気ままに

大船での気ままな生活日誌

畠山記念館 春季展

2011-06-13 10:36:39 | Weblog

去年の中学校クラス会で、隣りに座ったI君と、彼が定年退職後はじめた鎌倉彫の話しを聞いているうち、そうだ、彼の勤務先は、あの畠山記念館の名品コレクターが創設した会社であることに気付いて、話しを向けた。それから約一年たった、先々週、彼から記念館の案内と招待券が送られてきた。あのときの話を憶えていてくれたらしい。WIFEも関心のある分野なので、一緒に白金まで出かけた。

東京五輪の年に開館したそうだ。2011年は畠山即翁の生誕130年、没後40年にあたるとのことだ。これを記念して、5年振りに国宝2点を含む、名品の数々を展示している。

展示室に入ると、いきなり、乾山の色絵藤透鉢が迎えてくれた。乾山をみると、何となく安心する。(陶磁)はこれを含め3点で、WIFEの好きな鍋島色絵更紗文皿もうつくしい姿をみせていた。(季節の茶道具)では、粉引茶碗(李朝)、唐津茶入、小堀遠州作の井筒茶杓が、(ぼくの)目を引いた。

(漆工)では名品が目白押しだ。翌日展示替えで(6/6)、あぶないところだった、国宝”蝶螺鈿蒔絵手箱”。今回の目玉だ。蒔絵の金、螺鈿の貝、平文(ひょうもん)の銀、ひとつの作品の装飾として併用した最も早い時期の作品だとのこと。たくさんの蝶が舞い、蝶の羽根に菊とか梅とかの紋が入っているのが面白い。紋つきの蝶だ(笑)。内箱も、別に展示してある。こちらもインナーとはいえ、おしゃれをしている。うちのオクサンとは大違いだ(爆)。

もうひとつの国宝は、藤原佐里筆、”離洛帖”。流れるような、強弱自在な、筆の流れ。さすが名筆家、佐理の書状といった感じ。佐里が大宰府に転勤するとき、ときの殿下、藤原道隆に挨拶するのを忘れ、旅の途中、妹の息子あてに一気に書いた詫び状だ。いってみれば走り書き。それが、国宝なんだからすごい。書もだんだん楽しめるようになってきた。

この離洛帖は”季節の書画”の分類の中にあるが、この中に、乾山作、”紫陽花百合図”、光琳作”八橋図団扇”、狩野伯円、即誉作”絵鑑”もある。

落ち着いた、静かな雰囲気の、いい展覧会だった。茶室もいくつもあり、WIFEがのぞいていた。今日午後、I君が世話役のクラス会が一年振りに開かれる。そのとき、彼とこの話もしたいと思っている。

茶室

庭園

 

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紫陽花に異変?

2011-06-12 18:04:08 | Weblog

鉢植えの山紫陽花で有名な光則寺を訪れたら、気になる張り紙があった。”アジサイ葉化病に注意/光則寺でも、一鉢発見し、焼却処分した” というものだった。アジサイの”花弁”(装飾花)がまるで葉のように、緑色になってしまう病気で全国的に流行しているらしい。あっ、と思った、長谷寺からこちらに来る途中、ある店の前に飾られていたアジサイの”花弁”がまさに緑色だった。めずらしい紫陽花だねと、人目を引いていた。はっきりしたことは言えないが、たぶん、葉化病だろう。隣りに”健全な”同品種と思われる紫陽花があり、こちらはピンク色の鮮やかな”花弁”だった。病原体はファイトプラズマと呼ばれる、微小な細菌で、ヨコバイ類によって伝染するらしい。

ネットで調べると、緑色の紫陽花は、珍品種として売買もされているらしい。観葉植物などでウイルス病に罹ったものが、面白い模様をつくるというので、売られているが、それと同じだ。ただヤマアジサイの場合には、実に多種多様な品種が我が国の山野に自生していて、ただでさえ、減少傾向にあるのに、さらに、この病気が追い打ちをかけるようなことがあってはならない。光則寺さんの呼びかけのように、”見つけたら焼却”の徹底をはかることが必要だと思います。

 

 

もしかして葉化病

こちらが健全

。。。。。。。

光則寺境内の山紫陽花。見頃になっていました。見事なものでしたよ。長谷寺の紫陽花はもう少し後がいいと思います。

春、楽しませくれた海棠の花は、”さくらんぼ”じゃなくて・・・”かいどんぼ”に。いよっ!花も実もある、カイドウいちの大親分

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華麗なるベネチアン・グラス展

2011-06-12 10:00:40 | Weblog

箱根ガラスの森美術館15周年記念で、”華麗なるベネチアン・グラス展”が開催されている。目の保養にのぞいてみた。ベネチアン・グラス、千年の歴史のうち、最も華麗な作品を生み出したという17~19世紀のものを中心に、約100点が展示されている。展示室そのものも華麗で、天井画がすばらしい。サンマルコ広場西側のコッレール博物館の内部を再現するようにつくったという。ずいぶんと凝った展覧会だ。

ベニスには仕事のついでに、二度ほど寄ったことがある。はじめて訪れた時は”アドリア海の女王”と呼ばれた都市の景観に感激したものだった。運河を前にしたレストランでのWIFEとのディナーは、今でもぼくの中ではサンディゴのヨットハーバーを前にしたディナーと共に、”思い出のディナー”の両横綱である。二回目のときに、ムラーノ島まで行き、ガラス窯の見学をし、”旅情”で有名になった、赤いベネチアン・グラスのゴブレットに似たものを買った(汗)。

そんな思い出を、ときどきはさみながら、展示場を回った。途中でWIFEに憶えているかどうか聞いてみたら、結構おぼえていたので安心した(爆)。ちらしの表紙に採用されている、ドルフィン形彫リキュールグラスが目だっていた。赤いグラスだ。こういったドルフィンやドラゴン、鳥、花を脚部に装飾し、当時のヨーロッパ人に人気を博したとのことだ。ワイングラス、水指、鏡、ランプ、ピアスとネチアン・グラスは幅広く活躍している。

風にそよぐグラス(本当にうごく)、とかバストを抱く花瓶とか面白いデザインのもあった。

ガラスの森の敷地内の、早川沿いに紫陽花が多種、植栽されているが、まだまだで、ただガラスの紫陽花だけがひっそり咲いていた。

 

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東慶寺/岩がらみ 岩たばこ 花菖蒲 山法師 すべてよし

2011-06-12 07:48:38 | Weblog

6月11日、土曜日午後3時~4時の岩がらみの特別拝観時間に合わせて、東慶寺へ。6月1日の拝観初日にも行っているから、満を持しての再訪だった。初日では、岩がらみは咲き始め、岩煙草はつぼみが立ちあがってきたところ、花菖蒲も蕾、山法師は咲いてはいたが、今日のすごさには及ばない、といった状況だった。それが、いずれもが最高の見頃になっていた。今日の日曜日に鎌倉に来られる方は、是非、東慶寺を計画に入れてくださいね。

岩がらみ
みるのに行列 さすが鎌倉一の(断言)岩がらみ

根元(これ一本の蔓)



岩たばこ

美乳岩(爆)のわき腹に岩たばこが生えている。美乳は右端。
岩たばこは、ここが鎌倉一です(断言)。

 花菖蒲 花菖蒲はここが鎌倉一とはいえません、明月院には適いません。

山法師 まるで雪をかぶったよう。こんなに咲くのはめったにみられない。うつくしさでは鎌倉一です(断言)。

 墓地内の苔もうつくしくなってきました。

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明月院 紫陽花見頃に

2011-06-11 18:35:05 | Weblog

午後から雨が上がったので、ぶらり北鎌倉。まず、明月院の紫陽花はどうか。門前のヒメアジサイがだいぶブルーになってきたので、入場。土曜日ということで、観光客が押し寄せる、という程ではないが、押し寄せていた。 まず、青い紫陽花をお守りする、青地蔵さんにごあいさつ。

メインストリートはこの人出。

だいぶ色づきました。

アップすると、見事な空色。合格点をあげます。


山を観る紫陽花。


本堂裏の庭園の花菖蒲は、前回よりさらによくなっている様子だ。今回は丸窓からのみ拝見。

岩煙草も咲き始めていました。このあと行った東慶寺は、見頃になっていました。次回、掲載の予定です。

。。。。。

兎小屋(うさぎの宇宙ステーション)にはいつも兎がいませんが、今日、はじめてみつけました。小屋の隅にかくれていましたが、飼育係の人が出してくれました。宇宙ロケットは満月の夜、発射するそうです。宇宙飛行士の古川聡さんがソユーズ宇宙船から国際宇宙ステーション(ISS)に入室しましたが、古川さんは大船の高校(栄光学園)の出身です。ミカンちゃん、ハッサクちゃんも勇気をもらったことでしょう。

家に帰って、リサちゃんに報告したら、何故連れていかないのかと、かんかんになっておこられました

 

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箱根の木花咲耶姫

2011-06-11 11:44:59 | Weblog

箱根は、今、木の花のうつくしい季節です。ケーブルカーから見下ろす山には白い花をいっぱいつけた木々があちらこちらに。ホテルの庭にも、そして前述の湿生花園にも。箱根の”木花咲耶姫”をご紹介します。

まず箱根の花、山椒薔薇(さんしょうばら)、どこでもみられます。箱根薔薇とも呼ばれる。

つるあじさい。蔓性のあじさい、これも真っ盛り。あちこちでみられます。これはガラスの森で撮ったものです。

ついでにガラスの紫陽花も。

空木(うつぎ)の種類も真っ盛りです。ピンクと白のタニウツギ、濃いピンクの、おおべにうつぎ、白いツクバネウツギなど。

ナナカマド、カンボクも。

ホウノキの大きな白い花も山じゅうで見えます。

そうそう、カルミアも金平糖の蕾がいっぱいの見頃の花に。


そして、鎌倉ではおわりになったエゴノキも咲いていた。本当は翌日、箱根恩賜公園のエゴノキの巨木の花をみたかったのですが、天候悪化のため断念。ヒメシャラは鎌倉でも咲き始め、箱根ではまだまだでした。

(この写真は前回みた、箱根恩賜公園のエゴノキの花)


木の花はかみさまです。で、木花咲耶姫といったわけです。うちのかみさんは、ぼくに、木で鼻をくくった言い方をするので、木鼻くくる姫と呼んでいます。

木花咲耶姫をまつる神社は浅間神社です。以上、掲載した写真を、二宮の吾妻山の浅間神社にまつりたいと思います。木鼻くくる姫は、ぼくより長生きしてもらうつもりですので、まだ祀りません。

 

 

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箱根湿生花園の花咲く乙女たち

2011-06-11 10:11:39 | Weblog

6月9、10日と一泊で箱根に行ってきた。紫陽花にはまだ早いし、平日だったこともあり、それに今日で三カ月目を迎えた大震災の影響もまだまだつづいていて(外国人がみられない)、梅雨の晴れ間にもかかわらず、箱根はずいぶんと空いていた。その証拠に、昼時は、いつも行列で入れない、強羅の、田むら銀かつ亭がすいと入れた。ここで、豆腐のカツをいただき、ぼくらの箱根巡りがはじまった。巡りといっても、初日は湿生花園だけと決めていた。ここだけは、いつもはづしたことはない。いつ行っても、花咲く乙女たちなのだ。それでは紹介します。

まずは花咲くお豆腐カツ定食。

花咲く乙女たち

黒ユリは恋の花。♪黒百合は 恋の花 愛する人に 捧げれば 二人はいつかは 結びつく 黒百合は毒の花アイヌの神のタブーだよやがてはあたしも 死ぬんだよ♪

ヒメサユリは勇気あるもの。♪この道はながいけど歩きながらゆこう 石ころだらけでも歌いながら行こう、ごらんひまわりは空へ空へ太陽へ。友の背中をたたくとき、友と手と手をにぎるときこの手のひろに勇気がわいてくるわいてくる♪

えんびせんのう ひとつだけ、まだ咲いていた。待ってくれてありがとう。

アマドコロ 甘野老 (ぼくは辛口老)

クリンソウとキバナクリンソウ いま、最盛期。

にっこうきすげ まだ尾瀬に行ったことがないのが自慢です。


アミメヘイシソウ

カキツバタ 盛りでした。今年は、根津美術館の名画と庭園のカキツバタ見逃してしまった。


草たちばな

蝦夷瑠璃草

こまくさ
 

以上で湿生花園の花咲く乙女たちをおわります。カトレヤのようにはでな人、すずらんのように愛らしく、また わすれな草の花に似て、気弱でさびしい目をしたこ、みんなみんなどこにいく町に花咲く乙女たちよ みんなみんなどこにいく町に花咲く乙女たちよ♪ みんな還暦すぎて、あそびまわっています。

ぼくを忘れないで。花咲くアオガエル。げげのげ。こんどお江さんの旦那さんになります。えへん。

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ぶらり大磯 

2011-06-09 08:12:52 | Weblog

ぶらり大磯。大磯散歩のときは、(大磯在住だった)高田保の”ブラリひょうたん”に敬意を示して、こういうタイトルにすることが多い。高田保といえば、朝ドラの”おひさま”の陽子(井上真央)の女学校のロケに使われた土浦一高(旧本館が重文)の卒業だ。

今日は高田保が住んだ山側ではなく、海側へ。照ヶ崎海岸に飛来するアオバトの探索へ。駅前の案内所で聞いたら、朝がいいですよ、午後は2,3羽いるかどうか、とさびしい返事(がくっ)。海岸まで来ると、ひとりだけカメラマンが岩場の前で、海水を飲みにくるアオバトをさがしていた。ぼくも30分ほど待った。しかし、一羽もみられない。しかたがない、帰ろうと立ちあがったところ、山側から十数羽の鳥の群れ。大きく空を回って、岩場に着陸。よしやと思ったら、また空へ。空にむかってシャッターを押し続けた。たった一枚がとらえていた。でもこれが本当のアオバトかどうか未確認だ。7,8月が多いらしい、朝7時ころからガイドもいるらしい。アオバト撮影は、次回に持ち越しになってしまった。

近くの鴫立庵に寄った。西行さんゆかりの庵。白洲正子は子供の頃、祖父がこの辺りの別荘に住んでいたので、よく来たそうだ。案内所でもらったマップをみると、ここら辺りから西へ、焼失した旧吉田邸までの浜辺地帯は別荘地だったらしい。徳川邸とか山縣邸とかがあったようだ。その辺りを歩いてみたが、石垣が残っていたり、静かな路地があったりで、面影は残っている。

そして、鉄道線に近いところに島崎藤村の旧邸がある。ご夫妻で眠る地福寺には何度も行ったが、ここは初めてだった。部屋の中には入れないが、庭には出入りは自由であり、戸も開けてあるので、部屋の中をみることができる。縁側に座って、庭をながめていたら、管理している女の人が出てきて、説明してくれた、この部屋で藤村は亡くなったんですよ、という。夏のおわり、”東方の門”を執筆中に、脳溢血で倒れ、亡くなった。”涼しい風だね”が最後の言葉だったとのこと。

ぶらり大磯は、なかなか収穫のあった散歩だった。今日は、これからWIFEと泊りがけで、”ぶらり箱根”だ(汗)。

照ヶ崎海岸

アオバトか?

鴫立庵

旧別荘地帯の面影

旧徳川別邸前の東海道上方見附跡の標示

島崎藤村旧居

散歩途中でみつけたアオバト (大磯中学)

カラーマンホールの蓋にはアオバトはいなかった。

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一茶の風景

2011-06-08 18:39:05 | Weblog

午前中、鎌倉女子大の公開講座があった。芭蕉、蕪村、が終わり、今期から一茶に入った。生涯つくった句数が、芭蕉が980句、蕪村が2880句で、一茶は、なななんと、2万句をゆうに越えているという。芭蕉は完全主義、一茶は不完全主義、蕪村は中間主義なのだ(笑)。でも、先生がいうには、一茶は句の良しあしは読者にまかせればいいという主義だったらしい。もし、自分で厳選していたら、今は名句と讃えられるものも、世に出なかったかもしれない、という。そういう考え方もいいかもしれない。科学者でも、ちょっとした発見でも、すぐペーパー(論文のこと)にする人もいれば、ねりにねって完成させるまで発表しない人もいる。前者はペーパーメーカーと、軽んじられることがあるが、ねりにねっている間に、他の人に発表され、無価値になるよりは、ずっと良い、とぼくは思う。

それに、価値観は時代によっても変わるわけだから、当時は、なんだこの句はといわれたものが、10年後、50年後、100年後に、逆転評価される場合だってあるわけだ。科学者だって同じだと思う。ペーパーにしてさえあれば、これは今をときめくノーベル賞級研究の源流だと、50年後に評価をされる可能性もあるのだ。

目出度さも中位なりおらが春
雀の子そこのけそこのけ御馬が通る
名月をとってくれろと泣く子哉
やれうつな蝿が手を摺り足を摺る

こぞの五月生まれたる娘(さと)に一人前の雑煮を据えて(文政二年正月)
這え笑え二つになるぞけさからは

さとの死に対しての句(文政二年、疱瘡で亡くなった)
露の世は露の世ながらさりながら
雪ちるやおどけも言えぬ信濃空
ともかくもあなたまかせの年の暮

これらの句は、江戸時代ではどのような評価を受けていたのだろうか。

学内の風景

ほそばたいさんぼくの花

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清方の描いた歌舞伎、新派、文学

2011-06-08 08:56:22 | Weblog

鏑木清方の芝居好きは有名である。だから、芝居を題材にした絵も多い。今回の展示は、それに因んだものを中心に展示している。おまけに講演会があった。事前申し込みだから、その日は休館で、ぼくらだけが、お話がきけて、独占的に展覧会もみられる、という贅沢三昧、中華三昧(お昼に冷やし中華食べたので)の一日だった。

半蔵門の国立劇場の二階のロビーに、清方の”野崎村”が飾ってあるという。もちろんで歌舞伎絵で、二世市川松蔦のお染と六世市川門之助のお常を描いたものだという。その歌舞伎絵を毎日みているという、歌舞伎公演の制作・演出に長く携わってこられた大木晃弘氏による講演をまず聞いた。満席の盛況だった。

話の内容は、清方の描いた歌舞伎、新派・文学、舞台装置、役者の似顔絵、雑誌”歌舞伎”の表紙絵、芝居絵(スケッチ)の順に、パワーポイントで紹介するというものだった。全部で30枚以上はあったと思う。それだけ清方が力を入れていたことがわかる。

歌舞伎の専門家がみても、清方の描く歌舞伎役者の所作が的を得ていて、勘所をとらえているという。相当の歌舞伎通でなければ描けないものだと言っていた。役者さんの”性根”まで描いているという。実際、通しの絵を連続してみると、実に動きがなめらかだ。もちろん、新派でも同様だし、逆に文学では、清方の婦系図の口絵のイメージから”めの惣”の名場面が誕生したそうだから、すごい。舞台装置も”高尾さんげ”などをつくっているが、どうしても美術だけで押すわけにはいかないものなので(使いかってのよさも必要)、小村雪岱のようには長く、続けなかったようだ。似顔絵もいくつも描いている。

 そして、展示室も学芸員さんが説明してくれる。まず、”薄雪”。福富コレクション展でもみたばかりだが、本当にいい絵だ。近松の”冥土の飛脚”、心中前に最後の抱擁する梅川と忠兵衛。はかなく消えゆく薄雪のように。鏑木清方記念館に初の”お里帰り”。この下絵(清方館所蔵)も並べて展示してある。見逃せない一対だ。

そして、たけくらべの美登利(表紙絵原画)、日本橋芸者と医学生の恋物語”日本橋”(挿絵原画)。金色夜叉(挿絵原画)と芝居絵がつづく。さらに、”道成寺”、色っぽい”高野聖”、色っぽくない(笑)”女役者粂八”は似顔絵だ。

そして、ぼくがなにより楽しみにしていたのは、色っぽい”刺青の女”。これも福富コレクションでみたばかり。役者ではないが、市中の女性から姉御とよばれていた女をモデルに描いたそうだ。いつみてもいい。刺青は黒い揚羽蝶と芥子(けし)の花。

昨晩、紹介した紫陽花もふたつ。この季節に相応しいものだった。

薄雪

たけくらべの美登利

そして刺青

 

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