常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

梅が満開

2012年04月09日 | 日記


上野公園で桜が満開との報道がしきり。
ことしは震災で自粛ムードだった昨年の反動か、人出は例年になく多いようだ。新入社員の初仕事が、花見の場所とりだなどと報じている。しかし、ここ山形ではまだまだ硬い蕾。そんななか、我が家の盆栽の梅が満開を迎えた。この梅の盆栽は、接木して白と梅の咲き分けで、玄関先は馥郁とした梅花の香りがあふれる。

この鉢は、今は亡きたまちゃんからいただいたものだ。
彼女は某産院で長く助産婦として働き、元気な内のほとんどの期間を働くことに費やした。だが働きを辞めてから、晩年の彼女は不幸であった。たった一人だけの息子から、疎んじられ、自分が建てた家ではあったが、同居しながら居場所が無くなっていった。

庭に一人出て花を育てて、空しい時間の慰めとした。
息子が母を疎んじるにも、それだけの事情がたまちゃんにはあったのだが、いつかは一家団欒ができると信じて我慢をし続けた。だが、その希望も空しく容赦ない息子の言葉の暴力が彼女を苛んだ。

我が家を訪ねて、愚痴をこぼすことで慰めていた。
そんな折、持参してきてくれた鉢の梅が、いま咲いている。もう15年も前だ。その後にいただいたアマリリスが花茎を伸ばして花を開きはじめた。

梅は遣唐使のころ、中国から移入したものだ。
その頃の知識人は梅の花を珍重し、競って植え、歌に漢詩に詠んだ。かの菅原道真が大宰府に左遷させられ、京の家の梅を詠んだ和歌は時を経ていまも読む人の心を打つ。

東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主人なしとて春な忘れそ

梅は我が家の暮らしにも深く根付いている。花が散り、実が大きくなる梅雨どきを迎えると梅干用の梅が気にかかる。発色した梅を笊に干すのは土用になったからだが、その前に梅酒を漬け込む。

梅酒、梅干、梅ジャムと毎年作り続ける。
娘からの便りに、もう梅干無くなったんだけど、と言われると妻も喜んで瓶から漬け込んだ梅干を送る。そんな、親子のきずなをなかだちしているのも梅である。
コメント
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