みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

均等法25年:わたしたちはいま/上 家庭との両立に残業の壁/下 「非正規」の待遇改善遠く

2011-12-29 17:03:49 | ジェンダー/上野千鶴子
ケンちゃんとひまりちゃんが、沖縄土産を届けがてら、
遊びに来てくれました。

沖縄のおみやげは、いま人気(だそうです)の
 元祖「紅いもタルト」



御菓子御殿HP

紅イモの自然な色で、無着色・無香料で作ったタルト、おいしそうです。


さっそくキンカンを添えていただきました。

自然な甘さでやさしい味です。

そうそう、けんちゃんからは「洋ナシ(ラ・フランス)とふじリンゴ」も
宅急便で届いていました。
   
サンフジは小ぶりですが、蜜リンゴです。
ラ・フランス、そろそろ食べごろですね。
  
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12月26日と27日の毎日新聞で「均等法25年:わたしたちはいま」が
二日続きで載りました。
26日の(上)の記事中には、ウィメンズアクションネットワーク理事長の上野千鶴子さんも登場。
リンクが切れてしまわないうちに紹介します。

均等法25年:わたしたちはいま/上 
2011.12.26 毎日新聞


均等法25年:わたしたちはいま/上 家庭との両立に残業の壁  

 男女雇用機会均等法が施行されて25年。働く女性が増えた一方で、長時間労働を避けられず、家事や育児に追われる中で、仕事と家庭の両立を諦めてしまう人はいまも多い。女性の働き方と職場の現実をみた。【山崎友記子、田村佳子、榊真理子】

 ◇出産で6割退職「家族のため」「職場に迷惑」
 仕事は好きだったけど、家庭を犠牲にしてまでは--。東京都内に住む知美さん(30)=仮名=は昨年7月、4年間勤めた情報サービス系の会社を退職した。会社員の男性(32)と結婚した5カ月後だった。
 職場には30代以上で独身の女性が多く、午後9時前に退社する人はほとんどいなかった。結婚していても「平日はご飯は作らない」という先輩、子どもがいても「夕食は保育園で食べさせてくれるから」と残業する女性社員もいた。知美さんには「カルチャーショック」だった。
 子どものころ、母親はパートで働いていたが、必ず子どもたちより先に帰宅し夕食を作っていた。学生時代は「総合職でバリバリ働きたい」と思い、就職後も忙しいのは苦ではなかった。出版物の広報を担当し、やりがいも感じたが、「自分はそうまでして働きたいだろうか」との疑念が晴れず、結局仕事を断念した。
 「子育てにはお金がかかるしマイホームもほしい」。今年4月に長男を出産した知美さんは、再び働くことも考え始めている。「正社員のまま働いていた方が良かったかな」とも考えるが、「今度働く時は自分の生きがいのためでなく、家族のため」という。
     *
 90年代以降、下がり続けていた専業主婦志向の割合が、若い世代を中心に上向いている。国立社会保障・人口問題研究所の「全国家庭動向調査」(08年)によると、「夫は外で働き、妻は主婦業に専念すべきだ」と考える既婚女性の割合が増加に転じた。特に29歳以下は48%と、03年の前回調査より12ポイント増。50代(42%)より高かった。
 NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長で元東大教授の上野千鶴子さんは「上の世代の女性が苦労しているのを見ているから、結婚も仕事も要求されたら『やってられない』という感覚が若い女性一般にある」とみる。 美希さん(38)=仮名=が10年以上勤めた会社を辞めたのも、仕事と家庭を両立できない、と思ったからだ。
 96年に大学を卒業後、情報通信関係の企業に就職。入社7年目に東京の本社にある希望の部署に配属され、大きなプロジェクトを次々と担当した。会社員の男性(39)と結婚し、公私ともに充実していた。
 一方で、子どもが欲しいという気持ちも膨らんでいった。現実には長期の仕事を任されるたび、「周りに迷惑をかけたくない」と妊娠しないように気をつけた。出張や深夜業務が多く、休みも不定期。子育て中の同僚は皆無で、尊敬していた女性の先輩からは「あなたがママ社員のパイオニアになりなさい」と言われた。「言うのは簡単だけど無理じゃん」
 気がつくと結婚生活は5年目に入り、30代半ばに。上司に新たな仕事を打診された時、決心した。「今を逃したら、また身動きが取れなくなる」。決意が揺らがないよう、誰にも相談せずに退職を申し出た。
 今、美希さんは都内にある小さな会社に再就職し、深夜まで働いている。結局子どもには恵まれず、結婚生活にもピリオドを打った。「今の会社も子どもがいない女性ばかり。そうでないと続けられない」と苦笑する。結婚はもうしないのでは、と思っている。
     *
「母性を尊重されつつ充実した職業生活を営むことができるようにする」(第2条)とうたう男女雇用機会均等法だが、残業が当たり前の職場が多く、長時間の保育サービスや夫や親の協力なしに仕事を続けられないのが現実だ。同じ研究所の昨年の調査では、出産で仕事をやめた人は約6割にものぼる。
総合商社の伊藤忠商事に勤める細辻享子さん(45)のもとには、後輩たちから多くの相談が届く。89年に女性総合職第1号として入社した細辻さんは、現在2児の母。「結婚して子どもも欲しい。この会社で両立できますか」と悩む若い社員に、「どっちかではなく両方やったらいい。自ら可能性を狭めるのはもったいない」と励ましている。
 均等法が施行されたころ、細辻さんは大学生。バブル景気に沸き、就職は学生の売り手市場だった。入社2年目からシステム開発のプロジェクトを担当。土日の休みもなく、会社に寝泊まりして働いた。7年目からはインターネット事業の発足を任された。ずっと独身でいい、子どももいなくていい、と思っていた。
 だが、37歳で結婚し、夫は子どもを望んだ。40歳で長女を、2年後には長男を出産した。「家庭か仕事か」でなく、「子どもがいても働き続けるにはどうしたらいいか」と選択肢を探したという。
 出張がなく残業の少ない部署に異動し両立を図った。夫は「こちらの時間に合わせてくれる人」で、食事の支度などもしてくれて助かっている。「穴はあけたくない」と2度の出産とも育休はとらなかったが、後輩には育休を勧めている。
 20~30代のころは全部自分で解決しようとしていたという細辻さん。「出産後、周りに助けを求めないとやっていけないと気づいた。子育てで制約はあっても何かやり方があるはず。諦めないで」とエールを送る。
 自分には、働き方のモデルとなる先輩がいなくても気にならなかった。でも若い人たちには、モデルがいないのが不安なようだ。「私でもやってるんだから大丈夫。定年まで、がんばろうかな」。細辻さんに笑みがこぼれた。
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 ◇男女雇用機会均等法
 採用や昇進など雇用に関する男女の平等な待遇を目指し、86年に施行。性別を理由とした募集・採用、配置、昇進や定年の差別的扱いや、結婚、妊娠・出産による解雇などを禁じる。セクハラ防止の配慮義務や、転勤を昇進の要件にするなどの間接差別の禁止も盛り込まれ、男性も対象に含めた。育児・介護休業法、パートタイム労働法とともに「均等3法」と呼ばれ、仕事と家庭を両立し、差別なく能力を発揮することが図られてきた。しかし、女性の平均勤続年数は01年以降、伸びておらず、労働環境の改善が求められている。
毎日新聞 2011年12月26日


均等法25年:わたしたちはいま/下 「非正規」の待遇改善遠く 

◇正社員でも賃金は男性の7割、昇進にも格差
 関東地方の自治体で、非常勤職員として相談員を務めていた正子さん(39)=仮名=は、出産を機に退職を余儀なくされた。約7年間勤めた職場だった。
 08年春に、長男を出産。2カ月間の産休が明けた後は、保育所に長男を預けて職場復帰するつもりだった。しかし保育所に空きがなく、民間の託児サービスも利用料が高くて手が出なかった。
 保育士の夫と共働きで、双方の親は離れて暮らす。預け先が見つからず職場に戻れないまま、自己都合の「欠勤」扱いになった。正子さんは労組を通じ、育休が取れるように交渉を続けたが、逆に上司からは「代わりの職員を補充できず、職場が大変」と暗に退職を勧められた。1年ごとの雇用契約は翌春、更新されなかった。長期の「欠勤」が理由だった。
 「均等3法」の一つ、育児・介護休業法(育休法)は現在、正社員だけでなく、一定の条件を満たすパートや派遣社員などの非正規労働者にも育休取得を認めている。民間にならい、地方公務員育児休業法が改正され、今年4月からは自治体の非常勤職員(一般職)も育休が取れるようになった。
正子さんが出産した当時、まだ非常勤職員は育休制度の対象外だった。同じ職場の相談員は全員、非常勤。同僚が以前、妊娠・出産した際に「育休制度を作ってほしい」と共に掛け合ったが、聞き入れられなかった。同僚も子どもの預け先が見つからず、退職したという。
 待遇は劣っていても、社会的意義を感じて続けてきた相談員の仕事。「職場は非常勤職員で支えられているのに、育休を取ることさえ認められなかったのはおかしい」と正子さんは憤る。この自治体で相談員は「一般職」ではなく、専門性の高い「特別職」と位置づけられているため、育休法改正後の今も、育休取得が認められていない。
    *
 非正規に比べ、男女が均等に待遇されているはずの正社員でも、格差が埋まらない現実がある。男女雇用機会均等法の施行後、男女間の賃金格差は徐々に縮小してきたが、女性労働者(パートを除く)の平均賃金は依然として、男性の7割程度(厚生労働省の調査)。男性に比べ管理職の割合が低く、勤続年数も短いことが主な要因だ。
 「同期・同学歴の男性は半数以上が管理職になったのに、女性は2人だけ。同じようにがんばってきたのに、なぜこんなにも差があるのか」
 中国電力に約30年間勤めてきた長迫忍さん(49)は08年、同社を相手取り、広島地裁に提訴した。昇級や賃金に男女差別があったとして、損害賠償などを求めている。
 入社した当時、男性には契約や集金などの業務が割り当てられたのに対し、女性はお茶くみやコピーといった雑務が主で、男性が当直で使ったシーツの交換や風呂の掃除までさせられた。長迫さんは上司に「男性と同じように働きたい」と訴え続け、認められたのは入社から10年近くたってから。均等法の施行後だった。
 週1回の当直や深夜の停電対応にもあたるようになり、職場の業務改善を提案して社内表彰も受けた。しかし、業務は男性と同じになっても、昇進昇格は差が広がるばかり。同じ職能等級に13年間留め置かれ、10歳年下の後輩男性が自分を飛び越え、管理職になった。
 今年3月の地裁判決は、社内全体で女性が男性より平均して昇格が遅く、「男女差がある」ことは認めた。だが、長迫さんが昇格しないのは個別の人事評価の結果とし、「女性差別ではない」と訴えを退けた。
 長迫さんが判決で何より驚いたのは、中国電力が提出した女性社員の意識調査に言及した箇所。調査は97年に実施され、女性の75%が「管理職になりたくない」と回答していた。
 <女性社員には、就労するのは結婚出産までという意識や女性は家庭を守るべきという意識の人が少なくない。このような意識が労働意欲に影響を与える結果、人事考課で評価が男性より低くなる女性がいるという可能性も否定できない>
 長迫さんは判決文の紙に、蛍光ペンで強く線を引いた。「裁判所が差別を女性の責任にして正当化するなんて許せない」。原告側の宮地光子弁護士は「調査に表れた女性の意識は、仕事と家庭の両立を困難にするような企業の差別的な雇用管理の結果」と指摘する。
 長迫さんは広島高裁に控訴し、係争中だ。「こんな手間暇かけて勝ち取るものじゃなく、男性も女性も共に働くことが当たり前になってほしい」【山崎友記子、田村佳子、榊真理子】
毎日新聞 2011年12月27日 


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