どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

笑いたい 笑わせたい

2015年10月15日 | 日記
少し前に 退職してからの生活の変化のひとつとして 笑いが消えたことをあげた

生活が苦しくなったわけでもなく 毎日が辛いということもない(全く無いわけではないが人並みといったところ)

会社生活の時は 自分や他人の滑稽話や失敗談などで大笑いすることが多かったし 特に私は下手なダジャレを言ったり 軽く人につっこみを入れてみたり また時にボケてみたりと 自分から笑いを作るほうだった

それが今は 微笑む程度のことはあっても 大笑いというもの 生活からほとんど消えてしまった

時折 うんもう~と怒ったり 嬉しくなったり めそめそする事はあっても 大笑いは無い

笑いって 独りじゃできないものなのかと 最近考えてしまった


笑いの絶えない家庭を理想とする人が多いが 確かに人の集まるところ 笑いは大事だろうと思う

父も 冗談話や自分の失敗談を面白く話すのが大好きな人で ちょっとしたいたずらも含めて 子供の頃からよく笑わせてもらった

楽しいから笑うのか 笑うから楽しくなるのか 笑いに関する研究は多方面にわたってその数も多いが それを調べるまでもなく 少なくとも健康に害することはなく また コミュニケーションのツールとしてもひとの社会にとってとても大事なものだというのはわかる

笑いたい 大笑いをしたい 涙を流して笑いたい と思うようになってきたが ひとりの生活では案外難しいものだと知った

おそらく ひとりに「社会」は無いからなのだろう

お茶目で明るいことが唯一の取り柄だった私にとって これはもう精神的危機といってもよい


どたばた喜劇のような映画やユーチューブで見るお笑い番組などでも笑えないわけでは無いが 自分から笑いを作って受けたい という気持ちを満たすことはできない

笑いに関してはナルシストであると言われる「さんま」の気持ちが 最近 私もわかるようになってきた

そのうち ひとりボケ・ひとりツッコミの技を私も身にけようかと思っている

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする