幽霊がでるのは日本に限ったことではない。
シェイクスピアの戯曲『ハムレット』は、真夜中の丑満つどきに現れる先王ハムレットの亡霊が、この舞台の重要な役割を演ずる。
先王の亡霊は王子ハムレットにだけに現れるのではない。王子の友人や警備人の前にも姿を現す。柳田國男の研究で仕分けされた幽霊とお化けの特質をあわせ持つ存在である。王子ハムレットは先王の亡霊に言葉をかける。この言葉はシェイクスピアの詩の言葉だ。なぜなら世俗の言葉では亡霊にはけして届くことはないからだ。
もろもろの天使よ、神の恵みの担い手たちよ、どうぞわれわれをお守りください。
汝が善良なる精霊だろうが、それとも地獄の悪霊だろうが、
天国の霊気を運んで来たものだろうが、地獄の毒気をもたらしたものだろうが、
汝の目的は悪意にみちたものだろうが、それとも善意に満ちたものだろうが、
汝がそのような話かけずにはいられない姿で現れたからには
汝に話かけてみたい。わたしは汝をハムレットと呼び、
国王、父上、デンマーク王と呼ぼう。さあ答えてくれ。
不可解でわが心を絶望させないでくれ。さあ言ってくれ。
なにゆえ、死して棺におさめられ、儀式通りに葬られた遺骸が、
墓衣を破って出て来たのか?なにゆえに汝の墓は、
汝が安らかに埋葬されるのをわれわれが見とどけたその墓が、
重い大理石の口蓋を開いて再び汝を吐き出したたのか?
いったい全体これはどうしたわけなのか?
冷たい屍になったはずの汝が、再び甲冑に身を固めて、
もれ光る月の夜に、かくも再び帰りおとずれて、
夜をかくもおそろしいものするとは!そしてわれわれ愚かなる者は、
われわれの魂ではとうていとどかない様々の思いで、
かくもおそろしいほどに心をかき乱されてしまうとは?
さあなぜだ?何のためだ?われわれにどうしろと言うのか?(大山俊一訳)
なんという饒舌な言葉であろうか。亡霊に対する言葉の裏に、この世に生きて悩んでいるハムレットの立場を言いつくしている。この言葉を聞いて、亡霊はハムレットを招き、二人だけになった場所でそのわけを話す。
文字のうえのみでは、ひとの言葉の重みは伝わらない。舞台の上で俳優が感情をこめてこの言葉を発するとき、言葉は亡霊の心に響き、舞台をみる人々の心に響く。幽霊はシェイクスピアの舞台にも現れるが、日本とは明らかに違う現れ方をする。この世に生きている人間の言葉が、亡霊をも動かす力を持っている。