにもそのおこぼれが。

羊歯もみじはまだ秋のまま。

途中で岩壁に六地蔵。

切通しらしい感じが出ている岩壁。

ここを少し行くと、峠に出る。案内板が立っている。

この付近に大きなアーチ状の門があり、敷地内はマンションになっている。

その近くに田中智学師王文庫跡という石碑が立っている。

田中は、日蓮宗の一派をつくり、関西方面から鎌倉に移り、明治30年から42年までここに本拠を構えていた。途中、敷地内に鉱泉をみつけ、温泉宿もつくり繁盛したようだ。宮沢賢治もこの派に入っていたようだから、ここを訪ねたかもしれない。

峠を降りると、扇ヶ谷の住宅街に。途中に小林秀雄が八幡さまの裏に移るまでここに住んでいたいう空き地がある。小林のあとには漫画家の那須良輔さんが住み、鉄の門扉が残っている。茄子(那須のつもりでしょう)、カボチャ、キュウリなども模様が透かし彫りされている。

空き地の奥にはやぐらが。

門扉

今は、お二人とも東慶寺で仲良く、眠っている。小林と仲良かった里見とんも扇ヶ谷に住んでいたときがある。

そこから少し進むと、分かれ道に出る。その辻に岩舟地蔵がある。頼朝と政子の娘、大姫を供養するお堂だ。中に白い地蔵尊が安置されている。最愛の若き夫、義高(木曾義仲の嫡男)が頼朝に殺害されてからノイローゼになり20才の若さでこの世を去った悲運のお姫さま。義高のお墓は大船の常楽寺の裏山にあり、その傍らに大姫のお墓もある。ボクは大船に越してきてすぐに、偶然みつけてびっくりしたものだ。

こちらに引っ越してすぐ、鎌倉のあちこちを歩き、図書館で郷土史を勉強した頃をなつかしく思い出した。もう15年もたつ。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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