どこから迷いこんできたのか、アパートの階段にイナゴがじっと止まっていた。手で触ると慌てて飛んで、数メートル先にとまる。追うように階段を登ると、こんどは50センチほど飛ぶ。人とイナゴのおっかけっこは簡単に人の勝ちになる。田で捕まえられたイナゴは、戦後貴重なカルシューム・タンパク源として、佃煮などにして供されてきた。
では、バッタとイナゴはどう違うのか。ウィキペデリアを見ると、バッタ科イナゴ目となっているからイナゴはバッタの仲間の一種ということであるらしい。トノサマバッタといって大きくて立派な体形のものが野原で目立つから、バッタは大きく、イナゴは小さいとばかり思っていた。ネットには両者の見分け方を解説したサイトもある。それによれば、イナゴには喉仏に突起があるのが特徴であるとのことである。
夏目漱石の『坊ちゃん』にバッタ騒動が出てくる。中学の教師として四国の海岸の町に赴任した坊ちゃんだが、生徒から過酷な歓迎を受ける。宿直当番の夜、坊ちゃんの布団のなかに数十匹のバッタが投げ入れられていた。大格闘の末バッタを片付けたものの、憤慨した坊ちゃんは寄宿生を呼び出して談判する。バッタを知らないという生徒に
「バッタたこれだ、大きなずう体をして、バッタを知らないた、何のことだ」と云うと、一番左の方に居た顔の丸い奴が「そりゃ、イナゴぞな、もし」と生意気におれを遣り込めた。「べら棒め、イナゴもバッタも同じもんだ。第一先生を捕まえて、なもした何だ。菜飯は田楽の時より外に食うもんじゃない」とあべこべに遣り込めてやった。
落語が好きだった漱石は、坊ちゃんと生徒のやりとりに、テンポの緩急と意味の取り違いを仕込んで小説のユーモアを落語の落ちに通わせたのではないか。
筆者も他郷から山形に地にやったばかりの青春時代、方言の意味を取り違えて、あわや大喧嘩になるところだった経験がある。
沼の辺は沼の周囲に桜が咲き、貸しボートを漕いで湖面を散策する行楽地であった。春のうららかな日曜日、友人のsと私は連れ立って、沼の辺を散策した。そこには若い男女が大勢遊びにきていて、沼には貸しボートも出ていた。sがボートの乗ろうと云った。「いいね」と云ううち、止せばいいのに、sは女学生を二人誘って4人でボートに乗り込んだ。ボートを漕いだ経験のなかった二人が、ふらふらしながら、湖面に出て行くと女学生たちも面白がってけらけらと笑いあっていた。
そばには野郎同士のボートも出ていて、女学生を乗せた私たちに視線を投げかけていた。沼のまんなかあたりで、悪いことに、ボート操縦に未熟な私たちのボートの舳先が、野郎たちのボートに接触した。「なんだてめえ」口汚く野郎たちが難癖をつけてきた。「やあ、ごめん」といったものの、sは、「何だよ、ちょっと掠ったぐらいで」と言葉を返すと、「なにお、さっさとボートから落ちろ」「ばかなこというな。こんな水のなかに、落ちられるわけないだろ」「ボートから上がれって云うんだ」馬鹿にされたと思ったのか、野郎たちはますます激昂した。
ボートのまわりにはには、2、3隻の彼らの仲間が集まって来た。女学生たちを避難させ、岸辺で対峙した時には10数人の野郎たちに囲まれていた。どう計算しても勝ち目はない。sは小柄で喧嘩強そうでもないのに「やるならやってみろ」と強がりだけは云っている。「とにかく逃げよう」二人は履いていた下駄を抱えて脱兎のごとく、山道へ走り込んだ。
あのころ、土地の人の話は半分位しか、聞き分けることができなかった。それでも、聞きなおしながら少しづつ話ができるようになっていった。思えばほろ苦く、何とも格好のつかない事件であった。