常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

階段登り

2012年04月05日 | 日記
朝、雪降る。気温0.7℃。4月なのに、こんなに寒いのは気が滅入る。
気を取り直して、昨日さぼってしまった階段登りをする。10階建の階段を10往復、所要時間
約50分。寒いとはいえ、全身びっしょり汗をかく。

70キロ近くなった体重を落とす決意をしてから、2年近くが経つ。
血糖値、血圧、尿酸値。いずれも薬を服用しなければならない数値を示していた。医者の話では、先ずは減量ですねと、いうことであった。

血圧の本、ウォーキング、ダイエット等々本屋で目につく本を買い込んで、片っ端から読んだ。本から学んだことは、それほど多くない。要は適切な運動、そしてカロリーをとり過ぎないことに尽きる。毎日の食事を記録し、体重を記録する。gooの身体ログに登録して、生活習慣をを管理することを始めた。

酒を飲み歩いた過去の時間はもう取り戻すことはできない。
せめて生活習慣を変えることで、まっとうな余生が過ごせるのではと浅はかな願望を抱いていることを恥じ入るばかりだ。人生の行路の途中で癌に襲われた4人の姉弟の顔が目に浮かぶ。死を目の前にして、無念の表情を見せた彼らの胸中が偲ばれる。

生活習慣を見直した結果は、1年を過ぎて顕著に現れた。
6.8あったHba1Cは5.5となり、血圧も130台に落ちた。この数値を見て掛かりつけの先生が驚きの表情を見せた。運動のことを話す。一年以上階段を登り、近辺を歩いた結果、山登りではいつも先頭でラッセルができるようになった。

18歳のときの体重を手に入れ、強い足の筋肉が戻ってきたが、これは固定されものではない。少しでも生活が怠惰に流れると、たちまち体重が増加に向かう。
もっと早くに聞くべきだあったセネカの言葉が老いの身を容赦なく鞭打つ。

  
われわれは短い時間を持っているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。  
人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことも完成できるほど豊富に与えられている。けれども放蕩や怠惰のなかに消えてなくなるとか、どんな善いことのために使われないならば、結局最後になって否応なしに気づかされることは今まで消え去っているとは思わなかった人生が最早すでに過ぎ去っていることである。

  (セネカ『人生の短さについて』岩波文庫)
コメント
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