呉生まれさまが書き込まれた、周防大島の緩急車の画像が出てきました。これはいつだったか、若かりし頃の“ごっぱぁさま”の初代ワゴンRで撮影に行ったと記憶します。
番号をメモした筈なのですが、これこそ見つかりませんでした…(汗)
ヨ5000
これも…?
ヨ6000
これも海岸近くに無造作に放置されていましたが、どうするつもりだったのでしょうかね~?
番号をメモした筈なのですが、これこそ見つかりませんでした…(汗)
ヨ5000
これも…?
ヨ6000
これも海岸近くに無造作に放置されていましたが、どうするつもりだったのでしょうかね~?
♪いつのことだか おもいだしてごらん あんなこと こんなこと あったでしよぉー♪
小生も先日写真を整理して「ありゃ?こんなの何時撮ったんだらう」と言うものがありました。忘れようにも思い出せない…とはこの事でしゃうか(謎)。
フイと島原鉄道(旧)加津佐駅に在ったと言う客車改造のバンガローの話を思い出しました。真坂それを作るのに集めたのではないか、と
失礼しました。でわまた
>>写真を整理して「ありゃ?こんなの何時撮ったんだらう」
そうそう、よくありますね。私の場合、必要な時に見つからなくて、どうでも良い時に見つかる事がよくあります(笑)
加津佐の列車ガンバローは有名ですね。廃車となった気動車や客車を用いたんでしたよね。
10数年前に訪れた時、三角屋根の建物になってはいましたが、バンガローはあったと記憶します。今はどうなんでしょう…?
この車掌車たちをまろねふさまと見に行こうとしたら、台風で中止になりましたよね。雨男が二人揃えば台風をも呼ぶ、凄いパワーに自分でも怖くなりました。
(そうと知っていればこの前…橋の手前側で満足せずに向こう側まで渡れば良かった…)
機会を作って探検に行かないとなりませんが…先立つものが…orz
呉生まれさまも書かれておりますが、残念ながら全て解体撤去されました…
>セノハチさま
買ったのも忘れて…客車用木製貫通扉が10数両分、気動車用貫通扉が10数両分、必要がない電車用が…って、貫通扉がやたら多いのは何故…??
ここの緩急車には、もう一度会って見たかったですな(遠い目)
急に場所が飛びますが、東能美島にも車掌車がゴロゴロ転がっている場所がありました。こちらも十数年前に行ったきりなので、今もあるのかどうか分かりません。
チチヤスの旧客や車掌車もどうなったんでしょうか?だらだら記憶が出てきてしまってすいませんm(__)m
東能美島ですか? 場所は覚えていらっしゃらないのですか? 現状の調査に是非行って見たいですね。
チチヤスのマニとヨは、妙な塗装はされていますが現存していると聞きました。マニは以前ネタにしましたが、ヨも画像はありますよ…
東能美島のヨ軍団は、通ったのがガキの頃だったので、記憶が本当に不鮮明です(ワムだったか、コキフの“フ”だけだったかも…)。別荘(?)と共に、段々畑のようにしてあったと思います。
場所は倉橋島から早瀬大橋を渡ってすぐ、かき業者を過ぎると見えてくるT字路を右折、長浜海水浴場を過ぎて、そのまま海沿いに行くと見えてくるはずです。この道は採石場に繋がっており、通り抜けできません。
5日に法事で田舎に帰るのですが、確認するには時間がなさそうです。余裕があれば、じいちゃんのカブで見てくるのですが…。
参考になりそうなHPを発見したので、アドレスを載せておきます。 ttp://nagao.road.jp/tsukofuno/r121.htm
こりゃ面白いHPを紹介して頂いてありがとうございます。
そうか~シャレオは国道54号になるのか…
>まろねふ先生
今度の土・日は天気いいみたいなので、フェリーにカブ乗せて行ってらっさい。
たとえ残っていなくてもきっと新しい何かがあるかも。
…と煽っておこう。
ご教示ありがとうございました。日曜日か火曜日に島へ渡ってみようと思います。
ところで、紹介頂いたHPは既にお気に入りに入っておりました。最近は閲覧できなかったので、消えたのかと思っておりましたが…
>シンコーさま
あのページは面白いですよ。私はそこを見て、酷道433号線のループ橋の存在を知りました。一度走破してみたい…