まろねふの廊下からの呟き

中年オヂさんの呟き転じて、人生備忘録となる…

去り行く…

2007年08月30日 | 廊下から
JR西日本広島支社のニュースによると、今秋で『ふれあいパル』と『旅路』が引退するとのことです。

よる年波、旅行ニーズの多様化で年々稼働率が下がっていたようですが、よく頑張ってきました。これら消え行くイベント車両もいれば、『マリンビュー』や『みすゞ潮彩』の新しい仲間もいます。『マリンビュー』も明るい時間帯に、『みすゞ潮彩』も乗ってみたいですね。


ふれあいパル 広島 平成17年4月1日 

『ふれあいパル』は何とか画像がありましたが『旅路』は…いつも空振り(涙)

そうそう、ネットを色々眺めていて、米子の『ふれあいSUN-IN』も解体されたと、画像付きで出ておりました。最近見ないと思ったら、お星様になったのですね…

昭和61年に斬新な塗装で登場したに『ウチらの方も、ハイカラな車両が出来たもんぢゃな』と思ったものです。落成後に初めて浜田に来た時に撮影しました(多分…)


キロ59-505 波子 昭和61年春


同車反対側

米子には『ほのぼのSUN-IN』が残っていますが、最近は三江線を頻繁に走ったようです。先は長くなさそうですが…


おいでませ清流線…3

2007年08月28日 | 廊下から
『とことこトレイン』にも満足したし、来る途中に気になった駅で途中下車をしながら帰ることにしました。


河山駅

最初に降り立ったのがここ『河山駅』でした。今では単なる無人駅ですが、開通当時は貨物扱い駅で、広い構内から当時を偲ぶ事が出来ます。後で判ったのですが、『河山鉱山』から産出される鉱石を運んでいたそうです。鉱山からここまでどうやって運んだのかは謎ですが…

それより驚いたのが、この駅だけ腕木式信号機の残骸が残っています。下り場内が2本、上り場内が1本の計3本が屋羽根を撤去されただけの状態で残っています。そして駅舎横には、信号てこが放置されており、ワイヤーを通した滑車も残っています。


信号てこ

動くかどうか試してみましたが、ビクともしませんでした。もっと力を入れてとも思ったのですが、テコではなく腰の方が反位に向きそうで…(笑)


下り場内信号機

横を通過するNT-3001

場内信号機が2本あるとなると、構内にはそれなりの数の線路があったのでしょうね…

そして、次に降りたのが『御庄駅』。ここは山陽新幹線『新岩国駅』の連絡駅でもあり、新岩国駅の隣に位置しています。ここの駅の待合室には、コキフの車掌室部分が再利用してあることで有名(地元では…笑)で、1度見てみたかったんです。


昔は通路の屋根が無かったんでしょうね…


反対側

実物をよく見ると、車掌室を単に背中合わせにしたのではなく、トイレ部分を切断の上、接合しています。よく見ると雨樋部分に接合した跡が残ってます。更に笑ったのが改造銘板が付いている事です。遊び心があるなぁ…(笑)


一応、改造…(爆)

外装は塗り直してありますが、銘板をきっちり塗別けているのがご立派!


二重窓も当時のまま固定…っていうか動かない(笑)

錦川鉄道といえば、やっぱり御庄駅のこの待合室を見ておくべきでしょう。私はやっと念願叶いました。今度は新幹線の保線機械車両でも撮って見たいな…

まだまだ公休日が何かと忙しくて、やっと出来たの暇な1日で、近くて遠かった錦川鉄道清流線を楽しんできました。錦川沿いの谷にへばり付いて走る姿は、どことなく三江線の雰囲気にも似ているような感じさえもします。また乗ってみたいし、沿線でのんびり撮影もしてみたいですね…

『おいでませ清流線』…皆様もいかがですか?

おいでませ清流線…2

2007年08月27日 | 廊下から
『今日も暑いですのんた…』『そうですのんた…』そんな会話が聞こえそうなくらい暑く、駅の売店で美味しそうな田舎寿司を見つけたんで、それで昼食を済ませトンネルで涼みながら発車を待ちました。


これで350円。美味しかった…

巻き寿司の具は、柔らかく炊いた牛蒡だけ。押し寿司の中には甘く炊いた干瓢。たったこれだけの素朴なお寿司でしたが、本当に美味しかった…もう1パック買っておけば良かったかな?



南口のりば(錦町駅)

『とことこトレイン』とは、未成線の旧岩日北線路盤の一部を『岩日北線記念公園』として整備し、山口きらら博で使用した遊覧自動車を列車に見立てて、遊覧走行します。


ガタくん

ゴトくん

トラクターが3台のゴンドラを牽引するスタイルで、1編成56名乗る事が出来ます。この日は多くのお客様が訪れており、2編成満員での運行でした。家族連れや若いカップルばかりでしたが、首からカメラをぶら提げた“鉄”は私一人だけ…そんな事を気にもせず、景色とその乗り心地を楽しませていただきました(笑)


きらら夢トンネル内のオブジェ

錦町を出てすぐの“きらら夢トンネル”(広瀬隧道1796m)内には600mに亘る光るオブジェがあり、乗客の目を楽しませてくれます。この作品は地元の子供達や大学生が、ブラックライトを当てる事によって光る鉱石(?)を並べて絵にしており、走りながら見るだけでなく、そこで降りて間近に見ることが出来ます。


第1宇佐川橋梁を行く

きらら夢トンネルを抜けると、出市橋梁(201m)、第1宇佐川橋梁(210m)と渡りますが、その間には出市駅予定地(ここも橋梁上!)があります。ここはホームがありますが、もし完成していたら三江線宇都井駅みたいに有名になりそうな…?


わさび“畑”…?

案内放送では、わさび畑と言っていましたが、わさびって畑で作ってましたっけ…?


北口のりば(そうづ峡温泉駅)

約40分で、そうづ峡温泉駅に到着します。殆どの方はそのまま折り返しますが、ここから、そうづ峡温泉に行く事が出来ます。時間があればゆっくりしたかったのですね…

運賃は大人片道600円、往復1200円です。清流線利用者は片道500円、往復1000円に割引があります。列車お降りの際に運転士から証明書を貰って下さい。
詳しくは、錦川鉄道に問い合わせてください。(HPもあります)

-つづく-

おいでませ清流線…1

2007年08月26日 | 廊下から
公休Bの土曜日は、たまった洗濯や掃除、散髪しただけで午後からはグテっ… さすがに公休Aの日曜日は何かしないと勿体無いので、カメラ片手にお出かけをしました。

とりあえず、始発バス(7時過ぎですが…)に乗って広島駅へ。さ~て、何処に行こうか…? バスの中では西へ行くか、東へ行くか、それとも北へ…何て迷っておりましたが、やはり乗った事がない路線にと思い、錦川鉄道に行ってみる事にしました。


1527M 広島

やって来た電車は、N02編成を先頭にした8両編成。日曜日なので岩国までガラガラの状態でした。到着前の放送で『次の錦川清流線は9時…』と聞こえたので安心していたら、0番ホームに新車が停車中、しかも人影が…あれ?と思い時刻表を見ると発車まであと1分。7番ホームから慌てて0番ホームに向かいました。


NT-3001車内

乗り込んでしばらくしたら静かに発車。岩国発車時は数えるほどしか乗客が居ませんでしたが、西岩国、川西、御庄とでほぼ満席になり少し驚きました。


森ヶ原信号場 左が岩徳線、右が錦川清流線


NT-3001運転席

初めての清流線に、右に左にとキョロキョロするのが忙しかったのですが、意外と速度が高かったように思いました。芸備線の奥の方より、よっぽど早いような感じが…


錦町到着

約1時間で錦町に到着。車内での精算時に乗車証明書を頂き駅に降り立つと、隣の車庫ではNT-2000型が待機中、庫の中ではイベント車の2101が整備中でした。
私がここへ来たのは約20年振り。まだ車掌の頃に、某先輩の車で来た時以来です。車両の色は派手になりましたが、街の雰囲気は以前と変わってないようでした。ただ、駅舎はこんなんだったかなぁ…?


錦町駅舎

駅構内

駅舎隣の観光案内所で、旧岩日北線跡を利用した『とことこトレイン』の切符を購入し、しばらくの間、駅周辺をウロウロしてみました。


525D 柳瀬~錦町

乗車する『とことこトレイン』第2便までの間、列車の写真を撮りつつ街を散策…と思っておりましたが、余りの暑さに耐え切れず散策は途中で断念。結局、とことこトレインの走る旧路盤のトンネル内でで涼みながら時間を潰しました。

-つづく-

井川線…4

2007年08月25日 | 廊下から
車両の紹介も、機関車と貨車を残すだけとなりました。全て撮影出来ていないのが心残りですが…


DD20 井川

昭和57年より、日本車両で4両が製造された主力ディーゼル機関車。1両毎に愛称が付いているそうですが、生憎手元に資料がありません…
重連総括制御が可能で、エンジンはJRに先駆けて、小松・カミンズ製を使用しております。
DLは他に機械式のDB8・9が在籍しますが、両国工場の入換やイベント運転に使用されているようです。一度この機関車牽引の列車に乗ってみたいですね…


ED90 アプトいちしろ

ご存知、平成生まれのアブト式機関車です。平成2年に3両が製造されました。この機関車の警笛は音色が全て異なり、1号機はSBBから送られたスイス笛、2号機は名鉄で使用されていたドイツ笛、3号機は平凡な国産笛との事です。私は1号機しか聞いた事がありませんので、他の車両のも聞いてみたいですね。


Cワフ0型

井川線用の有蓋緩急車として4両が製造されました。この車両の大きな特徴は、井川線と本線との貨車直通用として、2種類の連結器を備えている事です。写真では判り難いのですが、2種類の並型自連が装備されています。
現在では定期貨物列車の設定が無いために、井川線のレール塗油作業等で僅かに活躍姿が見れるようです。


ト100

昭和28年に50両が製造されダム建設資材輸送等に使用されました。現在では10両が在籍しており、一部はあおり戸を外して『チ』のような使われ方をする車両も居るようです。
写真を見ると、井川線の制御ジャンパ線がありません。井川線ではどういった使われ方をするのでしょうか…?
他にも、トキ200やシキ300といった貨車も在籍しますが、写真はありません。

3回に亘って、井川線の車両を紹介してみました。今は深緑の季節ですが、これから紅葉の季節にかけて多くの観光客で賑わう事でしょう。私は観光客の少ない、真冬の寒い頃に井川線に乗ってみたいですね。そして、静かな接阻峡温泉で湯に浸かって、地元の山の幸を堪能したいですね…