新春連談 ・前半
ピアニスト 小川典子さん
日本共産党委員長 志位和夫さん
お会いできて もうびっくり
CD頂いてすっかりファンに
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イギリスを拠点に世界をかけめぐる実力派ピアニストの小川典子さん。音楽愛好家でもある日本共産党の志位和夫委員長と、クラシック音楽のことから政治・社会のことまで縦横に語り合いました。
ムソルグスキーの迫力
志位 あけましておめでとうございます。
小川 あけましておめでとうございます。政治家の方とはめったにお目にかかることはないんですけれど、以前、「赤旗」に登場させて いただいたとき、党本部にうかがい、お会いできるとは思っていなかったのにお会いできた。いつも新聞とテレビで拝見する顔があったので、もうびっくりして しまって。(笑い)
志位 その節に、CDをいただきまして、聴かせていただきました。すっかりファンになりました。(笑い)
小川 ありがとうございます。
志位 CDは、どれもよかったんですけれど、とくにロシアの作曲家ムソルグスキーの歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」などのピアノ版、 「展覧会の絵」に感銘を受けました。「展覧会の絵」も、ラヴェル編曲のオーケストラの曲のほうがよく演奏されますが、私は、ピアノの方がずっと好きです。
小川 オーケストラの曲が有名になっていますが、原版はピアノなんですね。オーケストラだと豪華絢爛(ごうかけんらん)になりすぎちゃって…。
志位 ピアノの方がよけいな装飾はないし、音がずっと重い。ロシアの大地という迫力がありますね。生の魂がむき出しになっているような。ナロード(人民)のにおいがする。すごくいい仕事をされているんだなと思って聴きました。
小川 ありがとうございます。たしかに音の並べ方などは粗っぽいところがあると思うんですが、ああいう重さ、泥臭さを出した人はいなかったですね。
ピアノの練習は「急がば回れ」
志位 小川さんの本(『夢はピアノとともに』)には、ピアノの練習の仕方が出てきますね。最初はゆっくり弾いてみると。
小川 練習の仕方はほんとうに個人差があります。仲良くしている音楽家が、私の家に泊まったとき、「よくここまで辛抱強く練習するね」といわれたんです。私はテンポがゆっくりだし、楽譜を読むのが遅いので、最初に我慢しなければ先に進めないのです。
志位 最初どんなにゆっくりでも、そこからはじめたら上達しますか。
小川 しますね。絶対にします。急がば回れです。
志位 はあー。ゆっくりの練習ね。試してみようかな。(笑い)
勤勉さ保ちながら…いい線いきますね 小川さん
労働時間減らし全面発達する社会に 志位さん
(写真)日本共産党委員長 志位和夫さん |
暗譜の重圧から解放されて
志位 小川さんは、18歳のときに、ニューヨークのジュリアード音楽院に留学すると決心され、単身渡米されたんですね。たいへんな勇気が必要だったでしょう。
小川 両親は反対しましたけれど。最初はそれほど不安はなかった。家族から離れた寂しさはありましたけれど、それよりなんとかしようという気持ちが強かった。でも、習おうと思った先生がすぐに病気になられて、このままでいいのかなという気持ちになりました。
志位 そのあと、ロンドンでいい先生にめぐりあえてというお話でしたね。
小川 小学校のときからピアノの先生が次々と病気になられたんです。だからなんとかして外に出て自分を試したいという気持ちがあっ たのに、ますますひどい環境になったのは皮肉でした。でも逆に自分はどういう先生を求めているのかということをすごく自覚できたというのはよかったかもし れません。今から思えば、イライラしながら成長しておとなになったのはよかったと思いますね。
志位 私は高校生の一時期、少しだけピアノを習ったことがあるんですが、暗譜で弾くということを強調されました。ライマーとギーゼ キングという巨匠による教則本もあって、譜面を写真で写すようにカシャッ、カシャッと覚えてから練習に入ると。でも、ショパンのころはコンサートでも暗譜 ではなかったそうですね。
小川 そうなんです。楽譜を見ないで弾くと、ショパンがとても怒ったらしいですね。
志位 そんな弾き方はちゃらんぽらんだと。
小川 そうそう。いまの時代のように、みんながCDを聴いてよく曲を知っていて、間違えるのがおかしいという状態があると、ピアニ ストがもつ重圧はものすごいんですよね。こちらも日替わりメニューみたいに、いろいろな曲を弾いているので、疲れているときに、ふっと忘れてしまう恐怖と ともに生きるという感じがあって、それで、いまのピアニストたちはわざわざ楽譜を置いて弾きましょうというふうになってきているのです。
志位 それはいい傾向ではないですか。私は、ピアニストのリヒテルの熱烈なファンだったんですが、リヒテルも途中から楽譜を置いて 弾くようになった。リヒテルは「楽譜の全部の符号なんて覚えられるわけがない。安心だし、集中できるし、何よりも誠実です」といっています。楽譜を見なが ら弾くのが当たり前の姿に戻れば、ピアニストは暗譜の重圧から解放されて、もっと音楽そのものに向かえるのではないでしょうか。
小川 そうですね。何でもかんでもすべて覚えなければいけないっていうふうな強い観念からピアニストはもう解放されるべきかなとは思いますね。
志位 ただ私の場合、ちょっとだけですが暗譜の練習をしたことが、役に立つこともあります。選挙で政見放送というのをやるでしょう。あれは撮り直しがきかないんですよ。
小川 えっ、そうなんですか。
志位 NHKのスタジオで収録する政見放送は、1回だけはやり直しが許されるんですが、その場合には、前に収録したものは全部消されてしまうんです。基本的に一発勝負なんです。
小川 それは知らなかった。
志位 だからシナリオを暗記しなければならない。そのときには暗譜の練習でやったように、原稿の字面を写真のように覚えてしゃべる んです。テレビでいろいろな数字を話すときも、グラフなど視覚的に覚えると忘れないんです。私の場合、暗譜は、あまりピアノには役立っていないのですけれ ど(笑い)、政見放送には役に立ちました。
小川 私は友だちの電話番号も覚えられないくらい数字に弱い。今度、暗譜式でやってみよう。(笑い)
志位 イギリスでは初見(初めて楽譜を見ること)で、サラサラと演奏ができる人が多いと聞きましたが。
小川 音楽家の仕事の単価が安いんです。ですから数をこなさないと食べていけない。そういう伝統があるので、短い時間で仕事を仕上げるのが一番重要だとされているのです。初見が早い人がいわゆる「才能のある子ども」とみなされるんです。
志位 でも、譜面から作曲家の魂みたいなところまで感じとろうと思ったら、よほど楽譜を読み込まないとできないと思いますけれど。小川さんは、そこを、こつこつやっていくことが大事だと書かれていますでしょう。とても共感がもてます。
小川 イギリスでは、すごく複雑な楽譜を目の前にして、「遊んでいたから、2週間くらいピアノを弾いていないんだけれど、ちょっと やったら弾けたわ」というのが一番格好いいんです(笑い)。でも、「弾きこむ」という言葉がありますけれど、弾いて弾いて弾きこむことで、手も慣れてき て、音にも慣れてきて、「ああ、こうしよう」と到達する境地があると思うんです。日本は一生懸命に練習したことが美徳とされている国ですし、やはり、国民 性として努力することがいいと思うんです。
志位 そちらの方が共感できるし、安心もできます。(笑い)
「思いがけないものが感銘を生む」
志位 小川さんも、子どものころ、リヒテルを聴いたと。
小川 一番最初に聴いたのは、日比谷公会堂で、「展覧会の絵」でした。その時一番覚えているのは、舞台に出てきてお辞儀したかと思ったら、もう音が出ていたっていう。それが忘れられないですね。
志位 私もリヒテルは随分聞きましたが、お辞儀して、いすに座ったと思ったら、もう始まっている。不意に始まるのですね。
私が愛読している本で、リヒテルが最晩年におこなったロングインタビューなどが収められた本があります(ブリューノ・モンサンジョン著『リヒテ ル』)。そこでリヒテルは、彼の芸術の核心に迫る秘密を明かしています。リヒテルが、師匠のネイガウスにリストのソナタ・ロ短調を教えてもらったときに、 この傑作のもっとも重要なものは、曲のなかに散在する「沈黙」だと。どうすれば沈黙が「響かせられる」か。リヒテルは考えて、一つの策略を編み出した。こ の曲の出だしです。そこには「ソ」の音しかないわけですが、それを何か非常に特別のものであるかのように響かせるにはどうしたらいいか。
リヒテルはこういっています。
「私は舞台に登場します。腰を下ろしたあと、身じろぎひとつしません。心のなかで一、二、三、……と、非常にゆっくり三十まで数えます。聴衆はパ ニックに陥ります――『いったいどうしたんだ。気分が悪いのか。』そのとき、そのときはじめて、ソを鳴らします。こうしてこの音は、望んだとおりに、まっ たく不意に鳴るのです。……不意打ちの感覚を誘発することが肝心なのです」「不意なもの、思いがけないもの、それこそが感銘を生みます」
これはたいへんに印象的な言葉です。
小川 そうだと思いますね。演奏でも新しい新鮮なアイデアをどう出して、どう入れるか。強弱なしでずっと同じトーンで弾いているの ではなくて、音楽がもっている抑揚やリズムを使って表現する。日本語には「間」という言葉がありますけれど、現代音楽の作曲家である武満徹さんは音楽でも 「間」ということをおっしゃっています。
志位 そうですね。私の仕事は、話すことが多いわけですが、新しくまとまった話をする場合には、「不意なもの、思いがけないもの」 ――新鮮なものをどう語ることができるか。それが一番の苦労です。聞いてくれるみなさんが、「これは新鮮だな」と思って心に残るような話を、一つでも二つ でも入れていきたい。聞く前から「話の筋がわかっている」ということではなくて。これは言うはやすし、行うは難しで、努力目標ですが。(笑い)
小川 私もピアノを弾いているとき、そういうコミュニケーションを大切にしています。でも、私たちの演奏会はいやならもう二度とき ていただかなくても結構、それで終わりますけれど(笑い)、政治家の方の場合は、そうはいかないわけですから。とくに、委員長の場合は背負っていらっしゃ る責任の重さが、私などとは決定的に違いますよ。
こんな「働かせ過ぎ」はよくない
志位 ところで、日本の政治は、昨年、長らく続いてきた自民党と公明党の政治にとうとう退場の審判が下りました。これは歴史的なことだと思います。国民は自分たちの一票で政治を動かしたという、たいへんな政治的体験をしたわけですよね。
小川 そうそう。
志位 私たちは、これまでの自民党政治は、外交面ではあまりにひどい対米従属をやってきた、内政面では大企業・財界の横暴がひどす ぎる。この「二つの異常」を特徴とする政治が文字通り行き詰まっているとみています。そして、この異常をただして、ほんとうに「国民が主人公」といえる新 しい政治に進むのが必要だと訴えています。
いまの状況は、国民は自公政権を退場させたが、それではそれに代わるどういう新しい政治が必要なのかについては、“探求の旅”が始まったところだ と思います。日本国民自身が主権者として新しい日本をつくる力をつけるのを、後押しし、促進するのが、日本共産党の仕事になる。1月13日から始まる第 25回党大会では、そういう立場から、日本の進路と私たちの仕事について明らかにしたいと思っています。
小川 私は職業柄、いろいろな国に行くし、外国に住んだ経験も長いわけですけれど、一番感じるのは日本人ほど一生懸命働く、働こう という気持ちのある人たちは、ほんとうにみたことがないんです。この哲学はまれにみるというか、ほかに例がないといってもいいと思うんです。国民一人ひと りが、机に向かって、あるいは道路や鉄道の整備で働いてこれだけのことをやったということで、この国を動かしているということをもっと自覚した方がいいと 思います。外国の人々は日本人ほど勤勉ではないし、不便も多いんです。日本では、すごく欧米志向が強いけれど、いろいろな人が夜遅くまで働いて、日本はこ こまで立派になったということをいってほしいと思います。
志位 なるほど。たしかに、私も、勤勉さはいいことだと思います。けれども、労働者の勤勉さをいいことに、働かせすぎていることはよくない。
小川 あっ、働きすぎなんですか。
志位 たとえば労働時間は、日本はだいたい年間1800時間から2000時間くらいでしょう。そのうえ、「サービス残業」というた だ働きがあります。厚生労働省が決めている「過労死水準」というのがあるのですが、「過労死水準」をはるかに超えて働かされている労働者が多数で、実際、 痛ましい「過労死」が後を絶ちません。「過労自殺」もある。メンタルヘルスの問題で悩んでいる方もたくさんいる。たしかに日本人が勤勉で努力し頑張ってい ることは、すばらしい美徳だと思うけれども、大企業が働かせすぎていることは大問題だと思うのです。ヨーロッパは、年間1500時間から1600時間くら いでしょう。
小川 ええ。イギリスはヨーロッパ内ではちょっと多いといっていますね。
志位 日本は、ヨーロッパに比べて年間400時間は長く働いている。一生で40年間働くとすると、1万6000時間も長い。1日24時間で割って、666日分です。ヨーロッパよりまるまる2年も余計に働いている計算です。
小川 睡眠時間を入れたら4年近くになりますね。
志位 そうですね。24時間まるまる働いたとしても2年以上余計に働いている。どちらがハッピーな社会でしょうか。この原因は、日本に残業時間の法的規制がないところにあるんです。
小川 ないんですか。
志位 ええ。ヨーロッパだったら、どの国でも所定内労働時間だけでなく、残業時間も何時間というふうに法律で決まっているわけで す。ところが、日本の場合は、労働時間が8時間と決まっていても、残業は、労使間の協定(36協定)で決めたら、いくらでも青天井にできるとなっているの です。法律で残業の規制がないのです。
小川 それでこんなに働かされて。
志位 これは決して正常な状態じゃないと思います。家族だんらんで食事をすることもできない、自分の趣味を楽しむこともできない。それはやはり人間の豊かな発達の可能性を奪っていると思います。
小川 そうですよね。
たたかいでルールをつくった歴史
志位 労働時間規制を最初に実現した国はイギリスですよね。19世紀中ごろに10時間労働制ができた。マルクスは「労働者の半世紀 にわたる内乱をへてつくった」と有名な言葉を残していますけれど、それまで無制限だった労働時間が、労働者の大闘争をへて10時間労働制になった。資本家 は会社が儲(もう)からなくなると抵抗したけれど、実際には労働者の健康がよくなり、経済も活発になって、イギリス資本主義は空前の発展をするわけです。
フランスでも1930年代に人民戦線政府というのがつくられて、バカンスの制度を勝ち取りました。そういうふうに自分たちでたたかい取った権利だ から、やすやすと手放さないし、断固として有給休暇はとるし、残業なんかはそう簡単には受け付けない。労働者の権利をみんながたたかいとってきたという伝 統があるのではないですかね。
小川 私は個人事業主なので、いただいた仕事をなんでもかんでも引き受けても、私一人の決心ですけれど、体がだめになるまで働かされる方は、実際本当におられますからね。
志位 私たちは、社会主義・共産主義の社会をめざしていますが、私たちのめざす未来社会の一番大事な点は、労働時間を短くして、す べての人間が全面的に発達することができる自由な時間を豊かにすることだと考えているんです。自由な時間で、すべての人が音楽や美術や文学や科学やスポー ツや、それぞれの潜在的能力を全面的に発展できるような社会が理想なんです。
人間はいろいろな才能をもっています。小川さんは特別に音楽の才能をもっていらっしゃるけれど、そういう人は実はもっとたくさんいるはずでしょう。
いまとりくんでいる労働時間短縮の運動は、その第一歩としてとても大切です。夕食は家族だんらんでゆっくり食べる。バカンスを何週間という単位でゆっくりとる。そういうなかで、人々がもっている力を、いろいろな形で発揮できるような社会をめざしていきたい。
いまの日本では、音楽一つとっても、忙しくてコンサートにもいけない。チケットも高いですしね(笑い)。これだけすばらしい芸術があっても、それ が庶民のものになるかというと、まだごく一部です。これだけすばらしい人類の財産を、全国民が楽しめる社会にしていく必要があると思います。