常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

百日紅(さるすべり)

2012年08月09日 | 日記


気温は肌寒いくらいに低い。近所の樋口公園で、いつもの年より遅れて百日紅(サルスベリ)の花が咲いた。生まれた土地にはなかったこの花を知ったのは、映画「五番町夕霧楼」のなかだった。この映画の主人公である夕子は与謝半島の山村に生まれ、父は貧しい木こりで暮らしを立てていたが、母が肺病になり、一家を助けるために京都の五番町へ身売りされて出ていく。半島を離れていく船から夕子は、咲き誇る百日紅(サルスベリ)を見つめるのであった。

そのあと市内のお寺の境内などでこの花を見かけた。枝は樹皮がなくつるりとしている。この枝であれば猿も滑り落ちるのだろうと思った。房のようになった花穂は、蕾をたくさんつけ、一度咲き始めると秋になるまで百日も咲くということも知った。貧乏学生であった時代に何故この映画を選んだのか、記憶も定かではない。だが、映画のポスターに見る佐久間良子の魅力に惹かれて、映画館の切符売り場に立ったのかも知れない。

水上勉の廓を舞台にする物語は、いつも幸薄い女が登場する。貧しい農山村で身売りする女たちが、苦界に沈んでいく。学僧正順は夕子と同じ山村で幼馴染であった。正順は吃音で周囲にも馴染めず孤立していた。そんな正順を不憫に思い、庇っていたのが夕子であった。正順は僧見習いとして京都の鳳閣寺に住み込み、夕子は身売りして夕霧楼で客を取る身になっていた。二人は京の街で偶然に会い、正順は夕子に会うため夕霧楼へ通うようになる。

正順が夕霧楼へ行くのは、夕子の身体を買うためではない。遊郭で二人は幼い昔を語り、童謡を歌い、ひとときを過ごす。この時間こそ、人間を取り戻す二人の時間であった。金を持たない正順のために、登楼の費用は夕子が負担した。しかし、こんな二人の関係が、苦界で認められる筈はない。病に侵されていく夕子、その身を慮って高価な薬を工面する正順。そこはかとない純愛が語られていく。

小僧の素行を詰る住職の汚い正体を見てしまう正順は絶望の果てに逆上し、寺に火を放ち、自らの命も絶ってしまう。金閣寺の炎上をモデルにした小説は、正順の後を追う夕子の自死という悲しい結末を迎える。故郷に咲く百日紅(サルスベリ)の真紅の花が、夕子の死体に降りかかる。この結末を見てから、私はこの花のことが忘れられない。

昨年のことであるが、佐久間良子さんが講演で山形を訪れた。元気な姿を50年ぶりでみたが、あの映画と何も変わらない夕子にめぐり会ったような気がした。青春時代に人間を教えてくれたのは映画であった。女性の美しさも、性の知識も、男が持つべき勇気もやさしさも、すべては、あの暗いスクリーンの前の座席のなかであった。
コメント
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